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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-6『蟲人の村』

第二章

第六話

『蟲人の村』



 村の人に案内された先は、がらんとして何もない倉庫みたいな場所だった。

 仕切りのない場所に家具が何も見当たらないから、正に倉庫としか言い表しようがない。

 私とファービリアさんを案内してくれた女性は、ここに案内してくれたあと、すぐ去っていった。

「あの……ファービリアさん……」

「なんじゃ?」

 流石に不安になってファービリアさんは呼べば、無造作に置かれた木箱に腰を下ろして、実に優雅に首を傾げてくれる。

 ほんの僅かな仕草一つで、ただの木箱が玉座に見えるんだから、この人は本当に生粋の貴人だ。

 所在なくただ突っ立ってる私とは、格そのものが違う。

 反射的に『なんでもないです』と言いかけた口を無理矢理閉じて、少しだけ目を閉じた。

 落ち着け、私。

 流されるな。

 確かにファービリアさんは『任せておけ』とは言ったけど、『思考を放棄しろ』とは言わなかった。

 だから、訊くことは許されるはずだ。

 それに満足な回答が得られる保証はないとしても。

「私たち、これからどうなる予定ですか?」

 目を開いて、真っすぐにファービリアさんを見た。

 彼女は少しだけ『ほう?』とでも言いたげな顔をして、それから優しく微笑む。

「恐らく、贄にされような」

「はあ、『にえ』ですか……いや、贄って生贄ってこと!?」

 一瞬何を言われてるのか判らなくて流しそうになったけど、今、とんでもなく物騒なこと言われなかった!?

「左様」

「い、いやあの、『左様』じゃなくてですね!?」

 いともあっさりと肯定されて、こっちも何を言っていいのか判らなくなる。

「落ち着くがよい。贄に選ばれようが暗殺者を送り込まれようが、余が味方であれば何も恐れることはない」

 笑みを浮かべてそう言ってのけるファービリアさんは、これ以上ないくらいの自信に満ち溢れていた。

 その様子は、ファービリアさんが味方でいてくれるなら、本当に何も怖いものなんてないと、そう思えるくらいの安心感だ。

「あの……ファービリアさんは、この村の何をご存知なんですか?」

 気を取り直して、疑問を重ねる。

 この村に入る前から、ファービリアさんはこの場所を知ってるような口振りだった。

 眉を顰めてこの村を見てたから、ひょっとしてこの状況も最初から判ってたんじゃないだろうか。

「そうじゃのう……少々時間もありそうじゃ、余の話に付きうて貰うとしよう」

 人の気配のまったくしないドアのほうを見遣ってから、ファービリアさんは小さく微笑んだ。

「余たち妖精族の長は、基本的に女系じゃ。余の母も、祖母も、そのまた母も祖母も、皆、女の性を持って生れ落ちてきた」

 急に全く関係ないような話をされて、私は目を瞬かせる。

 だけど、話の腰を折ることはしたくなくて、黙って続きを聞くことにした。

「余以外に未分化で生まれた者もらぬ故、誠の女系よな」

 ということは、ファービリアさんは異例中の異例ってことか。

 妖精族の長は女であったほうが通りがいいって言ってたのは、男の長に前例がないからだ。

 前例がないことには、具体的な理由がなくても文句をつけてくる人ってのが少なからず居る。

 この完璧な美女っぷりは、要らない横やりを少しでも減らす為の努力の結果なのかもしれない。

「未分化であったことに後ろめたさがあるわけではない。クレアを愛し、男と成り、我が妻と迎えたのはこの座を引き継いでからじゃったが、そのことにもなんの後悔もない」

 緩く首を振って、ファービリアさんは少し寂しそうに微笑んだ。

「それでも、余は何処か焦っておったのじゃろうな。『妖精女王』と成れる保証もなく、余以外にも母の縁戚はる」

 ファービリアさんの言った『妖精女王』という言葉は、前に書庫でヒイラギさんとゴラちゃんに教えて貰った。

 本来、この世界で『王』と呼ばれる存在は石板に選ばれた一人きりなんだけど、妖精族はほとんど西の領地から出ることがなく、閉鎖的な生活をしてるらしい。

 そのせいもあってか、西の領主を『妖精女王』と呼び習わす風習があるって話だ。

「どうしても妖精族の長に成りたいと思うておったわけではないが、この性のみがそう成れない原因とされるのは我慢ならなかった」

 ああ、なんだか少しだけ判る気がする。

 何かの長に成るべく家系に生まれた記憶があるわけじゃないけど、ただ性別だけで先の道が閉ざされるのも、端から文句を言われるのも心外っていうか、御免被りたいっていうか。

 自分のことはさておいて、ファービリアさんにそんなこと言い出す輩を見たら、うるせえな実力を見てものを言え、と言いたくなる。

「余は幼い頃から、我武者羅に領主に相応しい力と教養を求めた。幸いと精霊魔法の素質は血筋のお陰で生来のものがあったが、知識はそうはいかぬ」

 ああ、魔力は遺伝することも多いんだっけ。

 前に大書庫でヒイラギさんに教わった時、そんなことを言ってた。

 ヒイラギさんは遺伝とか関係ない突発型で、物凄く珍しいんだって、何故かゴラちゃんが我が事を自慢するみたいに胸を張ってたのを思い出す。

 だけど、知識は遺伝しない。

 知識や教養っていうものは、本人が得たものしか身にならない。

「人は出会った言葉しか使えぬ。人は触れた知識しか蓄えることはできぬ。智は常に其処に在るが、自ら手を伸ばさなくては決して糧になることはない」

 静かに紡がれる言葉が、すとんと胸の奥に落ちてくる。

 私は今、全ての記憶を失くしているけど、それとこれとは違う場所にあるような気がした。

「余が学ぶのに重きを置いておったのは、西の領地の歴史じゃ。過去を知ることは今を統治する為に欠かせぬこと故な」

 そう言って、ファービリアさんは小さく息を吐く。

「その中に、砂漠にある一つの村のことがあった」

「え?」

 ずれてるんじゃないかと思ってた話が、急に戻ってきた気がして、思わず声が出た。

「西の領地は森が多く、そのほとんどに妖精族が住んでおる。じゃが、西の領地全てがそうではない。数字にすれば三分の一ほど、森でもなければ妖精族も住んでおらぬところがある」

 え。領地の三分の二は森林で、そこにしか妖精族が住んでないって、普通に考えたらえらいことじゃない?

 とは思ったものの、空気を読んで口に出さなかった自分を誉めたい。

「その砂漠の村に住むのは、蟲人むしびと族と呼ばれる民でな。獣人族と似て、虫の外的特徴を受け継ぐ民であった」

 ええっと……虫?

 虫ってあの、昆虫に代表されるあれ?

 この村に入る前、魔素堕ちした魔物に襲われたけど、その中の蠍と蟻地獄は同じ虫な気がするんだけど、その虫で合ってる?

「顔形は人と大差ないものが多かったと聞く。精々僅かな硬皮が身体の何処かに出る程度が多かった、と書物は綴っておるよ」

 私が何を想像しているか判ったんだろう、ファービリアさんは苦笑しながらそう言った。

 ってことは、一瞬私が想像しちゃったような、カブトムシの角がある人とか、触覚付いてる人とか、蝶やトンボの羽を背負ってる人みたいなのは稀なんだな、きっと。

「獣人族ほど素となるものの力を強く引き出すこともできず、半端に外見の変わる蟲人たちは、他の種族から疎まれておった。簡単に言えば、迫害や差別といったところよな」

「あ……そういうもの、あるんですね……」

 ついそんな言葉が口から零れたのは、今まで私が接した人たちが、そういうことをしそうになかったからだ。

 何せ正体不明の私を温かく迎え入れてくれた人たちだから……いやでも私は石板が告げた稀人だから特殊なのか。

 それに私が出会った人たちは、ほとんどがこの世界の重要人物だ。

 例え心の中で人種に対する差別を持っていたとしても、それを表に出しちゃいけない人たちだよな。

「人が集まれば、必ず生まれてくる感情よ。そなたの世界ではなかったか?」

「いえ……記憶はないですけど、多分あったと思います。でも、こちらでは、そういうことを感じなかったので、ちょっと驚きました」

 小首を傾げるファービリアさんに、私は思ったことを正直に告げた。

「左様か。まあ、これまでそなたが出会った者たちは、そういった感情を持ってはならぬ立場である故」

 ああ、やっぱりそうだよね。

「あの、ここってその蟲人の村っていうことなんでしょうか?」

「恐らくな」

 無関係の話はしないだろうと思って訊けば、ファービリアさんは小さく頷いた。

「ここが異界であるのなら、有り得る話と思うておる」

「え……?」

 告げられた言葉の意味が理解できなくて、何度か目を瞬かせる。

「蟲人の村は、余が生まれる百年ほど前には滅んでおる」

「……はい?」

 滅んでるって……蟲人はもう居ないってこと?

 そういえばファービリアさん、蟲人の話をずっと過去形で話してた気がする。

「蟲人は獣人とさして変わらぬ寿命の種族じゃ。先程老爺の声で話ておった者……恐らく村長むらおさであろうが、あれで恐らく齢は四十しじゅうそこらであろう」

 思ったよりずっと若くて驚いたけど、寿命が違うってことは成長速度が違うっていうことなんだ。

「種族としての寿命も短く、他種族との交流もなく、その上、蟲人が住まうのは砂漠に閉ざされたこの村だけじゃ。となれば、末路は見えておろう?」

「あ……それは……」

 そうして並べられると、蟲人の血が絶える理由も判る気がする。

 せめてどれか一つでも改善される余地があったなら、違う先があったかもしれないけど。

「蟲人たちは余たち妖精族とちごうて、他種族と子を成すことが可能じゃった。せめて他種族との交流が可能であれば、純潔は途絶えようとも血としては残ったやもしれぬ」

 私が考えたのと同じことを呟くように言って、ファービリアさんは少しだけ目を伏せた。

「あの……外見が少し違うだけで、そんなにも拒絶されてしまうものなんでしょうか?」

 種が滅びるほどの差別や迫害っていうのが、どうしても実感できなくて、私はそんなことを訊いてしまう。

 私の知ってる種族の差と言えば、肌の色や体格、言葉や文化の差が主だけど、それを理由に種が絶えるほどの迫害を受けるっていうことがどうしても想像できなかった。

 それはひょっとしたら、私が平和な場所に生きていたからなのかもしれない。

 元々記憶そのものがないせいもあって、自分が差別や迫害を受けた覚えがないから、言えてしまうことなのかもしれない。

「他種族からの偏見のみであれば、あるいは滅びは避けられたやもしれぬな」

 そう言って、ファービリアさんは静かに私を見つめた。

「偏見と言うても、この世界の全てが蟲人を厭うておったわけではあるまい。『自分と違うところは多少の外見のみ』と受け入れた者も居よう。じゃが、外見の異様に怯える者と、そうであっても人間族と大差ない程度の力しか持たぬ非力で短命な蟲人に有用性を見出せぬ者のほうが、圧倒的に多くあれらの祖先に接したのであろう」

 言葉を区切り、ファービリアさんは一度、長い瞬きをする。

「蟲人たちは、自ら他と関わる道を閉ざした。世界を蟲人とそれ以外に隔絶し、迷い込んだものは守護蟲しゅごちゅうと呼ぶものに与えた」

「守護、蟲……?」

 鸚鵡返しにする以外のことができなくて、私は目を瞬かせた。

「魔素堕ちじゃよ。ほれ、ここに来るまでにもうたであろう?」

「あ、はい……」

 言われて、ついさっき遭遇した魔物たちを思い出してみるんだけど、あれって何かを守護とかできる感じか?

 たまたま通り掛かっただけの私たちに、問答無用で襲い掛かってきたよ?

 縄張り意識が強いっていうだけなら、種類の違う魔物が同じ縄張りに居るってことは考えにくいし。

 そもそもあれらが守護蟲だったっていうなら、この村から離れ過ぎだと思う。

「魔素堕ちした魔物が、特定の村を護るって、有り得るんですか?」

「まず有り得ぬな」

 思ったままの疑問を口にすれば、ファービリアさんは首を振る。

「それでも、蟲人たちは他に縋るものを知らぬ。時の領主とて、時の王とて、民草に根付く偏見を払拭するには至らぬ」

 努力をして西の領主になったファービリアさんの言葉だからだろう、心の奥にずん、と響く何かを宿した声だった。

 自分が生まれるよりずっと前に滅んだ、こんな小さな村のことまで事細かく学んで憶えてるくらい、彼女は『誰にも後ろ指を指されない西の領主』になろうとしたのに。

 それでも……いや、だからこそ、領主としての一人ができることを知っているんだ。

「余が紐解いた書物には、蟲人の血が絶えたのは子ができぬほど民が減ったからではなく、彼らが守護蟲と呼んでおった魔素堕ちたちに食い散らされたのが直接の要因と記されておった」

 ぞわりと、全身に鳥肌が立った。

 他種族を頼れず、領主を頼れず、絶対的なこの世界の王さえも頼れずに辿り着いた先のものに、種ごと食い殺される。

 唯一信じていたものに、最悪の形で裏切られたのであろう人たちの恐怖を思うと、身震いがした。

「魔素堕ちに理性や知性があるのかというのは、今でも学者同士で議論されておってな。正しいことはどうとも言えぬが、少なくともこの村が囲っておったものたちは、定期的に与えられる餌である時期までは満足しておったのじゃろうよ」

 そう言って、ファービリアさんは小さく溜め息を吐く。

「じゃが、そもそも忌避しておる種族の村で、その上、迷い込めば誰一人生きて出ることのできぬ場と噂が広まれば、ここに近寄る者は減る一方よ。例えこの広い砂漠で彷徨うておったとして、入れば死ぬ村が目の前に現れたとして、そこには入らず野垂れ死ぬ道を選ぶ者もおったじゃろう」

 それはつまり、守護蟲からしたら、定期的に与えらえていた餌が途絶えるということだ。

 例えばこの村の周りに居た守護蟲と呼ばれる魔素堕ちに一定の理性があったとして、その立場になって考えてみれば簡単だ。

 黙って待ってれば、不定期とはいえある程度の頻度でご飯が出てくるのなら、それで生き延びられるのなら、その場でじっとしてるのが得策だろう。

 例えそのご飯を持ってくる存在そのものがご飯だったとしても、それを食べたら次が来ない。

 だけど、その『ある程度の頻度』が激減したら。

 なら、『ご飯を持ってくるご飯』を食べるだろう。

 先が見えないなら、今を繋ぐ。

 その判断は、何もおかしくない。

 魔素堕ちだろうがなんだろうが、他の命を食らうことで己が命を長らえさせる存在であるのなら、それは正しい判断だろう。

 その正しい判断が、一つの種族を滅亡させるのだとしても。



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