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創り人の箱庭  作者: サボ
序章
2/137

0-1『美形と個性が続々と』

序幕

第一話

『美形と個性が次々と』



 待って。

 いや待ってくれ。

 多分、寝起きで混乱してるだけ……のはず、だから。

「ええ、と……」

 自分が誰かも判らないと吐き出したその口で、戸惑いの声を漏らす。

 目の前の……りーく何某さんは、そんな私を見て小さく首を傾げた。

 よく見れば、随分整った顔をしてらっしゃる。

 気のせいか、周りにきらきらと光を散らしてらっしゃるくらいの美形……いや、違うわ。

 美形であることに変わりないけど、周りがきらきら光ってるの、彼が背負ってる光じゃない。

 光ってるのは、彼の……それから私の周りにある葉っぱだ。

 銀色の葉が、暗い背景の中、淡く輝いてる。

 太陽や月の光を反射するわけじゃなく、自分で光る葉っぱなんてものを見たのは初めてだ。

 ……?

 『初めて見た』ってことが、判る?

 自分が誰で、ここが何処なのかも、今まで何してたかも判らないのに?

「落ち着いて。さあ、手を」

「……?」

 不意に低い声が聞こえて、目の前に大きな手が差し伸べられた。

 それはさっきから目の前に居るりーく何某さんの手で、ごつごつと骨ばって随分と硬そうだ。

「大丈夫だ。自分は、貴方の敵ではない」

 さっきから要領を得ないであろう私を、それでも見捨てるでも、怒るでもなく、彼は静かに言葉を重ねる。

 低く、耳に心地良い音が、不思議と心を落ち着かせてくれるみたいだ。

 私は、ゆっくりと右手を持ち上げる。

 敵ではないとか言われてもなんの実感も湧かないけど、今はこの人の手に縋っておくしかないような気がした。

 実際、ここが何処かも判らないわけだし。

 大きな手に、自分の手が重なる。

 瞬間。

「っ!?」

 目に映る色が、白黒に反転したような錯覚。

 それを感じたのは私だけじゃなかったのか、二人同時に、弾かれたように手を離した。

 錯覚はほんの一瞬で消えて、私の目には驚きに目を丸くする彼の姿が映る……んだけど。

「え?」

 彼の姿が斜めになっていて、私の口は間抜けな声を上げる。

 違う。

 彼が斜めになってるんじゃない。

「っ!?」

 反射的に下を見て、理解する。

 私はどうやら、木の枝に座って、幹に凭れ掛かってるような状態だったらしい。

 そんな不安定な状態で、無遠慮に腕を振り回せばどうなるか。

 そりゃ、ずり落ちるわ。

「う、わ……!」

「君……!」

 間の抜けた悲鳴の向こうから、彼の声が聞こえた気がする。

 だけど慌てた私はばたばたと両腕を振り回してしまって、余計にバランスを崩した。

 あっという間もなく、落ちる……!

「やれ、何をしておるのやら」

 高いところから落ちる独特の浮遊感やら、葉っぱや枝がばちばち当たる衝撃やら、最終的に叩き付けられるはずの何やらを覚悟する前に、女性の高い声が聞こえた。

 無意識にぎゅっと閉じていた目を開ければ、りーく何某さんの後ろに、妖精が浮かんでいる。

 いや、手の平サイズじゃなく、人としてのサイズ感ではあったけど、本当に妖精と表現する以外にないんだって。

 豪奢なウエーブを描く金色の長い髪に、星を閉じ込めたような銀色の大きな瞳。

 柔らかな笑みを浮かべる顔は、完成された美、そのもの。

 華奢な身体を包む露出の少ないドレスの裾と、細い首を飾る長いスカーフが、緩やかになびいていた。

「大方、おぬしがまた無意識に威圧でもしたのであろう? のう、リークレット?」

「いえ、自分は……」

 薔薇色の唇が笑みの形に持ち上がる様子を、私はただ黙って見つめる。

 声を掛けられたリークレットさん? は、なんだかばつが悪そうに目を伏せた。

「おおっと、ここに居たか!」

「!?」

 また知らない声が増えて、そっちを見た私は大きく息を飲む。

 太い枝に、それよりも太いんじゃないかっていう腕一本でぶら下がるその人は、狼の顔をしていた。

 赤銅色のもっふもふの毛並みをした人狼が、真っ黒な目で私を見ている。

「おぬしよりリクが先に見付けるとはのう」

「ここじゃ鼻が巧く利かねえんだよ」

 ふ、と口元に笑みを浮かべる妖精に、人狼は顔を顰めて鼻をこすった。

「ここじゃ仕方がないでしょう」

 今度は別の方向から落ち着いた女性の声が聞こえて、反射的にそっちに振り返る。

 見事に伸びた太い枝の上に、すらりと背の高い女性が立っていた。

 前下がりになったショートボブの髪も、少し吊った目も、闇を閉じ込めたような漆黒だ。

 抜けるように白い肌と、研ぎ澄まされた刃のような美貌が、全身黒ずくめのいで立ちで更に際立ってる。

 なんか、この辺の美形率が爆発的に上がっていく気がしたけど、それより気になることがある。

 黒髪の女性の肩に、明らかに人じゃないものがちょこんと座っていた。

 なんていうか……畑で採れた人型の野菜?

 色は人参に近いオレンジなんだけど、頭に三枚くらいにょきりと生えてる葉っぱは人参のそれじゃない。

 あと、目と鼻と口がある。

 なんか、目と口は横線、鼻は縦線を、合計四本引っ張っただけみたいな、実にシンプルな顔が。

 ああ、多分、眉間に当たる場所に二本縦線が入ってるから、合計は六本か。

 いや、そんな些細なことは横に置いておいて。

 それは、どうやら私がガン見してるのに気付いたらしい。

「よう」

 ひょい、と片手を上げて、見た目を裏切る低くてやけにいい声で挨拶してくれた。

 いや、この見た目でどういう声が正しいのかは、よく判らないけど。

「や、やあ」

 挨拶された以上、返さないのも無礼極まりない。

 反射で片手を上げて、今更気付いた。

 私の手は……というか、私の身体は、木の枝に支えられていない。

 あの妖精と同じように、浮かんでる。

「おやあ? 揃ってるみたいですねえ?」

 のんびりと間延びした声が聞こえて、まだ増えるのか、と思ってしまった私を、誰も責められないだろう。

 さっきから次々現れる人たちが、全員個性的で眩暈がする……って、わあ、今度もまた個性的だなあ。

 私たちより少し下のほうで枝に立ってる青年は、長くて白い髪に赤い目を持っていた。

 線の細い、ちょっと頼りなげにも見えるお兄さんは、リークレットさんや人狼さんと対極の位置に見える。

「これはこれは初めましてえ、稀人さん」

「……は?」

 真っすぐに私を見ながら告げられた言葉に、間の抜けた声しか出てこない。

 『まれびと』って言った?

 何それ?

 物凄くきょとんとしてる私に、白い彼は『おやあ?』とでも言いたげに首を傾げる。

 なんか、釣られてこっちも首を傾げたくなる雰囲気があるなあ。

「自己紹介は、下に降りてからにしましょうか」

 人型根菜を肩に載せた美女が、場を取りなすようにそう言ってくれた。

 思わずそっちに視線を向ければ、彼女は小さく微笑んでくれる。

 この人、笑うと急に雰囲気が柔らかくなるんだな。

「ファービリア閣下、どうせですからそのまま降ろしてあげてください」

「よかろう」

 丁寧口調なような、砕けてるような、中途半端な言葉遣いの彼女に、妖精は艶然と微笑んだ。

 ……今、閣下とか呼んでなかった?

 それ、偉い人の呼び方じゃないの?

「リク、降りられるか?」

 女性は続いて、リークレットさんに呼び掛けた。

 そういえば、他の人たちがどんどん出てきてから、リークレットさんはなんにも喋ってない。

 喋る隙もなかった、とも言えるけど。

「……無論」

「それは良かった」

 短い会話のあと、彼女は身軽く木を降りていく。

 肩に乗ってるあのオレンジ色の何かは、器用にバランスを取ってるみたいで傾ぎもしないのが凄い。

「いよっと!」

 短い掛け声の直後、ぶわ、と何かがすぐ横を通っていく……いや、落ちていく音がした。

 ちょ、人狼さん、飛び降りた!?

 下を見ても地面なんて見えないようなここから、飛び降りた!?

「アレは筋肉馬鹿故、案ずる必要はない」

 妖精さんはそんなことを言って、さも楽しそうにころころと笑ってる。

「おぬしは余が連れて参ろう」

「え? わ!」

 ふ、とレースの白い手袋に包まれた指先がこっちに向いたかと思うと、私の身体が勝手にふわりと浮き上がった。

 慌てて暴れそうになったけど、揺れるとか不安定だとかそういう感じが全くなくて、何度も目を瞬かせる。

 なんか、座った床ごと浮いてるような、不思議な安定感。

 安定安心ではあるんだけど、私は何故か、後ろを振り返っていた。

 少し離れただけじゃ、どのくらいの大きさかすら判らない、銀色の大樹。

 漆黒の背景に、淡く光を散らすその場所から、リークレットさんが私のほうを見ていた。

 私も彼の翡翠色の目を見つめたまま、逸らせない。

 ……さっきの、一瞬の感覚は、なんだったんだろう?

 私たち二人の目には、きっと同じ疑問が浮かんでいた。



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