「八幡は琴乃っていう彼女がいるのよ⁉︎」
「……最悪」
図書委員の仕事が終わり、家へ帰ろうとした矢先、雨が降ってきた。天気予報では降水確率は10%と低めだったので、傘を持ち合わせていなかった
「はぁ……仕方ない」
私はカバンを頭の上に乗せ、走り出す準備をした
家まで走れば10分程度……結構濡れちゃうけど仕方ないよね
「……傘ないの?」
「うわっ‼︎」
私が一息ついて走り出そうと決心したと同じタイミングで話しかけられ、大声が出てしまった……
「や、八幡……」
「傘……ないんだろ?」
八幡は手に傘を持っていた
「……持ってないからなに?今から走って帰るんだから呼び止めないでよ」
「濡れるよ?」
「そりゃそうでしょうね」
風も強く、雨も斜めに降っている。完全にシャットアウト出来るなんて最初っから思ってない
「……入る?」
私は八幡の言葉に耳を疑った
「は、はぁ⁉︎な、なんで私がっ!」
「濡れるの困るだろ?風邪引くかもしれないし」
「八幡は琴乃っていう彼女がいるのよ⁉︎」
私は自分の発した言葉にダメージを受けつつも続けた
「あ、相合傘なんてしたら琴乃に怒られるでしょうが!」
「……なんで?」
「なんでって……」
すっとぼけた顔をする八幡。どうやら本当に理解出来ていないようだった
「逆にこのまま帰らせた方が、琴乃に怒られるよ」
「……はっ?」
八幡の言葉に理解が追いつかない……
「琴乃の親友が困ってんのに手を差し伸べなかったら、彼氏失格じゃない?少なくとも俺が姉妹を放っておいたって琴乃が聞いたら、琴乃は俺に怒るだろうよ」
……なんだ。八幡はもう琴乃の事をちゃんと理解してるんだ……
今、私がこのまま八幡と帰ったという事実を伝えても怒らない。逆に私が困っていたのに、見捨てて帰ってしまえば、八幡は琴乃に叱られてだろう
琴乃は自身もお人好しで優しい性格だが、好きな男性像も自身と同じように、お人好しで優しい人が好きなのだ
琴乃が八幡のことが好きな理由がそれ。八幡は誰であっても困っていれば助ける。琴乃曰く、そういう信念の持ち主らしい
「……琴乃があんたを好きになった理由、分かる気がするよ」
「ん?何か言ったか?」
「別に」
確かに琴乃の好きな男性像にマッチしている。そりゃ琴乃が落とされるわけよね……まあ私的には優しい男止まりなんだけど
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
「ん。じゃあ行くぞ」
八幡は手に持っていた傘を開いた。2人入るには十分な大きさで、これなら片方の肩が濡れてしまう現象は起こらないはず……
開いた傘に入り、雨の降りしきる外を歩き始めた
しばらく雨が傘に当たる音だけが鳴り響いていたが、その沈黙を破ったのは八幡だった
「……あ、そういえば姉妹は琴乃に誕生日プレゼント何あげたんだ?」
……そういえば以前、こいつから誕生日何贈ったらいいかみたいなの相談されたっけ
「……私は髪留めをあげたわ」
「髪留め?琴乃って髪留めすんの?」
「普段はしないよ。でも家とかでは長い髪をちゃんと纏めてるのよ」
琴乃は普段、髪を留めない。後ろ髪は腰近くまであり、風でなびく姿が私にとっては最高だと思う。だが家では長い髪を毛先を上に持っていき、上で留めている。それ用の髪留めをあげたのだ
「逆にあんたは?何あげたの?」
「俺?俺はネックレスだよ」
……そういえば以前の2人のデート中、琴乃はネックレスをつけていた。琴乃がピアス、指輪、ネックレスなどの装飾品を見に纏った姿を見たことがなかったので鮮明に覚えている
「菱形のやつ?」
「よく知ってるな。琴乃のやつ、まだ一回しかつけたことないって言ってたのに」
「た、たまたまよ!」
危ない危ない……デートつけてった事バレるところだった……
「そういうのつけた事ないって言うからさ。チャレンジって意味でも買ったんだよ。まあ似合う事は分かりきってたけどさ」
琴乃が手を出さなそうな物をプレゼントとして贈る……新しい物に手を出すきっかけを作ってあげたところは評価することにしよう
もし本当にいらない物をプレゼントしたりしてたら私は意地でも別れさせていた
ピアスなんて贈ったら八幡を崖から突き落としていただろう。琴乃の大切な身体に穴が空くような事なのだから……
それから私の家に到着するまで、話題は琴乃のことしか挙がらなかった
「……ありがとう。送ってくれて」
「いいよ。今度は降水確率が10%の時でも傘持ってこいよ?」
「……分かったわよ」
「……じゃあな。琴乃の事、お前の話せて楽しかったわ」
八幡は私に手を振り、来た道を引き返していった……
「……家。真逆なんじゃん」
私は琴乃の事を楽しそうに話す八幡の姿に少し安心した
「ありゃ浮気の心配はないかな」
浮気で別れないかなとひっそり期待していたが……あいつに限ってそれはなさそうね……




