表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
13/137

1-5『南の公爵様』

第一章

第五話

『南の公爵様』



 それにしても、いつまで打ち合ってんの、この二人?

「そろそろ止め時ですかね」

「ですねー」

 ウェルバニーさんが呟いた言葉に、カリスが頷く。

「これ以上白熱したら、騒ぎになるかもですしねえ」

 ヒールもうんうんと頷く通り、見るからに二人の打ち合いはより速く、より強くなってきていた。

 戦いなんてもののド素人である私が見ても判るくらいに。

 人間、何かに夢中になると周りが見えなくなるもんだし、集中力も上がるもんだと思うけど、それはこういうときも同じなんだろう。

「それでは、どちらが行きます?」

「お任せするっす」

 ウェルバニーさんに問われたカリスは、間髪入れずに小さく両手を上げながら首を振った。

「他に人がいねえならやりますけど、ウェルバニーさんがいるなら全面的にお任せっすよ」

「ふふ、そうですか」

 首を振るカリスに、ウェルバニーさんは小さく微笑む。

 そして、打ち合ってる二人に向き直った。

 緩く吹いた風が、金色の鬣をさらさらと揺らす。

 綺麗だと、そう思った。

 獅子の獣人……っていうか、獣人自体をほとんど見たことがない私だけど、彼らに嫌悪感は全くない。

 赤銅の狼であるサンシュも、綺麗だとか、かっこいいだとか思うことはあっても、それ以外に感じることはない。

 ただ純粋に、綺麗だ。

「っ!」

 小さな息を吐いて、ウェルバニーさんが飛ぶ。

 いや、もう、飛ぶとしか言いようがなかった。

 さっきまで確かにそこにいたのに、瞬きのあとはもういない。

 ちょっとしたところには隠れられないくらいの大柄なウェルバニーさんが、目の前から消えた。

 その行く先は、激しく打ち合ってる二人の間。

「そこまでに御座います、お二人とも」

 低い、低い、静かな声が、静寂に響き渡る。

 ウェルバニーさんの右手はリクの大剣を、左手はサンシュの爪を止めていた。

「あぁ!? ……っと」

 血走った目をウェルバニーさんに向けたサンシュだったけど、すぐに正気を取り戻し、静かに息を吐いた。

「……」

 リクは深く息を吐いて、大剣を引く。

 あの打ち合いの中に割って入って、その上二人を止めるなんて、よっぽどの実力がないと無理だと思う。

 それを、ウェルバニーさんはやってのけた。

 さっきの会話を考えれば、きっとカリスも出来るんだろう。

 リクとサンシュの二人は特別だと思ったけど、ここはそういう特別が集まるところなんだろうか。

 ……そりゃそうか、ここはこの世界の中心なんだから。

「お見事」

 ぱちぱちと拍手をするカリスに、ウェルバニーさんは小さく礼をする。

「いい運動になりました?」

「は! ちっとばかし物足りねえが、あんまりやるとうるせえのが来ちまう」

 小首を傾げるヒールに、サンシュはにかっと笑った。

 いやー、清々しい。

 清々しい戦闘狂だ。

 リクは無言のまま、背負った鞘に大剣を収めてる。

 それにしても、リクの大剣って本当に大きいな。

 背負った鞘の先は地面すれすれで、そこに収めた状態の柄の先がリクの頭とほとんど同じくらい。

 自分の身長とほとんど変わらない大きさの剣を、あんなに軽々と扱って、サンシュの猛攻を捌いてたんだ。

 私だったら、あの大剣を持ち上げることもできないだろうなあ。

「お疲れ様、リク」

「ああ」

 近付いて声を掛ければ、低い声が静かに返ってくる。

 あれだけ派手に動き回ってたのに、彼の傍には熱がない。

 ただ静かで穏やかで、優しい温度がある。

 この温度も、『英雄』が持つものなんだろうか。

 ……いや、違うな。

 これはリクの温度だ。

 彼が持つ、彼の温度だ。

 何も知らない私だけど。

 何も知らない私だから、そう思う。





 散歩の途中で『軽い運動』を見学してから、私たちはまたのんびりと歩き出した。

 頭上で囀る小鳥の声。

 進む靴底に伝わってくる、柔らかい地面と草の感触。

 肌を撫でる風。

 全部、知ってる。

 憶えてないけど、知ってる。

 この妙な感覚を、どんな言葉にすれば伝わるんだろう。

 まあ、伝える必要もあんまりないのかもしれないけど。

「あ」

 ぼんやりと歩き続けてたら、ヒールの呟きが聞こえた。

 反射でヒールを見て、その視線を追う。

 私たちから少し離れたところに、小さな東屋があった。

 そこに、二人の人影が見える。

 その内の一人が私たちに気付いたらしく、ひらひらと手を振って、それからひょいひょいと手招いた。

 あの人は、見覚えがある。

「行こ? 面白い話が聞けるかは判らないけど、のんびりはできるよ」

 にっこり笑うヒールの表情からは、私のことを気遣ってくれてるのがよく判った。

「うん」

 わけの判らない状況に置かれてる私に、自然な優しさをくれるヒールの言葉に、頷く以外の選択肢はない。

 何も判らない、世界さえ違う場所でも、呼吸ができて踏みしめて歩ける場所がある。

 今の自分でも常識と思えることがちゃんとここにあるのなら、あとは憶えていることを増やすだけ。

 私にできることなんて、きっとそれくらいしかない。

 それくらいのことを、積み重ねていくしかない。

 そう思いながら東屋に足を向ければ、にこにこ笑顔で手招いてくれている人の傍で、従者っぽい少年が軽く礼をした。

 にこにこ笑顔の人は、あの大樹の上で私を迎えてくれた、間延びした喋り方をする人だ。

「お散歩中かあい? いい天気だもんねえ」

 ああやっぱり、独特な喋り方だなあ。

「ちょっとお喋りでもしていかないかあい?」

 にこにこ、にこにこ。

 人畜無害を絵に描いたような笑顔は、見てるとこっちも自然と笑みが浮かぶ。

「お邪魔します」

 そう言って東屋に足を踏み入れれば、少年が一礼して脇に用意されてた小さなテーブルみたいなものに向かう。

 私は勧められるまま、笑顔のお兄さんの向かいに座った。

 リクたち三人は、そんな私の後ろに立つ。

 ……い、居心地悪い……。

 陛下やヒイラギさんに会った時も、リクは陛下の後ろで立ったままだった。

 多分、身分がどうこうって話なんだろうけど、とにかく居心地が悪い。

「あの、この三人も……できればそっちの彼も、座って貰うっていうのはまずいですか?」

 私の発言に、後ろの三人がぎょっとしてる空気が判る。

 目の前のお兄さんも、それから多分お茶を用意してくれてる少年も、驚いた顔を私に向けた。

「いいねえ、みんなで仲良くお喋りしようかあ」

 他の誰が何を言うより先に、目の前のお兄さんがぽん、と手を打つ。

「ほらほら、三人とも座って。シューもねえ」

「はいはーい、わっかりましたよ~」

 思ったよりも軽い口調で、少年が笑う。

 後ろの三人は少し躊躇ったみたいだけど、お兄さんの言葉に逆らうことはなく、みんな座ってくれた。

 いや、だってさあ。

 これだけ人が居るのに、座ってるの私と目の前のお兄さんだけとか、居心地悪くない?

 自分が根っからの貴族だったら、そんなこと普通なのかもしれないけど、私はそうじゃないし。

「改めて自己紹介するねえ。僕はクイニーク・ハモン。南の公爵領主で竜人族だよ~」

 三人が座ったのを確認してから、お兄さんは優しく微笑んだ。

 白くて長い髪に、赤い瞳。

 アルビノを思わせる色素の薄さと、細い身体付き。

 クイニークさんと名乗ったこの人は、陛下と同じ竜人族だってことだけど、雰囲気は随分違う。

 ただ、瞳孔が縦長だってことは同じだった。

「そっちはシューレット・ラッセント。ラッセント男爵家の次男でねえ、僕の筆頭近衛なんだよ~」

 にこにこ、にこにこ。

 害の全くない笑顔に、こっちもただただ笑みを浮かべるしかない。

 あー、この人と話してると、なんていうか、ほのぼの通り越してぼのんぼのんする。

「あ、私はアデリシアという名前を貰いました」

 これが本当の名前じゃないことは、あの場に居た全員が知ってることだけど。

「うんうん、陛下に名前を貰ってたもんねえ」

 前にも思ったけど、陛下に名前を貰うっていうのは、珍しいことじゃないのかな?

「じゃあ、アディと呼んでもいいかなあ?」

「ええ、勿論」

 愛称で呼んでもいいかと訊かれて、私は反射的に頷いていた。

 この人に愛称で呼ばれることに、不快感なんてない。

 さて、どんな話をしようかな……と、あれ?

 この匂い、紅茶じゃない。

 シューレット君と紹介された彼が用意してくれてるものの香りは、この世界でよく用意される紅茶のそれじゃなかった。

 紅茶とは違う、香ばしい香り。

 その香りを、私はやっぱり知っている。

「コーヒーだ。苦みが強ければ、こっちの砂糖とミルクを加えて調整してくれ」

 シューレット君は全員の前にコーヒーを出したあと、ちょっと躊躇う様子を見せてから、クイニークさんの隣に座った。

「うちの領地だとねえ、紅茶よりコーヒーのほうがよく飲まれているんだあ」

 にこにこ笑いながら、クイニークさんはブラックのまま、コーヒーを飲む。

 なんか、砂糖もミルクもたっぷり入れそうなイメージだけど、そんなことないんだなあ。

 他の人はどうだろう、と思ってちらっと周りを見回してみたんだけど、誰もコーヒーに手を付けない。

 みんなコーヒー駄目なのかな? と思ってすぐ、私が手を付けてないからだと思い至った。

 このお茶会で一番身分が高いのが、公爵のクイニークさんで、主賓が私。

 他の四人は、本来席に座ることもなかった従者だ。

 いまいち実感はないけど、この身分制度ってのは結構強固なものなんだろう。

「頂きますね」

 ひと言断ってから、コーヒーカップに手を付けた。

 コーヒーのことは知っていても、自分が美味しく飲めるかどうかは判らない。

 取り敢えずひと口、飲んでみて……って。

「にがっ!」

 ブラックのまま口にしたコーヒーは、私が想像していたよりずっと苦かった。

 思わずそう口に出してしまうくらいに。

「あははは~! 貸してごらん?」

 言われるがまま、ソーサーに戻したカップを彼のほうに押しやった。

 クイニークさんは私のコーヒーを手元に引き寄せて、砂糖を一杯、ミルクをひと回し加えてくれた。

「はい、どうぞ~」

「ありがとう御座います」

 素直に礼を告げて、もう一度コーヒーをひと口飲んでみた。

 苦みはまだあるけど、甘みとまろやかさが加わって、美味しいと感じられるようになってる。

「美味しい」

「それは良かったあ。他にも色んな飲み方があるからあ、美味しく飲める方法を探してみてねえ。僕も手伝ってあげるからねえ」

「ありがとう御座います、クイニークさん」

 うん、これなら美味しく飲める。

 周りの人たちも、私が美味しく飲んでるのを見て、それぞれコーヒーに手を付け始めた。

 リクはブラックのまま、カリスはミルクだけを入れて、ヒールとシューレット君は砂糖とミルクをたっぷり入れてコーヒーを口にする。

 自分のスタイルがちゃんとあるってことは、みんな、飲み慣れてないわけじゃないんだなあ。

「アディはあ、自分が稀人だって話は聞いたのかなあ?」

 ぼんやりっていうか、のんびりしてたところに、急にクイニークさんから直球の質問がきて、ちょっと慌てる。

「え、えっと、はい。陛下とヒイラギさんに教わりました」

 そういえば、確かヒイラギさんとの会話の中で、クイニークさんの名前が出てきた気がする。

「何をすればいいのかまでは、まだよく判ってないんですけど……」

 そう、私は今のところ、自分が何をどうすればいいのか判っていない。

「ヒイラギさんがあ、説明してくれているんだろう? それなら心配ないさあ」

「あの人が一気に話さないほうがいいって思ったんなら、そのほうがいいんだろ」

 私が少し不安……というか、戸惑ってることに気付いたんだろう。

 クイニークさんとシューレット君はフォローしてくれてるみたいだ。

 それにしても、ヒイラギさんの評価ってかなり高いんだなあ。

「ま、今はその辺のことは置いといて、ゆっくりして大丈夫だと思うよ」

 偉い人の近衛って割りには軽い調子で言って、シューレット君は微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ