1-8『代行からのお呼び立て』
第一章
第八話
『代行からのお呼び立て』
散歩から帰って来てからも、なんだかんだわいわい話してたら、すっかり日が暮れていた。
いつの間にか部屋に明かりが灯されているのは、魔石を使った魔道具なんだと教わった。
魔石は魔素が固まって出来た石で、色んな属性があるらしい。
照明に使われてるのは光属性で、貴族になると大抵これを明かりとして使ってるそうだ。
一般家庭にも、火属性の魔石を利用したコンロや、水属性を利用した下水道が普及してるっていうから、汎用性は高い。
ちなみに、魔石を含む魔法で作り出す水は、飲料用としては適さないものが多いらい。
夕べは明かりのことなんて気にする余裕もなかったけど、改めて周りを見ると、そこかしこに『私の知ってる常識』とは違うものがあるなあ。
でも、これが普通なんだと言われれば、そんなものかと納得する。
相変わらず、私は自分の物分かりの良さが、少し不思議だった。
その不思議にも、そろそろ慣れてきたけど。
そんなこんなで夕食時になったんだけど、ルーディアさんが四人分、隣の部屋に用意してくれた。
隣っていうか、ドアで繋がってたから、続きの部屋って言うべきなのかもしれないけど。
何度見ても、この部屋って凄いな。
寝る為だけの寝室と、そこからリビングみたいな部屋に繋がる着替え部屋、それに食事用に大きなテーブルのあるダイニングまで続いてるんだから。
それらがまるっと私の部屋として与えられてるって、どれだけ賓客扱いだって話だよなあ。
なんか凄い贅沢させて貰ってる気がする、と零したら、リクたちがこれだけの扱いは四方領主と同じだろうってことと、稀人なんだから当然だろうってことを教えてくれた。
ううん、未だにその稀人って言葉の意味も、自分の価値も、よく判らないなあ。
そんなことをぼんやり考えながら食事をしていたら、給仕してくれてたルーディアさんが、疲れていなければ、食後にヒイラギさんが部屋に来て欲しいと伝言を預かってる、と言ってくれた。
「くれぐれも無理は通さぬように、と言付かっております」
静かに礼をした状態でそう告げるルーディアさんは、賓客に仕え慣れた感じがひしひしと伝わってくる。
「相変わらず、上からものを言えねえ人だよなあ」
もぐもぐ食べてたパンを飲み下してから、カリスはそう言って笑った。
その言葉で、ああ、そういえば、と思う。
ヒイラギさんは、代行とはいえここに来ている時点で四方領主と同じ地位ってことだろう。
話に聞く分だと、四方領主は中央の陛下や元老院のお歴々に次ぐ立場だ。
本来なら、もっと偉そうに上から目線で人を呼び付けて構わない人だろうから、カリスの言うことは確かに、と頷ける。
他の四方領主さんたちにも会ったけど……ううん、ファービリアさん以外は、なんか上からものを言うタイプには見えなかったかも。
「それでアディ、どうする? 行くなら私たちも一緒に行くけど」
「え、あ、うん、え!?」
ヒールの言葉に、私は変な単語を連発することになった。
私の護衛である騎士様三人衆は、なんでそんな声を出すのかさっぱり判らないって顔で、こっちを見てる。
い、いやいやいや、だってさ。
「もうずっと私と一緒に居てくれてるけど、何時間労働!?」
思ったままのことを口にしたら、三人とも、目を瞬かせる。
いやだって、三人とも私を護衛するのが仕事ってことだけど、今日はずっと傍に居てくれた。
これで夕飯後まで傍に居てくれたとしたら、プライベートの時間なんて何もない。
「ひょっとして、私たちに自由時間がないとかなんとか、そういうこと心配したりしてる?」
「う、うん」
ヒールの言葉に頷いたら、彼女は苦笑した。
「護衛対象がそんな心配してるんじゃないの」
「で、でも、流石にブラック過ぎない?」
私は一日好きなことができても、彼女たちには何一つ自分の時間がないなんて、流石にこっちも気が引ける。
「ブラック? どういう意味かはよく判んねえけど、そう心配すんなって」
反射的に言ってしまった『ブラック』っていう言葉の意味は判らなかったらしいけど、カリスはにっと笑った。
「そうそう。寝る前に言おうと思ってたんだけど、今日は顔合わせってこともあって三人で付いてるけど、明日以降の平時は、私たちの誰か一人が付いてるって形になるから」
「そ、そうなの?」
「ああ。だから、何も気にすることはない」
戸惑い気味な私に、リクの静かな声が掛かる。
ええっと、それはそれで、一人は一日中私の傍に居るってことになるんだから、充分ブラックな気もするんだけど。
でもまあ、三人ともごく普通の顔でそんなことを言うんだから、あんまり気にしないほうがいいのかな?
……いや、ダメだ。
自分はこの人たちに、四六時中守られなきゃならないような存在だってことだけは、ちゃんと自覚しないと。
こうまでされる自分が偉いんじゃなくて、その稀人って言葉が特殊なんだって。
そこは弁えておかないとね。
「それが三人の仕事なのは判ったけど、無理はしないでね」
それくらいしか言えずに、私は小さく笑った。
*
夕飯後、私はリクたち三人と一緒に、ヒイラギさんの部屋にやって来ていた。
出迎えてくれたのはヒイラギさんとサイゾウさん、それからゴラちゃんだ。
「呼び付けて悪いね。疲れてないかい?」
「大丈夫です」
穏やかなヒイラギさんの言葉に、私は微笑んで頷いた。
リビングのソファーに、今回も私の我儘を通して、リクたち三人も座って貰ってる。
「うちの領地でよく飲まれてるお茶なんだ。口に合うといいけど」
サイゾウさんがお茶を出してくれるのを見ながら、ヒイラギさんはそう言った。
取っ手のないカップに、紅茶ともコーヒーとも違う香りのお茶が入ってる。
これ、煎茶だ。
「……美味しいです」
そっと口を付けた煎茶の味は、なんだか懐かしくて、ほっとする優しさがあった。
「口に合ったなら良かった」
思わず笑顔になった私を見て、柊さんも微笑んでくれる。
はあ、やっぱりヒイラギさんって、笑うと印象が随分柔らかくなるなあ。
私たちにお茶を出してくれたサイゾウさんは、一度茶器が用意されてるワゴンのほうに下がってから、もう一度こっちにやって来た。
その手には、私たちに出されたものより大ぶりな、抹茶を飲むときに使うような茶碗がある。
なんだろう? と思いながらその手の行き先を見つめていたら、ヒイラギさんの湯飲みのすぐ隣に、音もなく茶碗が置かれた。
「よっと」
ヒイラギさんの膝の上に座っていたゴラちゃんが、ぴょいっと身軽くテーブルに飛び移る。
そのまま、茶碗のすぐ隣で、両手を水平に持ち上げた。
いったい何をしようとしてるのか気になって、凝視し続ける私のことなんて気にもせずに、ヒイラギさんは手慣れた様子でゴラちゃんを両手で抱き上げる。
ああ、ゴラちゃんが両手を広げたのは、抱き上げやすくする為かあ。
変なところで納得してる間に、ゴラちゃんを抱き上げたヒイラギさんが、その体を茶碗の中に入れた。
……え? 入れた?
その中、煎茶が入ってますよね?
「ふーい」
平坦な声は、お茶碗の中に座ったであろうゴラちゃんから聞こえる。
「ええええええ?」
思わず、なんの意味もない言葉が口から零れた。
「口からも飲めるんだけどね、東のお茶のときは、こうやって飲むほうが好きなんだってさ」
私が何に驚いてるのか充分判ってるだろう、ヒイラギさんは小さく苦笑してる。
こ、これ、ゴラちゃんにとっては、飲んでるっていう状態なんだ?
マンドラゴラといえば植物で、植物は根っこから水分を吸い上げるものだろうけど、それを忠実に守るとこういう形に……うん、まあ、なるか。
「適温、適温」
棒読みだけど、何故か上機嫌だと判る声音でゴラちゃんは言い、お茶を淹れてくれたサイゾウさんにひらひらと手を振る。
「……そうか」
少しの間を空けて、サイゾウさんが、ぼそりと応えた。
おっと、サイゾウさんの声、初めて聞いた気がするぞ?
見た目通りに冷たくて、硬質で、感情の汲み取れない声だ。
思わずじっとサイゾウさんを見つめてしまったら、視線に気付いたんだろう、切れ長の目がこっちを向く。
さらりとした黒髪も、こっちを見つめる黒い目も、妙に冷たく感じた。
細身の長身で文句なしの美形って断言できるくらい整った顔立ちなのに、背筋に震えが走るくらいに冷たい印象だ。
色白っていうよりも血色が悪いと言えてしまう肌の色も、彼の纏う温度を下げる要因だと思う。
「サイゾウが喋って、びっくりしてるんだよ、きっと」
何も言えない私の代わりとばかりに、ヒイラギさんが苦笑混じりにそう言った。
反射的に頷いてしまってから、しまった、と思う。
いくらなんでも、そりゃ失礼だろう。
「……」
あからさまにしまった、っていう顔をしてる私に、それでもサイゾウさんは表情一つ、眉一つ動かさず、ただ一度だけ、瞬きをした。
そして小さく一礼して、ヒイラギさんのすぐ後ろに回る。
「悪いね。不愛想なだけで、怖い人じゃないから」
「え? あ、はい。いえ、不躾に見つめちゃって、済みませんでした」
苦笑のままフォローしてくれるヒイラギさんに、私は慌てて答えた。
「サイゾウは気にしてないよ。大丈夫」
それは主であるヒイラギさんが言わなきゃいけないことなのか、それともサイゾウさんが極端に無口だから周りの人がフォローすることになるのか。
どっちにしろ、ヒイラギさんの言い方は、なんとも言い慣れたっぽい雰囲気がする。
当のサイゾウさんは話題の中心が自分だっていうのに、相変わらずの無表情で真っすぐに立ったままだ。
どうやらサイゾウさんは、ソファーに座ってはくれないみたい。
まあ、そこまで無理強いすることも出来ないだろうし、どうしても座って貰わないといけないわけでもないからいいけど。
「それで、ここに来て貰った理由なんだけどね」
ひと口、煎茶を飲んでから、ヒイラギさんが私に微笑む。
「少し、君の力を検証したいんだ。大丈夫かな?」
「あ、はい」
言葉を選ぶように、静かで優しい声で言うヒイラギさんに、私は反射的に頷いていた。
誰も聞いたこともない『祝福』だか『呪い』だかの力だ、どういうときに発動して、どの程度の強さなのか、検証したいのは当たり前だろう。
当たり前のことなのに、陛下を除けばほとんどの人の前で膝を折る必要のない人が、私に気を遣ってくれる理由がよく判らない。
「ありがとう。つらくなったらちゃんと言ってね?」
優しく微笑むヒイラギさんの印象は、無言で立ってるときとは全然違う。
あの大樹の上で初めて見た時、ヒイラギさんは何処か冷たい、人を寄せ付けない印象だった。
あそこでも小さく微笑んでくれて、その第一印象は変わったけど、話をしてると更に変わる。
「はい、ありがとう御座います」
微笑んで、お礼を言う。
彼女はきっと、私のことを物凄く大切にしようとしてくれようとしてるんだ。
リクやカリス、ヒールと同じように。
……陛下以外の誰に膝を折る必要もないような人にまで、大切にされる意味が、私にあるのかと。
応えながら、そう思った。
続




