1-14『騎士として』※ヒュージ視点
第一章
第十四話
『騎士として』※ヒュージ視点
稀人と呼ばれる異世界人……アディとの顔合わせを終えたあと、リクに連れて下がらせた。
部屋に俺とカリス、それからヒールの三人になったのを見て、大きく息を吐き出す。
「傾聴」
「「はっ」」
呟くように言った瞬間、カリスとヒールが鋭く返事をして、ザッと踵を鳴らして姿勢を正した。
素の顔は人当たりが良くて面倒見もいい二人だが、騎士として動かなきゃいけねえときはきっちりこなせる。
代々騎士の家に生まれたわけじゃねえってのに、大したもんだ。
「予定通り、リク、カリス、ヒールの三名を稀人の護衛とする。予定管理はお前たちに任せるが、報告は細かくしろよ?」
「「はっ!」」
俺が直接顔を合わせて、予定の変更が必要そうでありゃ担当を組み替えるつもりだったが、その必要はなさそうだ。
「それと、稀人のストレスには気を配ってやれ」
「ストレス、ですか?」
俺が言いたいことの真意が判っていねえんだろう、鸚鵡返しをしたヒールの目には、『何故今更そんなことを』って色がありありと浮かんでる。
そりゃそうだろう、ヒールは個人的な気質から、ああいうタイプの奴を放っておけねえ。
そんな相手を護衛してて、精神面は放っておくなんてこた、こいつに限って有り得ねえからな。
そりゃあ判ってる。
「あいつが大人しく俺たちの言う通りにしてくれてんのは、確かにあいつ生来の性分かもしれねえけどな、それが本人の記憶を取り戻しても変わらねえとは限らねえだろ」
「それは……はい」
反論しそうになったヒールだったが、俺がじろりと見遣れば、視線を僅かに下に向けながら頷いた。
これは別に団長である俺の睨みに怯んだわけじゃねえ。
ヒールは出身の割りに頭がいい。
俺が言いてえことくらい、すぐに察しが付くだろう。
「もう一度言っとくが、報告はマメに入れろ。いいな?」
「「はい」」
念押しした俺に、二人はただ素直に頷いた。
やれやれ、こういうのは年の功ってのもあるかもしれねえな。
「崩していいぞ」
これ以上、堅苦しい形を続ける必要はねえ。
そう告げれば、二人は小さく息を吐き、少しだけ姿勢を崩した。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れてたが、人手が足りなくなりそうなら早めに言えよ? 調整かけてやっから」
「そりゃありがたいお言葉で。でも、俺らだけで大丈夫だと思いますよ」
普段通りの口調で言って、カリスは首を振る。
「アディは結構大人しいし、俺らを振り回すような我が儘も言わねえんで」
確かにカリスの言う通り、あいつは随分大人しい……っつうか、物分かりが良過ぎる。
幾ら俺らの要望に従うしかねえ、従ってたほうが良さそうだって思ってたとしても、普通はもう少し……なんつうか、こう、抗わねえか?
「いい子過ぎる理由が『記憶がない』ことに起因してるなら、そのうち食い違ってくると思いますけど」
ヒールは眉間に皴を寄せて、顎に指を当てた。
「あれはなんだか、もう少し違うような気がします。なんていうか……我が儘を言うことさえ忘れてしまった子供、みたいに見えます」
「それが記憶がねえことに起因してるんじゃねえって根拠は?」
俺の言葉に、ヒールは眉間の皴を更に深くする。
「巧く言えないんですけど……あの子は自分の記憶と一緒に、感情の一部を封印されちゃってるような感じがするんです」
確かに記憶を封印する魔法ってもんもあるにはあるが、それが使えるような大魔導士は俺が知ってる限り数人しか居ねえ。
その上、アディはあの日、中央の大樹の上に現れるまで、この世界の誰とも接点がないはずだ。
「アディの元居た世界じゃ、魔法なんてもんはないって話だろ?」
「そうなんですけど……」
小さく首を傾げた俺に、ヒールは口籠る。
ただそれでも自分が口にした言葉を否定しねえってことは、自分が感じた微妙な違和感をそれ以外の言葉で表現できねえんだろう。
「アディが居た世界だと、魔法の代わりに別の技術が発達してたそうっすよ」
カリスの助け舟みてえな話は、確かに俺も報告で聞いてる。
「かがく、だったか? 魔法がねえ代わりに、技術を磨いたとかいう」
「そっす。魔法も魔石もなしで火を生んだり水の流れを操ったり、果ては空飛んだりって言ってたっす」
「怪我や病気を治すのも技術でなんとかしてるって言ってましたよ」
その報告を聞いたときは、なきゃねえでどうにでもするもんだな、と思った。
もしその高い技術力で、人の記憶や感情を封じることもできるとしたら?
「その技術で、例え記憶やらなんやらの封印ができたとして、なんであいつがそういうことになってる?」
俺の言葉に答えられる奴は、この場に居なかった。
俺自身も含めて。
「やれやれ。結局よく判らねえ存在だって話に戻ってきちまうんだよなあ」
大きく息を吐き出して、腕を組む。
「あのヒイラギ殿も『あの子のことは巧く表現できない』っつってたってんだから、俺らに何が言えるわけもねえんだが」
東の領主代行、ヒイラギ殿は、親父殿譲りの明晰な頭脳の持ち主だ。
人の裏表を見抜く目も、ちょっとしたヒントを見付ける目も、それを組み立てる頭も全部、親父殿譲り。
親父殿がぴんぴんしてる状態で領主代行を任せられるだけあるってもんだが、その才女が巧く言葉にできねえってんなら、俺らにできるわけもねえ。
少なくとも、今の段階じゃあな。
「生まれが違う世界だっていう時点で、よく判らないのは承知の上じゃないですか」
重くなった空気を打ち消すように、ヒールが殊更元気な声で続ける。
「今は本人も思い出せない過去が、どんなだったか判りませんけど、少なくとも今はすっごくいい子だと私は思います。これから先どうなるかは、私たち次第だとも思います」
下町育ちで、元気なのから大人しいの、優等生やら悪ガキまで、実に数え切れねえ子供らに囲まれてきたヒールらしい台詞だな。
「俺もアディに変なモンは感じないっす。北の人たちだって、なんか感じるモンがありゃ、真っ先に言ってくるっしょ」
カリスの言う通り、獣人族ってのは直感に優れてる。
ヒイラギ殿みてえに証拠と根拠と論理に基づいたもんじゃねえが、そっちはそっちで妙な信憑性があるもんだ。
「だろうな。俺も、あいつから妙な気配がするとか、先行きが不安だとか、そう思ってるわけじゃねえよ」
お前らがあいつを気に入ってるってこたあよく判った、とは言わずに、俺は小さく苦笑を浮かべる。
「できる範囲で、良くしてやってやれ。手が足りねえ以外でも、なんかありゃすぐ俺に言え。ま、今更確認することでもねえわな」
「へいへ~い、さっきも聞きましたって」
「判ってますって、団長!」
改めて言えば、二人は想像通りの答えを返してきた。
ま、こいつらはこれでいい。
だからこそ、こいつらを稀人の護衛に付けたんだ。
他の騎士団員と比べて、この二人はあらゆる意味で柔軟性が高い。
人を血筋で判断しねえし、本質を見抜く力があるから、相手が誰であろうと贔屓も色眼鏡もねえ。
騎士ってのはどうしてもその血筋の奴が多いから、そうじゃねえ視点ってのは珍しい。
ああ、騎士らしい騎士ってんで思い出したわ。
「そういや、リクの調子はどうだ?」
俺の問い掛けに、二人は顔を見合わせる。
「俺が見る限りは、いつも通りって感じっすけど」
「私も、そんなに動揺してるようには見えませんけど」
二人とも歯切れのわりい言い方になる理由は、まあ、なんとなく察しが付く。
あいつは感情を表に出さねえ奴だからな。
ただ、あいつの境遇を……あの一族が授かる『祝福』を考えれば、思うところはあるってもんだな。
「いつも通りに見えるかもしれねえですけど……まあ、俺らに言わねえだけで、考えちゃいるでしょうね」
「ほんと。察しが付くだけにこっちだって色々思うっていうか……やっぱへたれね、あいつ」
いやおいヒール、それをへたれのひと括りにすんのはどうだよ?
「お前は、何かっちゃーへたれへたれってよ……」
「何よ。男って基本へたれじゃない」
「おまっ! 今、結構な数、敵に回したからな!?」
「何言ってんのよ!?」
おー、始まったな、こりゃ。
「なんだかんだ、女のほうが度胸あること多いじゃない!」
「肉体的にはどうやったって男のほうが上だろが!」
「へえええ? あんた、私に勝てる自信あるわけ!?」
「そ、それはお前が俺の最悪の弱点知ってるってだけだろ!?」
あー、はいはい。
いつものことながら、元気なもんだなあ。
「相手の弱点を知るとか知らないとか、そういうのは戦略の初歩でしょ!?」
「うるっせえな! とにかくお前が水使わなきゃ俺が勝つっての!」
「判った判った、ちょっと待てお前ら」
やんやん言い合ってる二人に、俺はひらひらと手を振る。
その途端、二人はギロッと音がしそうな勢いでこっちを向いた。
おうおう、並の奴なら腰抜かしそうな、いい気合してやがる。
「ほれ傾聴」
「「はっ!」」
騎士として切り替わるスイッチの一つを口にすれば、二人は踵を鳴らして直立した。
我がことながら、見事なもんだ。
一度騎士としての教育を受けた奴は、生まれがどうあれこういう形を覚え込まされる。
それがいいことなのか、悪いことなのか、俺には判らねえ。
ただ、こういう部分が騎士には必要なんだってことだけしか、俺には判らねえ。
「そういうのはな、俺が帰ってからにしろ」
「「……っ!」」
心の中で渦巻く反論があろうが、魂を引き千切るほどの咆哮が渦巻こうが、口答えもねえ。
守るべき対象の為、上官の指示には絶対に従う。
それが、陛下付きの騎士団員が共通して持っている、基本理念だ。
「ほれ、崩していいぞ」
こいつらの口喧嘩を止めるのには、都合のいい基本理念だがな。
さて、これから先、どうなるかねえ。
あの稀人ってやつがどう転ぶか判らねえが、騎士は騎士として、生きるしかねえな。
俺は、生粋の騎士の家系だ。
生憎と、俺にはこれしか生き方がねえんだ。
続




