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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-3『異界にて、命との邂逅』

第二章

第三話

『異界にて、命との邂逅』



 精霊魔法の説明をしてくれたあと、ファービリアさんは少し難しい顔になった。

「ここが異界であるのなら、余の魔法も使えぬ恐れがあったのじゃが、いつも通りじゃ」

 あ、そっか。

 ここはみんなが元々居た世界じゃないんだから、精霊だとか魔法だとかそういう概念自体がなくても不思議じゃない。

 もしここが私の元居た世界だとしたら、きっと魔法そのものが使えないと思う。

 ……ひょっとしたら使えるかもしれないけど、少なくとも一般的じゃない。

「精霊の様子も、余の知るそれと変わらぬ」

 そう言って、ファービリアさんは指先をくるくると回した。

 途端になんだか身体がふわりと温かいものに包まれたような感じになって、瞬きする間にその感触が離れていく。

 温もりだと思ったそれは目に見える白い光で、砂粒を含んでるみたいだ。

 はっとして自分の身体や髪に触れてみたら、全身についてた砂が綺麗に取れてる。

 強い陽射しに体力を奪われるのもきついけど、風で舞った砂が身体中にまとわりついたり、口に入ったりするのも結構しんどい。

「ですが、先程から、太陽の角度が変わっていないように思えます」

「え?」

 ざらざらした感触がなくなってほっとしてたところに、クレアさんにそう言われて空を仰ぎ見るけど、太陽は砂のひさしの向こうで姿が見えない。

 この世界は大地の果てがあったり壁で囲われてたりするけど、朝も夜もあって、一日は二十四時間だ。

 太陽は東から昇って西に沈んでいくのも私が知ってる常識と同じで、一日の流れに違和感を覚えたことはない。

「判断基準が曖昧なので、確かなことは言えませんが」

「いえ……自分も、影の長さが変わらないと感じます」

 微かに眉を寄せたクレアさんに、リクが小さく首を振る。

 太陽の角度とか影の長さとか私は全然気付かなかったけど、二人はちゃんと見てるんだなあ。

「もし太陽が沈まないとしたら、このまま当てもなく昼間の砂漠を歩き続けるってことになりますか?」

 それはなかなかぞっとしないな、と思いながら首を傾げれば、ファービリアさんは緩く微笑んだ。

「昼間の砂漠を行くのは変わらぬやもしれぬが、当て所もなく彷徨っておるわけではないぞ?」

「そ、そうなんですか?」

 何処かを目指してるなんて、歩いてる最中、ひと言も言われなかったから、彼女の言葉にはただ純粋に驚いた。

 こんな、なんの目印もない砂漠の真ん中で、何を頼りに何処を目指してるんだろう?

「普通の人間に精霊は見えぬが、精霊には皆が見えておる。少々尋ねて、生き物の気配がするほうを知らせて貰っておるのじゃ」

 あ、そんなことしてらっしゃったんですね。

「済まない、言い忘れていたな」

 そんなことできたんだあ、とか思ってたら、何故かリクが謝ってきた。

「え? なんで謝るの?」

「当てもなく彷徨っていると思っていたのなら、随分不安だっただろう?」

 あ、ああ、そういうことか。

 私はファービリアさんの力のことを詳しくは知らなかったけど、リクたちは知ってたんだ。

 それを知ってれば、確かに行き先についての不安は最初からなかっただろうけど。

「えっと……みんなが居てくれるから、不安だとは思ってないよ?」

 この状況で悠長な、と言われても仕方ないとは思うんだけど、実際にあんまり不安じゃなかったんだ。

 そんな私の言葉に、リクは何度か目を瞬かせる。

「ふふ! 成る程のう。アディ、そなたの目は正しい」

 楽しそうに笑いながら、ファービリアさんはひらりと手を振った。

「リクを含めた陛下直属の近衛たちは、職務柄様々な要人を護衛する。要人の中には、何かにつけて護衛のせいにする者もる故、謝罪が多く出るのよ」

 ああ、それでか。

 気を遣ってくれてるっていう言葉だけじゃちょっと足りないくらい過保護っていうか……いまいち表現のしようのない態度だなって思ってたけど、そういう理由か。

 私の出会った『要人』さんたちはみんな優しくて、護衛に難癖つけるようには見えなかったけど、そうじゃない人たちもやっぱり居るんだ。

「リク、そんなになんでも謝らなくて大丈夫だよ。何かあったらちゃんと言うから」

 何か少しでも気になることとか、不便なことがあったら伝えて欲しいって、いつも言ってくれてた。

 私はそれに、『判った』と答え続けてきた。

「私はリクを信じてるから、リクも私を信じて欲しいな」

 そう言ったら、リクは困ったような、何処か照れたような、なんともいえない顔になる。

「……判った」

 少し黙ったあと、リクは小さく微笑んで頷いてくれた。

 護衛対象への態度なんてすぐ変えられるものじゃないと思うけど、多少でも意識して貰ってたほうがやりやすい気がする。

 明らかに彼が悪くないところで謝られるのって、やっぱり居た堪れない。

「ええと、それで、この先に人が居るっていうことでしたよね?」

 改めてこの先のことをファービリアに問い掛ければ、彼女は軽く肩を竦めた。

「期待させて済まぬが、『人』がるかどうかは判らぬ」

「え?」

 でもさっき……あ、『生き物の気配がするほう』って言っただけで、『人が居るほう』とはいってなかったっけ。

「精霊たちはあまりこちらのことに興味を持たぬのでな。多くの命が集まっておるところ、としか伝えてくれぬ」

 やれやれ、と苦笑する様もお美しいです、ファービリア様。

「それなら、そこに行くしかないですよねえ」

 はは、と小さく笑って、私は頷いた。

 そこに居るのが例え人でなかったとしても、沢山の生き物が居る場所なら、この砂漠のど真ん中よりはマシな所だと思う。

 普通に砂漠のど真ん中ってだけでも過酷な状況だっていうのに、リクやクレアさんの予測が正しければ、ここはずっと昼間なんだ。

「途中にも少々生き物がるようじゃ。そちらを経由して、先に進むとしよう」

「はい」

 行き先をちゃんと私に知らせてくれることにしたらしいファービリアさんに、私はただ頷いた。



 少しの休憩を挟んだあと、私たちはまた砂漠を歩き始めた。

 相変わらずファービリアさんが先頭を歩いてるんだけど、この並びって身分がどうこうって話じゃなかったんだなあ。

 てっきりファービリアさんが先頭を歩きたがってできあがった自然な隊列かと思ってたんだけど、よく考えたらこの中で一番の貴人に先頭を歩かせるとか、おかしいよな。

 あの休憩の時間から歩き出してしばらく。

 どのくらいの時間を歩いたかは、残念ながら私にはよく判らない。

 だけど、多分一時間は歩いてないと思う頃。

「……ふむ」

 先を歩いていたファービリアさんが、急に足を止めた。

 私は釣られるように足を止めただけだったけど、目の前のクレアさんは少し違った。

 腰に下げてる細い剣の柄に手を添えて、いつも鋭い眼光を更にきつくしながら前を見てる。

「え……?」

 何が、と続けるより先に、私の視界から砂が消えた。

 それが急に前に立ってくれたリクの背中だと気付くのに、数秒かかったと思う。

 彼の身の丈を超える大剣を、相変わらず軽々と構えて、リクは私を護る形で前に立ってくれていた。

 ……護る形?

 え。

 まさか。

「まあ、命に変わりはない、が」

 ファービリアさんの呟きが聞こえて、リクの背中越しに彼女を見る。

「魔素堕ちの魔物くらいは、判別して欲しいものじゃな」

 独り言ちるファービリアさんの横顔は、今まで見たことがないくらいきりっとしてて、声はいつもの女性に近いそれなのに、物凄くかっこよく見えた。

 ……いや待って?

 魔素堕ち?

 いやそれ、見惚れてる場合じゃなくない?

 と、私が思ったのが先だったか、あとだったか。

 ドン! と大きな音をさせて、少し前の砂が爆発した。

 いや、爆発したような勢いで、下から何かが出てきたんだ。

「!?」

 飛び出してきたのは、なんか深い紫色の蛇と蠍。

 私が知ってるのより、かなり大きい……っていうか、規格外の巨大さだ。

 元々細長い蛇は勿論、蠍もこの中で一番上背のあるリクより大きい。

 蛇も蠍も、私が知ってるサイズでさえ結構な脅威なのに、自分の背丈を優に超えてきたとなれば脅威の上を行くってもんだ。

 しかも、数が多い。

「蛇が五、蠍が六か。二人で問題なかろう?」

「お任せください、我が君」

「は」

 さらっと言ったファービリアさんに、二人もさらっと返す。

 あ、あの、ほんとに?

 ほんとに二人で大丈夫?

 わたわたしながら三人を見比べてたら、ファービリアさんがくるりと踵を返した。

 九体の巨大な魔物が目の前に居るのに、あっさりとそれに背を向けて歩き出す。

「ふぁ、ファービ……!」

 そんな無防備な、と名前を呼ぼうとした声が、不意に巻き起こった風に遮られた。

「!?」

 突風に感じたのは、すぐ傍に居たリクとクレアさんが猛烈な勢いで前に走ったせいで起こった空気の揺れだ。

 足場の悪い砂地で、しかも大荷物を背負ったままの移動とは思えない速度で、二人は魔物に向かって走っていく。

 そのままの勢いで、ファービリアさんの背中を狙っていた二体の蠍をそれぞれが斬り付けた。

 ザン! と小気味のいい音が響いて、蠍の胴が分断される。

 一刀両断という言葉をそのまま形にしたような光景に、開いた口が塞がらない。

 しかも二人とも、宙を飛んだ尻尾のほうを返す刀でもう一度分断した。

 どさりと重い音がして、結構近くにリクが斬った尻尾のほうが落ちてくる。

 二回も斬られてるのに、ギチギチと蠢いてた。

 断面は外皮よりちょっと鮮やかな紫だし、なんか赤紫の汁が出てるし、痙攣してるみたいに動いてるし……!

 き、気持ちわるっ!

「しつこいのう」

 呆れたような声と共に、ファービリアさんが白い編み上げのブーツで蠍の尻尾を踏みつけた。

 ぐり、と踏みにじる仕草が、何とも言えず女王様……いや、うん、その……ダメだ、動かなくなった尻尾を見る蔑んだような目も、完全に女王様だ。

 妖精女王って肩書だけじゃ足りないくらい女王様だ。

 いやほんとは妖精王なんだけど。

「この程度の相手、あの二人に任せておけば、何も案ずることはない」

 そう言って私のほうを見たファービリアさんは、いつも通り優しい顔をしてたんだけど、その切り替えが余計にちょっと怖い。

 もしも私がファービリアさんから不興を買うことがあったら、あの冷たい蔑んだような目で見られるんだろうか。

 ……全力で媚びておいたほうがいいんじゃないか?

「見よ」

 余計なことを考えてる私のことなんて気にした様子もなく、ファービリアさんは腰に手を当てて前を向いた。

 言われるままに視線を正面に向けて、唖然とする。

 ついさっきまで確かに九体の魔物が居たのに、今動いてるのは蛇が二体だけだ。

 その他の魔物はもうばらばらになって砂地に散らばってる。

「『剣姫』と『英雄』の共闘は、実に見事なものよのう」

 無駄な動きのない二人の剣捌きは、確かに見惚れるというか、目を奪われるというか、圧倒されるというか。

「っ!」

 短く息を吐く音が、リクの口から零れる。

 それと同時に砂地を蹴ったリクの身体は、鎌首をもたげた巨大蛇の更に上まで跳んでた。

 サンシュと手合わせしてたときも思ったけど、この動きは本当に私の中の常識を超えてる。

 瞬きする間に蛇の首を落としたリクは、砂地に降りる間に二、三度大剣を振るった。

 私の身体よりよっぽど太い蛇の胴体が、きゅうりの輪切りでもするみたいにすぱっと斬れていく光景が凄まじい。

 あの巨大な大剣あってこその光景かと思ったら、その向こうでクレアさんも同じように蛇を細切れにしてた。

 いやもう、細切れと言う以外にないんだよ。

 細めの片手剣を何度も切り返して、蛇を細かく切り刻んでるんだ。

 リクは大ぶりなぶつ切りで、クレアさんは細切れ。

 料理かよ、と我ながら突っ込みを入れたいところだけど、想像力と語彙力が貧困なせいか、そんな感想しか出てこない。

「ふむ、終わったようじゃ……うむ?」

 ふと何かに気付いたように、ファービリアさんが私のほうを見た。

 え?

 いや……私じゃない?

 私の後ろを見てる?

「え、と……!?」

 戸惑った声を上げようとしたその時、いきなりファービリアさんがこっちに向かって走り出した。

 何事だと思うだけの余裕があったかどうか。

 勢いよく私に走り寄ってきたファービリアさんに、手を取られる。

 その勢いに押されるようにして、身体が傾いだ。

 いや、違う。

 身体が傾いだのは、足元の砂地が急に崩れたからだ。

「!?」

 踏ん張りがきかなくて、仰け反るように身体が倒れていく。

「アディ!!」

「我が君!!」

 リクとクレアさんの声が、妙に遠くから聞こえる気がした。



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