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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-21『マダムのお出迎え』

第一章

第二十一話

『マダムのお出迎え』



 近くに居る人たちはちゃんと見えるけど、少し離れたところに居たら顔もよく見えない。

 そんな絶妙な光量の店内で、私たちはカウンターに座っていた。

 四人が並ぶと、残りのカウンター席は三つ。

 あとはテーブル席が四つあって、収容人数は少なめだ。

 この店は提供してる軽食もドリンクもサービスも、全部マダム一人でやってるってことだから、あんまり多くお客さんを入れると捌ききれないのかもしれない。

 そんなに広くはない店内だけど、それでも充分に席同士の距離が離れていて、かなり空間を贅沢に使った雰囲気だ。

「はい、どーぞー♪」

 誰も何も注文してないのに、私たちの目の前には綺麗な色のカクテルみたいなものが置かれた。

 タンブラーグラスに注がれたそれは、優しいオレンジ色から赤に変わっていくグラデーションで、薄暗い店内で見るのが少しもったいない気がする。

「話はこれから聞くけど、アンタたちこの子猫ちゃんの護衛やってるんでしょ? アルコールは使ってないから安心しなさい」

 そう言って、マダムは自分もグラスを持ち上げた。

 私たちの分とまとめて作ったんだろう、同じものが入った同じサイズのグラスなのに、随分小さく見えるのは体格がずば抜けて大きいからだろう。

「さ、乾杯しましょ! 今日最初のお客様に!」

 す、とグラスを持ち上げるマダムに釣られて、慌ててグラスを持ち上げた。

「乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 マダムの声に応える形で、三人の声が店内に響く。

 私はと言えば、わたわたしてて声を出しそびれたけど、グラスを掲げる動作だけは合わせることができて、そのまま口を付けた。

 グラスの縁に口を近付けて気付く、爽やかな柑橘系の香り。

 口に含むとまず酸味がきて、それから柔らかな甘みがくる、さっぱりしたオレンジジュースみたいな味だ。

 だけど、飲み込んだあとに鼻を抜けていく香りとか、喉の奥に感じる複雑な味が、普通のオレンジジュースとは違う。

「美味しい……」

 グラスから口を離してひと呼吸、思わずそう呟いた私に、マダムは満面の笑みを浮かべた。

「お口に合って良かったわ、子猫ちゃん」

 う、ううん。

 その子猫ちゃんって呼ばれ方、なんともむず痒いっていうか、なんていうか。

 でもこの人、何も説明されてないのに、三人とも仕事中と察してノンアルコールカクテルを五人分、ほとんど待たせることなく作るんだから、察しも手際も凄くいい。

 見た目と喋り方がこんなだからびっくりするけど。

「この子は陛下の大事なお客さんなの」

 私の隣に座るヒールが、にこっと笑ってそう言った。

 稀人っていう言葉は、マダムには説明しないみたい。

「あらあ、そうなの。だから兄さんのことも知ってたのねえ」

 大きな手を角張った頬に当てて、マダムはうんうんと頷く。

 見た目はそのままヒュージさんなのに、派手で濃い化粧と仕草は全然違う。

 声は、ヒュージさんが高い作り声をしたらこんな感じなんじゃないかなって思うから、きっと地声は似てるんだろう。

 その微妙な差はなんとも言えない違和感みたいにも思えたけど、そう思うのは失礼なんだよな。

 だってこの人はヒュージさんに似ていても、ヒュージさん本人じゃない。

 なら、どんな姿で居たとしても、『ヒュージさんと比べて違うから』っていう理由で違和感を覚えるのは失礼だ。

「あの、アデリシアといいます。ヒュージさんにもお世話になってます」

 改めて、ぺこりと頭を下げる。

「あら可愛いお名前ね~、子猫ちゃんにぴったりだわ~」

 にこにこと笑うマダムに、あはは、とちょっと乾いた笑みが浮かぶ。

 ヒュージさんと比べて違和感が、とか思ってるわけじゃないけど、『可愛いお名前』とか『子猫ちゃん』とか、そういう言われ方に違和感があった。

「俺たちはアディって呼んでるよ」

「あらそう? じゃあアタシもそうさせて貰っていいかしら?」

 カリスの言葉に、マダムはにっこり笑って太い首を傾げる。

「はい、勿論です」

 同じようににっこりと笑って、私は頷いた。

 マダムのことはまだよく判らないけど、この三人が引き合わせてくれた人だ、悪い相手のわけがない。

 無条件にそう思うくらいには、私はこの三人を信頼してる。

 もしこの三人が揃って私を嵌めようとしてるなら、仕方ない、嵌められようと思うくらいには。

「素直ないい子ねえ~♪」

「そうなの、いい子なのよ~!」

「い、いや、挨拶しただけでそう言われるのはちょっと……」

 何故かマダムと盛り上がるヒールに、私はちょっと慌てた。

「挨拶だけでも、ちょっとした受け答えだけでも、相手に伝わるものはあるもんよ」

 ふ、と笑って、マダムは私を見つめる。

「アタシってこうでしょ? それに、兄さんを知ってる人は余計にあの人とアタシを比べるのが普通。それで、『兄はああなのに、お前はどうしてそうなんだ』っていう目をするの」

 それは……正直、そういう目で見てしまう人のことを、一方的に悪者にはできないかもしれない。

 人の趣味嗜好に貴賤はないんだとしても、自分の常識と酷くかけ離れたものを目の前にしたとき、どうしてもそれを否定したがるのは本能だから。

「そういう人たちが悪いって言いたいわけじゃないのよ。だけど、やっぱりこっちも傷付くのよね」

 マダムは自分が世の少数派だってことを、良くも悪くも身に染みてるんだろう、笑みを浮かべながら続けた。

「でも、アディは自分とは違うものにびっくりしただけ。アタシが怖いとか気持ち悪いとか兄さんと比べてどうだとか、そういうことは思わなかった。そんな目をしてる」

 マダムは、自分を見る目に敏感なんだろう。

 優しく笑ってくれてるけど、きっと凄く嫌な思いを体験し続けてきたから、そういう感覚も鋭くなったんだと思う。

「だから、いい子だと思うのよねえ」

 にっこりと満面の笑みを浮かべて、マダムは大きく頷いた。

「いい子かどうかは判りませんが、マダムを傷付けなかったなら嬉しいです」

 この三人が紹介してくれたマダムを、徒に傷付けなかったなら、それが一番いいことだと思う。

「こ、この子……!」

 私の言葉を聞いたマダムが、なんかぶるぶる震えてる……?

「この子! この子いい子よ!?」

「でしょう!?」

 雄叫びみたいに叫んだマダムに、ヒールが叫び返した。

 ええっと、も、もしもし?

「大丈夫だ、通常運転だ」

 ヒールとは逆隣りに座ってくれてるリクが、小さく呟く。

「二人ともな」

 ヒールの隣に座ってるカリスが、小さく息を吐き出した。

 え、えええ?

 これ、通常運転?

 いやまあ、ヒールはそうかもしれないけど……うん、あんまり深く考えないことにしよう。

 可愛がってくれる人が増えるのはいいことだ、うん。

「アディ!」

「は、はい!」

 唐突にマダムに呼ばれて、視線を正面に向ける。

 どん、と音がしそうなくらい、マダムの顔が間近にあって、そのどアップにちょっと身体が固まった。

 怖気おじけて反射で仰け反らなかった自分を、ちょっと誉めたい。

「決めたわ! アタシ、アナタの味方をする!」

「は、はい……はい?」

 勢いに押されて頷いたけど、言われてることの意味が判らなくて首を傾げる。

「困ったこと、どうしたらいいか判らないこと、誰かに言いたいけど言えないこと……そういうことができたら、うちに来なさい。アタシが話を聞いてあげる」

 手の平一つ分の距離で、マダムはそう言って、バチンとウィンクをした。

「今は判らないかもしれないけど、話をするだけで楽になることもあるのよ。よく憶えてらっしゃい」

 ふ、と穏やかに微笑むマダムの顔から、さっきから感じてた圧というか迫力というか、そういうものが消えた気がする。

 でもそれはきっと、マダムが意図して消したものじゃない。

 きっと、私がマダムに対して抱く印象が少し変わったっていうか、警戒段階が外れて一歩心に踏み込ませたというか、とにかく私の心の問題だと思う。

「ありがとう御座います、憶えておきます」

 マダムのご好意を素直に受けて、頷いた。

 困ったこと、判らないことはなんでも言ってくれていいんだよって言ってくれる人が、私には居る。

 だけど、その人たちには言えないことができてしまったら、私にはもう逃げ場がない。

 そうなったときの受け入れ先になってくれるっていうなら、こんなにありがたいことはないだろう。

 マダムは確かにヒュージさんの双子の弟……妹? ……この際どっちでもいいや、とにかく血縁かもしれないけど、今まで会った人たちの誰からも切り離された存在みたいだ。

 陛下も領主も近衛も騎士も関係ない人なんて、今まで居なかった。

 これはきっと貴重な縁で、此処はきっとリクたちにとっても貴重な縁なんだろう。

「ほんっとに素直でいい子ねえ!」

 にこにこ笑って、マダムが手を伸ばしてきた。

 カウンター越しにぽん、と頭を撫でられたけど、視界は何も変わらない。

 マダムは、『祝福』や『呪い』を授かってないんだ。

 誰かに触れられると視界が一瞬白黒になるのが当たり前みたいになってたから、こんなふうになんの反応もないことのほうが珍しく感じてしまう。

「あら、どうしたの? 頭撫でられるの、イヤだった?」

 きっと随分きょとんとしてしまってたんだろう、マダムは私の顔を覗き込んで首を傾げた。

「いえ、大丈夫です」

 そう答えてから、私は頭の上の大きな手に、自分の両手を重ねる。

 手袋越しにも判る、ごつごつと骨ばって、硬く鍛えられた手。

 重ねた手の平にも、載せられた頭にも、じんわりとぬくもりを伝えてくれる、優しい手だ。

 『祝福』と『呪い』を授かった双子の兄と、授からなかった双子の弟。

 それでも見た目は同じくらいになるまで、鍛えに鍛えた身体。

 選んだ道は結局違うのかもしれないけど、マダムはきっと、物凄い努力を重ねた人だ。

「マダムの手、あったかくて、安心します」

 にへ、としまりのない笑い方になってしまった自覚がある。

 でも、無理に表情を作ろうとは思えなかった。

「!!」

 そんな私の顔を見たマダムが、なんか雷に打たれたみたいな固まり方をする。

 なんだろう? と思った直後。

「うううおおおおああああああ!!」

「っ!?」

 唐突に凄まじい雄叫びを上げたマダムにびっくりして、両手を離した。

 え!? 何!? なんなのこれ!?

 とか思ってたらマダムが激走してカウンターから出てきた。

 そのままの勢いで、思い切り抱き付いてくる。

「ぎゅむっ!」

 筋肉の塊に圧し潰されて、喉の奥から変な音が出た。

「うちの子にするわっ!!」

 力いっぱい私を抱き締めながら、マダムがそんなことを叫ぶ。

 いやもう、抱き締めるっていうか、抱き潰すっていう表現が正しいような気がする。

「気持ちは判るけどマダム! アディはうちの子だから!」

 ヒールの言う『うちの子』って、何処の子だろう?

「ま、マダム、流石に潰れねえかそれ?」

 カリス、既に私は潰れている気がするよ。

 厚い胸板のごつごつ硬い感触と、筋肉が発する熱に包まれて、ちょっと頭がくらくらし始めた。

「マダム……少し、手加減を頼む」

「ダメよ! うちの子にできないなら、せめてもっと感触を楽しみたいわっ!!」

 リクの言葉を思いっきり拒絶して、マダムはぐりぐりと身体を押し付けてくる。

 か、硬い……熱い……く、くるし……。

「落ち着いてマダム! なんかサンシュ閣下のときと同じ感じになってる!」

「気ぃしっかり持てよアディ!」

「アディ……!」

 み、みんなの声が……と、遠……。

 がくり。



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