「由比羽の作戦」
「……でっけえ。さすが大企業だな」
♢ ♢ ♢
「加蓮の父親の会社に乗り込むのよ」
「会社にか⁉︎」
確かに家よりはセキュリティーが弱い可能性はある……それでも入ることがしんどいのは間違いないが……
「大丈夫かよ……敷地には入れるかもしれないが、社長室まで侵入するのは難しいだろ……」
「ふっふっふ……そこで日伊乃の出番よ‼︎」
「わ、私?」
「ええ!日伊乃次第で、入れるかどうかが決まるわ‼︎」
♢ ♢ ♢
「ほら!穂乃美も家で待たせてるし、さっさと解決して、加蓮を連れて帰るよ‼︎」
「……ああ」
穂乃美も手伝いたいと言ってくれたが、何人も押し掛ければ、その分言い訳もつけにくい。穂乃美には悪いが、家で待ってもらった
絶対に加蓮を連れて帰ると約束をしてな
さて……由比羽が考えた作戦……上手くいくかどうか……
社内に入ると、もう既に広大なスペースが広がっていた。エレベーターも複数あるし、大きなシャンデリアがこれでもかと主張してくる。豪華で壮観。会社の内装とは到底思えなかった
「……もしかしたらバレずに通れるんじゃないか?」
「……行けるかも」
人の往来が多い。これならそのまま社長室まで行けるかもしれない
「君達‼︎こんなところで何をやってるんだ‼︎」
……なんて美味しい話はなかった。立っていた警備員の人に呼び止められた
「君達!こんなところで何をしているんだ?見たところまだ学生だろう?」
一応スーツを着てきたけど、学生であるとバレてしまったみたいだ。顔がまだ幼く見えるからだろうか。それとも警備員としての技量の高さなのか……
バレてしまった以上仕方ない。由比羽が用意した作戦に出た
「勝手に入ってすいません……でも、私は父に用事があるんです」
「父親に?なら受付の人に言えばいい。父親に用事があり、呼び出してほしいと」
「えっと……私は社長の娘なんです」
「社長の?ならばその横の男はなんだ?」
「この人は私の夫です!」
そう。由比羽の作戦は、日伊乃が社長の娘のフリをして侵入することだった
娘であると名乗るだけで通してもらえるとは思ってない。社長の方に、「娘さんが会社にいらしてます」と連絡がいけば、ウソだとすぐにバレてしまうしな
「夫……確かに社長の娘が若くして結婚したと噂が流れてたな……」
噂程度か……本来認めてない結婚のせいで明かしてないのか、それとも元々明かす気はないのか……
「ならば娘さんが来ていると受付から話を通してもらおう」
「それだけはやめてください!」
「なぜだ?何かやましいことでもあるのか?」
「……実はサプライズにしたくて」
「サプライズだと?」
由比羽の作戦その2。社長の方に連絡がいかないように、サプライズにしたいとウソをつく
「実は今日、私の親の結婚記念日なんです。だから!日頃の感謝も込めて父にプレゼントを渡したくて……」
誕生日だと知られている可能性よりも、結婚記念日が知られている可能性の方が圧倒的に低いはず。娘が祝う日としては少し関連性が薄いが、仕方がない
ただ、この程度で入れるなんて思ってない。色々と加蓮の父親の情報は調べてきた。年齢、誕生日、名前……その他色々と、聞かれそうなことは全て把握してある
「そうか……良い娘さんだな!よし。通って良いぞ!」
……呆気なく通してもらえることになった
「い、いいんですか⁉︎」
「ああ。受付には俺から話しておく。社長室はこの先のエレベーターを使った最上階にあるからな」
と、行き方まで丁寧に教えてくれた
「ありがとうございます!」
「ああ。お父さん、喜ぶといいな」
「はい!」
警備員の人に頭を下げ、俺達はエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した
「……意外とスムーズに入れたな」
「本当にね。警備力はハリボテと同じくらいね」
社長室のある階までどんどんと迫っている
「……話し合いで解決出来るかしら」
「それしか方法はない。正直、もうこれ以上のチャンスはないだろうな」
「……頼んだよ。旦那様」
「……日伊乃に言われると、ゾワッとするな」
「これからずっとこの呼び方していくつもりだけど?」
「……なら、慣れていかないとな」
……最上階に着いた。人もおらず、騒音もしない。ただ静寂が流れる空間の奥に、社長室があった
本来の入り方とは違うのだろうが、私達にはまだ社会のマナーが分からない。分からないなりに、知ってる中でやっていたことをやるしかない
俺達は3回、扉をノックした
「……どうぞ」
扉の奥から聞いたことのある、ドスの聞いた低音ボイスが聞こえてきた
「……失礼します」
扉を開け、社長室の中に入った
「……何しにきた」
加蓮の父親に驚いた様子はない
「加蓮のことで話をしに来ました」
「話すことはない。帰れ」
「帰りません。いや、帰れません」
加蓮の父親は大きな溜息をついた
「家に押しかけたり、会社に乗り込んだり……しつこいな君は」
「加蓮を返してくれるなら、そんなことはしたりしませんよ」
「返す……返すねぇ……残念だが」
「加蓮と君は、もう離婚している」