「なんか逆な気がする」
進級してから二週間が経った。教室内でも琴乃以外と話す機会も増えて、友達も増えた。男とは相変わらず話すことはない
ただ……大きく変わってしまったことが一つあった
「琴乃ー?今日は一緒に帰れる?」
「ごめんね……今日も一緒に帰ろうって言われてて……」
そう。琴乃と一緒に帰る機会が減ってしまったこと。それには理由があった
「本当にごめん……」
「ううん大丈夫!付き合いたてだもん!しょうがないよ」
琴乃は男と付き合い始めたのだ。それも……
「琴乃ー。帰ろうか」
「あ、太一くん。分かった」
琴乃がずっと思いを寄せていた、八幡 太一と……
「じゃあまた明日ね。由比羽ちゃん」
「う、うん。また明日……」
琴乃は八幡の元へ駆け寄り、手を繋ぎ、教室から去っていった……
「……はぁ。仕方ない。卯月ー。代わりに一緒に帰ろー」
「代わりって言うな‼︎私が琴乃ちゃんの代役みたいになるじゃん!」
「だってそうだもん」
「本心はそう思ってても隠そうとはしてよ‼︎」
美術部が休みの卯月と帰ることにした。……不本意だけど
♢ ♢ ♢
「琴乃ちゃん。最近ずっと太一くんと帰ってるよねー」
ハンバーガーショップに寄り、ポテトを片手に卯月は私の心に突き刺さる言葉を言い放った
「うぅ……琴乃ぉ……」
琴乃と仲が悪くなったわけじゃない。でも、今までこれほど琴乃と距離が開いたと感じたのは初めてだった
ぽっかりと開いた穴……深く広い穴が今の私の心に空いている
「本当に琴乃のこと好きだよねー。由比羽が名前で呼んでるのって琴乃だけだよね」
「だって……私が信頼出来るのは琴乃だけだもん……」
2年生になってすぐに私がある男に(名前が分からない)言い放った言葉はあながち嘘じゃない。私は絶対の信頼を置ける人以外に名前で呼ぶことはない
「私は?私は信頼出来ないの?」
「信頼してるよー。10%ぐらい」
「9割も信頼してないじゃん⁉︎」
「私にとっては10%は多い方。琴乃、家族の次に卯月を信頼してるよ?」
「他の人のこと信頼しなさすぎでしょ……てか、親より琴乃の方が信頼してるんだね……」
私は机に突っ伏した。机の冷たい感触が頬に伝わってくる
「そもそもあの二人ってどうして付き合うことになったの?」
「……その話しないとダメ?私にとっては思い出すのも辛いんだけど……」
「てことは知ってるんだ。教えて!」
「……1000円」
私にとっては振り返ることが辛いことなので、報酬は必要だ
「はい1000円」
「……躊躇いなく出すんだね」
「当然!人の恋話にはお金をかけていいと私は思ってるから!」
冗談でふっかけたつもりだったけど……貰えるものはもらっておこ
受け取った1000円を財布にしまい、私は辛い話を振り返った……
♢ ♢ ♢
「ーー琴乃ー!一緒に帰ろ!」
私はいつものように、琴乃に帰ろうって声をかけたんだけど……
「ご、ごめん!ちょっと外せない用事があって……」
って言われて断られたの
「そうなんだ……」
「ごめんね……今日は先に帰っててくれる?」
「……分かった」
委員会もなかったはずだし、用事ってなんだろうと思って後をつけたの
「……屋上?」
琴乃の後をつけると、琴乃は屋上へと向かってた
「屋上なんかになんの用事が……ってあれは……」
そこに見覚えのある男がいた。それが八幡 太一だったの
「二人で何して……」
「……俺。琴乃のこと、好きなんだ」
「……っ!」
八幡が琴乃に告白したの。私の大切な親友に、私の前でね
「俺と……付き合ってくれないか?」
「……っ!はいっ‼︎私もっ!ずっと好きだったんです!」
……琴乃が八幡のことを好きな事は知ってた。だから、八幡が告白した時点で、琴乃の答えがイエスなことも分かってた
「えっと……OKってことでいい?」
「うん!本当に嬉しい‼︎」
……でも、琴乃が八幡に抱きついた時は苦しかった……琴乃は私のなのに……私の大切な親友は、男なんかに取られたの
辛くて苦しくて……私はその場から逃げ出した
♢ ♢ ♢
「ってことなの……」
「……なんか逆な気がする」
卯月の言葉に私は疑問を浮かべた
「逆ってどういう意味?」
「いや……こういうのって本当なら由比羽は、その太一くんを親友に取られて苦しい思いをする。ってのが普通だと思うの」
「私が八幡を取られて苦しむ?……なぜ?」
卯月の言葉は私には全く理解出来ないものだった
「由比羽が太一くんのことが好き。でも親友である琴乃も太一くんが好きで、太一くんは琴乃のことを選んだ……辛くて切なくて胸が痛くて……心にぽっかりと穴が開く感じがする……ってわけじゃないんだよね?」
「何言ってるの?なんで私が八幡のことを好きになるの?バカなの?脳にシワ入ってないの?」
「由比羽ってなんでそんなに罵倒の仕方が独特なの?」
……琴乃が好きな人と楽しく過ごせるのは私にとっても嬉しいことだけど……でもやっぱり奪われた苦しさの方が圧倒的に大きいことに間違いはない
「……ううっ……琴乃ぉ」
「……妻に逃げられてやけ酒してる人みたい」
「……本当にやけ酒しようかな」
「ダーメ。まだ未成年でしょ?」
「うぅ……」
立ち直れる気がしない。それほどの喪失感と脱力感に私は苛まれていた……