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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-19『世界一の大書庫にて』

第一章

第十九話

『世界一の大書庫にて』



 ほぼ一日ファービリアさんと一緒に過ごした翌日のこと。

 昨日はリクが一日付いててくれたけど、今日はヒールが付いててくれてる。

「今日はファービリア閣下のとこに行かないようにね」

「はい?」

 朝一でそんなことを言われて、私はただ首を傾げることしかできない。

「今日は夜に連れて行きたいところがあるのよ」

「夜?」

 わざわざ時間指定で、何処に連れてってくれるんだろう?

「うちの騎士団の関係者がよく行くところなのよ。本当は昨日連れて行こうと思ってたんだけど、ファービリア閣下に捕まったってリクから聞いて、今日に回したのよ」

「つ、捕まったっていうか……まあ、うん」

 お偉い方に対してその言い方も、とは思ったものの、正に捕まってたとしか言いようがなくて、否定しきれない。

 それにしても、情報伝達がちゃんとしてるなあ。

 きっと着せ替えされてたタイミングで話が回ったんだろうけど。

「でも、一日部屋に閉じこもってるのも退屈だろうし、今日は書庫のほうに行ってみない?」

「書庫?」

 書庫……本かあ。

 世界地図を見せて貰った時に思ったんだけど、私、この世界の文字が読めないみたいなんだよね。

「字が読めなくても、絵は見られるでしょ? ここの書庫は世界中で一番の蔵書量なんだから、何かしら面白いものがあるわよ」

 にこっと笑うヒールに釣られて、私の口角も上がる。

「うん、そうだね。行ってみようかな」

 一日ここでぼうっとしてたって、何にもならないし。

「はい決まり! じゃあ早速行ってみよう!」

 元気に右腕を突き上げる仕草が、物凄く可愛い。

 ヒールは私のことを妹か弟みたいだと思ってるみたいだけど、こう可愛いところを見せられると、なんか彼女のほうが妹みたいに可愛く思える。

 いや、姉だろうと可愛いと思うのは間違ってないのか?

「ん? どしたの?」

「え? ううん、なんでもないよ」

「そう? じゃあ改めて行こう行こう!」

 ああ、やっぱ可愛い。



 ヒールに連れられて来た王宮の書庫は、あんぐりと口が開いたままになるくらい広くて、ぼんやりと心を飛ばしてしまうくらいに沢山の蔵書があった。

「ふ、ふわあ……」

 ぽかんと開いた口から、無意識の変な声が出る。

「すっごいでしょ? 私も初めて来たとき、同じ反応したもん」

 にこにこ楽しそうに笑いながら、ヒールは我が家自慢でもするような感じでそう言った。

 私はと言えば、ただこくこくと頷くだけで、まともな答えも返せない。

 広い、広い空間を、ふんだんに使ったそこは、見渡す限り本、本、本の群れ。

 書庫っていうより図書館って表現したほうが正しいような気もするけど、どっちにしても予想を超える広さと蔵書量だった。

 その広大な場所で、言葉を発するのは私とヒールだけ。

 この書庫にも司書さんは居るんだけど、ほとんど奥に引っ込んで仕事をしてるらしい。

 基本的に貸し出し厳禁らしいから、常にこっち側に居る必要はないよな。

 そもそもここに入ることも、ある程度の地位がないと許可されないことらしいから、私が思い浮かべる普通の司書とはちょっと違う仕事ばかりなんだろう。

「人の声がすると思ったら、君たちか」

 私でもヒールでもない声が聞こえて、私は顔を向けた。

 視線の先に、何冊かの本を抱えたヒイラギさんが立っている。

 肩にはいつも通り、マンドラゴラのゴラちゃんが。

 すぐ後ろには、ヒイラギさんよりもっと沢山の本を抱えたサイゾウさんが居る。

「お騒がせ致しまして、申し訳御座いません」

 私が何か言う前に、ヒールが胸に手を当てて、深々と頭を下げた。

 ええっと、私も真似すべきところ?

「はい終わり、顔上げて」

 迷ってるうちに、ヒイラギさんの静かな声が聞こえた。

 ヒールも慣れたように、すぐ顔を上げていつも通りの笑顔になる。

「そう仰って頂けて、ありがたいです」

「正式に代を継ぐまでは、もう少し自由をさせて貰いたいものだよ」

「いやあ、ヒイラギ様はもう既にアレなんじゃないですかねえ」

「アレってなんだよ……」

 何処か気まずそうなヒールの言葉に、ヒイラギさんは大きく息を吐く。

 肩の上のゴラちゃんが、ぽんぽん、と慰めるようにヒイラギさんの頭を撫でた。

「二人とも、今日は暇なのか?」

 ヒイラギさんの肩の上から、ゴラちゃんがこてん、と首を傾げて訊いてくる。

 相変わらず顔にも声にもあんまり表情がないけど、仕草とか雰囲気に愛嬌があって、結構可愛い。

「夜にヒールが連れて行きたいところがあるって言ってくれてて、それまでは大人しく凄そうと思ってるよ」

「夜? ああ、あそこか」

 私の返事に、ゴラちゃんはうんうんと頷く。

「成る程、それでここに来たんだね」

 まるで全てを見透かしたかのような目をして、ヒイラギさんも小さく頷いた。

 色んな人が、ヒイラギさんを『頭がいい人だ』って言ってたけど、こういう表情を見ると本当にそうなんだろうなって思う。

 透明で冷たい光を湛えたその目は、なんていうか、心の奥まで見透かされてるような気がして、あまり見られてると鳥肌が立ちそうだ。

「なら、今日は私に付き合うかい?」

 にこりと優しい笑みになったヒイラギさんの目には、穏やかで温かい光が浮かんでいて、さっきの冷たさが嘘みたいだった。

 黙って立ってると冷たい印象で、微笑わらうとガラっと雰囲気が変わって見えるのは、この目に浮かんでる光のせいかもしれない。

「はい、ご迷惑でなければ」

 反射で頷いてから、つい、サイゾウさんが抱えてる沢山の本に視線が行った。

「こっちから誘っておいて、迷惑なんてこたないよ。これはちょっとした時間潰しみたいなもんだし」

 私の視線を辿ったヒイラギさんが、小さく苦笑を浮かべる。

 時間潰しって……絶対嘘だよな。

 ヒイラギさんは色んな人に頭がいいって言われてるし、世界一の蔵書量のここで沢山調べたいこともあるだろう。

 そう判っても、こう言ってくれてるのを断るのは、逆に失礼な気もする。

「よし。俺がこの世界の端っこを見せてやろう」

 うだうだと考えてたら、ゴラちゃんがヒイラギさんの肩の上で、そんなことを言った。

「世界の端っこ?」

 言いながら、首を傾げる。

 それって、壁と大瀑布があるっていう、あれ?

「ああ、こっちの字が読めないって話だったね。じゃあ、そういう資料のほうがいいね」

 ヒイラギさんは頷いて、ちらりとサイゾウさんを見る。

 サイゾウさんは無言のまま小さく頷いて、音もなく踵を返した。

 長身で細身の背中はどんどん遠くなるのに、足音も衣擦れの音もしない。

 まるで影が単体で移動してるみたいな、不思議な光景。

「サイゾウはああいう動きが得意なんだよ」

 音もなく視界から消えていく背中を見送っていた私に、ヒイラギさんが小さく微笑みながらそう言った。

 私が驚いてるの、サイゾウさんが音もなく滑らかに動いてるってことだけじゃないだけどね。

 だってヒイラギさん、サイゾウさんに何も指示してなかったじゃないか。

 以心伝心が過ぎるよ、この二人。

「ヒール、悪いんだけど絵本を選んできてくれるか?」

「私がですか?」

 ヒイラギさんに言われて、それまで黙ってたヒールが首を傾げる。

「字が読めなくても判りやすいし、ついでに簡単な字の練習にもなるとは思うんだけど、私って兄弟姉妹が居ないからさ、絵本を選ぶならヒールのほうが得意だと思うんだ」

 ヒールは下町育ちで、沢山の子供たちの面倒を見てたらしい。

 一人っ子だっていうヒイラギさんより、絵本やおもちゃを選んだりするのは手慣れてるだろう。

「頼めるかい?」

「あ、はい、勿論です!」

 小首を傾げるヒイラギさんに、ヒールは笑顔で頷いた。

 そのまま軽やかに踵を返して、ぱたぱたと駆けていく。

「俺たちは先にあっちに行くぞ」

 ヒイラギさんの肩の上で、ゴラちゃんがマイペースに言った。

 ちょいちょいと手で指すほうに目を遣れば、大きな机と椅子が並んだスペースが見える。

 この広い書庫に対して、閲覧スペースが随分手狭に感じるけど、ここを使える人がごく少数ってことを考えれば、妥当なとこなのかもしれない。

 促されるままそこの椅子に座って待っていれば、そんなに待つこともなくサイゾウさんとヒールが戻ってきた。

 サイゾウさんが持ってきてくれたのは幾つかの小箱で、ヒールは数冊の絵本を抱えてる。

「よし、お前らもそこ座れ」

 ヒイラギさんの肩から身軽く飛び降り、机に立ったゴラちゃんが、ヒールとサイゾウさんにちょいちょいと手を振った。

 二人は少し躊躇ったみたいだけど、大人しく腰を下ろしてくれる。

 ヒールは判るんだけど、サイゾウさんも座ってくれるとは思わなかったなあ。

 そんなサイゾウさんの前にゴラちゃんがとてとてと近付いて、幾つかある小箱の一つを開けた。

 中に入っていたのは、透明な水晶玉みたいなものだった。

 大人の手の平には簡単に乗るくらいの大きさのそれを、ゴラちゃんは両手で持ち上げて私のほうにやって来る。

 とっとっと、と軽快な足音をさせてやって来たゴラちゃんの手元を覗き込むと、透明だと思ったその水晶玉の中に、ちらちらと何かが揺れていた。

 なんだろう、これ?

「これは映像を保存しておく魔法石でね、今ゴラちゃんが持ってるそれには、君が不思議がっていた壁周辺の風景が入ってる」

「え?」

 映像を保存しておく?

 って、写真とか動画とか、そういうイメージかな?

 魔法石って本当に色んなことができるんだなあ。

「まあ見てみな」

 そう言って、ゴラちゃんは魔法石を机に置いて、てんてん、と軽くそれを叩いた。

 途端に、魔法石の中でゆらゆらしていたものが、その上に浮かび上がってくる。

「え、ええ……!?」

 まるで魔法石に閉じ込められてた景色が、小さな穴から吹き出して空中に固定されたみたいな、不思議な光景だった。

 それ自体も不思議だけど、現れた景色がまた凄い。

「か、壁だ……」

 それ以外の言葉が出てこないくらい、浮かび上がった映像はただただ壁が映ってるだけだった。

 何でできてるのか、煉瓦に似た色だけど、継ぎ目が見当たらない、のっぺりした壁。

「これじゃあどんなだかよく判らねえよな」

 煉瓦色しか見えない画像を見遣って、ゴラちゃんはちょいちょいと魔法石を触った。

 それに対応するように、映像のアングルが変わる。

 のっぺりした壁の手前に崖があって、その間にはただただ虚ろな闇が、深く深く横たわっていた。

 え? でもじゃあこの壁の足元って、どうなってんの?

「上はこんな感じな」

 じっと映像を見てる私に小さく微笑わらって、ゴラちゃんは壁の上のほうが見えるように角度を動かしてくれた。

 ……見えない。

 壁のてっぺんが見えない。

 雲を突き抜けてまだ続いてる感じがする。

 いやいやいや、上も見えないし下も見えない壁って、どういうこと?

 そんな建造物、建っていられるわけがない。

「何これ……」

 ただただぼんやりと口を開けて、意味のない言葉しか言えない。

 こんな壁が、ぐるっと世界を囲んでるわけ?

「世界の果てだよ。これは確か、西のほうにある壁だね」

 私の無意味な呟きに、ヒイラギさんが律義に答えてくれた。

「ゴラちゃん、大瀑布を見せてあげて」

「おう」

 続けたヒイラギさんに、ゴラちゃんが素直に頷く。

 小さな手がちょいちょいと動いて、映像が切り替わった。

「う、わ……!」

 大瀑布、という呼び名からある程度の想像はしてたけど、それを遥かに上回る規模の滝の映像だ。

 対岸が霞んで見えないくらいの川幅を流れる膨大な量の水が、ぽっかりと開いた崖下に、吸い込まれるように落ちていく。

 静止画だから動きも見えないし音も聞こえないけど、その迫力に圧倒される。

 これが、この世界の川の終着点。

 下に落ちていった水は、いったいどうなるんだろう?

「アディの世界って、やっぱりこういうものはないんでしょ?」

「う、うん。少なくとも、壁はないかな。大きな滝はあったと思うけど、ここまでじゃないよ」

 ヒールに訊かれて、私は小さく頷いた。

 大きな壁というか、長い壁はあったけど、それは世界を囲うようなものじゃなかったし、何よりこんな異常な高さじゃない。

 瀑布と呼ばれる大きな滝もあったけど、それもここまで途方もない感じじゃなかったような気がするなあ。

「他の地点のもあるから、見せてあげるよ」

 ヒイラギさんが穏やかな声で言って、ちらりとサイゾウさんを見た。

 サイゾウさんは心得てますって感じで、持ってきた小箱の蓋を開けて、ゴラちゃんに差し出す。

 私はそれからしばらく、不思議な世界の果てを見せて貰い続けた。



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