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創り人の箱庭  作者: サボ
第一章
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1-2『もふもふ様』

第一章

第二話

『もふもふ様』



 カリスとヒールの言い合いもひと段落ついたところで、リクは私を散歩に誘ってくれた。

 なんでもないことを話して、なんでもない散歩をして、少しはリラックスできるようにっていう心遣いなんだろう。

 私はその申し出をありがたく受けて、ヒールやカリスにも案内して貰う形で散歩に出ることにした。

 外はいい天気で、青い空に浮かんだ太陽が眩しい。

 昨日移動したのは夜だったし、今よりもっと混乱してたから、周りをよく見る余裕なんてなかった。

 だから気付かなかったけど、太陽や月や星が見えるとか、夜と昼があるとか、そういうのは結構不思議なことだと思う。

 だってこの世界は、球体じゃない。

 世界の果てには壁があって、その向こうには何もないって話だ。

 その壁に辿り着いた水は、ただただ下に向かって落ちていく大瀑布と呼ばれる滝になるって話も加味して考えると、この場所はただ平たい土地だと考えるのが妥当だろう。

 とすると、この世界は天動説が適応された場所ってことかな?

「アディ?」

 ヒールの声に、はっとした。

「あ、ごめん」

 ぼんやり空を眺めてたことに気付いて、視線を降ろす。

 心配そうというよりも、不思議そうな顔をしたヒールが目の前に居た。

「太陽は、私が憶えてる通りだなって」

 考えてたこと全部じゃないけど、嘘を吐いたとは思ってないことを言ったら、ヒールは一瞬きょとんとして、それから弾けるように笑う。

「あはは! 意外と違ってるところのほうが少ないのかもよ?」

 ううん、何もかも違うような気もするけど、確かに根本的な部分は同じなのかもしれない。

「お! 何してんだお前ら!」

 その声は、ヒールでもカリスでもリクでもない。

 声の主は、ぶんぶん大きく手を振ってる、狼の獣人だった。

 根本的なところは同じかも、とか思ってた矢先に、その考えを揺るがす、人と狼を足して二で割ったような存在。

 というか、二足歩行で人語を喋る狼、かな?

 昨日、あの大樹からノーロープバンジーかましてくれた人だ。

「サンシュクリット閣下」

 リクがそう呼び掛けて、丁重に礼をする。

 カリスとヒールも、同じように礼をするのを、私はどうしていいのか判らずに見つめた。

「ああ、いい、いい、そういう堅苦しいの」

 ひらひらと手を振って、狼の獣人……サンシュクリットさんは笑う。

 それに応じるように、リクたちは礼を解いた。

 改めて見れば、広い庭で何をしていたのか、サンシュクリットさんの他にライオンみたいな獣人も居る。

 ああ、私の朧げな常識だと、獣人なんて存在そのものが非常識なんだよなあ。

「よう!」

 ぼんやりとその場を眺めてた私に、サンシュクリットさんが声を掛けてくる。

「あ、あの……えっと……こ、こんにちは?」

 どんな挨拶をすればいいのか全然判らなくて、取り敢えず私の常識範囲内の挨拶をしてみた。

「おう!」

 どうやらこの挨拶でお気に召したらしい、サンシュクリットさんは豪快な笑顔を見せてくれる。

 ううん、貴人に対する正しい挨拶の仕方、誰かに教えて貰ったほうがいいのかも。

 そう思ったのは、獅子の獣人さんがやれやれとでも言いたげな感じで首を振ってるのが見えたからだ。

「自分たちは散歩の最中ですが、閣下たちはこちらで何を?」

「ここに居ると身体が鈍ってしょうがねえからよ、軽い運動だ」

 リクに訊かれたサンシュクリットさんは、なんとも朗らかな様子でそう答える。

 人間と顔付が全然違うけど、『屈託ない』って言葉を形にしたらこうなるんじゃないかって、そう思わせてくれるだけの空気があった。

「『軽い運動』でウェルさんがあの表情とか、流石サンシュ閣下っすわ」

「おうよ!」

 カリスが若干呆れ顔なのに、サンシュクリットさんは変わらず本心から屈託のない感じだ。

「だーっと走って、どやーっと打ち込んでたとこだ!」

 満開の笑顔で『軽い運動』の詳細を話してくれたみたいなんだけど、うん、見事にさっぱり判らないぞ。

 ああ、今更思い出した。

 ヒイラギさんが、説明に向かないって言ってた人だよ、このもふもふ閣下。

「サンシュクリット様、まずは稀人にご紹介を」

 軽快に笑ってるサンシュクリットさんに、獅子の獣人さんがそっと声を掛ける。

 見た目は二人ともパワーファイターって感じだけど、獅子さんのほうはそればっかりっていうわけじゃないのかも。

「お? ああ、そうだったな。俺はまあ会ってっけど、お前は初対面みたいなもんだしな!」

 いやいや、あれは『会ってる』に入れていいか?

「お互い初対面のようなものです」

 私が思ったそのままのことを、獅子さんは言ってくれた。

「そうか? はは! まあいいや、取り敢えず挨拶な!」

 何一つ気にした様子もなく、サンシュクリットさんはもふもふの毛並みを揺らしながら笑う。

「俺はサンシュクリット・フォートレイト、北の領主だ」

 見事に端的な自己紹介のあとに、大きな手が握手を求める形で差し出された。

 反射的に、それに手を伸ばす。

「えっと、アデリシアって名前を陛下に貰いました」

 そういえば私が紹介できる自己なんて、サンシュクリットさんより少なかった。

 そんなことを思いながら大きな手に触れた瞬間、視界が白黒になる。

 この人も、『祝福』と『呪い』を授かってるのか?

「お!? おー! これかあ!!」

 私の手を握手の形で握って、サンシュクリットさんは上下にぶんぶんと振る。

 その頃にはもう視界の色が戻ってきてて、なんか凄く楽しそうな狼の顔が見えた。

 それにしても、獣人さんって手の平に肉球もあるんだなあ。

 ぎゅっと握られた手に伝わってくる感触は、ちょっと硬いけど肉球だと思う。

「サンシュクリット様」

「うん? ああ、おうおう」

 小さな溜め息が混じった声で獅子さんに呼ばれたサンシュクリットさんは、ぶんぶん振り回してた私の手を離した。

「こっちは俺の筆頭近衛のウェルな」

「ウェルバニー・ルシャーロと申します」

 やっぱり端的な紹介を受けて、獅子さんは丁寧にお辞儀をしてくれる。

「北の領地は主に獣人が住んでおります。私はご覧の通り、獅子の獣人。サンシュクリット様は狼の獣人です」

 あ、成る程。

 東西南北の領地は、メインの種族が領主になってるんだ……って、そりゃまあ、そうか。

「握手をさせて頂いても?」

「え? あ、はい」

 なんでわざわざ断ってくれたんだろう?

 そう思いながら、差し伸べられた手を握る。

 また、視界が一瞬だけ切り替わった。

「成る程……ああ、申し訳ありません」

 す、と目を細めてから、ウェルバニーさんは、静かに優しい笑みを浮かべる。

「こうして初めて触れる人、全員に同じ反応をされるでしょう? あまり気持ちのいいものではないのでは?」

 ウェルバニーさんにそう言われてから、彼がどうしてわざわざ断ってくれたのか漸く理解した。

 私は……どうだろう?

「いえ、心配してくれてありがとう御座います」

 思い返してみてもよく判らなくて、取り敢えずそう言って首を振る。

 そんな私に、ウェルバニーさんは『おや?』とでも言いたげな顔を少しだけして、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 サンシュクリットさんにしろウェルバニーさんにしろ、人間とは顔形が全然違うのに、ちょっとした表情の変化が判るもんなんだなあ。

「貴方は優しい方ですね」

 ふわりと微笑わらうウェルバニーさんの鬣は、太陽の光を受けてきらきらと輝いてる。

 綺麗っていうか、かっこいいなあ。

 獣人族って、他の異種族と比べると、人間と見た目の差が激しい。

 それでも、カリスの何代か前のご先祖様は獣人と惹かれ合ったわけで、その理由がなんとなく判る気がした。

 静かに離れていくもふもふの手を見ながら、なんとなく、そんなことを思う。

「俺のことはサンシュでいいぞ。呼びづらいだろ?」

「え? あ、は、はい。サンシュさん……?」

「なーんだよ、みずっくせえなあ!」

 い、痛い痛い!

 背中バンバン叩かれて痛い!!

「ほれ、サンシュだって! お前は稀人だし、対等対等!!」

 ま、稀人って、そんな偉いの!?

 っていうか痛いから!!

「サンシュクリット閣下、アディは閣下のように鍛えてはおりません」

 バンバン叩かれてた手が、リクの声と同時に止まる。

 振り返ってみれば、リクが私の背中のところに手をかざして、狼の手を止めてくれてた。

「お? おう、わりいわりい!」

 どうやら本気で力加減なんて気にしてなかったらしくて、からから笑いながら後頭部を掻いてる様子は、なんとも憎めない。

「大丈夫か、アディ?」

「う、うん、ありがとう、リク……」

 静かで優しい声に問われて、ほっと息を吐く。

 ああ痛かった。

「なんだよ、リクとは普通なんじゃねえか」

「は?」

 普通って……ああ、呼び捨てで敬語なしってところ?

「リクなんて侯爵だろ? 俺らと変わらねえって! ウェルなんて伯爵家なんだからそれより下だぞ?」

 う、上とか下とかそういうレベルの話じゃなくない!?

 そりゃ伯爵より侯爵のほうが貴族的立場は上かもしれないけど、そもそもそんな階級に馴染みがない私にしてみれば、貴族ってだけで二の足を踏む。

 ……そういえば、自分で『平民に毛が生えた程度』って言ってたカリスはともかく、リクには敬語外せとか、敬称付けるなとか言われてなかったっけ。

「……リクさん?」

「何を今更……」

 さん付けで呼んでみたら、リクは呆れたような、嫌そうな、なんとも微妙な顔をした。

「だよね」

「ああ」

 確かに今更だよねえ。

 言葉遣いとか呼び方とか、一回崩すと改めるのって難しい。

「なーんだよお前らずっりいなあ!」

「ふえっ!?」

「っ!?」

 大きな声と同時に、首周りにもふっとしたものが巻き付いてきた。

 赤銅色の逞しい腕が、私とリクの首に回ってる。

「公爵と侯爵なんて大して変わんねえっての! お前らだけ仲良くてずりいんだよ!」

「もぎゅう……!」

 赤銅色のもっふもふが、首から口元から顔全体から、全部を覆って巧く話せない。

 苦しいかと訊かれればそういうわけじゃなく、息を吸うと胸いっぱいに太陽の匂いが広がってなんだかほっとした。

 背中に伝わってくる毛皮の感触も、伝わってくる高い体温も、全部がなんだか安心する。

「ほれ、サンシュって呼んでみな?」

 声のするほうを見上げれば、赤銅色の人狼さんが、にかっと笑ってる。

「え、と……サンシュ?」

 言われるがままにそう呼べば、彼……サンシュはそれまでよりも大きく、嬉しそうに笑った。

「いよっし! その調子だぜ!!」

「む、ぎゅ……っ!」

 首に回ってた腕の力が更に強くなって、流石に息が詰まる。

「ちょ、サンシュ閣下……!」

「サンシュクリット様」

 ぼんやりと薄れた意識の向こうで、慌てたカリスと静かなウェルバニーさんの声が聞こえた気がする。

「アディ……!」

 私と同じ力で首を絞められてるはずなのに、リクの声はしっかりしていて、凄く心配そうな響きだった……ような……気がする……。

「ちょ、アディ! サンシュ閣下離してええっ!!」

 ああ、ヒールの声が、遠い……。

 がくり。



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