己を超える?
他の魔王たちを会議室に帰した後、フェルシアさんに連れられて、幽冥城のある部屋にやってきた。
薄暗く、不気味な雰囲気だった。一つのランタンだけでその部屋を照らしており、煤の匂いがあたりを満たしている。
「ここが最後の試練を行う場所だ。あそこに水晶玉があるのが分かるよね?」
そう言ってフェルシアさんが指さす先には、黒い光沢を放つ水晶玉があった。
しかし普通の水晶玉ではない。何せ俺の”解析・鑑定”でも、あれが何なのかは詳しく分からないのだから。
「あれは自分の精神世界を映す、一種の道具なんだよ」
「精神世界を映す、ですか?」
「そう、そしてそれこそが第二の試練。自分の精神世界に侵入し、自分の心の強さで、自分の肉体に打ち勝って見せろ」
フェルシアさんが真剣な表情でそう言った。
今更引き返すつもりもない、黙って頷き返す。
「ユウキがあの水晶玉に触れば、第二の試練が開始される。覚悟が出来たら触ってくれ」
「・・・分かりました」
大きく深呼吸し、黒い水晶玉のほうへ近づく。
そしてもう一度心を落ち着かせ、水晶玉に手を触れた。
「ッ!?」
「お前ならできる、頑張れよ」
その声を最後に、意識が暗闇に沈んでいった。
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「やぁ、目が覚めたようだね」
「・・・お前が俺か?」
目が覚めた時に飛び込んできたのは、赤い髪をした男性の姿だった。
例の魔人とは違う。あの汚らしい赤とは違って、純粋な紅色だ。
・・・っていうかこいつ、洞窟を出たときに見たあの赤髪か!?
「理解力があって助かるよ」
俺の心を読んだのか、俺が口に出す前にその返事が返ってきた。
聞きたいことはかなりある、だけど一番優先すべきなのは、なぜこいつがここに居るのかだろう。
「なんで俺の精神世界にいるんだよ?」
俺は赤髪の男にそう質問する。
するとその赤髪の男、俺の体を指さした。
「君、自分の体を見てごらん」
「自分の体って・・・、えっ!?」
「フフフ、なかなか懐かしいだろ」
「・・・昔の体だ」
学ランに黒い髪、後お腹周りのちょっとしたお肉。
間違いない、今の体は前世の時の体だ。
何でだろうか?そう思ったけどその答えは結構簡単なものだった。
「君の”物質体”はこっちの世界に渡ったときに変わってしまったが、その肉体に宿る”精神体”はイカルキユウキのままだろ?」
「あぁ、そうか。この試練の目的は、自分の肉体に精神の力で打ち勝つことですもんね」
合点がいった、だから前世の姿に戻ったのか。
肉体はこの世界の物になったものの、俺の”精神体”自体は転生前から変わっていなかったわけだ。
そして今回の試練は精神でもって自分の肉体を制すこと、いきなり前世の姿、つまりは変化のなかった精神体に戻されても何ら不思議ではない。
あ?それじゃあ今から俺はこいつと戦わなきゃダメってこと?
「その必要はない。私に戦うつもりはないからね」
そう思ってちょっと心配していたのだが、赤髪のほうからその必要はないと言ってくれた。
何でも俺の心に強さに関しては、十二分に理解しているらしい。
「君は今までどんな困難からも逃げなかっただろ?それに君のことはよく知ってるのからね」
「良く知ってるって、最近会ったばっかりでしょ」
「・・・そうだね。最近会った、ばっかりだね」
「なんでそんな強調するんですか?」
「ノーコメントだ。答えたところで君の得にはならないだろうし」
そう言って首を横に振る赤髪。
気にならないでもないが、問い質しても答えは返ってこないだろう。
別に必ず知っておかなければならない話題でもないし、早々に諦めることにした。
「ま、気にすんなよ。君はこの試練に合格できたってことで、それでいいだろ?」
「まぁいいですけど・・・、人が変わったみたいですね」
「なにがだい?」
「雰囲気がです。ちょっと前見たときは、賢そうな雰囲気だったというか・・・」
「そりゃそうだろ。テレビカメラの前で畏まらない奴がいるか?」
何を当たり前のことを、って感じの態度だった。
まぁ間違いではないのだが。
「確かにその通りですが・・・」
「おっと、君はテレビカメラの前ではお茶らけるタイプだったね。五歳の時だったか、テレビカメラの前で・・・」
「ちょっと、なんでそんなこと知ってるんですか!?」
「フフフ、だから言ってるだろ?君のことはよく知ってるって」
そう言ってにやりと笑った赤髪。
こざかしいな。
「試練はクリアでいいんですよね。だったらもう帰りたいんですが」
もう夜も遅く、アリナ達をかなり待たせてしまっていた。
そう思っての発言である、決してこいつにイラついたからではない。
「ふ~む、確かにもう良い頃合いだな」
そしてその赤髪も、俺の意見に賛同してくれた。
「じゃ、帰るのには時間がかかっちゃうし、気持ち早めに送り返すとするか。あのクソガキにも会えたし、未練はもうないからな」
「クソガキって、フェルシアさんのことですか?」
「む、お前もそう思ってるってことか?チクってやろうかな」
「それはやめてほしいですけどね」
「フフフ、じゃあそうしておくよ」
「・・・で、フェルシアさんと知り合いなんですか?」
「まぁね。ただ彼は私のことなんて覚えてないだろうけどな、何せ彼は生まれたてだったから」
そう言って穏やかな笑みを浮かべた赤髪。
その顔は今までにないくらい優しかった。
「昔のことなどどうでもよいね。私も君みたいにやることがあるから、感慨にふける暇はない」
「そうなんですか」
「そうなのさ。だから数年後か、あるいはもっと先かに、もう一回君と会うことになるかもね」
「ふ~ん、だったらその時に恥ずかしくないように、俺も頑張って生きていくよ」
「そう気張るなって、お前は今でも立派だよ」
そう言って赤髪が俺の頭をわしわし撫でた。
昔父に撫でられたのを思い出して、ちょっとだけ嬉しかった。
「よし、じゃあ本当にお別れの時間だ」
「・・・そうみたいですね」
俺の体が光の粒子となって消えていく。
全身が消えるのも近い。
「そういえば、貴方って誰なんですか?」
ふと頭によぎったことを聞いてみた。
だがその赤髪は頭を横に振るばかり。
「悪いが内緒だ、知ってしまったら君は自由に生きられなくなる。君は今できることを精いっぱいやらなくちゃいけない、余計な雑念で君を縛るのは俺の望みじゃないからな」
言っていることの内容はよく分らなかった。
だけど俺のことを思ってくれているのは、考えなくても理解できた。
「じゃあ聞かないでおきます」
「おう、そうしてくれ」
「・・・さて、本当にお別れみたいですね」
「だな、名残惜しいが引き留めたりはしないよ」
「俺もさみしいけど・・・、さよなら」
「あぁ、元気でな」
最後に二人で握手を交わした。
意識がだんだんと遠のいて来る。
そして、
ー後は頼んだぞ。
誰に宛てられたか、そんな声が聞こえた気がした。
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「お帰り、思ったよりも早かったね」
「・・・それはどうも」
頭にかかる柔らかい感覚。
状況を鑑みるに、どうもフェルシアさんに膝枕されていたらしい。
ちなみに生足ではない、長ズボン越しだ。
「顔色一つ変わらないんだね。感想とかないの?」
「これが美女だったらよかったんですがね」
「イズナかい、それともコール?」
「違いますね」
「じゃあアリナちゃんかな?」
「・・・どこまで知ってるんですか」
やはりこの人、油断できない。
本当にどこまで知ってるんだ?
「どうだっていいでしょ。さて、これで君は晴れて魔王の仲間入りだ。おめでとう」
「えぇ、どうも」
そう言った後、頭を上げて立ち上がった俺。
それに伴ってフェルシアさんも立ち上がる。
「それはそうと、眠たくなったりしてないかい?」
「いや、全く」
「え、マジ?」
「大マジ」
「あれれ~、おかしいな」
そう言ってフェルシアさんが小首をかしげていた。
俺もちょっと気になったので、詳しく聞いてみる。
「なにがです?」
「魔王になるっていうのは、ある一種の進化みたいなものなんだ。だから普通は”進化の眠り”につくはずなんだけど・・・」
そう言って思い悩むフェルシアさん。
確かに気になる事案だけど・・・、”解析・鑑定”、理由は分かるか?
ー解。主の場合、行われるのは進化ではなく制限の解除のため、”進化の眠り”につく必要はありません。眷属たちも同様です。
制限。そういや物質体と精神体の統合性のため、一部機能に制限が設けられてるとか言ってた気が。
「その進化ってのは具体的にどう変わるんです?」
「精神体の進化だね。物質体が無くても生きられるようになるのさ」
ほぼ決まりだな。
物質体と精神体のつり合いが近づいたのだろう。
ちなみにその変化ってもう済んでるのか?
ー解。完了済みです。
分かった。じゃあ間違いないだろうな。
しかしこの事をフェルシアに話すべきなのだろうか、個人的には話さない方が良い気もするが・・・。
ー同意見です。
おっと、”解析・鑑定”も同意してくれた。
だったらやることは一つ。
「なんでなんでしょうねぇ」
全力でしらばっくれる。
これだけ。
「・・・本当は知ってんだろ?」
「まさか」
「チッ、まぁいいよ。そういうことにしておいてやる」
フェルシアさんが折れてくれた、これで一安心だ。
「じゃ、会議室に戻るか」
頷き返す。
その後、フェルシアさんと一緒に会議室に戻るのだった。




