1-3『呪いであるということ』
第一章
第三話
『呪いであるということ』
暗闇。
浮かんでは消えていく白い何か。
それはまるで泡沫のようで、降っては消える雪のようで。
下から湧き上がっているのかも、上から降ってきているのかもよく判らない。
文字のような、数字のような、どちらでもないような、不思議なもの。
ここは何処だろう。
あの白いものはなんだろう。
『行っておいで』
何処かから聞こえる、誰かの声。
その声はよく知っているような、全く知らないような。
私は、この景色を。
この声を。
知っている、ような……。
『知っておいで』
ああ、やっぱり。
『そして、帰っておいで』
私は、いつか。
この場所に居たんだ。
*
「アディ!」
え……?
あ、れ……?
目の前に、ヒールの顔がある。
その向こうは綺麗な青空ってことは、ひょっとして私、倒れてる?
倒れてるにしては、背中の感触が地面じゃないような……。
「良かった! 首、痛くない?」
「え? 首……?」
ヒールに訊かれて、私は首に触れようと右手を持ち上げた。
いや、持ち上げようとして、何かに引っ掛かる。
「大丈夫か?」
リクの声が、すぐ近くっていうか、身体に直接響いてきた。
視線を少しずらしただけで、ヒールと同じ距離にリクの顔が見える。
改めて自分がどうなってるのか見てみれば、芝生の上に横になった状態で、上半身をリクに抱きかかえられるようにして支えられてた。
彼の声が身体に直接響いてきたのは、逞しい腕に抱えられてたからかあ。
右手が引っ掛かったのは、リクが私の手を握ってくれてるからかあ。
そうかそうかあ……は、恥ずかしくない、これ?
「あ、だ、大丈夫、だと思う」
なんとなく慌てちゃいつつ、リクに握られてない左手を首に持っていく。
そこに痛みは全くない。
ええっと、なんで首の心配されてるんだっけ?
っていうか、私はなんでこんな状態なんだっけ?
何か夢みたいなものを見てた気がするんだけど、どんな内容だっけ?
「いやあ、わりいわりい!」
まだぼんやりしてた頭が、その大声でしゃっきりする。
反射的に目を向けた先には、赤銅色の狼さんがにかっと笑ってた。
「人間の女相手の手加減ってやつ、忘れてた!!」
背景にどーん! とか変な音が付きそうなくらい堂々ときっぱり言い放たれて、何も言い返せない。
強いて言うなら、私は正確には『女』じゃないってとこくらいかなあ。
まあ、『男』でもないんだけど。
「もう片方がリクだったろ? 余計力加減判んなくってよ!」
「は、はい……うん……」
わりいわりい、と豪快に謝るサンシュに、そういえば普通に話せと言われてたことを思い出して言葉を変える。
ええっと、そうだそうだ、確か呼び捨てにして普通に話せって言われて、判ったよ~って言ったらこの人凄くはしゃいじゃって、思いっきり首絞めてきた……っていうか、じゃれついてきたんだった。
その力があまりに強かったせいか、それとも丁度いいトコに入っちゃったのか、気絶しちゃったんだ。
気絶するほど強く絞められた首は、それを思い出しても全く痛まない。
「ひょっとして、ヒールが治してくれた?」
「そーよー」
首を傾げれば、ヒールは笑顔でVサインを私に向けた。
可愛いなあ。
ファービリアさんやヒイラギさんは上流階級の美人って感じだけど、ヒールは手の届く可愛さっていうか、親しみやすい可愛さっていうか。
どっちにしろ、美形度っていう尺度で言ったら上位なんだけど。
「治癒術だけはほんとにすげえからな、コイツ」
「だけとか言うな!」
「だっ!!」
カリスが余計な茶々を入れた直後、響く水音。
それからカリスの短い悲鳴。
あー、見なくても判る。
「おー! 相変わらずいい反射してんな!」
「お見事です」
からから笑うサンシュと、静かに頷くウェルバニーさん。
リクの溜め息が、やっぱり身体に直接響いてくる。
「あ、リク、もう大丈夫だから……」
「そうか? 出来るだけゆっくり立て」
「う、うん」
リクに言われるがまま、私は出来るだけゆっくりと立ち上がる。
身体は何処も痛まないし、違和感一つないのが凄いと思う。
「大丈夫か?」
「うん、平気」
立ち上がってもまだ背中をしっかりと支えてくれて、手も握ったままでいてくれたリクに、素直に頷いて見せた。
「そうか」
静かに言って、リクはそっと手を離してくれる。
「そういえば、私の力って、寝てても発揮されるもの?」
「基本的に、『祝福』も『呪い』も意識の有無は関係ないな。眠っている間にこそ、その意味があるものもある」
「あ、そっか」
ちらりとリクが視線を向けたのは、ヒールのほうだ。
彼女の『呪い』は『夢』で、それこそ眠らないと意味がない。
じゃあ、気絶した私を抱えてたリクの『祝福』や『呪い』は消えてたってことだよね。
『英雄』と『悲恋』かあ。
その力があるのとないのとで、どのくらい、何が違うんだろう?
私の場合、自分で自分の力を消すなんてできないっぽいから、その感覚はよく判らない。
あ、そういえばあの獣人さん二人の『祝福』と『呪い』って、なんなんだろう?
更にそういえばだけど、ヒイラギさんやサイゾウさんのことも聞いてないっけ。
「ねえ、リク」
「うん?」
やんやん騒いでる四人じゃなく、リクに呼び掛ける。
リクは静かな低い声で、喉の奥を鳴らすようにして先を促した。
「あの二人の『祝福』と『呪い』って、訊いていいもの?」
「……いや、それは俺が答えていいことではない」
少し考えてから、リクは首を振った。
「『祝福』はいい。だが、『呪い』は直接その人のコンプレックスに繋がることが多い」
そう言われてしまうと、確かにそうだろうと納得する。
私が知ってるごく僅かな種類の『呪い』のどれも、命に係わる弱点だったり、プライベートを無遠慮に踏み荒らされるものだったりするよな。
自分の口から言うならともかく、他人から言われるのはちょっと、と思うのは当然かもしれない。
「……」
リクは無言のまま、やんやん騒いでる四人を……いや、その中の一人を見てる。
視線を辿れば、その先はサンシュだ。
リクは何も言わないけど、きっとサンシュの『呪い』は、彼のコンプレックスに直接関わるものなんだろう。
あんまり訊かないほうがいいのかな。
「お? どうした?」
視線に気付いたのか、サンシュが笑顔で私のほうを見る。
「あ、いや、その……」
『祝福』と『呪い』について、訊くか訊かないか迷ってた、なんて、言いようもない。
「なんだよ、何口籠ってんだ?」
ずんずんと大股で近付いてくるサンシュは、種族による顔付の差なんて気にならないくらい完璧な満面の笑顔だ。
貴族の中でも特級クラスのお偉いさんとは思えないくらい、気さくで優しいその表情を曇らせるのは嫌だと、無条件に思ってしまう。
「なんでも言ってみな? 俺とお前の仲じゃねえか!」
誰と誰がどんな仲だよ。
ほぼ初対面じゃないか。
「いやその……サンシュの『祝福』ってなんだろうって……」
勢いに押される形で、私は思っていたことの半分を口にした。
サンシュはきょとんと目を瞬かせてから、豪快に大口を開けて笑いだす。
「なんだよ、そんなこと訊きづらそうにしてたのか?」
「い、いたたたた!!」
痛い!
バンバン叩かれてる肩が痛い!
「お、わりいわりい!」
ガハハハハー!! とか盛大に笑うサンシュは、ほんとに超上級貴族とは思えない。
「で、俺の『祝福』と『呪い』の話だよな?」
「え、あ、うん……」
あ、いいんだ、両方訊いても。
「お前の力でそれが消えるんだ、気になって当然だろ」
に、と笑って、サンシュは両手を腰に当てる。
「俺の『祝福』は『那由多の剛』、『呪い』は『種の根絶』だ」
胸を張って言われたけど、正直、どっちもよく判らない言葉だ。
というか、『呪い』のほう、物凄くきな臭い言葉だったような気が……?
「『那由多の剛』ってのは筋力アップな。『種の根絶』ってのは子供ができねえんだよ」
さらっと解説してくれたけど、やっぱり『呪い』のほうはコンプレックスに直結する系のやつだ。
「純粋に腕力勝負ってだけなら、そこのリク以外に負けねえぜ?」
ぐ、と親指を立てるサンシュは、自信満々って感じでなんか清々しい。
と、いうことは、『那由多の剛』より『英雄』のほうが格上の『祝福』ってことだろうか。
ちらっとリクのほうに目を向ければ、彼は少し居心地悪そうに視線を下に落とした。
リクのほうが爵位は下なのに、実力は上と言われると、反応に困ったりするのかな?
「んで、ウェルの『祝福』は『無限の牙』で、『呪い』は『闇忌み』だ」
「へ?」
さらっと近衛の『祝福』と『呪い』を解説するサンシュに、変な声が出てしまう。
反射的にウェルバニーさんのほうを見たら、静かに一礼してくれた。
「『無限の牙』は、私が持つ武器が破損しない『祝福』です。『闇忌み』は、闇に触れると自壊する『呪い』です」
「じ、自壊……?」
低い声で、静かに淡々と告げられたきな臭さ最高潮の言葉を、思わず繰り返す。
だって、同じ『忌み』って言葉が付いてるカリスの『水忌み』は、水に触れると麻痺するっていうだけだ。
陛下の『花忌み』だって、花を枯らせるだけで、本人に害はない。
それと比べて、闇に触れると自壊するなんてレベルが違う。
「多少なり明かりがあれば、問題のないことです」
そ、それはそうかもしれないけど。
確かになんの明かりもない闇って、意外と少ないかもしれないけど。
それでも、普通に生活している場所で闇がないとは言い切れない。
気を抜いたら人生が即終了になる危険性があるなんて……ああ、それが『呪い』なのか。
よく考えたら、カリスの『水忌み』だって、川に落ちたりしたらそのまま死んでしまう『呪い』だ。
……これは、コンプレックスがどうこういう以前に、そう簡単に訊いちゃいけないことなんだ。
『呪い』がそのまま弱点に直結してる人も居る。
誰と戦う為のものかは判らないけど、騎士や近衛って立場があるなら敵が居るっていうことだ。
こんな、国っていう概念そのものがない世界にも、敵は居る。
その敵に、自力じゃどうにもできない弱点を晒すのは下策ってやつだろう。
この二人は気前よく教えてくれちゃったけど……あー、多分サンシュが軽々しく言っちゃったから、部下のウェルバニーさんも言わないわけにいかなくなったんだろうな。
狼閣下、もう少しものを考えてから喋るようにしたほうがいいと思う。
ウェルバニーさん、大変だろうなあ……。
続




