0-2『美形と個性が群れを成し』
序幕
第二話
『美形と個性が群れを成し』
妖精さんが連れて降りてくれる先は、どう目を凝らしてもやっぱり下の地面が見えないくらい、深い黒で塗り潰されていた。
そんな中、銀色の大樹だけがしっかりとした存在感を持っていて、なんだかそれを見ていないと不安になる。
幹も枝も葉も全部銀色の木なんて、無機質で冷たい印象を与えてもおかしくないと思うんだけど、目の前の大樹は違った。
目を開ける直前、温かなものに包まれてたような感覚があったんだけど、それはこの大樹なんだろうな、とぼんやり思うくらいには、優しい印象がある。
「リクならばすぐに降りて来よる」
ぼんやりと大樹を見ていた私に、妖精さんは笑みを含んだ声でそう言ってきた。
「リークレット=レヴァン。おぬしを最初に見付けた、あの武骨者の名よ」
ふわりと、私と大樹の間に舞うように滑り込んできた妖精さんは、文句のつけようもない美貌に、楽し気な笑みを浮かべてる。
思わずその顔に見とれてから、ひょっとして心細がってると思われたのか? と思い至った。
いや別にあの人が居ないから心細いとか、そういうわけじゃなくて。
実際に心細いかどうかは……実はよく判らない。
さっきからよく判らないことの連続で、感覚が飽和してるような気がする。
「さあ、陛下がお待ちかねじゃ」
「へい、か?」
さっきこの妖精さん、閣下って呼ばれてたはず。
その上、陛下までいらっしゃる?
そんなことを思いながら、白い指が指示した下のほうに視線を向ければ、やっとそこに白い地面が見えた。
そこには十人くらいの人影があって、みんなこっちを見上げてるようだった。
静かに降りていく毎に、その人たちの顔立ちが判るようになってきたんだけど……なんていうか、その解像度の高さというか、あの……いやあれだ、美形が多い。
リークレットさんやら目の前の妖精さんたち、さっき上のほうで会った人たちも凄かったけど、下に居る人たちもまたなんか凄そう。
いつの間に降りたのか、さっき見掛けた獣人さんも居るや。
……え、ちょっと待って?
私、あれに並んで大丈夫?
自分の外見ってどんな?
この時になって、急に自分自身のことが気になり始めた。
慌てて自分の手とか身体とか、視界に映るところを確認してみても、肝心の顔が見えないから全く自信がない。
「何をしておる?」
「え、あ、いや……」
妖精さんに訊かれて、なんて答えればいいのか判らずに慌ててしまう。
美形に並べるかどうか迷ってる、なんて、どう言えばいいんだ。
言葉を濁したまま、改めて下のほうに居る人たちを見ようとしたんだけど、いつの間にかもう地面が間近で。
なんかこう、くらくらするくらい美形と個性の団体様だ。
「ようこそ、稀人よ」
地面……というか、白いタイルに足を付けたら、真っ先にそう声を掛けてくれた人が居る。
白くて長い髪の、12歳くらいに見える少年だった。
何処となく儚げな、成長期特有の顔は美貌と表現するにはちょっと違うけど、見惚れるほど可愛い。
ただ、その可愛さの中で金色に光る目が、爬虫類みたいな縦長の瞳孔をしてて、それがなんだかアンバランスに見えるけどそれはそれで魅力を増してるというか……いかん、自分で考えててわけが判らなくなってきた。
っていうか、また『まれびと』って呼ばれた?
その『まれびと』って、なんなんだろう?
「あ、の……」
何を言えばいいのか判らなくて、私はただ、戸惑った声を絞り出す。
少年はおや? とでも言いたげな顔で、小さく首を傾げた。
うわあ、可愛い。
少年だと思ったんだけど、ひょっとしたら少女かもしれない中性的な雰囲気がある。
「ひょっとして、稀人という言葉が判りませんか?」
「あ、は、はい」
声変わり前の、少し高めの声で訊かれて、反射的に頷いていた。
「陛下」
聞き覚えのある声と、何か重いものが身軽く着地する音が聞こえてくる。
反射的に音のしたほうを見たら、さっき上のほうで会ったリークレットさんが、なんか凄く上のほうから降ってきたみたいな形で着地してた。
「恐れながら、彼女には『祝福』を掻き消す力があるようです」
「『祝福』を?」
は?
何?
祝福??
掻き消す???
「先程彼女の手を取ろうとしたのですが、触れた瞬間、自分の『英雄』の『祝福』が消えたのを感じました」
「ふむ……」
明らかにざわついた周りの気配が、なんとも居心地が悪い。
ええと、さっきから『まれびと』だの『祝福』だの『英雄』だの、よく判らないことを言われてるわけだけれども。
「レディ、お手をお借りしても?」
「え? あ、ああ、は、はい」
優雅な所作で差し出された手に、反射的に頷いてしまう。
レディって、私のことか? とか一瞬思ったけど、こっちに手を差し出してくれてるんだから、私以外に該当する存在がない。
静かに差し出された白い手を見て、ちょっと躊躇ってはみたものの、結局私はそれに自分の手を重ねた。
その、瞬間。
「!?」
リークレットさんの手を取った時と同じ、視界の色が白黒に反転したような景色を、もう一度見た。
きっとそれは目の前の少年……さっきリークレットさんに『陛下』とか呼ばれてた気がするけど、その辺は取り敢えず一旦無視をしよう。
とにかく、身を強張らせたのは私だけじゃなく、目の前の美少年も同じ。
リークレットさんと美少年で違ったのは、変な錯覚を目の当たりにしても私の手を離さなかったこと。
軽く握ってるだけに感じるのに、手を振り回しても外れそうにないと感じるのは何故だろう。
ともあれ、こうして長く触れてて判ったんだけど、あの色が反転するような錯覚は一瞬だけで、視界はすぐに元に戻るみたいだ。
「これは……」
「あ、あの……?」
小さく呟く美少年に、おずおずと声を掛けてみる。
美少年は、はっとしたように私のほうを見た。
「申し訳ありません。レディの手を取っておきながら現を抜かすなど、失礼の極みでしたね」
「は? え? あ、の……?」
ふわ、と微笑む様が、なんていうかもう、本当に光り輝いて見える。
紅顔の美少年っていう言葉があるけど、こっちの顔が赤くなるっていう意味……じゃない、よね……。
「申し遅れました。私はアルフォンス=クレイシアと申します」
そっと手を離して、美少年は軽く一礼した。
「お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「あ、えと……」
小さく首を傾げられて、私は言葉を詰まらせる。
どうやって考えても、自分の名前が思い出せない。
「どうしたのじゃ、稀人よ」
妖精さんに声を掛けられても、答える言葉がなかった。
「陛下の御前である。名を告げるがよかろう」
やっぱり陛下とか言ってる……偉い人たちだこの人……!
そんなことを考えると、ますます声が喉の奥で張り付いて、身体が震えてくる。
思わず視線をあちこちに彷徨わせちゃったんだけど、明らかに辺りの空気が変な感じになってきた。
ああああ、なんて言ったらいいのか、ぜんっぜん判らない……!
「陛下あ、ちょっと宜しいですかあ?」
場の空気をものともしない間延びした声が、上から降ってきた。
すとん、と軽い音を立てて着地したのは、さっき上のほうで会った、アルビノみたいな人だ。
ああ、もう一人の女の人……顔のある根菜を肩に載せた人も降りてきた。
「彼女はあ、見ず知らずの場所にい、突如召喚されたのですよう」
「その上、知らねえ奴らに囲まれちまえば、何言っていいか判らなくなっちまってもしょうがねえだろ」
のんびりした男性のあとに続けてフォローしてくれたのは、綺麗なお姉さんの肩に乗ってる根菜さんだった。
「ああ、それは確かに」
二人の言葉で、美少年はうん、と頷いてから周りを見回す。
釣られるように私も周りを見回して、ああ、と溜め息を吐きたくなった。
なんかもう、皆様本当にきらきらとお輝きあそばされて。
普通の人間とは違う見た目の人も居るけど、存在感に圧倒される。
「ふっふ、強面の連中も多い故、気後れしても致し方あるまい」
楽しそうに微笑う妖精さんの言葉を聞いて、何人かが視線を逸らした。
いや確かに強面な人たちも居たかもしれないけど、それでも皆様整ってらっしゃるからそんなこと気にしなくてよくて……って、何考えてんだ現実逃避か私。
「陛下、稀人は余が一時預かろう。余であれば異論はなかろう?」
「ああ、そうだね。ファービリアにお願いしよう」
どうやら私の身柄は、美に愛された妖精さんに預けられるらしい。
誰が傍に付いてくれても緊張しそうなものだけど……ああ、選べるならあの根菜さんがいいかも……。
まあ、無理だろうけど。
「でもその前に、名前くらいは教えて頂いても宜しいですか?」
あ、やっぱりそこに戻ってくるわけですね。
そりゃそうでしょうけれども。
「あの……判らないん、です……」
さっきから言おう言おうと思っていたことを、やっと言えた。
「え……?」
美少年は目を丸くして、ぽかんと口を開ける。
間の抜けた感じの表情なのに、美少年は隙なく美少年だ。
「名前とか……あと、この上で気付く前のこととか……判らなくて……」
自分で言ってて、物凄く胡散臭いことこの上ない。
周りの人たちが小さくざわついてるのが判る。
あああ、もうこれ、大丈夫か?
私、ただの怪しい人ってことで処罰されたりしない?
「陛下」
微妙過ぎる空気を壊してくれたのは、いつの間にか私のすぐ隣に立っていたリークレットさんだった。
「彼女は名乗る名を持たぬと申しました」
「ああ、それじゃあ陛下が名前を与えないとねえ」
リークレットさんに続けて、間延びしたお兄さんがよく判らないことを言う。
「ええ、そうですね」
何が『そうですね』なのかよく判らないけど、美少年は小さく頷いた。
え? 何?
ここって、そんなに記憶喪失になる人が多いわけ?
「それでは仮初めの名を……アデリシア、と」
「アデリシア……?」
私の名だと言われたそれを、口に出して繰り返す。
唐突に言い渡されたその名が、自分のものであるということに、違和感があるような、ないような。
なんとも不思議な感覚を味わいながら、何度かその名を口の中で呟く。
もう、忘れてしまわないように。
続