「菊宮 東夜」
パンッ、パンッ
「……久しぶり」
周りには誰もいない。人の気配すらしない。なのに私は誰に問いかけてる?
……私は、私の大切だった人に問いかけてる
墓石の前でかがみ、持ってきたお供え物を献上した。花の交換もしたし、寒いかもしれないけど、少しついていた砂埃を払うために、墓石に水をかけた
今年が終わるまであと1ヶ月を切った。私達家族内で話題にさえ上がってないけど、多重婚の期日が終わる
「ちょっとだけ……私の話を聞いてくれる?」
♢ ♢ ♢
「琴乃だけに譲ってあげるべきなのかな?……私は邪魔にならないかな?」
私が結婚してから初めてのお墓参り。今までの経緯と現状を伝えた
多重婚しなくとも結婚出来る世の中に戻る。琴乃が結婚する為に、私は太一と結婚した。ただ、それも今年いっぱいで終わる。私がもし太一と別れても、琴乃は結婚生活を継続出来る。そもそも、伊津が来た時点で、私は既にいらなくなっていたんだけど……
「……ちょっと居心地良くってさ。琴乃がいるからっていうのもあるけど、もう1人の子も……太一といるのも」
聞いてくれてるなんて思ってない
「ねえ。返事してよ」
返してくれるなんて思ってない
「私はさ……」
ただ……お願い……
「どうするべきだと思う?」
私の気持ちを軽くする為の相手になってほしい……
♢ ♢ ♢
……冷たい風が吹く。静かで、ただ風が吹く音と、私が鳴らす足音だけが響く
「……なんて、あんたに聞いても答えなんて返ってくるわけないよね。生きててもまともに答えなんてくれるわけないのに、死んでたら尚更くれないよね」
生前からいい加減なやつだった。自由人で、難しいことはなんでも後回し。適当。この言葉が1番似合う男だった
ただ誠実で、優しくって、周りを見る能力が高い。浮いてる人を周りに溶け込ませるのが上手い。誰とでも分け隔てなく接する。後輩に敬語を使われるのが大っ嫌いな……私の初恋の人……
名前は、菊宮 東夜
死んだのは3年前。私が中学2年生の頃……。死因は車に轢かれたことによる事故死だ
……私は一度、太一に怒ったことがあった
子供が道に飛び出して、侵入禁止道路を走行してた車に轢かれそうになったのを、太一が身体を張って守った時だ
側から見れば立派だと思う。でも、私はそれで大好きな人を失った。悪いことだとは言わない。でも、必ずしも良いことをしたとも……私は思えない
他人の為なら自分はどうなってもいい……その信念だけはどうしても理解が出来ない
今でもあの行動を取った太一は許せない。結果助かったんだから良い。では済まないのだから
「また来るね……ごめんなさいをしにね」
私は水の入ったバケツとお釈、変えた花を持ってその場を離れようとすると……
「もう来なくていいよ」
……聞き覚えのある声。そして……私のせいで苦しんだ人の1人……
「美登……」
「気安く名前を呼ばないでくれるかな」
ギャル。この一言で説明が片付く女の子。金髪のポニーテールでいつもはチャラい服装だが、墓場に来ている為か、メイクは薄く、そして服装もオシャレよりも、防寒性を意識した服装をしている
「てか、あんたもよく顔を出せるよね。私ならここら辺に出向くことさえ躊躇うけど」
「……ちゃんと東夜のお墓綺麗にしないとダメだから」
「そんなのは私と東夜の家族がやる。だから来なくていい」
「でも……」
「でもじゃない‼︎」
私の声をかき消すように怒鳴る美登
「……アンタには東夜の前に現れる資格なんてない。東夜を殺したのは……由比羽でしょ?」
……東夜は太一同様に、他人の為に自分を犠牲にして死んだ
助けられたのは、紛れもない……私なのだから