「キサラギさんですよね⁉︎
「ちょっと待っててねー」
卯月にそう言われ、私はある外装の派手なお店の前の喫茶店にかれこれ30分程待たされていた
「おっそ……これはもう追加で甘い物頼ませてもらうしかないね」
30分も待たされているのだ。少しぐらい贅沢な物を食べても怒らないだろう
私はメニュー表を取り、デザートの掲示されたページを覗いた
「プリンもあるしケーキも捨てがたいなぁ……店長オススメのコーヒーゼリーも良いし……」
美味しそうなものに目移りしすぎて中々決められない
「お待たせー!」
迷っていると卯月の声が聞こえてきた。やっと戻ってきたみたい
「遅い!いつまで待たせて……」
……あれ?
「ん?どうしたの由比羽?そんな素っ頓狂な顔して?」
私の目の前に、卯月の声をしたカッコいい系のお兄さんが立っていた
「だだだだだ誰⁉︎」
「ん?ああ……やっぱり分からないよね。私だよ私。卯月 境科だよ!」
「う、卯月⁉︎」
もはや卯月の原型を留めていない容姿。初見で卯月と判断できる人はいないと言い切れるレベルだ
身長はシークレットブーツで底上げし、胸には多分サラシを巻いているのだろう。だが、声が卯月のままなので、違和感がすごい
「な、なんで男の格好なんて……」
「実はこの近くのもう一つの喫茶店に、カップル限定の商品があるんだよね。それを食べてみたくてさー。あ、あとせっかくのデートだし、男の気分ってのを味わってみたくてさ」
卯月が30分も時間がかかったのは男装をするためで、入ったお店は、コスプレなどを楽しめるお店のようだ
「衣装とかの貸し出しも時間制限があるから、早く行こ‼︎」
「あ、ちょっと‼︎」
卯月は私の腕を掴み、強引に引っ張り店を出た
「お、お会計終わってないって!」
「あ、そうだったそうだった……」
卯月は慌てて戻り、お会計を済ませていた
「……あのポンコツな部分を見ると、あれは卯月で間違いなさそう……」
♢ ♢ ♢
連れてこられた喫茶店に入ると、中にはカップルしかいなかった。この喫茶店はカップルのお客には色々なサービスがあるらしく、それ目当てで来る人が多いらしい
「……なんかすっごい見られてるんだけど」
なぜか私達の方にたくさんの視線が向いていた。もしかすると、卯月が男装だということがバレてしまったのかもしれない
「あんまり気にすることないよ」
「いやでも……すごい見られてるけど?一人二人なんてものじゃないよ?」
卯月は頼んだコーヒーを優雅にすすっている。私は視線が集まりすぎて気が気ではないのだけど……
「……あの」
とここで、とあるカップルが話しかけてきた
「キサラギさんですよね⁉︎」
と、突然興奮気味になる女性
「……そうだよ」
「⁉︎」
私は卯月から出た低音のイケメンボイスに驚きを隠せなかった
「やっぱり!私キサラギさんの大ファンなんです!握手してもらって良いですか‼︎」
「僕は構わないけど……隣の彼氏さんが悲しむんじゃない?」
「あっ……そ、それは……」
「君は自分の彼女が他の男と手を繋ぐことに何も思わないのかい?」
「……正直嫌です」
「……っ!和人っ‼︎」
「弘子っ‼︎」
と、二人は私達の目の前で抱き合った
「……ふっ。お似合いの二人じゃないか」
と、他の客もそのシーンを見てか、口笛や、拍手、賛美の言葉が飛び交った
私は一体何を見せられているのだろう……
♢ ♢ ♢
騒ぎが収まり、再びコーヒーをすすりはじめる卯月に私は様々な質問を投げかけた
「……で、キサラギって誰?」
「私のSNS上の名前。卯月ってキサラギとも読むからね。だからキサラギにしたんだー」
「……本当だ」
一応登録だけしておいてほとんど稼働していない自分のアカウントからキサラギというアカウントを見つけ出した
「ひゃ、100万人⁉︎」
フォロワー数を見ると、なんと100万人を超えていた
「な、なんでこんなに……」
アカウントに乗せられた投稿を見てみると、卯月の男装姿が大量に写っていた。そしてその画像に対して、「イケメンすぎる!」「カッコいい!」など、褒める言葉がほとんどだった
「皆本当に男だと思ってるんだよね。最初は男装女子としてやっていこうと思ってたけど、皆騙されるから訂正してないけど」
……確かにイケメンではある。男嫌いの私から見てもそう思う。ただ……
「ミルクミルク〜……うわっ!」
コーヒーフレッシュを机にぶちまける卯月
「あーあ……溢しちゃったよぉ」
置いてあった紙ナプキンを取り、机を拭きはじめた
……ドジなんだよなぁ




