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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-10『領主代行の内心』※ヒイラギ視点

第一章

第十話

『領主代行の内心』

※ヒイラギ視点



 はあ~あ、やれやれ。

 若輩の務めとはいえ、こういう疲れることはやりたくないなあ。

「ヒイラギ」

「ん」

 サイゾウに呼ばれて、私は喉の奥を鳴らすようにして返事をする。

 小さく息を吐いて、さっきまでアディが座っていたソファを見た。

 今は誰も居ない席に、なんともいえない気分になる。

「進めるか?」

 重ねるように、サイゾウに問われた。

「進むよ」

 躊躇うことなく応える。

 なんせ、私は次期東の領主だからね。

 代々領主なんて生き物は、進む以外の道なんてないもんだ。

「そうか」

 私の答えに納得したのか、してないのか。

 平坦な声の底を推し量るのは、幼馴染の私でも難しい。

「だから、行くとしますか」

 彼の心の奥底は判らなくても、私に付いてきてくれることだけは判ってる。

「ああ」

 苦笑混じりに見上げる私に、サイゾウは案の定、静かに頷いてくれた。

 公の場でしかサイゾウを知らない人には信じられないことだろうけど、彼は普段から全く喋らないわけじゃない。

 無口なほうだと思うけど、会話は普通に出来る。

 まあ、本来は敬語で喋るべきだろう私に対してそれを省いてるのは、私が頼んでるからっていう理由が大きいだろうけど。

 本当に小さい頃からの幼馴染だから、公私で分けて貰ってるっていうのが正しい表現かもしれない。

 そのサイゾウは、茶碗に入ったままだったゴラちゃんを持ち上げて、残った水気を拭いてくれている。

 何気なく茶碗を覗き込むと、そこにはほとんどお茶が残っていなかった。

「ヒイラギ」

 立ち上がった私に向かって、ゴラちゃんが両手を伸ばす。

 それが抱っこしてくれ、という意味だってことくらい重々承知してる私は、すぐにその小さな身体を抱き上げた。

 つるんとした肌はほんのり温かくて、きゅ、と縋ってくれる手が可愛い。

 ゴラちゃんはそのまま慣れた感じで私の肩までよじ登って、ちょこんと座る。

「行くぞ~」

 のんびりした声が耳元で聞こえて、少しくすぐったい。

「うん、行こうか」

 小さく笑って、少し頬を寄せる。

 ゴラちゃんのほうからも身を寄せてくれる感触があって、なんかほっとした。

 一つ息を吐いて、私は足を踏み出す。

 部屋のドアは、音もなく進んだサイゾウが開けてくれた。

 王宮の長い廊下を、ゴラちゃんを肩に乗せて、サイゾウを後ろに従えて歩く。

 響く靴音は、私の分、一つだけ。

 すぐ後ろに付いてきてくれてるサイゾウの足音は、いつも通り一つもしなかった。

「どうやって消してんだか判んないけど、相変わらず凄いね」

「……足音か?」

「そうそう」

 軽く振り返った私の言葉に、サイゾウは一度瞬きをした。

 サイゾウは聡いし、付き合いも長いから、言葉を端折っても通じるのが楽でいい。

「既に癖だ」

「そっか」

 なんでもないことのように言うサイゾウに、小さく笑い掛ける。

 磨き抜かれた大理石の廊下を、硬い底の靴で歩いて足音がしない人なんて、他の騎士さんや近衛さんたちの中には居ないとも思うけどね。

「あ、やば」

 もう少しで目的地に着くって頃になって、私は一つ、やらなきゃいけないことをやってこなかったことに気付いた。

「どした?」

「出てくる前、鏡見てくるの忘れた」

 肩からゴラちゃんに問われて、小さく苦笑する。

 これからお会いするお歴々を前に、身だしなみの確認してくるのを忘れるなんて、淑女としてアレだな。

 淑女で在りたいと強く思ってるわけじゃないし、淑女でなくていいならほんとに楽だけど、そういうわけにもいかないのが私の立場だ。

「サイゾウ、何処かおかしいところない?」

 立ち止まって、サイゾウに向き直る。

 サイゾウはそんな私を見て、小さく、本当に小さく首を傾げた。

「いつも通り、美しいが」

 おおおおまああええええはああああ!

 何をしれっと言ってんだよおおおお!

「そういうこと訊いてんじゃないんだよ……」

 ああもう、顔赤くなってるよ、これ。

 公の場でしかサイゾウを知らない人が見たら驚くだろうポイントは、意外と普通に喋るってところだけじゃない。

 この人、こういうことさらっと言うんだよ。

 思わず額を押さえた私を、てしてし、とゴラちゃんの手が撫でてくれる。

 ゴラちゃん曰く、『クールでキザで一途な挙句にストイック』ってのがサイゾウの評価なんだけど、全く以てその通りだよ。

「ゴラちゃん、私、変なとこない?」

「大丈夫だぞ。もしなんかあっても、俺が歌って踊れば、大抵の奴は俺のほうに注目するからな」

「うん、可愛いけど、それはそれで違う気がする……」

 そういうこと言ってんじゃないってば、と思いつつも、可愛いゴラちゃんにほっと和んだ。

 もう大丈夫ってことでいいや、と思い直して、私は目的地へと再び足を進ませた。

 やがて見えてきた大きな扉の前に、二人の衛兵が立っているのが見える。

「東の領主代行、ヒイラギだ。陛下にお目通り願おう」

 その二人の前に真っすぐに立ち、私は告げた。

 うん、淑女なんて言葉吹っ飛ぶ名乗りだなって、いつも自分で思うぞ。

「はっ。少々お待ちください!」

 二人の衛兵は深く一礼して、一人だけが足早にこの場を去っていく。

 程なくして、目の前の大きな扉が内側から外向きに開かれた。

 その向こうはまだ室内じゃなく、もう一つ扉がある。

 扉を開けてくれたのはさっきの衛兵で、すぐ脇で女官が深く頭を下げていた。

 やれやれ、いつ見ても大仰だな。

 内心で溜め息を一つ吐いて、姿勢を正す。

 外側の扉を開けてくれた衛兵が、一礼してから更に内側の扉もやっぱり外開きに開けてくれるのを、ただ黙って見つめた。

 扉が完全に開いてから、私は足を進める。

 足音は聞こえないし、こんなに近くに居ても気配をさっぱり感じないけど、サイゾウはちゃんと付いてきてくれてるはずだ。

「東の領主が代行、ヒイラギ。参じました」

 室内に入った私は、右手を胸に当て、高位貴族の男性がする礼をして名乗る。

 淑女の礼ってのはスカート前提だから、今の私には出来ないからな。

「よーっす! お疲れさん!」

 そんな私に、最初に声を掛けてきたのはサンシュ閣下だ。

 礼を解き、顔を上げれば、陛下の他に私以外の四方領主とそれぞれの筆頭近衛、それから陛下付きの騎士団長の姿がある。

 やれやれ、いつ見ても壮観な絵だな。

 大きな円卓の正面に座る陛下を見れば、幼い顔に柔和な笑みを浮かべて、私に頷く。

 背中で扉が閉まる音を聞いてから、私は空いている席に進んだ。

 椅子を引いてくれるのは女官でも執事でもなく、サイゾウ。

 本来はそれ専用の人が当たり前のこの場所に、それでもこの世界の重鎮たちとその護り以外は誰も居ない。

 私がやって来たことで更に人払いがさられて、扉の前に居た衛兵二人も、それから内扉の前に居た女官もここから離れただろう。

「事態の説明係に向いた者がおって良かったのう」

 繊細なレースで作られた扇で優雅に口元を隠しながら、ころころと鈴が鳴るように微笑わらうファービリア閣下の言葉からは、嫌味の一つも感じられない。

 実際、本気で言ってるんだろう。

 やれやれ、根っからの『高貴な血』ってものには、到底敵う気がしないな。

「ふむ、ほうれゴラ、近う寄れ」

「断る」

 どうやらゴラちゃんを愛でたかったらしいファービリア閣下の言葉を、呼ばれた本人がひと言で分断する。

「俺は今はここがいい」

 そう言って、ゴラちゃんは座った私の胸元に降りてくる。

 反射で抱き締めると、きゅ、と小さな手が縋ってきた。

 可愛い。

「つれないのう」

 言葉の割りには気分を害した様子もなく、ファービリア閣下はころころと笑う。

 いやあ、いつ見てもお美しい。

 身体が男だろうと女だろうと関係ない、完成された美が微笑むと、それだけで周りが明るくなる気がするな。

 そんなことをやってる間に、部屋の片隅に用意されていたティーセットを使って、サイゾウが紅茶を淹れてきてくれた。

 うちの近衛は大抵のものは美味しく淹れてくれるから、味の保証は万全だな。

 私にだけお茶を用意してくれたサイゾウは、無言ですぐ後ろに立つ。

 さて、これで全員が位置に着いたってところか。

「ヒイラギ」

 私がそう思った丁度そのタイミングで、陛下からお声が掛かる。

 円卓の上座に目を向ければ、穏やかに微笑む陛下のお姿があった。

「ご苦労だったね」

「過分なお言葉、痛み入ります」

 面倒くさい言葉を敢えて選んで、小さく会釈しておく。

 この遣り取りは定型文みたいなものだ。

「で? どんな感じだった?」

 サンシュ閣下は楽しそうに笑いながら、私に説明を求めてくる。

 生きてきた年数は私のほうが上でも、貴族としての位は閣下のほうが上。

 なんせ私は領主代行だ、この円卓に座してる中で、私が一番の若輩ってことになる。

「アディの力は、直接肌に触れなければ発現しないもののようです。彼女には手袋を渡し、極力露出をしないように伝えてあります」

 本当は、アディを『彼女』と称するのは間違っているのかもしれない。

 アディはその身体に男性と女性、両方の特徴を持っている。

 それは妖精族に稀に生まれる、未分化と呼ばれる状態と……嘗てのファービリア閣下と同じ状態だ。

 もっとも、私はその頃のファービリア閣下を知らないんだけど。

 なんにせよ、身体の上ではどちらとも言えない作りをしていても、私にはアディが女性寄りに見える。

 まあ、勘なんだけど。

「『祝福』や『呪い』が消えることで、死に繋がるような者も居ると告げておきました」

「ほう?」

 私の言葉に、ファービリア閣下が目を細める。

「お前、それをリクの前で言ったんか?」

「はい」

 眉を顰めたサンシュ閣下に、私は頷いて答えた。

 判ってる。

 リクのことを考えれば、彼が居る前でその言葉を告げることがどれだけ無神経なことだったのか。

「これも若輩の務めかと」

 しょうがいないだろ。

 誰かは言わなきゃいけないことだ。

 ならそれは、私の役割なんだろう。

「あ~、悪かったな」

 がしがしと乱暴に頭を掻きながら、サンシュ閣下は溜め息混じりにそう言った。

 今更なんだ、と思う部分もなくはないけど、サンシュ閣下の真っすぐさは好感が持てる。

 憎めない相手ってのが世の中には居るもんだけど、サンシュ閣下はその代表格だよなあ。

「どうせ誰か言っておかねえといけねえことだ。ヒイラギが言わなかったら、俺が言ってた」

 私の腕の中で、ゴラちゃんがちょいちょいと手を振る。

「リクはまだ何も話してなかったようですけどね」

 そんなゴラちゃんを撫でながら、私はそう付け足した。

 あそこの家も複雑っていうか繊細っていうか、まあそういう感じだからさ。

 そう簡単に、人に事情を話すことなんてないだろうって判ってて言ったんだけど。

「あと、肝心なことは何も話してないですし、それほどご苦労なことはなかったですよ」

 苦笑が浮かぶのを感じながら、私は陛下のほうに目を向ける。

「それは、私が言わなくてはならないことだからね」

 見た目の幼さには似合わない、穏やかで優しい笑みを浮かべた陛下が、ゆっくりと頷いた。

 そう。

 私は、アディがきっと一番知りたいであろうことを何一つ言っていない。

 馴染みのない世界に喚ばれて、これから先、具体的に何をすればいいのかってことを。

 それを正しく教えられるのは、稀人がどういうものであるのか、石板から直接告げられた陛下を除いて居ない。

 私たち四方の代表も話は聞いてるけど、こればかりは又聞きってわけにはいかないでしょ。

「明日、話をするよ。皆にも同席を頼みたい」

「よかろう」

「はいよ」

「勿論だよ~」

 陛下の言葉に、ファービリア閣下、サンシュ閣下、クイニーク閣下が、それぞれ微笑わらった。

 私も口角を薄く持ち上げて、静かに頷く。

 アディが落ち着いて今後の話を聞くことができるまで、少し時間を空けようと言い出したのは陛下だ。

 ここにいる代表の誰も、そのことに異議を唱えなかった。

 正直なところ、突然異世界に召喚された衝撃が、一日で治まるとは思えない。

 だけど、自分がこれから何をしなきゃいけないのか……何を望まれているのかを知らなきゃ、そこが気になって落ち着けもしないだろう。

 ただ、それにしても。

「アディは随分、落ち着いているように思えましたが」

 ふと思ったことをそのまま口にすると、周りの人たちも頷いているのが見えた。

「流石に身体のことを知った時は驚いておったようじゃが、それ以外は確かに落ち着いておったな。肝の据わった娘よ」

 両性の特徴を持っている事実を、この中で唯一目の当たりにしたファービリア閣下が、それでもアディを『娘』と表現した。

 それを誰も不思議と感じてる様子を見せないのは、きっと私と同じように、アディの中に女性として性質を多く見てるからだろう。

 まあ、アディが男だろうが女だろうが、どっちでもいいっていうのが正直なところだろうけど。

 今、バランスを崩している大樹を安定させてくれるなら、どっちだって構わない。

 この世界を支える五本の大樹、その内の二本が同時に衰退すれば、大混乱に陥る。

 大混乱程度で済めばまだいいほうだって、ここに揃った人たちは思ってるだろう。

 私を含めて、全員が。

「ヒイラギ、続きがあるんじゃないかい?」

 少し不自然な形で言葉を途切れさせていた私に、陛下が首を傾げる。

 いやあ、別に言っても言わなくても同じような気もするから、ちょっと尻すぼみになっただけなんだけど。

「いえ、これといって申し上げるべきことは何も」

「そうかい? じゃあ、質問を変えよう」

 適当に濁そうとした私に、陛下はにっこりと微笑わらう。

「ヒイラギは、アディをどういう人物だと思った?」

 くそう、この外見だけは可愛い少年陛下、中身は全然可愛くない。

 確信のないことはあんまり言いたくないって知ってるくせに。

 そうは言っても、これはこの陛下を前に、思ったことをそのまま口にしてしまった私が悪い。

「……正直、どう表現するのが正解なのか、判りません」

 落ち着いていて、素直ないい子だと思う。

 それはそんなに長く付き合っていなくても、こんな特殊な環境で説明係を担えば、誰でもそう思うんじゃないだろうか。

 だけど。

 あの子は、素直に過ぎる。

 まるで、あの子がこの世界に来ることが判っている誰かにそうなることを教えられ、その上で全ての記憶を奪われたとでもいうように。

 教えは記憶として全て奪われても、心の何処かに『この世界で導かれるままに動くのが正しいこと』であると刻まれているかのように。

「アディの記憶が戻ることがあれば、どういう存在になるのか……そう思っているくらいです」

 考えていることはほとんど口に出さず、でも嘘は吐いていない形で答えれば、陛下はただ、苦笑に近い笑みを浮かべた。



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