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創り人の箱庭  作者: サボ
第二章
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2-1『一つ目の扉』

第二章

第一話

『一つ目の扉』



 なんだかんだ穏やかな日々を過ごさせて貰って、とうとうこの日がやって来た。

 陛下に言われた、六層ある異界に行く、最初の日。

 朝用意されてた服は普段と少し違ってて、いつもよりもっと動きやすい、なんか旅とかに向いてそうな雰囲気だった。

 手袋もヒイラギさんに貰ったものとは違う、柔らかな革製っぽいのものが用意されてた。

 全体的に色合いは普段着てるものとあんまり変わらない感じだけど、やっぱりこの辺りからいつもと違うんだって思うと、ちょっと緊張する。

 リビングに出たらリクたち三人が居てくれたんだけど、リクだけあの大剣と大きな荷物を背負ってた。

 なんとなく緊張したまま案内された先はこの王宮の地下で、今までに行ったことがあるような、ないような。

 見覚えがあるような、ないような、そんな不思議な感覚のまま、辿り着いた先を見て、その既視感の正体を知った。

 漆黒に塗り潰されたような空間に、ぼんやりと銀色に光る大樹。

 ここ、私が最初に引っ掛かってた大樹のとこだ。

 あの時は周りのことをよく見る余裕もなかったから、大樹自体が何処にあるのかよく判ってなかった。

 色々散歩させて貰ってる間に見掛けなかったから、何処にあるんだろうと思ってたけど、まさか地下にあるなんて。

 だって木だよ? 植物だよ?

 地下にあるなんて思わないもんじゃない?

「どうかしたか?」

 隣を歩いてくれてたカリスが、きょろきょろしてる私に首を傾げた。

「あ、うん。ここ、改めて見ると不思議な場所だなって思って」

 ここに通じてる階段は、陛下の謁見室の近くにあった。

 大きくて重くてやたらと仰々しい扉の向こうに、淡々と続く階段があって、その先がこの開けた空間。

 ここに来るまでは床も壁も天井も石造りで、魔法石の明かりが沢山あった。

 だけど、ここに魔法石の明かりは一つもない。

 ただ、見上げてもまだ余りある銀色の大樹が自ら発光してくれてるお陰で、歩く分にはあまり問題なかった。

 それでも壁や天井を見ることは出来なくて、ただ広い空間に石畳が続いている中で、ぽつんと……いや、ででんと? 大樹が生えてるように見える。

「耳澄ませてごらん?」

「え?」

 後ろを歩いてくれてるヒールに言われて、素直に耳を澄ませた。

 みんなの足音以外に、ちょろちょろと微かな水音がする。

「水……? あ、湧き水?」

「そうそう」

 頷いてくれるヒールの声は、何処か嬉しそうだ。

 ヒールやヒイラギさんに色々教わった中に、世界の果てに落ちていった水を、大樹が吸い上げて吐き出してるっていうものがあった。

 この水音が本当に一度は世界の果てを見たものかどうかは判らないけど、少なくともこの大きな空間の何処かで水が湧いてるのは間違いない。

「そういや、ここをゆっくり見せてやってなかったよな」

 カリスは苦笑しながら、こりこりと頬を掻いた。

「済まないが、今日もゆっくり見せてやることはできないな」

 前を歩くリクが、小さく振り返って微笑わらった。

「大丈夫。今度ゆっくり見させて貰うから」

 それに微笑み返して、頷く。

「ちゃんと俺らが案内してやるよ。今はほれ見ろ、勢揃いだ」

 カリスに促されるように視線を前に向ければ、大樹の根元に陛下や四方の代表、その近衛さんたちが勢揃いしてらっしゃった。

 あの日、上から見た図とあんまり変わらないなあ。

「お待たせしちゃってた?」

「いや、望まれた時間通りだ」

 正面に陛下まで待ってらっしゃるのを見て思わず呟いたけど、リクは優しく言って首を振った。

 この世界のお偉方をお待たせしたわけじゃないならそれでいいけど、それでもやっぱり、早足になってしまう。

 リクたち三人は私の気持ちを尊重してくれるみたいで、同じように歩調を速めてくれた。

 この人たちって人の護衛に慣れてるっていうか、人に従い慣れてるっていうか、とにかくやりやすくてありがたい。

「おはよう、アディ」

 私が声を出そうとする直前、陛下が穏やかに微笑んで声を掛けてくれた。

「お、おはよう御座います、陛下。お待たせして済みません」

 やっぱり相手はこの世界の最高権力者、ついつい謝罪も口をついて出る。

 私が接してる限り、あんまり偉い人っていう雰囲気じゃないんだけど。

「大丈夫だよ、先に揃っていたのはこちらの都合だからね」

 穏やかに微笑みながら、実に静かな口調でそう言ってくれる陛下は、なんかもう、優しさの塊みたいな感じだ。

「よう参った!」

 陛下の後ろから、ファービリアさんが進み出てきた。

 いつものふわふわドレスじゃなく、クレアさんの近衛服に似たびしっとした服と、一つに纏められた髪型が実によく似合ってる。

 正に男装の麗人といった出で立ちだけど、そもそもファービリアさんは男性なんだからそう評していいんだろうか?

 彼女の後ろに控えるクレアさんも、リクと同じように大きな荷物を背負っていた。

「先に申し伝えた通り、今日は余とクレア、それとリクが同行する。なんの心配も要らぬよ」

 私の微妙な葛藤なんて勿論知った様子もなく、ファービリアさんは胸を張る。

 この人が本当に強いのかどうかはやっぱりまだ実感できてないけど、なんだかファービリアさんが一緒に居るだけで心強い。

 それに、リクが一緒に行ってくれる。

 私じゃ両手でも多分ほとんど持ち上げられないくらいの大剣を軽々とぶん回してサンシュと激戦繰り広げられるくらいの力を持っていて、その上何くれとなく心を砕いてくれるこの人が一緒に居てくれるなら、心強いことこの上ない。

「大丈夫だ、自分が一緒に行く」

 静かに、穏やかに響く、低い声。

 優し気に微笑むその表情に、胸の内側がじんわりと温かくなる。

「さあアディ、こっちへおいで」

 陛下に呼ばれて、私は顔をそちらに向けた。

 差し伸べられた、見た目の年相応な小さな手に導かれる形で、足を踏み出す。

 真っすぐに進めば、すぐにその妙な違和感に気付いた。

 太い、太い大樹の根元に、ドアが貼り付いてる。

 変な言い方かもしれないけど、貼り付いてるとしか言いようがない見た目だ。

 初めてこの場所に来たとき、こんなドアはなかった。

 この太い幹の向こう側だったなら気付かなかったかもしれないけど、そうじゃないってなんとなく判る。

 あの日、ここにこんなドアは、確かになかった。

「これが、異界へのドア?」

「そうだと、石板は告げているよ」

 ぽつりと呟いた私の言葉に、陛下は小さく頷く。

 ああ、この世界で石板が告げることなら、きっと真実なんだろう。

 今日という日を指定したのも、今日という日にこのドアが現れるのも、全て黎明の石板が告げたこと。

 まるでお告げの書……いや、この世界の攻略本、か?

「改めてお願いするよ、アディ。このドアの向こうにあるはずの大樹の核を、正しい形に戻して、ここに戻ってきて欲しい」

 真っすぐに私を見上げながら、陛下は私に言う。

 彼の後ろに立ち並ぶ人たちの顔が、向けられる目が、胸に刺さる気がした。

 私は、この世界のことをよく知らない。

 この世界を救う為にどうしろとかこうしろとか言われても、正直言って使命感みたいなものは生まれてこない。

 だけど、目の前に居るこの人たちの為なら。

 この人たちが、私にこのドアの先へ進むことを望むなら、行こうと思える。

 所詮私は聖人君子には成れなくて、成ろうとも思えなくて。

 ただ、私に優しさをくれる人たちに、報いたいとだけ思う。

「はい」

 だから、頷く。

 今、私を大切にしてくれるこの人たちの為に、進む。

「何も案ずることはない。余と、余の護り人と、そして『英雄』が共に参るのだ」

 ふ、と優雅に微笑んで、ファービリアさんがそう言った。

 クレアさんとリクは何を言うでもなく、ただそっと目礼する。

「心配すんな、今ここに揃ってる奴ら全員、一人残らず、この世界でトップクラスの強者だ。誰が付いて行こうが、絶対にお前を守る」

 に、と笑って言うサンシュに、微笑み返した。

 判ってる。

 大丈夫。

 私は稀人で、この世界の崩壊を止められる唯一の存在だから、きっとみんな必死で守ってくれる。

 例え今回、その稀人の役割を巧く果たせなかったとしても、きっと誰も責めはしないだろう。

 だけど。

 私は。

 どんな義務であれ、私を大切にしてくれる人たちの為に、出来る限りのことをする。

「ありがとう御座います。行ってきます」

 みんなが私を大切にする代わりに、この先へ進めと言うのなら、その願いを叶えようと思う。

 それしか道がないとは言わない。

 逃げる方法だって、きっとある。

 でも、私はそれを探さない。

 だって、私が稀人でなかったとしても、何も変わらないって言ってくれた人が居るから。

「気を付けて、行っておいで。帰って来るのを、ここで待っているよ」

 優しい陛下の言葉に、私はただ、微笑んだ。

 何処かで。

 それと似た言葉を聞いたことがある気がすると、感じながら。



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