表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

その9

「マキ、家に来てくれるか?俺も嫁さんも喜んで招待するよ。子供たちにも会わせたいんだ。俺のとっても大事な人だって。」

「行くよ、行く行く。行くに決まってるじゃない。」

ワタシは大きく声を張り上げた。最後に残ったエネルギーをすべて使って。

「ビックリしたよ!ビックリしたけど、今まででいちばん嬉しいニュース。まさか龍クンといずみがね~。でも、お似合いだと思う。ワタシとなんかより、ずっとお似合いだよ。」

「いや、それは…。マキ、ありがとうな。」

「いずみにも会いたい!話したいこと、いっぱいあるもん。ワタシだって謝りたいし。絶対に行くから、そう言っといて。」

「もちろん。嫁さん、泣いて喜ぶよ。打ち上げに出るつもりだったけど、俺も帰ろう。早く帰って、嫁さんに伝えなきゃ。」

彼はそう言って背筋を正した。

晴れやかな顔をしていた。長年の重荷をすっかり下ろした顔。

ワタシも負けじと、同じような表情を作って見せた。

ちゃんとできていたかどうかは自信がない。

「そろそろ行くね。」

「ああ。マキ、悪いな遅くまで引き留めて。」

「ううん、会えて嬉しかったよ。」

「俺も!ホント夢みたいだ。ちょっと待って、連絡先…。」

そう言って、彼は名刺をくれた。DJの名刺と仕事の名刺。

独立して会社の社長になってる彼。

都心の近くに一軒家を立てて、いい奥さんと可愛い子供に囲まれて幸せに暮らしている彼。

ワタシは、その現実からできるだけ目を背ける。

「それじゃ、行くね。」

「ああ、マキ。またな。」

彼はそう言ってから、“どうしていいか分からない”、といった素振りを見せた。

ワタシは何も言わず、彼の背中に手を回した。

「龍クン、会えて良かった。それから、ごめんね。本当にごめんね。」

彼も力強く、ワタシを抱きしめる。

「マキ。“ごめん”なんて必要ない。会えて良かったよ。」

ワタシたちはそうやって、しばらく時間を共有していた。

他ならともかく、ライヴハウスならよくある光景。誰も何も気にしない。友情と信頼が交差する場所。

でも、ワタシも、たぶん彼も、違うことを考えていたはず。

こうやって抱き合うのが、今が初めてじゃなかったら。

あの時、もっと早くこうすることができたら。

きっと、今とは違った人生を歩んでいただろう。

少なくとも、ワタシにとっては。

「龍クン、またね。」

そう言って、ワタシは彼をそっと押しやった。

彼は優しく、また何かをつぶやいていたけど、その声はもうワタシには聞こえなかった。

ワタシは振り返らずに、ライヴハウスを後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ