1-16『両性を持つということ』
第一章
第十六話
『両性を持つということ』
ランチを御馳走して頂いたあと、私はファービリアさんに着替え用の小部屋に連れてこられた。
パウダールームと表現するのがいいのか、更衣室と表現するのがいいのか、よく判らない。
寝室とリビングの間にあって、着替えと化粧をする為だけの部屋。
壁に大きな鏡が取り付けられたそこは、私がこの世界に来た初日に連れて来られた覚えがある。
もっと着飾ったほうがいいとか適当なことを言って、私の身体のことを確認してくれた場所だ。
で、今。
「ふうむ、矢張りこちらの色のほうが似合うかのう」
「……」
「とすると、靴はこちらじゃの」
「……」
「アクセサリーは、そうじゃのう」
「……」
あの時は適当な言い訳として使われた『着飾ったほうがいい』とかいうあの言葉を、今回は真正面から実行してくれてる。
この部屋に居るのは私とファービリアさんだけで、ついでに言うとさっきから活発に動き回ってるのはファービリアさんだけだ。
私はといえば、諾々と着せ替えに従ってるだけ。
いやだって、抵抗しても無駄だろうし、ファービリアさんってば結構な勢いで有無を言わせない感じだし。
ドレスなんて一人で着られるものじゃないから、着付けを手伝ってくれるのはファービリアさん本人だ。
着けてた手袋も外されてるから、着替えを手伝ってくれるファービリアさんの手が触れる度に、視界が白黒に切り替わる。
正直、ちょっと酔いそうだ。
「なんじゃ、疲れたか?」
「え……あ、ちょっと」
不意に顔を覗き込まれて、私は反射的に頷いてしまった。
「うむ、七着目ともなれば、慣れておらねば疲れもするか」
あ、これって七着目だったんだ。
三着目辺りから数えるのを止めたんだよね。
「こちらに掛けよ。茶を持たせようかの」
「あ、いえ。喉が渇いてるわけじゃないですから」
ただちょっと休憩したいだけだ、と首を振って、私は椅子に腰掛けようと足を踏み出した。
「っと!?」
踏み出した直後、慣れないハイヒールとずらずら長く伸びたドレスの裾に足を取られてつんのめる。
「ほれ」
前のめりになった私を、ファービリアさんが片手でがっしりと受け止めてくれた。
その安定感たるや、見た目の細さを完璧に裏切る力強さだ。
「ゆっくりと歩むのじゃ。できるか?」
「あ、はい。ありがとう御座います」
そのまま私の肩を支えてくれながら、椅子まで導いてくれるファービリアさんの力は、紛れもなく男性のもの。
判っちゃいたけど、改めて感じるとなんとも言えない。
そんなことをしみじみ思いながら、生まれたての小鹿みたいな足取りで椅子に辿り着いて腰を落ち着けたら、自然と溜め息が出た。
「ファービリアさんって、いっつもこういう靴履いてらっしゃるんですよね?」
「む? そうじゃのう、状況によってまちまちじゃが、踵の高い靴という意味ならば合っておるよ」
私に一つ頷いて、ファービリアさんは自分のドレスを少しだけ持ち上げてみせる。
長い裾の下から見える銀色の靴は、私が履いてるものよりずっと高い踵だった。
うへえ、これで私をがっしり支えて揺るぎもしないって、ほんとに凄い。
「そなたと異界へ参る際には近衛の制服を纏う故、案ずることはないぞ?」
「え? あ、そっか、はい」
我ながら、間の抜けた答えだなあ。
でも、ファービリアさんがふわっふわきらっきらのドレス以外を着てるっていう想像がつかなくて、変な答え方になってしまった。
「ファービリアさんって、ドレス以外を着るのに抵抗とかないんですか?」
「ふむ?」
休憩時間だし、ちょっとした雑談のつもりで訊いてみれば、ファービリアさんは少し首を傾げてから私の隣に腰を下ろす。
「何故そう思う?」
「え? ええっと、ファービリアさんは元々女性寄りで生きてきたみたいですし、こういうきらきら綺麗なドレスのほうが好きそうですし」
「ふむ……まあ、美しいものを好むところは間違っておらぬな」
そう言ってから、ファービリアさんは軽くドレスを撫でた。
「少し、余たちの種族の話をしよう」
静かに微笑って、ファービリアさんは続ける。
「余の一族は基本的に女が公爵になるが、必ずそうでなくてはならぬ、というわけでもない。ただ、女である例が多かったが故、余も女の姿をしておったほうが西の外に対しては通りが良くてな」
確かそういうようなこと、あの時に言ってたっけ。
「性別そのものが曖昧であった余が女の姿をして、そして男になった今でもそのようで在り続けるのはただそれだけの理由に過ぎぬ。まあ、この姿が似合うから、という理由もあるがな」
「あ、はい。よくお似合いです」
似合うか似合わないかと訊かれれば、似合わないわけがないでしょうと言う他ない。
「そうじゃろう?」
私の素直な感想に、ファービリアさんは胸を張って、大輪の花が咲きこぼれるような笑みを浮かべる。
「余がどのような格好をしておるかより、そなたが最も気にしておることを、少し話そうか」
ふと、穏やかで優しい表情をして、ファービリアさんはじっと私を見た。
この人に、訊いてみたいと思っていたことがある。
でもそれはあまりにも不躾で、西の公爵領主なんていう立場のある人に訊くのは、ちょっとどうなんだろうって躊躇うものだった。
「よいよい。両方の性を持つなど、人間族にはそう滅多にある現象ではなかろう」
口籠る私に、ファービリアさんは緩く首を振る。
「なんでも訊けと言うたであろうよ」
ふわりと優しく微笑むファービリアさんは、やっぱり綺麗なんだけど、なんだかほっと安心出来る雰囲気もあった。
憶えていないけど、それは母のような、父のような。
無条件に信頼していい相手なんだと、そう心の底が訴えてるような。
そんな気がした。
「余たち妖精族の中には、そなたのように性別が定まらぬものが生まれることがある。それは多くはないが、余がそうであったように、珍しいものではない」
一人の人間に、男性と女性の両方がある。
身体と心が別の性別というわけではなくて、身体そのものに両方の性別を持ってるなんて、私の知ってる常識の範囲内だとそう滅多にあることじゃない。
それが、少数派とはいえ当たり前にある種族。
それに、どんな意味があるのか。
「のうアディ。人も、動物も、魔物も、何故死なねばならぬと思う?」
「え……?」
急に問われたことに返答ができず、私はただ、目を瞬かせる。
「余が思うに、生き物に死があるのは、種を長らえさせる為よ」
「種を……?」
ファービリアさんが何を言ってるのか巧く理解ができなくて、ただぽつりと言葉を返した。
「世界は劇的に変わることがある。外的要因、内的要因、様々な理由によるがな。人は、生き物は、己が生きておる間に、その変化に耐える術を身に着けることは難しいものよ」
世界は、変わる。
時にゆっくりと、時に急激に。
命は、一代ではそれに耐えられない。
種は沢山の命の中から、その変化に耐えられるものが遺され、受け継がれる。
死を世代交代と捉えるなら、それは確かに環境の変化に対応する為の手段なんだろう。
「余たち妖精族は、他の種族と比べて寿命が長い。そして、余たちは他の種族と子を成せぬ」
「え、っと……?」
ご長寿さんだってことは聞いてたけど、他の種族と子供ができないっていうのは初めて聞いた。
だけど、それに対してどう反応していいのか判らない。
「妖精族と対称的なのは獣人族よな。あれらは寿命こそ短いが、妖精族以外の種族全てと子を成すことができ、同種同士であれば子も多い」
ということは、妖精族は同種同士でも、子供はあまり多く生まれないってことだろうか。
「もしこのまま大樹の恩恵が崩れ去れば、最初に滅ぶのは妖精族であろうな」
少しだけ自嘲気味に微笑むファービリアさんに、何も言うことができない。
「そのような顔をしなくてもよい。長命であり、他種族と子を成せぬ妖精族は、そもそもそういうものであると理解しておる。状況によって優位に見える種族が変わることも、勿論理解しておる」
穏やかにそう言いながら、ファービリアさんは優しく私の頭を撫でてくれる。
視界の色が一瞬変わるのを感じながら、ファービリアさんの言いたいことは、なんとなく判った。
世界が平和だったら……より長く生きたいと願う人たちからしたら、妖精族の長命は羨望の対象だろう。
状況によって優位に見える種族が違うのは、当然と言えば当然のことだ。
理解はできる。
だけど。
それでも。
だからって、世界のバランスが崩れつつある今のこの状況で、ファービリアさんたち妖精族に、何も思わずにいろと言われても無理だ。
「まったく、己が何ものであるのかも判らぬというに、人の好いことよ」
まるで私の思ってることが全部判ってるみたいな、『ほんとにどうしようもない奴だな』とでも言いたげな顔をして、ファービリアさんはくしゃりと私の髪を強く撫でる。
「大人しく滅びるつもりはない。それなそなたとてよく判っておるであろう?」
「あ……は、はい」
そうだ。
大人しく世界の変革を受け入れるくらいなら、そもそも私が此処に居る理由がない。
「滅びるつもりがないから、妖精族には両性を持ち、番を見付けた時に対応する性に変わるものが生まれるのよ」
……ああ、そっか。
妖精族は同種族同士でしか子供を作れない。
そのチャンスを最大限に生かす為に、愛する人に巡り合うまで性別が決まらない存在が生まれるのか。
「余とて、同性同士の番が居ることは承知の上じゃし、そのことに偏見もない。じゃが、余は……妖精族は子を成さねばならぬ」
それは、種を繋ぐ為に。
それは、先へ歩む為に。
自分ではない誰かを、自分の血を継ぐ誰かを、先へ進ませる為に。
「そなたは妖精族とは違う故、何故その身体で此処に在るかは判らぬ。この者と思った相手と巡り合っても、余のように変化するとは断言できぬ。それでも、余はそなたが我が同胞のように愛しいよ」
そう言って微笑むファービリアさんの顔が、もう、麗しいを通り越して眩しいんですよ。
それが目の前にあるんですよ。
そりゃもうくらくらするってもんですよ。
「なんじゃ、顔が赤いぞ?」
「そ、そそ、そりゃ赤くもなるでしょうよ!」
くすくす微笑うファービリアさんに、こっちはあわあわするだけ。
相手が男性だろうが女性だろうが、この至近距離での美貌攻撃は心臓に悪い。
っていうか、私自身性別が両方あるせいなのか、ファービリアさんの二面性にやたらとドキドキする。
「ふふ、愛いものじゃのう」
私がなんであわあわしてるのか判ってるんだろう、ファービリアさんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私を覗き込んできた。
ふわああああ綺麗過ぎるううううう!
「さて、そなたは女の余に動じるのか」
囁くようにそう言ってから、不意にファービリアさんは表情を変えた。
「それとも、男の余に動じるのか」
か、顔が!
声が!!
いきなり男性っぽくなったっ!
この切り替え、ほんとにどうなってんだ!?
「ふふ、愛いものよのう」
男性の顔と声のまま、ファービリアさんはくすくすと微笑う。
「も、もう、勘弁して、くださいぃ……!」
顔を両手で覆って、私はとにかくファービリアさんを見ないようにした。
視界を遮断した私の耳に、静かに笑うファービリアさんの声が、妙に強く響いていた。
続




