1-13『騎士と騎士団長』
第一章
第十三話
『騎士と騎士団長』
陛下と四方のお偉いさんとの謁見が終わったあと、私は騎士団長と正式に顔合わせをしようって話になった。
陛下の謁見の間をそのまま使うわけにもいかないし、すぐ近くの客室みたいなところに通されて、私はそこで一人で待っている。
因みに、クイニークさんが、『顔合わせならここでやっていいんだよ~?』とか言ってたけど、流石に皆々様が揃ってらっしゃるあの場は緊張するし、何よりあそこは陛下と謁見する場所だ。
この世界に来て数日の私でさえ恐縮するっての。
はあ、と溜め息に似た息を吐き出して、座り心地のいいソファーに深く身を沈める。
そういえば、自分の寝室以外で一人になるのって少ないなあ、なんて、ぼんやり天井を眺めた。
わあ、天井の隅まで綺麗に掃除されてるなあ。
まあ、何はともあれ、取り敢えず、これから私が何をするのかは判った。
六層ある異界に行く、なんて、正直言うと全然ぴんとこないけどね。
第一層に行くのは三日後と決まっていて、それも石板のお告げだそうだ。
この『石板のお告げは絶対』っていう常識、どうにもまだ慣れないんだよなあ。
ただ、その言葉に従っていれば正しい方向に進めるとすれば楽な気もするけど、行った異界の何処に核があるかとか、その異界がどんなものだとか、そういうことは告げてくれないらしい。
まあそれでも、行くべき先が示されるのはやっぱり楽だよなあ。
なんか、ゲームの世界みたいだ。
クリアまでのストーリーが決まってて、主人公がそこに向かうように誘われる。
実際そんな感じがずっとしてて、どうにも緊張感がない。
だからといって、稀人の役目を全部投げ出そうとは思わないけど。
この王宮で稀人として好待遇を受けておきながら、何もしないっていうのも居心地悪いし。
それに何より、私が何もしなければ、この世界は荒廃していくんだろう。
私が知ってる世界よりずっと狭いここは、一部が機能不全になるだけでもかなりの痛手になると思う。
それが二か所同時に起こったらどうなるか、想像できないほどアレなわけでもない。
ここに揃った私を気遣ってくれる人たちの為にも、このゲームはきっちりハッピーエンドでクリアしたいもんだよ。
「アディ」
リクの声が聞こえて、はっと声を上げる。
いつの間にかドアが開けられていて、そこに見慣れた三人と、さっき見掛けた山賊の親分……じゃない、騎士団長殿が立ってた。
やばい、ノックしてくれてたんだろうけど、全然気付かなかった。
「ごめん、ぼんやりしてて」
「いいのよ、気にしなくて~」
反射的に立ち上がりながら謝罪した私に、ヒールがひらひらと手を振る。
そんなに深く物思いに耽ってたつもりじゃないんだけど、気付かなかったんだから結構ぼんやりしてたんだろう。
悪いことしたな、と思ったんだけど、みんな気にしてないみたいだし、ひと安心だ。
……いや、若干一名、表情が読めないっていうか、厳めしい顔のままの人が居る。
表情が乏しいって意味じゃリクもそうなんだけど、よく一緒に居てくれたお陰で、別に気分を害してるわけじゃないってのが判るんだけどさ。
「え、と……」
その若干一名、物凄く怖いんだよなあ。
思わずその顔を見つめながら、何をどう言ったもんか、と声が詰まった。
一瞬、誰も動かず、無音の時間が流れる。
それを打ち破るように、強面の騎士団長殿がにい、と口の端を上げた。
おおう、これから村を焼き討ちしそうな笑顔ですね……!
「気にすんな、嬢ちゃん!」
豪快な声が、大きな口から放り出される。
「いや、坊主か? なんだ、どっちがいい?」
「え、ええっと、あ。ええ?」
なんて答えればいいのか迷ってしまって、私は意味のない声を喉の奥から絞り出すしかなかった。
「だん、っちょう!」
「っで!!」
私が正しい答えを導き出すより先に、ヒールが思いっきり野盗の頭……じゃない、騎士団長殿の背中を殴りつけた。
……殴りつけた!?
「アディが怖がってますから! もっと柔らかい笑顔で!!」
げほげほと咳き込んでる騎士団長殿に向かって、ヒールは腰に手を当てて思い切り言い放つ。
あ、ああああああ、あの……!
その人って、貴方の直属の上司ですよねヒールさあん!?
ちょ、あの、リク、カリス!?
なんで二人とも止めないの!?
「ったく、てめえは癒し手のくせに、手癖がわりいんだよ……!」
騎士団長殿は咳き込む間に吐き捨てるようにそう言って、ぜえはあと呼吸を整えた。
「はああ、っと」
わざとらしく大きく声と息を吐き出してから、騎士団長殿は改めて私のほうを見る。
その表情はさっきまでと比べて、ちょっと情けないっていうか、呆れた感じが八割がた表に出てきてしまってて、迫力が少しだけ下がってた。
飽く迄、少しだけ。
「俺はアルフォンス陛下直属の騎士団をまとめてる、ヒュージ・シューミルだ。よろしくな」
「あ、えっと、アデリシアです。よろしくお願いします、騎士団長殿」
に、と笑った騎士団長殿に、そろそろ少しだけ慣れてきた自分の名前を告げる。
「ああ、ヒュージでいいぞ。堅苦しいの、慣れてねえんだろ?」
「え? あ、は、はい」
堅苦しくしようと思って『騎士団長殿』とか呼んだつもりはないんだけど、畏まらなくていいって言って貰えるのはありがたい。
私が元居た世界だと、貴族だ騎士だなんてものは馴染みのあるものじゃなかったって話を、きっと後ろの部下たちから聞いてたんだろう。
自分に関する記憶はないのに、いわゆる常識ってものは判るなんていう怪しい主張を、この人はどう思ったんだろう?
「お前さんのこたあ、こいつらに倣ってアディって呼ばせて貰うか。なんかリクエストあるか?」
「へ? いえ……」
呼び方についてのリクエスト、と言われても……そう思ってから、リクたちに『アディ』って呼ばれるのが嫌じゃないっていうより、結構気に入ってることに気付いた。
気に入ってるっていうか、なんかほっとするんだよなあ。
「アディと呼んで貰えるの、嬉しいです」
素直にそう言ったら、騎士団長殿……ヒュージさんはちょっとおや? って顔をして、それから豪快な笑みを浮かべる。
「そうか! こいつらちゃんとお前さんの面倒みてんだな!」
鼓膜が揺れそうなくらいの大声で言いながら、ヒュージさんは私に手を伸ばしてきた。
え? と思う間があったかどうか。
頭の上にどすんと重みが載るのと、視界が白黒になったのはほぼ同時だった。
「ん? ああ、おうおう、これか!」
よく判らないことを言いながら、ヒュージさんはぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる。
いや、あの、ちょっと?
私はみんなの『祝福』や『呪い』を消す力があるから、極力触れないようにするって話、伝わってんじゃなかったの?
折角ヒイラギさんに貰った手袋をして、露出の少ない服を着てるっていうのに、そっちから頭に触ってきちゃ意味ないだろ。
そんなことを思ってる間も、ぐっしゃぐっしゃ頭を撫でられ……っていうより、もう掻き混ぜられるって表現のほうが合ってる気がするけど、とにかくわしゃわしゃされ続けてる。
「だ・ん・ちょう!!」
「ぐはっ!」
誰かに助けを求めようかと思ったところで、またヒールの声と、ヒュージさんの息が詰まるような呻きが聞こえた。
はっとして見たら、可愛い顔を三白眼のなんともいえない表情にしたヒールの拳が、ヒュージさんの脇腹にめり込んでる。
ひ、ヒールううう!
さっきに続いてその所業、許されるの!?
「アディには無闇に触らないこと! 陛下から直々に通達されたでしょう!? はい復唱!!」
三白眼のまま、ヒールは腰に手を当ててそんなことを叫ぶ。
あああああのほんとちょっと大丈夫!?
「あ~、『アディには無闇に触らない』」
騎士団長殿が復唱したよ!?
「悪かったな、驚かせたか?」
「あ、あはは、色々、驚きました……」
強面のヒュージさんが首を傾げるのと、その隣で腕組みしてるヒールを見比べるようにしながら、正直な感想を述べてみる。
「あー、ま、こいつのことは気にすんな」
私が何を言いたいのか察してくれてるらしいヒュージさんは、ちらっとヒールを見てから続けた。
「気に入られてるみてえで良かったよ」
乱暴な口調だし、顔も相変わらず凶悪だけど、人は良さそうだ。
サンシュと気が合いそうな感じだけど、この世界のお偉いさんたちがこんな感じでいいんだろうか?
というか、騎士っぽい騎士に会った覚えがない。
リクは……騎士らしいような、それっぽくないような。
まあ、よく考えれば本当の騎士様の記憶なんてないんだから、本来はどういうものなのか判らないんだけど。
「お前さんにゃあ窮屈な思いさせちまうが、身の安全は俺たちが保証する。お前さんに付けたこの三人は、うちの団員の中でも選り抜きだ」
そう言って、ヒュージさんはがりがりと頭を掻いた。
「自分らの住むとこくれえ、自分らでどうにかしろって話なんだけどな。巻き込んじまってわりいな」
はあ、と息を吐き出しながら言われて、私は何度か目を瞬かせる。
根本的なことを謝罪されたのは初めてで、そういえばそのこと自体を怒っても良かったのか、と、今更気付いた。
「もしも誰かが呼び付けてて、それから私に元の世界の記憶がちゃんと残ってたら、怒ってたかもしれないですけど」
どう答えたもんだろう、と思いながら、私は正直に告げる。
「誰かが無理矢理召喚したわけでもないし、私は自分の過去を憶えてないし、怒るっていうのもなんか違うかな、って」
「成る程なあ」
苦笑しながら言うと、ヒュージさんはなんか感心したように、顎を撫でながら頷いた。
「平和主義っつうかなんつうか、攻撃性のねえ性格してんだな」
「へ? ええっと……?」
しみじみ言われてしまったけど、私は別にそんなこと考えてたわけでもない。
「いや、実際に平和なとこから来たんだっけか」
反応に困ってたら、ヒュージさんは一人で納得したみたいにぽん、と手を打った。
ま、まあ確かに、剣だの魔法だの騎士だの魔物だのってものが日常じゃないと言えば、ここと比べれば平和なのかもしれない。
「お前ら、ちゃんと守ってやれよ?」
「判ってます~」
「ちゃんとやりますって」
振り返りながら言ったヒュージさんに、ヒールとカリスがそれぞれ返事をする。
リクは、無言で軽く頭を下げた。
ううん、なんか、私の性格が妙に好意的に解釈されているような……?
「あ、おいアディ」
「え? 何?」
不意にカリスに呼ばれて、私は首を傾げる。
「団長の顔、よ~っく憶えとけよ?」
「顔?」
なんかにやにや笑いながら言われなくても、ヒュージさんの顔は流石に忘れないと思うんだけど。
「あとから面白いことになるからよ」
きょとんとしてる私に、それでもカリスはにやにや笑ったまま、そう続けた。
なんで? と思いながら他の三人を見たら、ヒュージさんはなんだか嫌そうな表情で腕組み、ヒールは口元を覆って斜め上を見てて、リクは困ったように視線を下に向けてる。
反応が三者三様で、全然正解が想像できない。
「まあいいさ。あんまり連れ回して疲れさせんじゃねえぞ?」
「は~い!」
「うっす!」
はあ、と溜め息を吐いたヒュージさんに、ヒールとカリスが元気よく手を上げた。
リクは相変わらず無言のまま、困ったような顔をしてる。
よ、よく判らないけど、取り敢えずヒュージさんの顔をじっくり見て憶えておくことにしよう。
続




