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創り人の箱庭  作者: サボ
序章
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プロローグ

序幕

プロローグ



 『行っておいで』と、声がした。

 誰の声かは、判らない。


 『行っておいで』と、また声がした。

 それから。

 『知っておいで』と、同じ声が囁いた。


 誰が何を言いたいのか、よく判らない。

 その声を聞いたことがあるような気がする。

 まったく馴染みがないような気もする。


 判らない。

 判らない。

 何も、判らない。


 瞬いた。

 いや、やっと瞬けた。

 今まで瞬きもできていなかったことに、やっと気付けた。


 見えるのは塗り潰されたような漆黒と、泡沫のように消えていく白い粒状の何か。

 現れては消え、弾けては現れる無数のそれを、無意識に目で追う。

 どれだけ追っても、それがなんであるのか認識できない。

 文字?

 図形?

 数字?

 どれでもあるようで、どれでもないようで、よく、判らない。


『行っておいで』

 もう一度聞こえた、夢の中で見る夢のような、曖昧な音。

 無意識に目を細め、声が聞こえる場所を探そうとする。

 けれど朧気な視界に映るのは、黒い背景と、白い何かが生まれては消える不可思議の空間だけ。


 ああ、意識が。

 意識が、滲む。


『行っておいで。知っておいで。そして、帰っておいで』

 知らない声が。

 けれど馴染んだような気がする声が、そう言った。


 何処に行けばいい?

 何を知ればいい?

 何処に帰ればいい?

 判らない。

 何も。


『期待しているよ』


 誰に?

 何を?


 貴方の言葉は、雲を掴むよりも曖昧だ。

 大切なことを、何一つ告げてくれない。

 会話を諦め、目を閉じる。

 確かに目を閉じた感触があった。

 けれど。

 ああ、けれども。

 疑問を口にした実感は、なかった気がする。

 私は声を出せていなかったかもしれない。

 判らない。


 何も。

 何も。

 判らない。





「……っ!」

 息を飲む音。

 その音を、確かに私の耳は拾った。

 そう気付いた直後に訪れたのは、全身を包む優しい温もり。

 目を閉じたまま、私はその心安らぐ温かさに全てを委ねた。

 そりゃ誰だって委ねるだろう。

 覚醒と惰眠の狭間なんて、人が抗うには過ぎた領分だ。

 柔らかく包み込んでくれるこの温度に、自分の全てを溶かして消えても構わない。

 そう思う瞬間が、誰にだってあるはずだ。

 私は今、その時だから。

「君は……!?」

 だから、そう切迫した声を出さないでくれないか?

 私は眠っていたい。

 このまま、ずっとでも。

 なのに、そんな声を向けられたら、目を開けないわけにいかないだろう?

 仕方がないなあと思う心が、このまま眠っていたいという心をちょっとだけ上回り、無事に私は目を開けることが出来た。

 ただ、物凄く緩慢に、うっすらと開けただけに留まったのは、仕方ないと思って欲しい。

 中途半端に目を開けているせいで、霞みがかったような視界に映るのは、一人の男性だった。

 短く整えられ、逆立てられたような金の髪。

 翡翠のようにとろりとした粘度を感じる瞳。

 そして、武骨と呼べるほど鍛え上げた体躯の青年が、霞の向こうに見える。

「……だ、れ……?」

 貴方は誰だと問いたかった。

 けれど、私の口から零れた声は酷く掠れていて、自分でも何を言っているのかよく判らないものだった。

「……自分、は、リークレット=レヴァン。貴方は?」

 りーく?

 りーく、何?

 自分で問うておきながら、聞き取りきれなかった彼の名は、なんだっただろう。

 いや、待て。

 もう一度名を問い質すより先に、私は自分の名を問われたよね?

 それに、応えなくちゃ。

「わたし、は……」

 私は。

 私は。

 私、は?

「私は、誰、だ?」

 思ったことが、そのまま口から出た。


 ええと。

 こ、ここは何処?

 私は、誰?

 私は今まで、何してた?



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