ワイバーン飼育場
*あらすじ:会談を終え、ワイバーン飼育場にやってきました。
「こ、ここがワイバーンの飼育小屋です」
「ふむ、ご苦労」
「へへ、では私はこれで」
「いや、まだ返さんぞ」
「ひ、ひぃ〜!!」
ホーク王が逃げようとした飼育員さんの首襟を掴む。
俺達はこの飼育員さんの案内に従って、ショクチェンドゥにあるワイバーン飼育場にやって来ていた。連れて来てもらったと言ったほうが正しいかも、頼んだのは俺だからね。
「いやぁ、我が儘聞いてもらってありがとうございます」
「いや、気にしなくて良い。だが飼育員、お前の仕事はまだ終わってないぞ」
「ひぃ〜、分かりましたよホーク様〜!!」
「分かったら良いのだ。ところで何故リュート殿はワイバーン飼育場に?」
「国を渡る時に必要かなと思いまして。今はまだ買えないと思いますが一応見ておきたかったんです」
またショクチェンドゥに来る事になると思うのだが、その都度ギルレオンのワイバーンを借りていたらきりがない。それにギルレオン側も迷惑だろうから、俺もワイバーンを所有しておきたいと考えたわけだ。
「なるほどな。まぁ大抵の国家は所有しているだろうから、おるに越したことはないだろう」
「そうだね〜。まぁ魔王の国は分かんないけど」
そうなんだ、だったら今度本人達に聞いてみようかな。その今度が何時になるのかは分からないが。
「さてと、お話はこのくらいにしておきましょうか」
「だな」
「で、ではホーク王。鍵を開けてもよろしいでしょうか?」
「む、すまん。開けていいぞ」
「かしこまりましたぁ〜」
手をガタガタと震わせながら飼育員さんが飼育場の扉を開けた。
「おぉ、すげぇ!!」
そして露わになる飼育場の全貌、その中にあったのは大量のワイバーンの姿、飼育場の中は非常に広く巨大な体躯を持つワイバーンでも快適に過ごせそうである。中は清潔で不快な臭いも殆ど無い、美しい黒鱗の竜達が牧草の上で気持ち良さそうに眠っている。
「ちょうどワイバーンは繁殖期だからな、あぁやって卵を温めておるのだ」
「へぇ、なんか和みますね」
ホーク王がそう教えてくれた。
ちなみに野生のワイバーンはショクチェンドゥの中央部にあるグランネク山脈の高地に生息しているそうだ。気性自体は荒いものの人里には滅多に降りてこないため、ショクチェンドゥの街がワイバーンの被害にあうことはほとんどないとのこと。
「こういう風に番が重なりあって卵を暖めるのだよ」
「へぇ・・・、っておや?」
飼育場をぐるっと見回して気がついた、飼育場の隅に一匹のワイバーンがいたのだ。その身は痩せこけ、鱗は汚れで燻っている。ただその眼光は凶悪なまでに鋭く、まさに強者の雰囲気を醸し出していた。
「あの子は?」
「え、あぁ、あれですか。あれは暴れん坊な個体なんですよ、餌をあげようと近づいたら威嚇されるんです。普通の個体だったら向こうから近づいて来てくれるんですが・・・、まぁ見ててください」
飼育員さんがそう言うと、腰にかけてあった巨大なバケツの蓋を開ける。その中にあったのは巨大なブロックの肉、それがギチギチに詰まっていた。
「お前ら、ご飯だぞぉ!!」
飼育員さんがそう叫ぶと、飼育場のワイバーン達が彼の元に駆け寄ってくる。そのワイバーン達はブロック肉を飲み込むと再び自らの卵を温めに戻って行く。ただ・・・。
「あの子は食べないんですよ、餌を持って近づいたら威嚇されますし、ちょっと困ってるんです」
つい先程見付けたワイバーンだけは餌を食べようとしなかった、さっきからずっと俺達の方をきっと睨みつけている。
しかし気の所為だろうか?傍らに眠るワイバーンがその様子を心配そうに見つめている気がする。
「威嚇は何時からです?前からですか?」
「えっと、ここまで酷くなったのは最近です。なんでこんなに怒ってるのか丸で見当が付かないんですよ」
「・・・なるほどね」
飼育員さんにそう返し、俺もワイバーンの方を観察する。奴と視線が交錯しあい、その裏の感情に気が付いた。
「飼育員さん、餌を」
「え、餌?」
「えぇ、餌です」
「えっと、どうぞ」
「ありがとう」
そう返して俺はワイバーンの方に近づいていく。その眼光はますますきつくなっていくが俺はそれを無視した。
「ちょ、危険ですって」
「そうだよ、目、どんどん怖くなってるよ?」
「大丈夫ですよ」
飼育員さんとオルカ王が心配そうにそう聞いてくるが、むしろこいつに餌をやらないほうが問題であろう。この鋭い眼光の裏に気付いてしまったなら猶更だ。
「グルルルルッ!!」
「リュート様」
「いいから大人しくしてな、問題ないよ」
ワイバーンの低い唸り声を聞いてサノスが心配そうにそう言った。現にその眼光は更に鋭くなり、剣山の如く並ぶ牙が徐々に顕になっていく。だが俺はそれを無視してゆっくりワイバーンの方へ近づいて行った。
そしてようやくワイバーンの前にたどり着く、その鋭い瞳を見つめながら右手に持った餌を差し出した。
「ほら、餌だぞ。何も入ってないから安心して食べな」
「グガアアア!!」
ワイバーンがそのアギトを大きく開く。だがそれは餌を食らうための牙ではない、警告を無視した愚者を殺すための牙であった。
「ぐっ!!」
その牙は俺の右腕に深々と突き刺さる。結構な痛みだ、血がどんどんと流れ出ていくが今は無視する。こんな事では俺は死なんからな。
「な、大丈夫だから。食いな?」
俺はワイバーンを安心させるため、出来るだけ優しくそう呼びかけた。視線を交わし、左の手でワイバーンの顔を優しく撫でる。誰も声を上げず俺達のやり取りを黙って見ていた。
「誰もお前の大事な物を奪おうなんて考えてないよ。お前もお前にとって大事な物も全部大事だから、こうやって近付いて来てるんだ」
「・・・」
見つめ合うことしばし、ワイバーンが再び口を開いた。ただその目的は先程とは違い、愚者を排除するためではなかった。
「あぁ、もう。そういうのは良いからさ」
ワイバーンは深く抉られた俺の右腕を舐め始める、なんだかむずかゆいな。ていうか今は餌を食べていただきたいのだが。
「放っておいたら治るよ。だから先にこれを食べてくれ」
「くるるる」
頭を撫でながらそう促して初めて、ワイバーンが餌に口を付けた。
「な、大丈夫だったろ?」
「くるるるるる」
俺がそう微笑みかけるとワイバーンが俺の顔面をペロペロ舐め始める。気を許してくれたみたいで良かった。
「終わったよ、飼育員さん」
「お、おぉ〜。凄いで」
「グルルルルッ!!」
「ひぃ〜」
おっと、まだ気を許してはいなかったらしい。ワイバーンはこっちに近づいてきた飼育員さんを低い唸り声で威嚇していた。
「と、ところでなんでそいつに近付けたんですか?怖くは無いんですか?」
「怖くはなかったよ、こいつは別に俺達が嫌いだから威嚇してたわけじゃないからね。ただ心配してただけなのさ」
「心配、ですか?」
「そう。まぁ見てもらったほうが早いかも」
俺は再びワイバーンの方に視線を移し、頭を撫でる。
「お前の大事な物を見せてはくれないか。何も奪ったりはしないよ」
見つめ合うことしばし、ワイバーンがちょっと左にずれてくれた。
「あ、卵!!」
そこにあったのは二つの卵、それに気付いた飼育員さんが大きな声を上げた。
「大方卵を取られると思ってたんじゃないかな。見た感じ怒ってるというより不安そうな感じだったから」
瞳を見た時に何となく分かったのだ、何か大事な物を庇ってるってな。
とはいえこれで一件落着、用事も済んだし帰るとしようか。
「さてと、顔合わせも出来ましたし帰りますか」
「え?いやいや傷は?」
「もう治りました」
「分かりやすい嘘を・・・、って本当だ」
オルカ王が心配そうにそう尋ねてきたが何も問題はなかった、俺には”瞬間再生”があるので傷を治すくらい造作もないのである。
「流石は魔人ですね」
「あぁ、本当にな」
「あはは、それじゃあ行きますか」
そう言って俺もワイバーンの側から離れる。
「それじゃ、元気でな」
「グルルルル!!」
しかしそのワイバーンは何故か低い唸り声を上げた。もしかして怒ってる?
「・・・もしやリュート殿に付いていきたいのでは?」
サノスが手を叩いてそう言う。そしてワイバーンは『そうそうお前良く分かってんじゃん』みたいな視線をサノスに送っていた、多分。
「ふむん、私としては連れて帰った方が良い気がするな。その個体はリュート殿以外には気を許しておらん様子だし、連れて帰った方がそいつのためだろう」
「わ、私もそう思います!!」
ホーク王と飼育員さんがそう言った。俺としては嬉しい提案ではあるんだが、本当に良いんだろうか?
「えっと、良いんですか?」
「構わん構わん、我が国にために働くつもりはなさそうだからな。むしろ連れて帰ってくれ、多分リュート殿以外に懐くことは無いだろうからな」
「そうそう、そっちの方がそいつのためですよ」
「・・・なるほど」
俺はワイバーンの方に向き直る。いつの間にか傍らに眠っていたワイバーンも起き上がり、痩せたワイバーンの隣に立っていた。
「お前は俺の所に来たいのか?」
「くるるる」
肯定の意か、ワイバーンが高く嘶いた。言葉が通じているのかは分からないが何となく通じている気がした。
「じゃあ番と卵も宜しくお願いします」
「分かった、お前もそれでいいか?」
「くるる」
眠っていたワイバーンも高く鳴く。やれやれ、ちゃんと世話しないとだな。
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「お前、格好いいな・・・」
鋭い眼光のワイバーン。鱗に付いていた汚れが落ちたことにより、その純黒の鱗を大気に晒していた。
「本当だよ、心燻られるね」
「うむん、手放すのが惜しいくらいだ」
鱗は陽の光を受け黄金に煌めき、巨大な翼膜はまるで王者のマントの如し。
「これが卵です、割らないように気をつけてください」
「分かりました」
飼育員さんから卵を慎重に受け取る。卵は透明のケースに入れられていて、その底には牧草が詰まっている。
「じゃあ帰るぞ」
「あぁ、元気でな」
そう言ってロイド王とリンダさんがワイバーンの籠に乗り込んだ。籠を付けたワイバーンは二匹いるのでそっちに乗り込んでも良いのだが・・・。
「折角なんでこいつに乗って帰ります」
そう言いながら眼光の鋭いワイバーンを撫でる。すると俺が乗りやすいようにか、ワイバーンが身を屈めてくれた。
「えっと・・・」
「落ちても飛べるんで大丈夫です」
「あ、分かりました」
そのやり取りの最中、御者さんが心配そうな視線を送っていたのでそう返しておいた。
「うし、では本当に帰るぞ」
「あぁ、ではまたいつか」
「あぁ、じゃあな」
サノスも籠に乗り込み、扉が閉められた。
「よし、飛べっ!!」
御者さんがワイバーンに合図を送り、空へと飛んでいく。それに伴って俺の乗るワイバーンとその番も空に向けて飛び立った。
俺はどんどんと小さくなるショクチェンドゥの街並みをしばらく眺め続けていた。




