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とある魔王の無双譚  作者: azl
諸外国との交流
80/145

野盗捕縛作戦

 Happy Valentine!!って感じの話が書けるくらい、来年までに進展してたらいいなと思う今日この頃。

 次の投稿は二月二十五日です。


*あらすじ:サノスに野盗を捕えてこいと命じました。

 リュートの命を受け、街道沿いの森を駆け抜けるサノス。彼は主人からの久方ぶりの命令に心躍らせながら、件の野盗達を探し出そうとしていた。

 ただ実際の所はもうほとんど見つかっている。彼の所有する能力”超直感”は視覚に頼る必要無く、周囲の生命体の場所を把握できる。それ故森に入った時点である程度の場所を特定出来ていたのだ。だから入り組んだ森の中で迷う事無く、彼はその目的地にたどり着いた。


「出てこい、居るのは分かっている」


 サノスはリュートから貰った刀を鞘から引き抜き、隠れている野盗にそう呼びかけた。

 ちなみに彼の刀はそれなりの業物である。名匠が作った物には劣るだろうが、一般的に流通する武器より品質は上だろう。


「・・・もしや気付いていない、ハッタリだ。そう考えているのか?」


 サノスは少し呆れた表情をしながら一人そう呟いた。サノスが呼びかけたにも拘わらず、野盗がその姿を見せなかったからだ。

 尤もその対応を間違いと断言する事は出来ない。この近辺に潜んでいる事に気付かれていたとしても、何処にいるかまでは分かっていない可能性もある。ならばその索敵の間に不意打ちの隙も生まれるかもしれない、野盗からしてみればその瞬間を狙うのが最も安全であり確実な選択なのだ。


 ただし自分の居場所が気が付かれていないという前提の元である、そうで無いならただ隙を晒しているに過ぎない。

 だから今回の場合、この手は通用しなかった。サノスは野盗のいる木の枝目掛け”紫電”を放った。


「・・・外した」


 斬られ地に落ちる木の枝、しかしそこに野盗の姿は確認出来なかった。しかし狙いは当たっていた、ただ単に野盗が斬られる寸前、その枝から飛び降りていただけなのだ。


「まさか気付いていたとはな。完璧な隠密だと思ったのだが」


 少し驚いた口調でそう遂げる野盗、彼は足場であった枝が斬られる寸前にサノスの後方へと着地していたのである。

 件の野盗はつい先程遭遇した野盗の集団と同じく上から下までしっかり武装しており、彼が腰に差す剣の鋭さも中々のものだと推測できた。


「ザルだったな。後一人がそこの草むらに、残りの四人が木の枝の上で待機しているのもしっかり把握しているよ」

「ッ!?」


 野盗の表情が大きく変わった。その顔は驚愕に染まり、真っ直ぐにサノスの方を見据え始める。


「そうか、そこも気付いていたとはな。お前、一体何者だ?」

「ただの護衛の剣士さ、俺の主君に歯向かった者共を捕縛しに来たのだが、どうだろう?このまま投降するつもりはないか? そうすれば無傷で済むと思うぞ」

「図に乗るなよ小僧!! 数の利はこちらにある、むしろお前の方こそ俺達に許しを請う立場だろうが!!」


 野盗はサノスに対してそう捲し立てた。しかしそれを聞いたサノスはその発言に対して嘲りの笑みを浮かべる。


「関係ないな、むしろ足りないくらいだろう」

「ほう、まだそんな大口が叩けるんだな」

「あぁ、まるで負ける未来が見えない」


 そう言って、リュートから貰った刀を構え野盗の方へ向き直るサノス。そして戦いの火蓋が切って落とされた。


「そうかそうか、驕った戦士にはお似合いの遺言だな」


 刹那、サノスの背後にある茂みの中から短剣を持った男が飛び出した。その勢いは恐ろしく速く、常人には認識するのがやっとの速度であった。

 しかしサノスはその常人の域を逸脱した存在だし、そこに男が潜伏していることを予め知っていた。何時仕掛けてくるかは流石に分からなかったが、恐らく戦闘開始と同時に切りかかってくると踏んでいた。

 何故なら自分ならそうするから、意識が向き合っている相手に集中した瞬間を狙うのが一番効果的であり確実なのだ。


「ま、賊にしては知恵が回った方だろう」


 だがそれを予め悟っていたサノスに対して、その手が通じることは無い。初めから仕掛けてくると分かっているのなら、それに対応するように動くだけなのだ。

 サノスは飛びかかってきた男の短剣を身を捩って回避し、その勢いを味方に付け野盗の頭部を刀の峰で殴りつけた。


「が、あっ」


 そのまま意識を失い地に倒れる野盗、それを見た剣を差す野盗が木の枝の上に潜伏する仲間たちに号令を出した。


「テメェら!! この舐め腐った男を殺せェッ!!」


 その号令を皮切りに剣を差していた野盗も動き出す。


「死ねッ!!」


 地を踏み込み放たれた剣の一撃。気迫はある、だがその一撃はあまりにも遅く、その太刀筋も半端としか称しようがない物であった。

 それ故回避するのも非常に簡単だった。放たれた剣戟を刀で弾き返し、その顔面に峰を叩きつけようとする。しかし現実はそう上手く行かなかった。


「くそっ!!」


 サノスの”超直感”が危険信号を発したのである。その正体は野盗の仲間によって放たれた弓矢の一撃、それを刀で撃ち落とすサノスだったが、剣を持つ野盗を戦闘不能にさせるチャンスを棒に振ってしまうこととなった。


「チームワークだけは達者なようだな」

「ふん、軍人時代にしこたま鍛えさせられたからな」


 そう吐き捨てるように野盗の男がそう言った。そしてそれに興味を持ったのがサノスである。


「軍人だったのか?」

「あぁ、元はソーン大帝国の軍人だったのさ。だが三ヶ月の軍事改革によって軍を追放されちまった」

「軍事改革だと?」

「あぁ、戦士の肉体をより強靭にするため、古代遺物(アーティファクト)を埋め込むっていうのを末端の戦士達へ義務化したのさ。だけど俺はそれを拒んだ、その結果国を追放されここまで流れ着いたのさ」

「ふむ、真っ当に働こうという気は無かったのか?」

「ねぇよ、俺は金持ちになりてぇんだ。だから金持ちから金を奪う、これが一番手っ取り早いだろ?」

「道徳を無視すればだがな。それで、時間稼ぎは十分か?」

「やっぱ気付いてたか」


 野盗の男はそう忌々しげに吐き捨てた。

 彼も意味もなく会話のキャッチボールを行っていたわけではない。会話でサノスに隙を作らせ、そこを仲間である弓持ちの野盗に突いてほしいと考えていたのである。

 尤もそんな考えサノスも十二分に理解していた。それでも話に乗ったのは単純に興味を持ったからだ。価値のある情報だったなら万々歳、ソーン大帝国の情報は滅多に漏れないため彼らの話はかなり益があると考えていたのだった。


「まぁ良い情報だったよ。真実ならだが」

「嘘は付いてねぇよ。まぁ持っては帰れねぇだろうけどな!!」


 野盗が地を蹴ってサノスの元へ接近する。先程よりも俄然速い一撃ではあったが決定打には成り得ない。サノスは闘気を刀に纏わせ”技”を放った。


「二の盾:山嵐」


 その技の名は山嵐、かつてリンダに対して放った技と全く同じ物である。

 ただしその練度は少しだけ上がっている。鍛錬を積み重ねることによって、練りこめる闘気の量が増加したのだ。


「くっ、痛ぇ」


 纏った闘気に野盗の剣が触れたその瞬間、野盗が顔を苦痛に歪ませ、呻きながら大きくよろめいた。

 そしてその瞬間を逃すサノスではない。そのまま地を蹴って意識を奪おうとするサノスだったが、またしても野盗の仲間が放った矢によってその邪魔をされてしまう。


 完全に千日手だった。サノスが剣を持った野盗を圧倒し、追い詰めても、その溝を埋めるかの如く木の上から矢が飛んで来るのである。

 回避出来れば良いのだがそれは難しい、単純に矢の速度が速すぎるのだ。サノスは射手からかなり近い場所で戦闘を行っており、射手から精々五メートル有るか無いかくらいである。矢の射程は大体数百メートル単位、それがほとんど初速度に近い速さでサノスに向けられているのだ。避けろという方が無理な話であり、むしろそれに反応出来ること自体異常なのである。


 とはいえサノスなら頑張れば避けられる。例えば柔天流の技の一つである”疾風迅雷”を使えば良い。これはもう転移と読んでも差し支えない速度での移動なので、矢の速度など関係無しに回避することが可能なのだ。

 しかし彼はそれを使わない、制御が上手く出来ないのだ。特にこの木々生い茂る森の中での使用は難しい、まず間違いなく頭をぶつけるだろう。


 純粋な強さで言えばサノスの方が上だが、野盗達にはそれを埋められるチームワークがある。

 だが本気を出したサノスなら簡単に制圧出来るだろう、ただし野盗達を無傷で捕縛することは難しくなる。

 だから渋々膠着状態を受け入れるサノスだったが、このまま続けても状況が好転することは無いと分かり切っていた。

 だがそれでもどうしようもない。だから野盗が矢を使い切るまで凌ごうかと考えていたその矢先、リュートからの念話が入った。


『サノス、首尾はどうだ?』


 それを聞いたサノスは、『まさかこれほどまで正確に状況を捉えていらっしゃるとは・・・』と、感嘆の気持ちで一杯だった。リュートはサノスの置かれている状況を察したがために、サノスに対して魔法通話を繋いだのだと考えたのだ。

 だが実際の所は置かれている状況を把握したがための念話ではなく、ただ何とはなしに送った念話だったのだが、サノスがその真実にたどり着くことはないだろうし、たどり着いたところでそれはリュートの謙遜だと考えるだろう。


『少し悪いです。なかなかのチームワークでして防ぐので手一杯なのです』


 サノスはリュートの質問に対してありのままに答える。サノスはリュートが自らの置かれている状況を察していると判断したため、隠す理由が無いと考えていたのだ。


『ふむ、みたいだな。それで救助は必要か?』

『それは必要ありません。ただ無傷での捕縛が条件なら、少し手助けが欲しいですね』


 恥ずかしい事だと思いながらも、現在の状況を包み隠さず話すサノス。むしろ放たれた矢を正確に弾き返しつつその会話を続けていること自体異常なのだが、本人がその事に気付く事は無いだろう。


『いやその必要は無い、別に殺しても構わん。見ず知らずの賊共よりもお前の命の方が大切だ』


 リュートからのその言葉に身を震わせるサノス。感涙の想いになりながらもそれを表層に出すことなく、その言葉に返答を送った。


『であれば問題ありません、直ぐに済むでしょう』

『分かった、頑張れよ』

『はい、お任せを』


 リュートからそう伝えられ魔法通話が切れた。そしてこの瞬間、戦いの終わりが訪れることとなる。


「でやぁあああ!!」


 野盗が雄たけびを上げながらサノス目掛け剣を振る。今までなら軽く弾かれ体勢を崩すだけで済んだだろう。しかし今のサノスはリュートから”傷つける許可”を得ていた。それ故力の加減を一切せずに、その腹を峰で思いっきり殴った。


「ぐふっ」


 弧を描くように吹っ飛んだ剣を持つ野盗。しかし流石は元軍人というべきか、意識が途切れる事を許さず仲間に対し命令を送る。


「怯むな、矢を放て!!」


 急転した事態に動揺する野盗達だったが、その言葉によって正気に戻る。

 しかしもうすでに手遅れだった、サノスが本気を出した時点で彼らの勝機は悉く消え失せていたのだ。


「八の太刀:廻風凄凄」


 サノスが思いっきり体をねじり、一回転しながら刀を振るう。

 柔天流、八の太刀:廻風凄凄。柔天流の中では珍しく、対個人ではなく対多数特化の技となっており、攻撃範囲が柔天流の中で最も広くなっている。

 その分振るわれる速度は遅くなりそうなものではあるが、柔天流の始祖たる剣士シナトはこの技を瞬きすら許されぬ速度で振るっていたとされている。流石のサノスでもその域には達していないが、それでもかなりの速さで振るうことが出来た。

 その一撃はまさに吹き荒れる廻風が如し、要求される闘気量も格段に跳ね上がるが、それに見合う見返りはあると言えよう。


 サノスの放った廻風凄凄が野盗の潜む木を切断する。一本また一本と正確に狙いを定めて振るわれた剣戟はゆっくりと野盗たちを追い詰めていく。


「最後に聞いておく。投降するつもりはないか? そうすれば無傷で済むと思うぞ?」


 満面の笑みで野盗たちにそう問いかけるサノス。

 ”拒否したらどうなるか分かっているだろうな?”とその笑みが暗に伝えている。だがその提案が飲まれる事は無かった。潜んでいた野盗も隠れることを諦め、矢じりの先をサノスの方へ向けていた。


「す、少し上手くいったからと言って調子に乗るんじゃねぇ!! 野郎共やっちまえ!!」


 そして剣を持った野盗がそう呼びかけるものの決着はもう既に着いており覆しようが無かった。彼らはサノスが戦いを渋っている間に決着をつけるべきだったのだ。尤もそれが叶う事は無かっただろうが。


「廻風凄凄!!」


 野盗が弓を放つよりも早く、彼らの意識をサノスが奪った。振るわれた剣の速度はあまりにも速く、野盗は自らが刀の峰で殴られたことすら気付かず、地に膝を着けることになるのだった。


「これで一件落着だな」


 刀を鞘に仕舞い、一人そう呟くサノス。彼の”超直感”に映るのは倒れた野盗の姿のみで、他の生物の反応は一つとしてなかった。

 だからこれにて終わりかと思えた。しかし次の瞬間サノスが感じたのは任務完了の達成感ではなく凄まじいまでの悪寒であった。急いで地を蹴りその場から離れようとするサノス、しかしその対応は少し遅かった。


「チッ!!」


 サノスの脇腹から鮮血が舞う、超高速で放たれた矢がサノスの脇腹部分を切り裂いたのだ。放たれた矢はその先端を血で濡らし、木の幹に深々と突き刺さっている。

 その威力は凄まじい物でサノスの痛みもかなりの物であろう。しかしそこは天性の戦闘センスを持つサノス、一切気を動じさせること無く落ち着いてその傷を”高速再生”で治し、刀を構える。


 不気味な沈黙が流れていた。サノスの”超直感”に映っているのは依然として倒れた野盗の姿のみ、つまり先ほどの矢を放った者が何処にいるのかは分からないのだ。

 木の幹に刺さる矢の角度から、矢が放たれた位置を簡単に察することは出来るのだが、それでは意味が無いと考えているサノス。

 ”超直感”が通用しない場合、相手も”特質能力”を持っているか、或いはそれ以上の能力を有していると考えろと、リュートから忠告を受けていたのだ。そしてそのような能力を持つ者なら物音立てず木の上を移動することだって出来る可能性もある。サノスは相手の能力を楽観視したりはしない、可能な限り最悪を想定して動いていた。


 しかしこのままでは一方的なのもまた事実、いつまでも空論を練った所でこの状況の打開には繋がらない。だからサノスは自分から動くことにした。


「廻風凄凄!!」


 先程よりも纏った闘気量が増え、威力がぐんと増した廻風凄凄。それはこの森の何処かに潜んでいる強者を誘き出すための策であった。

 その一撃は木々を次々と薙ぎ倒し、旋風の様に吹き荒れる。そしてその時が来た。


「そこッ!!」


 サノスが高速で接近する生命体の影を察知したのだ。それは”超直感”によるものではなく自らの感覚によるもの。彼はそれを信じ、大きく身をよじって剣を振った。そしてその判断は正しかった。


「くっ!!」


 飛び出してきた生命体は着地に失敗し、その体を大地に叩き付けた。左肘から先は無い、先ほどの斬撃で切断されたのである。

 常人であればその痛みに耐えきれず何らかの処置を施すだろう。サノスですら傷を治した、そうでもしないとあまりの痛みに耐えきれないからだ。

 しかしその生命体は違った。止血をするでも苦痛に顔を歪めるでもなく、淡々とした表情で立ち上がり、サノスの方を向いて口を開いた。


「まさか君のような強者がチョウアンにいたとは。もう少し探るべきだったな」


 口角を上げて嬉しそうにそう述べるその人物。

 恐らく男だ、その体格はがっちりしており声もかなり低い。ただしその顔はよく分らない、フードを深く被っており上手く窺い知ることが出来ないのである。


「お前は誰だ?ただの賊じゃないだろ?」


 刀の切っ先をその男の方に向けそう問いかけるサノス。

 身のこなしが先程の野盗共とは違ったし、何よりも”超直感”に引っかかなかった事を少々不気味に感じていた。だから出来るだけ情報収集に励むことにしたのだ、乗らないなら乗らないでしょうがないが、出来るのであれば集めておきたい、そう考えていた。


「俺の名前はスリス、ソーン大帝国の戦士だよ」


 そして以外にもその問いかけに答える男、スリス。

 理由は単純である、彼としてもサノスの情報を手に入れておきたかったからだ。


「戦士ね、暗殺者の間違いじゃないのか?」

「そうともいう。しかし命を賭して戦っている点を見れば、戦士を名乗っても問題あるまいよ。してお前は何者なのだ? こっちが教えたのだからそっちも答えるのが礼儀という物だろう?」

「・・・俺の名はサノス、護衛の剣士だよ」


 そしてサノスもスリスの質問にそう答えた。彼は義理堅い性格だったので、スリスの要望に乗ったのである。


「ふむ、少し少ない気もするが痛みつけてやれば吐くだろうな」

「ぬかせ、そう簡単に負けるかよ」


 そのやり取りを最後に、スリスも腰から短剣を引き抜き右の手で握る。先程まで使っていた矢を放つ武器、クロスボウはもう無い。それは吹っ飛んだ左腕に括り付けられており、使うためにはそれを回収しなければならなかった。

 だがそれはサノスが許さない。それを一瞬にして悟ったスリスはクロスボウの回収を諦め、接近戦を仕掛けることにしたのである。


「死ねッ!!」


 スリスがサノスの首元目掛け短剣を振る。その速度はとんでもなく速かったが、サノスからしてみれば余裕を持って対処出来る速さであった。

 そしてその一撃に裏があるようにも思えない。例えば”特質能力”や闘気で強化された一撃だったのなら、少し工夫して対処する必要がある。だが今回の一撃にそれらは含まれていない。

 権能勝負ならともかく、剣術においてスリスがサノスに勝つことは不可能なのだ。

 サノスは徐々に接近しつつあった短剣を刀の峰で押し返し、よろめいたスリスの腹に峰の強打を叩き込んで吹っ飛ばした。


「チッ、まさかここまでとはな。セクンダを職務怠慢で問い詰めてやらねばならんようだ」


 ふらふらと立ち上がりスリスがそう呟く、それにサノスが反応を見せた。


「セクンダ?」


 怪訝そうにそう尋ねるサノス、それを聞いたスリスは少し恨めし気にその質問に答える。


「ふん、チョウアンに送り込んだ諜報員の名だ。全く、もう少し情報を持って帰ってくると思ったのだがまるで役に立たなかったな」

「ほう、諜報員がいたのか。これはベア王に教えて差し上げないと」


 スリスの返しにそう返したサノス。しかしそれを聞いた彼は軽蔑を含んだ声色でその発言を追及する。


「チョウアンは情報の共有すら出来ないのか? それともする必要が無いと判断したのか? いずれにせよ愚かなことだな、ソーン大帝国に狙われていることを理解したにも拘わらず、何と呑気なことか」


 そう煽るスリスだがサノスは意に介さない。

 しかし残念には思っていた。彼にとってみればリュートの役に立つか立たないかが重要なので、その諜報員の情報が既に行き渡っていたことに対して肩を落としてしまったのだ。彼の主君達がその話をしていたちょうどその時、彼は船の看護室で眠っていたのでその事実を知らなかったのである。


「なんだ、チョウアン側ももう把握していたのか。それじゃあ大した手柄にはならないな」

「ふん、その送り込んだ諜報員はもうすでに我が国に帰国している。お前の祖国は本当にザルな警備だった、そしてその祖国が抱えていた大事な情報も十二分に手に入っているぞ」


 戦闘は先に冷静さを失った方が負ける。それ故スリスはサノスを煽るためチョウアンの誹謗を始めたのだが彼はそれを一切気に留めなかった。何故なら留める必要が無いから、スリスが誹謗するチョウアンは彼の祖国ではないのである。


「饒舌になっているところ悪いが、俺の祖国はチョウアンじゃないぞ?」

「何?王の護衛をする騎士ではないのか?」

「俺は・・・、しがない冒険者だよ」


 護衛は護衛だ、しかしそれはベア王の護衛ではなくリュートの護衛である。しかしそれは伝えないでおいた、伝える理由が無いし伝えない方が良いと判断したからだ。

 そしてそれを聞いたスリス、何故か短剣を鞘に仕舞って右腕を上げる。


「まさか冒険者だったとは思わなかった。だから少し、交渉をしようじゃないか」

「交渉だと?」


 その理由はサノスに対して交渉を行うため。そしてその交渉という言葉を訝しげに問うサノス、スリスとは違い依然として刀を握ったままである。


「俺はソーン大帝国一闘星フィスト様直属の部隊、暗牙衆の序列三位の地位にある男なのだ。そして俺はお前の実力なら暗牙衆でも十分にやっていけると考えている」

「ふん、で、結局何が言いたい?」

「お前も暗牙衆に入らないか? 我ら暗牙衆は常に強き者を求めている。国に仕えておらぬなら罪悪感もないであろう? 俺からも具申するし、お前の実力ならすぐに序列上位へと上がれるだろう。そうすれば冒険者とは比較にならないほどの富や名声が手に入る。どうだ? 悪くない提案だろう?」


 親しみの笑みを向けサノスにそう言葉を掛けるスリス。一方のサノスは一切表情を変えることなくその言葉を聞いていた。


「・・・つまり裏切れと?」

「そういうことになるな。だが冒険者を続けるよりもずっと金が」

「黙れ、交渉の余地はもう無くなった」


 凄み、そう伝えるサノス。その表情は先程とは違い怒りの色を含んでいた。彼にとってリュートは命の恩人であり唯一の主君、それを裏切るなど絶対に有り得ないのである。

 そしてサノスのその表情を見たスリス、交渉の余地はもう無いと判断し再び短剣を引き抜いた。


「では殺し合いしかなさそうだ。君のような強者を引き抜けなかったのは残念極まりないよ」


 そしてその短剣に何らかの”力”を纏わせるリフ。

 闘気か或いは権能か。それが何なのかはサノスの窺い知る所では無かったが、少なくとも無視できるような物では無い。

 その強大さをその五感でひしひしと感じており、彼の持つ直感も警告を鳴らしている。はなから油断などしていなかったが更に気を引き締めるサノス、一切の出し惜しみをすることなく”身体強化”と”鬼化”を最大レベルに引き上げた。


「お前も中々の強者の様だな」

「当然、弱者が序列一桁の座に就くことは出来ない」


 会話を交わしつつも雰囲気はぴりついたままである。サノスが刀を構えじりじりと詰め寄っていく、そして決着は一瞬にしてついた。


「食ら・・・」

「遅い」


 スリスが腰を低く下げ地を蹴ろうとした刹那、その頭頂部目掛けて峰を全力で叩き付けたのである。


「まさかこれほどとは・・・」


 最後にそう呟き膝を着くスリス。そして異変が起こった。


「む、顔が」


 倒れたことにより露わになったスリスの顔。初め中性的だったその顔が、突如霞がかったのである。

 そして様子を見ることしばし霞が晴れた。そこにあったのは先程とはまるで異なる顔、中性的な顔の面影は微塵も無く、堀の深い老年の男の顔が浮かび上がっていた。


「何かの能力か? よく分からないな」


 それが何なのか把握したい所ではあったが、それは出来ないとサノスは悟る。そもそも彼は”解析・鑑定”を有していない。だから検証を諦めてリュートの元へ運ぶことにした。

 最後の連絡からそれなりに時間が経っているので少し急ぐサノス、スリスと気絶させた野盗を引き摺り馬車の元へ戻るのだった。



「あ、サノス!! 凄い音してたけど大丈夫、ってどうしたんだその傷!?」


 帰って来たサノスを見るや否やリュートがそう叫ぶ。無理もない、何せ服が血によって真っ赤に染まっているのだから。


「あぁ、この男にやられたのです。ただ再生して治したので問題は無いですよ」

「そっか、よかった~」


 そう言ってリュートが安堵感を露わにする。実際脇腹の血を見た時相当に取り乱していたのだが、サノスの発言によって落ち着いていた。


「んで、その男たちは?」

「野盗とソーンの戦士だそうです。多分全員生きてると思いますよ」

「な!? ソーンの!?」


 ベア王が驚きのあまり叫ぶ。

 だが無理もない話だ、前日の諜報員騒ぎといい今回の馬車襲撃事件といい、仮にその実行犯が本当にソーンの人間だとしたら、それはすでに水面下ではソーンの進行が始まっていると考える事も出来るのだから。


「で、他に何か情報はあるのですか?」

「暗牙衆序列三位のスリスと名乗ってました。詳しくは目が覚めてから聞いてみればいいと思いますよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。序列三位ですって!?」

「えぇ、まぁ。本当かは分かりませんが」

「仮にそうだったら凄いことですよ。ただ・・・、その男死んでませんか?」

「えっ!?」


 そう言いながら男の首筋に手を当てるベア王、それと同時にリュートも”解析・鑑定”を行ってみる。


「本当だ、事切れてるよ」

「そんな!?も、申しわけありませんリュート様!!」

「気にするな、ちなみにどうやって気絶させたの?」

「頭を殴りました」

「そりゃ死ぬだろ・・・」


 そう言って苦笑いを浮かべるリュートだったが、首筋から手を放したベア王は違う反応を見せた。


「いえ、序列三位がその程度で死ぬとは思えません。有り得る可能性としてはその男の言う事が嘘だったか、或いは最近大帝国に現れた異世界人の影響下にあったからだと思います」


 異世界人、その単語にリュートの眉がピクリと動いた。


「その異世界人というのは?」

「あぁ、いや、多分そうだって言われるだけで確証はないんですよ。何でも死体を道具のように操る権能を持つ男性だそうです。もしかしたらこのスリスもその能力の影響下にあったのかも」

「まともな奴ですかね?」

「それは測りかねます。ですがこれほどまでに強力な権能、であればそれは恐らく”特質能力”だと思われます。そしてそれは持ち主の願望に色濃く影響を受ける、であればその転生者の性根は狂っているかもしれません。何せ死体を操るなど非人道的ですからね」

「・・・そうですか」


 そう言って少し残念そうに呟くリュート。だがそれも束の間、直ぐに表情を元通りにして次の行動を促した。


「ま、気にしてもしょうがないですね。とりあえずこいつらを縛って国に帰るとしましょう。序列三位の死体からも何らかの情報を得られるかもしれませんし、一応持って帰りましょう」

「ですね。それじゃあ御者、適当に縛っておいてくれ」

「「畏まりました、我が君」」


 そう言ってせっせと野盗達を縄で縛る御者たち。色々あった馬車の旅路も終わりを告げつつあった。

「ラト、バレンタインがやってきました!!」

「バレンタイン、何ですかそれ?」

「えっとね、リュートさんから聞いた話によると、何でも恋人だとか夫婦だとかがお互いの気持ちを確かめ合う日、らしいわ」

「へぇ、どうやって確かめ合うんです?」

「女性から男性へチョコレートを贈るって言ってた。そして送られた男性はその一か月後にそのお返しをするのが二ホン? の風習だそうですよ」

「なるほど、でしたらウルスラ妃に呼びかけてみましょう、あのお方はこういった習わしが大好きですからね。それにチョコレートは一般に市販されていませんし、一から作るにしても結構手間がかかりますから、やるならなるべく早い方が良いでしょうし」

「そうね、お母様はそういった文化が好きだから多分乗っかるでしょうね。後ついでだから私も付き添うけど、いいよね?」

「おや、誰かに送るつもりで?」

「ッ!?そ、そんな訳ないでしょ!?」

「ちょっと待ってください何ですかその反応は? もしかして男が!?」

「ちょ、違うわよ!?勝手に勘違いしないでよ!!」

「そういえばリュート殿をアリナ様のお部屋に案内して以来、やたらアリナ様がリュート殿の方を目で追っているような・・・」

「い、言いがかりよ!!」

「アリナ様、あのお部屋の中で何があったのです!? やはりあの男は手を出していたのですか!?どうなんですかアリナ様アリナ様アリナ様!!」

「え、えっと、それはその・・・」

「何ですか!? やっぱり手出されたんですか!? はっきり言ってください!!」

「え、えっと・・・。は、Happy Valentine!!」

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