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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-9『出来ることと、出来ないことと』

第一章

第九話

『出来ることと、出来ないことと』



 ヒイラギさんは最初に、ごく普通に私に手を差し伸べた。

 反射的にその手を取ると、もう慣れた感じで視界が一瞬、白黒になる。

 そしてすぐに色が戻って、優しく微笑むヒイラギさんの顔が見えた。

「うん、やっぱり普通に触れたら、普通に力が消えるね」

 『祝福』も『呪い』も消えた実感があるんだろう、ヒイラギさんはなんでもないように微笑んだまま、繋がってる手を見つめる。

 握手の形で繋がる手は、白くて細くて、少し冷たそうに見えるのにほっとするほど温かくて、なんとも不思議な温度差だと思った。

「サイゾウ、少し手伝ってくれるか?」

「御意」

 私と握手をしたまま、ヒイラギさんはサイゾウさんに呼び掛ける。

 サイゾウさんは小さく頷いて、するりとヒイラギさんの横に跪いた。

 しかし、『御意』とはまたなんとも……堅苦しいっていうか真面目っていうか、とにかく人に仕え慣れた感じだなあ。

「アディ、もう片方の手にサイゾウが触れても構わないかい?」

「え? あ、はい、勿論」

 穏やかに問われて、反射的に空いてる左手を差し出す。

 サイゾウさんはヒイラギさんの隣に跪いたまま、血の気のない手を私のそれに重ねた。

 つ、冷たい!

 視界が白黒になったことより、サイゾウさんの手の冷たさに驚いて、肩が跳ねた。

 ヒイラギさんと違って、見た目通りそのまま、生きていることを感じさせない冷たさだった。

「サイゾウ?」

「……消えている」

 静かなヒイラギさんの問い掛けに、それよりももっと静かに、サイゾウさんは応える。

 さっきは御意とか返事をしてたけど、今は普通に喋ってるなあ。

「アディ、悪いけどそのままね」

 一つ頷いて、ヒイラギさんはリクたちのほうを見た。

「悪い、三人とも、アディの手に触れて貰えるか?」

「はい」

「はいはーい」

「判りました」

 呼び掛けられて、リク、カリス、ヒールがそれぞれ立ち上がる。

 ぞろぞろと私の周りに集まって、みんなして私の手に触れた。

 お馴染みの白黒反転があって、すぐに元に戻る。

「消えてない人、居る?」

 首を傾げたヒイラギさんに、頷く人は誰も居なかった。

 これだけ沢山の人に触れられたのは初めてだけど、それでも全員の力を、私の身体は無効化したらしい。

「仲良さそうな絵面だな」

 茶碗の中から、何処かのんびりとした声でゴラちゃんが言う。

 うん、みんなして手を重ね合わせてる様子は、試合開始前のスポーツチームみたいだね。

「そういう話じゃねえだろよ」

「相変わらず独特ねえ」

 カリスは苦笑、ヒールは微笑で、そんなことを言う。

 別に緊張してたつもりはないけど、なんとも場が和んだ気がした。

「触れられれば、人数制限はないっぽいな。じゃ、次いってみようか」

 微妙に和んだところで、ヒイラギさんが私から手を離す。

 それを合図にしたかのように、全員の手が私から離れていった。

「悪いけど、もう一回私と握手してくれる?」

「はい」

 差し出されたヒイラギさんの柔らかな手を、そっと握る。

 さっきからヒイラギさん、私だけじゃなく、周りに随分気を遣ってるよなあ。

 立場的に、もっと上から目線でもいいだろうに。

「サイゾウ」

 私がぼんやりそんなことを考えてるなんて勿論知らずに、ヒイラギさんは左手をサイゾウさんのほうに向けた。

 サイゾウさんは微かに頷いて、無言でヒイラギさんの手をそっと取る。

 壊れ物を扱うよりももっと慎重に見えるその手付きは、私に触れた時よりずっと優しくて丁寧で、ぞっとするほど冷たい温度と知っているのに、不思議と温もりを感じた。

「どう?」

 問い掛けたヒイラギさんに、サイゾウさんは無言で首を振る。

「じゃあ、間に人が居ると伝わらないってことだね」

 ああ、そういう実験をしてたのか。

 自分が被験者なのに、なんだか他人事みたいだ。

「じゃあ次、リク、アディの二の腕辺りに触れてくれるか?」

 私から手を離しながら、ヒイラギさんはリクに呼び掛ける。

「はっ」

 短く応えて、リクの手が二の腕に触れた。

 服越しにも、大きな手の温もりが判る。

 ……あれ?

 白黒反転がない。

「どう?」

「消えません。普段通りです」

 あ、やっぱり消えてないんだ。

 ということは、手に触ると消えて、それ以外だと消えない?

 あ、そういえばサンシュに背中をばんばん叩かれたとき、特に視界に変化がなかったような……?

「そっか……とすると、ううん……」

 整った顎に細くて白い指を当てて、ヒイラギさんは視線を斜め上に向けた。

 考えてる姿も様になる、素敵な美人さんだよなあ。

「……まあ、試してみるのが早いか」

 肩を竦める様子さえ、なんとも絵になる。

 ファービリアさんみたいな完璧な美の権化とは違うけど、あの人はなんかもう、神の領域に足を踏み込んでるような感じだし、比較対象にしちゃいけないよな。

「アディ、今リクが触れた場所に直接触らせて欲しいんだけど、いい?」

「え? ああ、はい、いいですけど」

「ありがとう、ちょっと失礼するよ?」

 一つ頷いて、ヒイラギさんが立ち上がる。

 私の周りに居たみんなが、ささっと移動して道を開けた。

 おお、とか思ってるのは私だけみたいで、ヒイラギさんは何も気にした様子もなく、するりと傍にやって来る。

「腕、捲って貰ってもいい?」

「あ、はい」

 言われるがまま、私はヒイラギさんに近いほうの左腕の袖を捲る。

「じゃあ失礼?」

 言葉尻を上げて、ヒイラギさんはまた少し私に近付いた。

 うわあ、なんか凄いいい匂いがする。

 お香みたいな感じの、きりっとした中に優しい甘さがある、なんともいえないヒイラギさんに似合う匂いだ。

 思わず間近に迫ったヒイラギさんのじっと顔を見つめると、きめの細かい、雪みたいに白い肌に、長い睫毛が影を落としてる。

 うわ、なんか、ドキドキしてきた。

 美人のいい匂いに興奮してるとか、完全に不審者みたいな頭の中を、誰にも見られなくて本当に良かったなあ。

「アディ?」

 固まった私が不審だったんだろう、ヒイラギさんは私に触れる直前で手を止め、首を傾げる。

「ひ、いえ! なんでもないでしゅ!」

 噛んだよね!

 思いっきり噛んだよね!!

 顔、真っ赤になってる自覚あるし、不審にも程があるよね!!!

「あー、ヒイラギ」

 どうしたもんだとわたわたしてるところに、のんびりしたゴラちゃんの声が割って入ってくる。

「お前が罪作りってだけだから、心配すんな」

 全く以てその通り。

 反射的にこくこくと高速で頷く私と、茶碗の中でゆるゆると手を振るゴラちゃんを、ヒイラギさんは交互に見つめる。

 何度かそれを繰り返してから、小さく溜め息を吐いた。

「たまにゴラちゃん、それ言うけどさ、未だに意味を教えてくれないんだもんな」

 はあ~あ、とわざとらしい溜め息を吐くヒイラギさんは、本気で自分の魅力に気付いてない感じだ。

 いやあの、貴方、美人なんですよ?

 こうして近付いて貰うと判る、このきりっとしてて、でも優しくて甘い香りもよく似合ってて、だけどそれを知ってるのはこんなに近くに居ることを許された人だけとか、そんな特別感とかある人なんですよ?

 思わずリクたちを仰ぎ見たら、三人とも目を閉じて、緩く首を振ってる。

 おーい、この美貌の次期領主、本気で自分の価値をまるっきり判ってないなー?

 ふとサイゾウさんを見たら、少しだけ目が合って、すぐに視線を斜め下に向けた。

 ああ、近衛の人にすらこんな反応されるくらい、ガチで自分のことをよく判ってないし、周りにもそのことを諦められてる。

「まあいいや。ゴラちゃんは、教えてくれないことは何したって教えてくれないし」

 ヒイラギさんは気を取り直すようにそう言った。

 うへえ、これ、サイゾウさん大変だなあ。

「じゃ、触るからね?」

「あ、はい」

 改めて、ヒイラギさんの温かい手が、さっきリクが触れたのと同じ場所に触れる。

 その瞬間、見慣れた白黒反転が視界を覆った。

「え……?」

「ああ、やっぱり」

 なんで? と思ったのは私だけらしく、ヒイラギさんは真顔で小さく頷く。

「直接肌に触れないと、アディの力は発揮されないみたいだね」

「直接、肌に?」

 そういえば、今まで大抵握手の形で力を確認してたから、『直接肌に触れる』っていう条件を無意識に満たしてた。

「……ああ、あれは、そういうことか」

 何かを思い出したみたいに、リクがぽつりと呟く。

「心当たりがあるみたいだな?」

「は」

 ヒイラギさんに訊かれて、リクは短い返事をして続けた。

「昼間、気を失った彼女を抱き起すことがあったのですが、その際、手を握るまで『祝福』や『呪い』が消えなかったように思います」

「突っ込みどころしかなくないか、それ?」

 静かな声で告げたリクに、ヒイラギさんは若干口元を引きつらせる。

 ですよねえ……。

「サンシュ閣下が、新しい友達作れてはしゃいじゃって、締め落としたんスよ」

「うわあ、目に浮かぶ……」

 カリスの端的な説明で、色々察したんだろう。

 ヒイラギさんは私から手を離して、そのまま額を押さえた。

「そのあとの行動は、まあ、生粋の騎士らしいと言っておくよ」

 そう言ってから、ヒイラギさんはサイゾウさんに目を向ける。

 サイゾウさんは微かに頷くと、まるで最初から承知してましたって感じの自然な動きで、部屋の片隅にある棚のほうに向かった。

 引き出しから何か取り出してすぐに戻って来るまで、足音が一つもしない。

 いったいどうやって動いてんだろう?

「ありがとう」

 サイゾウさんが持ってきたものを受け取って、ヒイラギさんは小さく微笑んだ。

 それから、私のほうに向き直る。

「少し不便かもしれないけど、これを着けて生活して貰えるかい?」

「え?」

 ヒイラギさんから差し出されたのは、白い手袋だった。

 反射で受け取ると、するりと冷たい絹みたいな肌触りで、シンプルだけど丁寧に作られた感じがする。

「あまり肌を露出しないようにして、それを着けていてくれれば、日常生活で偶然肌に触れることはそう滅多にない」

 そりゃあ、ヒイラギさんの言う通り。

「そう滅多にあることじゃないけど、『祝福』や『呪い』のお陰で生きてる人っていうのも居るんだよ」

 続けられた言葉に、リクがほんの少し、ぴくりと動いた気がした。

「力を使って生活してるっていう意味じゃなく、文字通り、存在そのものを預けてる場合もあるっていうこと」

 リクのほうを確認するより先に、ヒイラギさんの言葉が更に続く。

「そういう人に、事故で触れてしまうのはできるだけ防ぎたい。だから、お願いできる?」

「あ、はい。勿論」

 どんな『祝福』でどんな『呪い』だったら、それがなくなった途端に死ぬかは判らない。

 だけど、ヒイラギさんがそういうこともあるって言うんだから、きっとあるんだろう。

 そんなことになった日には、寝覚めが悪いとかなんとかいうレベルの話じゃない。

「ありがとう、不便を掛けるね」

 そそくさと手袋を着ける私に、ヒイラギさんは優しく微笑む。

 ただ手袋を着けるだけだし、私の力を知らない人とは直接触れないようにすればいいだけだから、そんなに気にする必要なんてないのに。

「気にしないでください。あ、でも一つお願いしてもいいですか?」

「うん?」

 そうだ、と思って声を掛ければ、ヒイラギさんは小さく首を傾げる。

「試しに握手してみて貰ってもいいですか?」

 すっかり安心して、実は手袋じゃダメでした、とかいう話だったら目も当てられない。

「ああ、そうだね。勿論」

 躊躇いなく差し出された白い手を握っても、視界は色を失くさなかった。

 思わずヒイラギさんの顔を見つめたら、穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれる。

 ああ、良かった。

 取り敢えずこれで、あの白黒反転現象もだいぶ少なくなるだろう。

 生死に関わらなくても、身構えてからじゃないと、ちょっと驚くんだよね、あれ。



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