「卯月のクリスマス」
「……なにここ」
私は伊津の指定時間、場所にやってきた
時刻は夜の7時。場所は、とある高層ビル最上階の高級フレンチレストランだ
高層ビルの入り口に着いた途端に、大勢のタキシードに身を包んだ男達にあれやあれよとここまで誘導されたのだ
「お金持ちって怖っ……」
タキシードのお兄さんに「伊津お嬢様のご学友の方ですね?話は聞いております」って言われて案内されたからね。多分ここは伊津の家が経営してる店なのだろう
クリスマスという、お店にとっても忙しい日のはずなのに、わざわざ個室を用意してくれた
「……伊津にお礼しないとなぁ」
お金持ちが満足するようなお礼……考えるだけで少し頭が痛くなりそうだった
「すいません‼︎遅れっ……」
息を切らしながら焦る様子で入ってきたのは、綿田先生だった
「えっ?あ、あ……あれ?な、なんで……」
「……とりあえず座ってよ」
しどろもどろになる先生を私は席に座らせた
「……なんでいるんだ?」
「先生はなんて言われてここに来たの?」
「校長先生から理事長が直々に話があるからここに来いって……」
「……わざわざクリスマスの夜にこんな場所に呼び出すわけないじゃん。理事長おじいさんでしょ?」
「……確かに」
先生はやっと嵌められたことを理解したようだ
「何頼む?」
「……やっぱり帰るわ」
先生は席を立った
「えっ⁉︎ちょ、ちょっと‼︎」
「……個室でも、クリスマスの夜に先生と生徒でご飯を食べに行った所なんて見られるわけにはいかないだろう」
……先生の言い分が正しいことは分かってる。世間体……なんて甘い言葉で片付けられない。バレれば先生は職を失うのだから
「先生……」
「……なんだ」
「今日だけは……私のワガママに付き合って欲しい。あと一年半の間……ちゃんと我慢するから。だから……一年半の寂しさを……乗り切る為の思い出が欲しいの」
……先生に告白した時以来だ。こんなに自分の気持ちを素直に伝えられたのは
「それにこのまま帰られても困るんだよね……ここの支払い。私がしないといけなくなるからさ……」
先生は呆れた様子を浮かべた。そりゃそうだ。勝手にこんな高い店に入った挙句に、奢ってもらおうと考えているのだから
「……こんな高い店のお金払えるほど、財布にお金入ってるか分からんぞ……」
と、先生は観念したのか、席に座り直した
本当は伊津のご厚意で料金はかからないんだけどね。脅しのネタにはなったから内緒にしておくけど……
先生はメニュー表を見るが、聞いたことのない料理名ばかり表記されているからか、少し顔を歪ませた。私も一つぐらいしか知ってるのなかったし……
この店はオードブルやメインなど、コース別に分かれているわけではなく、好きに頼んで好きに食べるという形式のお店だった
「適当に頼んでみる?」
「うーん……ハズレだったら怖いしなぁ……」
「まあハズレだったら私が頼むものと交換しようよ。私も未知のものを頼むからさ」
「……いいのか?」
「別に先生の口に合ってなくても、私の口には合うかもしれないからね」
「……じゃあそうするか」
私達は未知のものを頼み、夜景と会話を楽しみながら料理を待った
「そういえばどうやって校長に頼んだんだ?」
「さあ?」
「さあ……って」
「私がやったんじゃなくて、伊津がやってくれたんだよ」
「伊津?伊津って、八幡のとこの3人目の嫁さんか?」
「そうそう。私がどうしてもクリスマスの日に先生と過ごしたいって相談したら、この店を手配してくれて、先生も呼び出すこともしてくれたの」
「……あんまり俺らの関係を周りに明かすなよ」
「大丈夫。2人とも口は固いから」
……固いよね?大丈夫だよね?
後で関係を広めないように念を押しておこう