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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-17『妖精族の筆頭近衛』

第一章

第十七話

『妖精族の筆頭近衛』



 い、弄られた……弄られ尽くした……!

 休憩時間も遊ばれて、それから更に着せ替えが続いて、やっと解放された頃には窓から入ってくる光がすっかり夕暮れの色になってた。

「お疲れ様だったな」

 ファービリアさんとこのリビングでへばってる私に、リクが心配そうに声を掛けてくれる。

「だ、大丈夫……少し休めば、大丈夫……」

 ソファーの前のローテブルにべったりと上体を預けたまま、私はひらひらと手を振った。

 実際のところ、ちょっと……いや、だいぶ気疲れしただけで、肉体的な疲労が大きいわけじゃない。

 少し休めば、すぐ元気になれる……はず。

 私を弄り倒したファービリアさんが、夜用のドレスに着替えるとかいう理由でここに居ない分、回復は早い……はず。

「……」

 ふと、リクとは逆のほうに人の気配というか、足音が近付いて来るのを感じた。

 だけど、その足音は私の隣に立ったまま、何も言わない。

 うん? と思ってちらりと顔を上げてみれば、クレアさんが無表情に私を見下ろしていた。

「っ!?」

 びくっと肩が飛び跳ねたのが、自分でも判る。

 かちん、と固まった私を見下ろすクレアさんは、相変わらず無表情なままだ。

 え、ええええ、っと……?

「……我が君が自由を致しまして、ご迷惑をお掛けしました」

 平坦な声音でそう言ってから、クレアさんは深々と頭を下げた。

「え、ええっと、あ、い、いやいやいや!?」

 一瞬、何が起こってるのか判らなくなったけど、クレアさんにこんな深々と謝罪されるようなことじゃない。

 あわあわしながら身体を起こして、ぶんぶんと手を振る。

「そ、そういうのいいですから! 少し休めば大丈夫ですから!」

 重ねて言ったら、やっとクレアさんは顔を上げてくれた。

 表情は相変わらず乏しいけど、少しだけ申し訳なさそうな顔に見える。

 それにしても、あのファービリアさんの行動を『自由を致しまして』なんて言葉で済ませる辺り、なんとも言えない。

「ファービリアさんが気を遣ってくださってるっていうことくらいは判ってますから」

 ほんのり困り顔のクレアさんに、私は苦笑を向ける。

 やりたいことをやりたいようにやってるように見えるけど、多分、ファービリアさんは私の気持ちが沈んだりしないように、賑やかにしてくれてるんじゃないかな。

 多分、だけど。

「そう仰って頂けて幸いです」

 僅かにほっとしたような顔をして、クレアさんは頷く。

 微かな変化だけど、クレアさんって実は表情が少ないわけじゃないのかもしれない。

 口数が少なくて、表情の振れ幅はあんまりないけど、四六時中無表情のままじゃないんだろう。

 今まで私が会った人たちで例えるなら、リクとサイゾウさんの間、くらいかな?

「あの……クレアさんって、ファービリアさんの奥さん、なんですよね?」

 なんとなく思い付いた言葉をそのまま口にしたら、クレアさんが一瞬、固まった。

 あれ、訊いちゃいけなかったかな? と首を傾げかけたところで、クレアさんの色白の頬がさっと朱に染まる。

「……は、はい。我が君の、そ、その、は、伴侶として、選んで頂きました……」

 今にも消え入りそうな声で途切れ途切れに囁くクレアさんの顔は、どんどん赤くなっていって、最終的には首筋まで赤くなっていた。

 さっきまでは微かにしか変わってなかった表情も、今はなんとも恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな、複雑なものになってる。

 これは、かなり可愛いのでは?

 にやけそうになる口元を抑えてちらりとリクを見れば、なんとも微笑ましいものを見るような目でクレアさんを見ていた。

 うん、これは可愛いって思って正解だよね。

「ファービリアさんって公爵家当主なんですよね? ということは、クレアさんは公爵夫人ってことになると思うんですけど」

「は、はあ……そ、そういう肩書に、なる、とは、思うのですが……」

 真っ赤になったまま、クレアさんはぽそぽそと呟く。

「公爵夫人が、筆頭近衛なんて危ない立場で大丈夫なんですか?」

 特に何かを考えて言った言葉じゃない。

 説明は受けてるけど、実物の敵を見てない私には、近衛や騎士が何から主を護るのか、実感があるわけじゃない。

 だけど少なくとも、主より護衛のほうが危険だってことくらいは判るから、ただそれだけの希薄な想像で口にした言葉だった。

 だけど、クレアさんは私の薄っぺらな言葉を聞いた瞬間、すう、と表情を変えた。

 首筋まで真っ赤だった肌が、瞬く間に白く戻っていく。

 照れて困ったような表情を浮かべていた顔が、無表情に戻っていく。

わたくしは、我が君の伴侶である前に、我が君の身を守る為の駒です」

 きっぱりと断言したクレアさんからは、ただただ『ファービリアさんを護る』っていう真摯な想いしか伝わってこない。

 それ以外の感情、全てが余計だとでも言わんばかりのきっぱりした断言っぷりは、見てて清々しいとさえ思ってしまう。

 それはあまりにも真っすぐで、曲がることも折れることも知らない、水晶の矢のように清廉な色をしていた。

「やれやれ、まだそのようなことを申すか」

 凛と張った空気が、軽やかな声でふわりと緩む。

 反射的に振り返れば、昼間とは違う、華やかなドレスに身を包んだファービリアさんがそこに居た。

 お美しいです、ファービリア閣下。

「余の妻は、いつまで経っても妻になりきれぬか」

「そ、そのような、ことは……!」

 急に男性の声と表情になったファービリアさんに、クレアさんはまた顔を赤くした。

 ファービリアさんはうっとりと見惚れるほど男前な微笑で、カツカツと高いヒールの音を響かせてやって来る。

「クレアは余の大切な妻である」

 真っ赤になったクレアさんに並んで、ファービリアさんはそう言って私たちに胸を張った。

「何にも代えられぬ妻であると同時に、余の身を護る最強の護衛でもある。どちらが前もあとも、上も下もない」

 ちらりとクレアさんを見るファービリアさんの目は何処までも優しくて、本当は『何にも代えられない妻』であることを優先して欲しそうでもあった。

 だけど、きっとクレアさんは『我が君を護る自分』に誇りを持っていて、それをファービリアさんも理解してるから、こういう言い方をするんだろう。

 クレアさんはこれ以上ないくらい真っ赤になって、少し俯いてる。

 凄くいい夫婦なんだなって、純粋にそう思った。

「こう見えて余が妻は『剣姫けんき』の『祝福』を得し者故、何も案ずることはない」

 えっと、けん、き?

「剣の姫と書いて『剣姫けんき』じゃ。これは女性にしか与えられぬ『祝福』でな、剣を扱うことに関して他の追随を許さぬ」

 ピンときてない私に、ファービリアさんは説明するように言葉を続ける。

「総合的な実力で言えばリクの『英雄』に敵うことはないが、逆を言えばそれ程の相手でなければ遅れは取らぬということよ」

 我が事のように胸を張って妻自慢をするファービリアは、表情と声がいつもと違うってこともあって、物凄く男前だ。

 そういえば、ファービリアさんは見た目を裏切るくらいに強いっていう話だけど、その護衛役のクレアさんが弱いはずがない。

 基本的に、護衛をする側は護衛される側より強くなきゃ意味がないもんね。

「わ、我が君……」

 もうそのくらいにしてくれ、と言わんばかりに、クレアさんがか細い声で呟く。

 ファービリアさんはそんなクレアさんを見て、にっこりといつもの麗しい笑顔になった。

「そういうわけじゃ。何も気にすることはない」

 表情も声も、まるで別人になったみたいに女性的になる。

 こういう切り替えをもう何度か見てきたけど、未だに慣れないっていうか、毎度驚くっていうか。

「さて、二人とも参るぞ」

「え、ま、参る?」

 ど、何処に?

「散歩じゃ。余は日に二度の散歩を日課にしておる故な」

 わあ、マイペース~。

「ここにると特に運動不足になりがちじゃからの。意識して動かねば、美容にも宜しくない」

 は、はあ。

 それにお付き合いせよ、ということですかね。

「判りました」

 頷いて立ち上がると、リクからの視線を感じた。

 さっきまで疲れてローテーブルに突っ伏してたから、心配してくれてるんだろう。

 そっちに振り返って、私は小さく微笑わらった。

 充分休ませて貰ったから、もう大丈夫。

 それに、着せ替えでも散歩のお供でも、誰かとコミュニケーションを取り続けたほうが、色んな情報を得られる。

 私はこの世界の常識を、まだちゃんと理解してない。

 どんな些細なことでも、色んなことを知っておいたほうが、きっといいんだと思う。

 さっきの着せ替えの時だって、休憩してる時に話して貰ったファービリアさんの価値観は、話を聞かなきゃ判らなかったことだ。

「うむ、では参るぞ」

 そう言って、ファービリアさんは満足げに歩き出した。



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