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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-2『最初の異界』

第二章

第二話

『最初の異界』



 大樹の幹に貼り付けられたようなドアをくぐると、視界が真っ白に染まった。

 光で眩しいっていうわけじゃなく、ただ景色が何もなくなったみたいな感じ。

 慌てて周りを見回してみたけど、何も見えないし誰の姿もない。

 あのドアは先にリクが入ってくれたし、ファービリアさんたちはすぐ後ろから入ってくれてたはずだ。

 少なくとも振り返れば入って来たばかりのドアが見えるはずなんだけど、それもない。

 上下左右、見渡す限りの全部が、ただただ白い。

 このただ白い場所で、自分という存在が随分異質に感じる。

 ……なんだろう、こういう不思議な場所、何処かで似たような体験したことがあるような気がする。

 戸惑ってきょろきょろしてる間に、徐々に辺りの景色が変わってきた。

 ゆっくり、ゆっくりと浮かび上がってくるように、実像を結んでいく辺りの景色。

「え……?」

 微かに見える景色が、今まで見た何処とも違って、反射的に声が出る。

 緑の一つも見えない、乾いた砂の色と、雲一つ浮かんでない空。

 砂漠……かな?

「アディ!」

「え!?」

 強く呼ばれて、二の腕辺りを掴まれた。

 反射的に振り返れば、今まで見た中で一番焦った様子のリクが居る。

 掴まれた二の腕は服越しだったお陰か、あの白黒反転はなかった。

「無事か?」

「え? うん、なんともないよ」

 私の答えに、リクは心底ほっとしたような顔をして、息を吐く。

「良かった……目を離して済まない」

「え? い、いやいやいや……!?」

 本当に申し訳なさそうな顔をするリクに、私は慌てて首を振った。

 いやだって、リクが目を離したわけじゃなくない?

「自分は君の護衛だ。どのような状況であっても、目を離したことに変わりはない」

 私が何か言うより先に、リクは渋い顔でそう言った。

 いやいやいや、だからね? そういう話じゃなくてね?

「護衛という使命を持つ者たちは、誰も同じよなあ」

 何を言ったらいいんだ、とあわあわしてたら、横からファービリアさんの声が聞こえた。

 そっちを見れば、ファービリアさんのすぐ後ろで、暗い顔……っていか、もう、顔にがっつり斜線が入った感じのクレアさんが居る。

「リク、アディが困っておろうよ」

「は……」

 護られ慣れたファービリアさんの言葉にも、リクはあんまり納得してない感じだ。

「ほれ二人とも、気を引き締めいよ」

 そんなリクやクレアさんに苦笑して、ファービリアさんはちらりと周りを見る。

 その視線を追って、何度か目を瞬かせた。

「やっぱり砂漠……だよね?」

 目の前に広がっていたのは、見渡す限りの砂の大地。

 ところどころ、丘みたいに起伏したところはあるけど、目を引くものは何もない。

 砂と影、それから空の青さしか色がないんじゃないだろうか。

 ドアの向こうがこんな場所に繋がってるなんて、想像もしなかった。

「ふむ、この乾燥は美容に宜しくない」

 酷く真面目な顔で、ファービリアさんはそれどこじゃなさそうなことを平然と言ってのける。

「早々に片を付けるに限る」

「は、はあ、そうですね」

 何が起こってるのかよく判らないけど、このよく判らない状況をさくっと終わらせたほうがいいって言葉には同意しかない。

「でも、ここって何処なんでしょう?」

 何をするにしても、ここが何処か判らない状況じゃなあ。

 そもそもこの世界、砂漠ってあるんだろうか?

 さっき私が『砂漠』って口にしたとき、誰も変な顔をしなかったからきっとあるんだろうけど、あったとしてもなんの目印もないこの場所が何処かは判らないだろう。

「さて、何処であるかはさっぱり判らぬが、それはそもそも承知の上であろう?」

 艶然と微笑わらって、ファービリアさんは続けた。

「異界に参る為にあのドアをくぐったのじゃ、その先が見知らぬ何処かであることは覚悟の上じゃろう」

 ここが何処であろうと、先がどれほど見えなかろうと関係ないとでも言わんばかりの、自信に満ち溢れた態度。

「進むしかあるまいよ。くぐったドアも、もう何処にも見えぬ」

 流石この世界を支える四方領主のお一人、肝が据わってらっしゃる。

 ファービリアさんの言う通り、何処を見回しても入ってきたはずのドアが見えないこの状況で、こうも泰然と振る舞えるとは。

 ふと見れば、クレアさんの顔からはいつの間にか暗い斜線が消えていて、小さな微笑みを浮かべていた。

 うんうん、自慢の『我が君』なんだねえ。

 仕える相手としても、寄り添う伴侶としても、最大の自慢なんだろうなあ。

「じゃあ、進んでみましょうか」

 もう陛下たちが待ってるあの場所へ戻る道がここに残されてないのなら、先へ進むしかない。

 何処へ辿り着くかも判らない、先へ。



 行けども行けども、砂、砂、砂の大地。

 乾いた風と容赦なく照り付けてくる陽射し、それに沼地を歩いてるみたいに足を取る熱い砂も、じりじりと体力を奪っていく。

 そんな中を、私たちは一列で進んでいた。

 先頭を歩くのはファービリアさんで、そのすぐ後ろにクレアさん、それから私と、一番後ろはリクだ。

「やれやれ。普段の装いでなくて良かったと言うておくべきか」

 一度立ち止まって、はあ、と息を吐き出してから、ファービリアさんはそう言った。

 確かにあんなひらっひらのドレスとか、高い踵の靴でこの場所を行くのは無理がある。

 私も含めてみんな動きやすい格好だから、まだ進むことができると言えた。

「我が君、矢張り私がお運び致しましょうか?」

「よいと言うておるであろう?」

 クレアさんに言われたファービリアさんは、小さく溜め息を吐く。

「リク、そなたもアディが自ら限界を告げぬ限り、背負おうなどとは言わずとも良いぞ?」

「っ……御意」

 きっとリクも同じことを言おうと思ってたんだろう、なんかびくっと肩を震わせて、短く答えた。

 いや、過保護だな護衛班。

 ただでさえ大きな荷物を背負ってるのに、私たちを背負おうとか無茶なことを考えないで欲しい。

「そなたらの両手が塞がっておるようでは、有事の際に反応が遅れるではないか。余とて背負われておる状態で無茶はできぬ」

 二人を納得させるように、ファービリアさんは穏やかにそう言った。

 ファービリアさんの主張はごもっともなことで、この場の誰のことも納得させられる言葉だったと思う。

「とはいえ、少し休憩とするか」

 そして、心を砕いてくれる護衛の二人も、それから歩き疲れた私のことも気遣う言葉を掛けてくれるんだから、この人って本当に凄い。

 立ち止まって改めて思うんだけど、じりじりと強い直射日光は相変わらずだし、足元の砂から感じられる熱も同じで、上からも下からも焼かれてる感じがする。

 グリルで焼かれる魚って、こんな気分なんだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えていた私の耳に、ファービリアさんの声が聞こえてくる。

 何か言ってる? と思って彼女を見れば、両手を祈る形に組んで、口元で小さく小さく何か囁いているようだった。

『砂よ陽を遮れ』

 囁き声は聞き取れなかったけど、最後のその言葉は妙にはっきりと聞こえた。

 何を、と私が思うより先に、変化が起こる。

 周りの砂が滑らかに動き出し、私たちを覆うように形を変えた。

 まるでキャンプで使うタープみたいな形に固定された砂のお陰で、強い日差しが遮られ、日陰になる。

「ふむ、こんなものであろう。クレア、天幕を」

「は」

 自分で作った砂のタープに一つ頷いて、ファービリアさんはクレアさんに声を掛けた。

 心得ているとばかりに、ファービリアさんは背負った荷物の中から、小さく畳まれた何かを取り出す。

 それは手の平に収まるくらい小さく畳まれてたけど、広げると随分大きな布になった。

 ひょっとしたら何かの魔力で小さくしてあるのかも。

 そんなことを考えてる間に、リクとクレアさんが実に手際よく布を敷いてくれる。

 天幕ってファービリアさんが言ってたから、本来はテントとして使う布なのかもしれない。

『熱よ退け』

 敷かれた天幕に手を付いて、ファービリアさんがまた囁く。

「これで良い。さあアディ、座るがよい」

「え? あ、はい。ありがとう御座います」

 即席で作られた休憩スペースに、誘われるままに腰を下ろした。

 空からの陽光は砂のタープで遮られて、敷かれた布の下から熱は伝わってこないどころか、なんだかひんやりする。

 砂がタープみたいになったのも、砂の熱が消えたのも、ファービリアさんの魔法なんだろうか。

「クレア、リク、そなたらも座るがよい。この先のことを考えてのことじゃ、護衛だ身分だ云々言い出すでないぞ?」

「は、はい……」

「……御意」

 クレアさんもリクも、少し戸惑いながらも大人しく日陰に入ってくれた。

 二人は腰を下ろす前に、荷物の中から水筒を出して渡してくれる。

「我が君、こちらを」

「うむ」

「アディ、飲み過ぎると移動がつらくなるから、気を付けて飲むといい」

「ありがとう」

 甲斐甲斐しい二人に少し笑いそうになってしまいつつ、私はリクから水筒を受け取った。

「何かお召し上がりになりますか?」

「いや、余はまだよいが、空腹を感じる者は軽食を取るとよい」

 ファービリアさんはこっちを見ながらそう言ってくれたけど、私も特に空腹を感じてるわけでもない。

「私も大丈夫です。お気遣い頂いてありがとう御座います」

「ふふ、そう固くならずともよい」

 穏やかに微笑わらいながら、ファービリアさんは水筒から少しだけ水を飲んだ。

 その所作は線の細いティーカップを傾けてるのと何も変わらない実に優雅な雰囲気で、この状況とのちぐはぐさにちょっと笑えてくる。

「リクとクレアさんは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

わたくしもまだ問題御座いません」

 どうやらみんな大丈夫みたいだ。

 私は歩きづらい砂と陽射しのせいで少し疲れたと思うけど、他の方々は疲れた様子も見えないのが凄い。

 騎士として鍛えてるリクやクレアさんはともかく、ファービリアさんもケロッとしてるんだから、本当に凄いとしか言いようがないよなあ。

「あの、これってファービリアさんの魔法なんですよね?」

 少し水を飲んだ水筒をリクに渡しながら、私は頭上を仰いだ。

 私たちに日陰を提供してくれている砂のタープは、よく見るとうっすらと白く輝いていて、表面がつやつやして見える。

「左様。余たち妖精族は、精霊魔法に長けた者が多い。特に余の家系はその力が顕著でな」

 謡うような声に彼女のほうを見れば、手袋をした指をくるくると回していた。

 その指先には小さな光の粒が遊ぶように寄り添っていて、見てるとなんだか心がほわほわと温かくなる。

 ヒールが魔法を使ってるのを見たことがあるけど、それとは根本的な部分が違うような気がした。

「普通、魔法は世界に溢れる魔素と、自らの内にある魔力を編んで形にする。精霊魔法は、その魔素を精霊に置き換えたものと考えればよい」

 精霊と妖精の違いは、ヒイラギさんがさらっと教えてくれた。

 私の記憶にある妖精と精霊の違いは、正直言ってよく判らない。

 だけどヒイラギさんが説明してくれるところによれば、妖精っていうのは『妖精族』という種族として存在して、精霊は普通の人には見えないらしい。

 精霊は様々な元素を司る象徴みたいな感じで、精霊魔法を使う人たちはその存在の力を借りるんだそうだ。

「風には風の、水には水の、砂には砂の精霊がる。余はその力を借り、こうして陽射しを遮る形にしておるのじゃ」

 普通の魔法使いは自分に合った属性しか使えないけど、精霊魔導士は人によって色んな属性を使えるって話で、それは色んな元素の精霊から力を借りられるからなんだろう。

 私が知ってる人たちの中だと、精霊魔法を使えるのはファービリアさんとヒイラギさんの二人だけで、そもそも精霊魔法を使える人が少ないらしい。

「我が君の精霊魔法は、歴代の西領主の方々と比べても別格です」

 我がことを自慢するかのように、クレアさんは得意顔だ。

 元々表情が乏しいから、ちょっと顔色が変わったとか口角が上がったとかだけで、随分雰囲気が変わる。

 っていうか、可愛い。

「ふふ、妻の贔屓目よ」

 穏やかに言いながら謙遜するファービリアさんだけど、なんだか自信のある雰囲気で、きっと本当にかなりの実力なんだろう。

 なんとなく笑みを浮かべて、私は小さく息を吐いた。



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