「降伏宣言」
「……そういうことなんだけど、どうかな?」
「は、はぁ……」
夏下さんは琴乃に事の話をした。卯月は「私が聞いていい内容じゃなさそうだから」と言って、一旦下で待つことになった。……別に聞いても問題は特になかったんだけど
分かっていたことだが、琴乃の反応は良くない。一応聞いてるけど、もう断ることは決めているのだろう
「……夏下さんには悪いですけど、その話はお断りさせて下さい」
「……理由を聞いてもいいかな?」
「以前お会いした時も言ったんですけど、私には好きな人が居ます。そして、今もお付き合いもさせて頂いております。お相手の人を裏切るようなことは出来ません」
琴乃が述べた理由にごまかしや偽りはなかった
「そうかい……残念だ」
結果は見えていたけど、琴乃の口から聞いて安心した
「ちなみにだけど、結婚の予定はあるのかい?」
「結婚……ですか。実は2人とも考えてなくて……」
「それはなぜだい?」
「……もう1人がいなくて」
以前の亜弥のお見舞いの際に言っていた理由と同じだった
「それさえどうにかなれば結婚する気はあるということかい?」
「……そうですね」
言葉に詰まりがあるものの、条件さえ満たせば、結婚の意思がある琴乃
「なら私から一つ良い条件を出そう」
と、夏下さんは何か思いついたようだった
「君は私達と結婚しても、その今の彼と付き合ったままでも良いわ」
……私と琴乃の思考は一度停止した。理解が追いつかなかったからだ
「え、えっと……それはどういう……」
「籍と住まいは私達の方にして、本命の彼とは恋人関係を続ければいいのよ。大丈夫!浮気で慰謝料とか要求しないように、私達があなたのしている事を認知しているという証拠は残しておくから!」
夏下さんの提案は、いわゆる浮気相手として八幡と付き合っていけばいい。そして、そのことに関して咎めることはないことを約束するという事だった
「一人部屋が欲しいなら確保するし、彼はお金持ちだから多少の贅沢もさせてあげられるわ。この条件ならどうかしら?もちろん、もう1人が見つかって、結婚出来るってなったら、離婚してもらって構わないから!」
夏下さんは色々な提案を琴乃に出した。聞いている限り、琴乃にデメリットがない。あるとするならば、もう1人が見つかった場合、自分にバツがついてしまう事だろう
「どうかな⁉︎」
色々と提案し、琴乃が魅力的に見えるように工夫して伝えた夏下さん。ただ、琴乃の答えは決まっていた
「……すいません。やっぱりお断りさせて下さい」
琴乃は揺らぐことなく断った。自分の選択に迷う素振りさえ全くなかった。おそらくどんな条件を提示しようとも、琴乃の決断は変わらなかっただろう
「どうして⁉︎君に損はないはずでしょ⁉︎」
「……さっきも言いましたが、彼を裏切れません。あと、結婚ってそんな安易にしちゃいけないと思います。確かに昔に比べれば、結婚のハードルは下がってるかもしれません。それでも、やっぱり私は……結婚は大切な人としかしたくありません」
琴乃の意思がハッキリと伝わった。それと同時に、琴乃は私よりも遥かに先に、大人になってしまったことも理解した
「……そうかい。君のような一途で可愛い女の子に愛される彼は幸せ者だね」
「か、可愛いだなんて……そんな……」
「遠慮深いのはいいことだけど、自信を持つことも大事だ。君は可愛い。それは忘れないように」
琴乃は顔を真っ赤にしていた。可愛い可愛いと言われて照れているのだろう
「……とりあえず、君をもう1人の妻として迎えるのは諦めるよ。これだけ意思が固いんだ。どうやっても口説き落とせそうにはないからね」
夏下さんは降伏宣言を出した
「でも、本当にこれからどうするんだい?学生の間に結婚しないにしても、いずれは結婚したいわけでしょ?でもその相手が見つからないのでしょう?」
「……そうですね」
「彼はなんて言ってるの?もう1人の妻の条件とかあるんじゃない?」
「えっと……実は彼、結婚はしなくても良いって言ってるんです」
と、私も知らない情報が出てきた
「なぜだい?」
「あ、えっと……その……」
なぜかもじもじとする琴乃
「何をそんな恥ずかしがっているんだい?」
「あっ……えっとあの……私以外の女の子を……あ、愛せる気がしないって……」
琴乃は恥ずかしさからオーバーヒートして、顔を手で隠した。……聞いてるこっちまで少し恥ずかしくなった
「なるほどね。彼もまた君を思う気持ちが強いんだね。ただ……それが危ない道だってことは分かってるよね?」
「……分かってます」
なぜ結婚しないことが危ない道なのか、それはある対策が関係していた




