死す
電車。
ここは、恐らくそう見える空間。
ざっと見ただけでもかなり古く、使用耐久年数ぎりぎりか、少し超えているくらいだ。
車内は、レールの継ぎ目を通過する規則的な音しか聞こえず、いたって静か。
周囲の景色も灰色にくすみ、はっきりしない。
外のはずなのに、トンネルのようだった。
開放的であるはずなのに、閉鎖的だった。
車窓にはこびり付いた汚れが目立ち、シートは染みや傷みがひどい。
誰も掃除をしなかったのだろうか。
そんな列車の中に、何人かの人影がある。
彼らもまた、喋らない。
ぴったりと肩を寄せ合って、ただ座っている。
彼らは皆、こどもだった。
大体10歳かそこらのこども。
彼らはなぜか、2人ずつのペアになって座席に座っている。
そして全員が同じ患者服を着ている。
ずっと入院しているこどもみたいに、真っ白い患者服を纏っている。
そんな彼らが行儀よく列車に乗っているのは、患者というよりも実験体のモルモット、或いは死者の列にも見えた。
《間もなく、-:--駅に到着致します。お出口は右側です。お忘れ物の無いようお気をつけ下さい》
放送がかかった。
人間の気配の無い、無感動な声。
ドアが自動で開く。
開いた扉の外には、誰かが立っていた。
3人家族らしい。
お父さんと、お母さんと、小さな男の子。
顔は見えないが、3人はとても楽しそうだ。
その、笑顔のお父さんが電車の中の、誰かに向かって手招きをする。
誰かの迎えだろうか。
車内のこどもたちのうち、誰かが立ち上がった。
そっくりなピンクの長い髪をした、姉弟、または兄妹である。
手をしっかり繋ぎ、立ち上がる。
彼らは外の家族の笑顔につられたように笑顔になる。
2人は家族らの待つ外に踏み出す。
家族は笑顔で2人を迎え入れた。
扉が閉まる。
その最後の瞬間、彼らは車内のこどもたちに向かって、笑顔で手を振った。
電車はまた動き始める…。
残されたこどもたちはまた黙りこくって座っている。
隣の子と話すでもなく、ただ何かを待っているようだった。
窓外には灰色の街並みが連なっている。
何の意味も成さない、退廃的な風景画のようだ。
電車の音だけが聞こえる。
《間もなく、--::駅に到着致します。お出口は右側です。お忘れ物の無いようお気をつけ下さい》
しばらく経ち、再び放送がかかった。
前と同じ、無機質な声。
扉が開く。
そこには4人の男が立っていた。
スーツを着ているが上着は脱いで手に持っている。
仕事帰りの会社員4人、といった印象だ。
4人は笑顔で車内に手招きをする。
8人のこどもたちが立ち上がった。
真っ赤な髪を伸ばした兄妹。
桃色が少し混じった銀髪の姉弟。
緑色の髪飾りをした、茶色い髪の姉弟。
金色の髪を黒いゴムで留めた兄妹。
8人のは皆安心したように笑顔になり、彼らに連れられて電車を出た。
そしてまた、残されたこどもたちに手を振ってどこかに連れて行かれる…。
こうやって、電車は、何駅も何十駅も、ずっと走り続けた。
こどもたちは次第に連れ去られて減っていく。
相変わらず外は灰色で、気の滅入るような心象風景そのものだった。
この電車はどうやら環状に線路を回り続けているようだ。
--:-駅ももう3回は通った。
何時間かかっているのかはわからない。
窓から見える空もねずみ色がとぐろを巻いているだけで明るくも、暗くもなっていない。
つまり、時が無い。
何駅も何十駅も過ぎた。
《間も無く、::::駅に到着致します。お出口は左側です。お忘れ物の無いようお気をつけ下さい》
::::駅。
もうすぐ着くそうだ。
もう車内には誰も見当たらない。
「…残っちゃったね」
私はポツリと呟く。
ややあって、隣から答えが聞こえる。
「そうだな…」
ドアが開いた。
人がいた。
その人は電車に残された私たちを見つけると、電車に入ってきた。
黒い服を着た、背の高い男。
「…まだ残っているのか。残念だな」
「俺たちは…どうなるんですか?」
「ふむ…」男は顎に手を当てる。
「まあ、廃棄処分だ。君たちには死んでもらう」
前に来てこの問題を解いてもらおう、みたいな、軽い口調だった。
死ぬ。
廃棄処分。
残念。
「…どうなるにせよ私はもう関係無いがね。つまるところ、君たちは廻り過ぎたんだよ。他のこどもたちは迎えが来た。自分の使命を全うするため、この電車を降りた。しかし、君たち2人は降りなかった。いや、降りれなかった。それは迎えが来なかったからだ。もう手遅れだ。君たちにこれ以上電車に乗る権利は無い」
「あと、一周…」
私の兄の口が動く。
「ん?何だ?」
「あと一周乗らせてくれ。頼む。そうすれば誰かに拾ってもらえる…!」
男は呆れたようにため息をつく。
「バカを言うな。君たちのような子を誰が連れて行ってくれる?諦めて処分されろ」
確かにそうだ。私たちが連れて行ってもらえなかったのは、私たちの価値がそれだけだったということだ。
でも…、おかしい。
なぜだ?
なぜだ?
なぜ価値が無い?
なぜ私たちは作られた?
考えるほど、思考は乾いて、鮮やかさを失う…。
「大体お前たちのような出来損ないが選ばれるわけが無いだろう?実験ナンバー063ペア。君たちは選ばれることを前提に作られていない。ただの乱造品だ」
男の話は続く。
兄は唇を噛んで男を睨めつけている。
「そんなに睨んでも無駄だ。さあ、そろそろ電車が出発してしてしまう。早く出なさい」
男は1歩下がり、私たちに下車するよう促した。
兄が立ち上がる。
「…行こう」
私も立ち上がった。
「わかった」
ゆっくり電車の扉をくぐる。
私たちは出た。
灰色の世界へ。
私の背後で、扉は閉じられた。
……。
わけがわからないですよね。それでいいんだと思いますよ。では美味しい寿司屋にでも行ってらっしゃい。