1-4『迷う言葉』
第一章
第四話
『迷う言葉』
私が『祝福』や『呪い』は、やっぱりデリケートなものなんだ、と思い直してたら。
「いよっしリク! ちょっと付き合え!」
雑談は終わりだ、とでも言わんばかりに、サンシュはリクに向き直った。
「それは……」
リクは即答しないで、ちらりと私のほうを見る。
……?
ああ、そっか。
リクは今、私付きの騎士ってやつだから、物事の優先順位は『私』にあるんだ。
「なんの相手?」
「軽い運動だよ。言っただろ? 俺ら、身体が鈍るから軽い運動してたとこだって」
首を傾げれば、サンシュのほうがそう答えてくれる。
成る程、ちょっとした手合わせに付き合ってくれって話ね。
「あてのない散歩だし、見学させて貰えたら嬉しいかな」
『やっていいよ』なんて偉そうなことも言えずに、私はそんな言葉で先を促す。
実際、誰かが戦ってるところなんて見たことがない……というか、記憶にないから、どんな風に手合わせするのか見てみたい。
「判った」
私に一つ頷いてから、サンシュに向き直る。
「武器を取って参ります」
「おう、一番使い慣れたの持って来いよ!」
「は」
短い返事のあと、リクは踵を返した。
*
人が戦ってる姿を見た記憶はない。
柔道とかボクシングとかプロレスとか、そういうのも観た覚えはない。
だけど、例えどんな試合を見たことがあったとしても、今目の前で繰り広げられてるこれと比べちゃいけないと思う。
見たことはない。
だけど、私が想像するそれは『試合』だと知ってる。
これは、『試合』なんかじゃない。
『戦い』だ。
「おおおおおお!!」
「はあああっ!!」
晴れ渡った庭先に響くのは、低く吠えるような気合の声と、鋭い斬撃の音。
平和の象徴みたいな背景に、その音は酷く不釣り合いだと思う。
あと、目にも止まらない動きで打ち合う大柄な二人も、この景色に全然似合わない。
「大丈夫? 怖くない?」
隣に並んだヒールが、私の顔を覗き込んでそう訊いてきた。
「怖くは、ないよ」
怖くはない。
ただ、圧倒される。
リクが巨大な大剣を、縦に振るか横に薙ぐか。
サンシュが屈強な拳を使うか足を使うか。
選択肢は勿論それ以上あって、でもそれを瞬きするより短い間に選んで打ち合う。
お互いの攻撃をかわすか防ぐかできなければ、大怪我に直結するだろうに、二人とも遠慮が全くない。
「怖くはないけど、ただ、驚いてる」
戦う圧力が、ちりちりと肌を焦がすようだ。
そんな光景を目の当たりにして、ただただ、驚いてる。
「ま、この二人がやり合ってんの初めて見た奴は、ビビるか引くかのどっちかだわなあ」
そう言って、カリスはからからと笑った。
「あのさ、これ、手合わせなんだよね?」
「そうだな。割りと本気の手合わせってやつだ」
『割りと』本気ってことは、これ、全力じゃないってこと!?
「サンシュ様のお顔をご覧ください」
低い声でそう言って、ウェルバニーさんはサンシュのほうを指さした。
「笑っておられるでしょう?」
「あ、確かに……」
動きが素早過ぎてよく見えないけど、確かにサンシュは笑ってる。
「如何なサンシュ様といえど、あのお顔のまま相手を殺すことはできません」
そ、そりゃそうだ。
人懐っこい感じのサンシュが、笑いながら誰かを殺すなんて想像できない。
「あー、ガチのときのサンシュ閣下って、もっとアレな顔で笑うからなー」
「ほんとねー」
カリスとヒールの会話に、こう、力が抜けるっていうか、なんていうか。
結局笑うんだ。
これはアレだ、戦闘ジャンキーってやつだ。
戦うことが楽しくて仕方ないってやつ。
リクのほうは相変わらず無表情のままで、見た目からは楽しんでる様子は窺えない。
それにしても、動きが速過ぎて、何をやってるのかよく見えないな。
これのどの辺が『ちょっとした運動』なんだろう。
二人にとっては、まだまだ本気には遠いのかもしれないけど、私にしてみりゃ異次元だ。
……そういえば、リクは普段、あの大剣を携帯してなくていいんだろうか。
騎士……それも王様付きの騎士ってことは、四六時中戦える状態じゃないとまずいんじゃないのかな?
そりゃ、リクの身長くらいあるんじゃないかっていうあの大剣を、常時持ってろっていうのは邪魔かもしれないけど。
でも、それなら大剣に代わる武器を携帯してるもんじゃないのか?
「あのさ」
「ん?」
隣のヒールに呼び掛ければ、小さく首を傾げながら私を見る。
小柄な彼女がそういう仕草をすると本当に可愛いんだけど、口調っていうか言動っていうか、そっち方面が男前なんだよなあ。
「いや、ちょっとした疑問なんだけど、リクっていつも武器持ってなくていいのかなって」
「ああ、あいつ、いざとなったら素手でもやれるし、剣くらい幾らでも呼べるからな」
「はい?」
私の問いに答えてくれたのは、カリスのほうだった。
だけど、その答えには疑問しか浮かばない。
素手で強いのはまだ判るけど、剣を呼べるってどういうこと?
「あ、魔術?」
「違うわ。リクは魔術をほぼ使えない」
思い付いたことを口にすれば、ヒールがすぐに否定する。
「アディ、『英雄』って言葉を聞いて、どんな人を思い浮かべる?」
え?
どんな人って言われても……。
「えっと、凄く強くて、負けなくて、目的を必ず達する人?」
我ながら、なんて浅い答えなんだろう。
そう思いながらも、それ以外に言葉が湧いてこないんだから仕方がない。
「うんうん、漠然とし過ぎててそういう感じの答えになるの、判るわ~」
何度か頷いて、ヒールは浅い私の答えを肯定してくれる。
なんか、ほっとした。
「その曖昧な雰囲気ね、そのまま形にしたのが『英雄』って『祝福』なの」
「……え?」
この頭の悪そうな言葉、それをそのまま形にしたのが、『英雄』?
「目的を果たすまでは死なない。苦境も必ず乗り越える。そうでなければ『英雄』じゃない。『英雄』は、目的を果たして後世に語り継がれるから『英雄』なの」
ヒールの言葉は、私の答えと同じくらい、空を掴むような雰囲気だった。
でも、ヒールが言いたいことは、なんとなく伝わってきた。
というか、私の中にある曖昧なものを、的確に言葉にして貰えた、そんな気がする。
「リクの『英雄』っていう『祝福』はね、そういう呪いなのよ。生涯の目的を達するまでは、どんな奇跡でも起こしてみせる」
どんな、奇跡でも。
それは酷く重くて、胸の奥にずしりと食い込むだけの力を持った言葉だった。
「リクはあんまり自分の『祝福』が好きじゃねえんだよ」
独り言を呟くように、カリスは続ける。
「どんな勝負に勝つのも、どんな苦境を乗り越えるのも、全部『英雄』だから。それだけで片付けられるのが、嫌いなんだ。あいつ、小せえ頃から尋常じゃねえ努力し続けてきたからな」
その言葉は、過去を知らない自分でも、何故だかすぐに納得できた。
だって、リクの身体は作り込まれた筋肉の塊で、それが一朝一夕でできるものじゃないってことくらい、簡単に想像できる。
例え身体を作ることさえ『祝福』の加護が作用してたとしても、なんの努力もなくあの身体が出来上がるなんて思えない。
彼はきっと、リクの言う通り、小さい頃から努力に努力を重ねてきたはずだ。
それを、『英雄』の『祝福』を授かってるから当たり前だなんて言われたら、そりゃいやおい待てよって言いたくなる。
そうか、だからリクは『英雄』の『祝福』についての話になったとき、視線を落とすことが多かったんだ。
『英雄』の話題になって、注目を浴びるのが嫌なのかと思ってた。
でも違った。
リクは、多分。
誰よりも。
『英雄』という『祝福』に、呪われている。
ああ、なんて。
……なんて、言えばいいんだ?
可哀想?
違う。
お気の毒?
違う。
違う。
そんなマイナスの言葉なんて、リクには向けられない。
向けたくない。
じゃあ、なんて言えばいい?
「それはまた……七面倒くさいお祝いだね」
結局私が言えた言葉なんて、マイナス要素さえ拭えない、ありきたりなそんなもので。
もう少し気の利いたことも言えないのかって、自分でもそう思う。
「ほーんと、めんどくさいお祝いだよ」
「だな」
それでも、ヒールもカリスも、私を笑うことも諫めることもせずに頷いてくれた。
無言を通してるウェルバニーさんも、小さく頷いてる。
ああ、ほんと。
めんどくさい『祝福』もあったもんだなあ。
続




