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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-5『妖精女王の嘘と主導権』

第二章

第五話

『妖精女王の嘘と主導権』



 魔素堕ちした魔物と遭ってからしばらく。

 ファービリアさんのあとについて歩き続けた先に、やっと砂以外のものを見付けた。

「あれは、町……?」

 砂漠の真ん中に、突然現れたように見える、小さな影。

 遠目にも幾つかの建物が連なってるように見えるそこは、小さな町に見えた。

「そのように見えるな」

「はい」

 私の呟きに、リクとクレアさんが頷いてくれる。

 だけど、ファービリアさんは無言だった。

 いつもならこっちに気を遣ってくれてか、なんだかんだコメントをくれることが多いだけに、その沈黙がなんだか不思議だ。

 思わずファービリアさんの顔を見れば、珍しく眉根を寄せて正面を見据えてる。

 形のいい、正に柳眉と表現するに相応しい眉を寄せてる姿すら綺麗だと感じるんだから、美人って凄い。

「我が君?」

 ファービリアさんの様子がいつもと違うことにすぐ気付いたんだろう、クレアさんが心配そうに彼女の名を呼んだ。

「……クレア、リク」

「はっ」

「はい」

 正面を向いたまま、ファービリアさんは護衛二人に呼び掛ける。

 クレアさんとリクは、半ば反射みたいに返事をした。

「これから全力の戦闘に入れるだけの余力はあるか?」

「え?」

 彼女の言葉に戸惑った声を上げたのは、問われた二人じゃなくて私。

「充分に」

「勿論です、ファービリア閣下」

 クレアさんとリクは、迷うことなくそう答えた。

「ならよし」

 そう言って頷くと、ファービリアさんは私のほうを見る。

 その顔には、私を安心させるかのようにいつもの優しい微笑が浮かんでいた。

「これは余の勘じゃが、あそこに赴けば、恐らく最終的に戦闘になる」

「え……?」

 何がどうしてそういう結論になるのか、私には判らなかった。

 きっと、戦闘ができるかと問い掛けられた二人も、どうしてそうなるかは判ってないと思う。

「じゃが、案ずることはない。余たちが必ず、そなたを護ろう」

 表情も声も女性のそれなのに、何故だか『男らしい』と表現したくなる、そんな表情と声だった。

 根拠の一つも見出せなくても、ただ素直に頷いてしまいたくなるような、そんな力を感じる。

 それは長く人の上に立っているからこそ身に付いたものなのか、それとも彼女が生まれるその瞬間、誰かに授けられた力なのか。

「怯えて良い。二の足を踏むのも当然のこと。じゃが、必ずと約束する故、余たちに付いて参れ。できるな?」

「は、はい」

 穏やかな声に、ただ頷くことしかできなかった。

 砂漠の真ん中に突如現れたオアシスのように、希望の光にも見えるあの町が危険であるなんて、正直言って想像もできない話だ。

 今こうしてファービリアさんが危険だと告げてくれなければ、きっと誰も警戒なんてしていない。

 この砂漠を渡ってきて、遠くに町が見えたとしたら、普通は歓喜するだろう。

 町があるなら、そこには水も食料も情報もある。

「うむ、では参ろう」

 詳細は何も解説しないまま、鮮やかな微笑を浮かべて、ファービリアさんはそう告げた。



 砂漠の真ん中に突如現れた小さな町は、なんていうか……粗末というか、貧相というか……とにかく、私が知ってるあの王都とは比べ物にならない質素さだった。

 ぐるりと見回してみても、魔法石の街灯はない。

 立ち並ぶ建物も、王都で見たほどの屈強さを感じない。

 それと。

「……人が、居ない、ですね……?」

 語尾が尻上がりになりながら呟いてしまったのには、理由がある。

 遠くに見えたあの町に入った私たちは、道なりに結構進んでるんだけど、人影一つ見ることがなかった。

 見回せば居並ぶ建物の戸も窓も固く閉ざされていて、侵入者を強く拒んでいる。

 だけど、拒んでるってことは、その先に人が居るっていうことだ。

 人の気配を察する力なんてほとんど持ってない私だけど、あちこちから降り注ぐこの視線は、流石に判る。

 人はそこに居るのに、誰も姿を現さないこの異様さを、なんて表現すればいいのか判らない。

「余所者を厭うておるのよ」

 真っすぐに前を向いたまま、笑みの滲んだ声でファービリアさんは言う。

「自らが生まれた場所に依るもの以外、決して受け入れぬ。そうして己と、己が生まれた場を護ろうとしておるのよ」

 そんな風にして自分たちの周りを護ろうとする人たちを、記録としてだけなら知ってる気がした。

「ファービリアさんは、この町を知ってるんですか?」

 この町に入る前から、彼女はこれから先のことを予見してるような口振りだった。

 今もそう。

 だから先を行く細い背中に、そう問い掛けた。

「見たことはない。じゃが、恐らく知っておる」

 振り返ることなく、ファービリアさんは続ける。

「余が余である以上、知っておらねばならぬ場所……そうであろうと、思うておる」

 妖精女王が、妖精女王である為に、知っていなくちゃいけないこと……?

 ひょっとして判ってないのは私だけかと思って他の二人を見たら、表情の乏しい中に少しだけ戸惑ったような気配がするような雰囲気だ。

 多分、この場所のことを何かしら察してるのは、ファービリアさんだけなんだろう。

「ここが余の想像通りの場所であるかどうかは、すぐに知れる」

 ぴたりと立ち止まり、ファービリアさんは真っすぐ前を見据えたままそう言った。

 正面に見えるのは、粗末な町の中だと少し立派かな? と感じる建物だ。

 そこから、数人の人影が出てくるのが見える。

 正に砂漠の民っていう感じの、全身を覆うタイプのローブていうか外套と、目深に被ったフードのお陰で、見えてるのは口元くらいだ。

 大雑把に身長くらいは判るけど、それ以外は性別さえもよく判らない。

「砂漠を渡って難儀しておるところじゃ、少々休ませ貰えぬか?」

 堂々と言ってのけるファービリアさんは、とても難儀してるようには見えないんですけど、交渉として大丈夫ですかね?

「……」

 あまりにも堂々とした放浪者に、出てきた人たちは少し動揺してるみたいだった。

 顔が見えないからよく判らないけど、空気が動揺で揺れるのは伝わってくる。

 ファービリアさんは腰に手を当てた仁王立ち状態で、何も言わずに凛と正面を見ていた。

 私は特に何か言えることもないから黙ってるし、リクやクレアさんが口を挟むわけもない。

 微妙な沈黙が少し続いて、やがて建物から出てきた人たちの一人が、一歩前に出た。

「……とても砂漠を進むに相応しい姿とは思えぬが」

 進み出た人は、随分しわがれた老爺の声で、ごもっともなことを告げる。

 砂漠の陽射しは凄く強くて、風に混じる砂も口に入ったり髪に絡んだりしてかなりうっとうしい。

 砂漠に入る前提で旅支度を整えるなら、まず身体を覆う外套を用意するのが普通だろう。

「まったくその通りじゃな。この砂漠を越えた暁には、肌と髪の手入れを入念にせねばならぬ」

 やれやれ、と溜め息を吐くファービリアさんに、この町の人たちはやっぱりちょっと戸惑ってるみたいだ。

 そりゃそうだよねえ。

 一緒に居る私だって、『いや、そういう話じゃなくないです?』っていう感想が出てくるもん。

 ちらっと見たらリクはいつも通りの無表情だけど、クレアさんはちょっと神妙な顔で、微かに頷いてた。

 妖精族って、美が損なわれたら立場が危ういとか、そういう意識でもあるんだろうか。

「先に申したが、こちらには少々事情がある。そういった事情も込みで、助力願いたいのだがどうか?」

 明らかにこちらが怪しく見えることを自分でも判ってるんだろう、それでもたじろぐ様子さえ見せないファービリアさんは凄い。

「……この村は貧しい」

 老人のしわがれ声が、ぼそぼそと先を続ける。

「旅の者に渡せるものは、そう多くない」

「ふむ」

 ファービリアさんは一つ頷いて、ちらりと視線を巡らせた。

 王都と比べるのは申し訳ないと思うけど、確かにここは貧しいっていうか、随分活気がない感じがする。

 あの老人も『町』じゃなくて『村』って表現してるから、王都じゃない一般的な町よりも規模が小さいんだろう。

「外套だけで構わぬ。それも無理であれば、少しだけでも休ませて貰えぬか? 見ての通り女所帯じゃ」

 うんうん、と頷きかけて、いやそうじゃないと思い直した。

 私を女とカウントしても半々だし、なんだったら普通の女性はクレアさんだけだ。

 流石にここで突っ込み入れるわけにもいかないから黙ってるけど。

「そして一人は身重じゃ。少しでよい、休ませて欲しい」

 え、身重?

 とか頭にクエスチョンマーク飛ばしてたら、ファービリアさんとばっちり目が合った。

 え……私!?

 貴方の奥様が実は身重とかじゃなくて、私がそういう設定!?

 物凄く驚いたけど、反射で手を腹に当ててた。

 自分が男か女かよく判らないけど、こういう時って反射で腹に手を当てちゃうもんなんだな……うん、きっと、みんなそうなんだと思いたい。

「……判った」

 フードの奥からじっと私を見てたらしい老人が、枯れた声で小さく呟いた。

 そして、左右に立つ人を、微かに仰ぎ見る。

 お互いの視線もほとんど判っていないだろうし、声で指示してる様子もまるでなかったけど、それでも両脇に控えていた二人は同時に頷いた。

 何が起ころうとしてるのかよく判らなくて、きっと私の顔には戸惑いが浮かんでるだろう。

 さっきから堂々とした態度を崩さないファービリアさんは勿論、リクとクレアさんも無表情のままだっていうのに、ちょっと情けない気もする。

 そう思ってはみても、老人に頷いた二人がこっちへ向かってくるのを見ると、どうしても警戒してしまう。

 私はきっと、友好的な人たちに慣れ過ぎてしまったんだ。

 王都で過ごした日々の中で、私の周りに居てくれた人たちは、みんな優しくて温かかったから。

「お二人はこちらへ」

 あからさまに緊張してる私と、今この瞬間も悠然と立っているファービリアさんに向かって、一人がそう言った。

 少し硬質な感じのする女性の声は若く聞こえるんだけど、顔も体型も隠してしまうローブのせいでよく判らない。

「従者の方々はこちらへ」

 もう一人近付いてきた人が、リクとクレアさんにそう声を掛けた。

 こっちは声からして男性みたいだけど、そういえば女性の声を出す男性が目の前に居るんだから、声だけじゃやっぱり本当に何も判らない。

 って、なんで休むだけなのに、私たちを二つに分けるんだ?

 彼らの申し出に違和感しかないことに気付いたのは、当然だろうけど私が最後だった。

 ファービリアさんは薄く笑みを浮かべた余裕ありげな表情を崩してないけど、リクとクレアさんは顔を顰めてる。

わたくしは、我が君のお傍を離れるわけには参りません」

 最初に異を唱えたのはクレアさんだ。

「自分も彼女と同じ空間に在りたい」

 リクはちらりと私のほうを見て、それから老人のほうに視線を向ける。

「こちらの娘は余の従者、こちらの男はこの子の夫である」

 またとんでもないことをさらっと言ってのけて、ファービリアさんは更に続けた。

「二人ずつに分けねばならぬと申すなら、分け方はこちらで決めさせて貰いたいものじゃな」

「ならぬ」

 さらさらと流れるように、その設定なら当然のことを言ったファービリアさんを、老人は掠れた声で、だけどきっぱりと拒絶する。

「余所者は、儂の判断に従って貰う。この村に居る以上、それは絶対じゃ」

 年老いた声で強く断言する老人は、表情も見えないのに強い圧迫感を感じた。

 小さな村とはいえ、上に立つ人はやっぱり何処かが違うんだろうか。

「ふむ」

 こんな小さな村とは比べ物にならないであろう領地を統べているはずのファービリアさんは、それでも老人の言葉を否定しなかった。

「確かにこちらは余所者、そなたの申すことももっともじゃ」

「わ、我が君……!」

 ファービリアさんの言葉に戸惑った声を上げたのはクレアさんだ。

 焦った顔をしてたけど、ファービリアさんがちらりと視線を向けただけで口を噤む。

 以心伝心っていうか、阿吽の呼吸っていうか、とにかくそういう感じのが凄くて、なんか感心してしまう。

「休ませて貰えればそれで良い。済まぬが案内あない頼むぞ」

 最後まで余裕を持ったまま、ファービリアさんがそう告げた。

 終始、会話の主導権はファービリアさんにあったように感じるんだけど、この人、本当に凄いな……。



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