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その6

「ちょっとだけ待ってて。」

そう言って彼は片づけを続ける。

ワタシはハコの入り口近くで壁に寄りかかり、カバンを両手で抱えてひとり待っていた。

さっきまでの興奮が少しずつおさまってきたら、代わりに緊張感が押し寄せてくる。

この後に続く会話が、恐い。

彼が許しても、ワタシはまだワタシ自身を許してない。

高校の卒業式を迎えても、ワタシは彼に真実を告げることができなかった。

早く言えば早いだけ、傷口は小さくてすむ。そんなことは誰に言わなくても分かってる。

けど。

それを簡単に言える、謝って済ませられるようなワタシなら、こんなに苦しんでない。

あれから急に口数の少なくなったワタシを彼は不思議に思っていただろうけど、卒業を控えてナーバスになる子もいたから、そういう風に捉えていたのかもしれない。

ライヴがある、と彼が思っていた当日。

ワタシは朝早くから家を出た。

卒業してから、彼と連絡を取っていなかった。

家族にも「電話は取り次がないで」とお願いしていた。

未だに彼はライヴの場所も時間も知らない。

ありもしないザ・ハートのライヴ。

ただ彼は、それを信じて待ち続けていた。

ザ・ハートを、そしてワタシを信じて。

胸が苦しくて死んでしまいそうな一日が過ぎ、夜遅くにワタシは家に帰った。

次の日も、またその次の日もワタシは家を空けた。

おそるおそる家族に確認すると、ため息のような声とともにこう告げられた。

「栗田さんから電話は来ていない」と。

ワタシは息を吐き出すと一緒に、自分のバカさ加減にいっそ身を投げて死んでしまいたい気分になった。

そんな勇気は持ち合わせていないことは百も承知で。

それ以来、彼から連絡はなかった。

会うこともなかった。

ついさっき、「14時05分」で再会するまでは。


「おー、待たせたね!」

そう言って彼がワタシの横に立った。

近くで見ると、やっぱりオジサンになってる。

口元に細かいしわが浮かんでいて、シャープだったキツネ顔もあごの周りが少しだけたるんでいる。お腹もちょっとだけ出たみたい。

でも、そんなこと関係ない。

ワタシだって、同じだけオバサンになってるよ。

彼が見てくれるのは、そんなところじゃない。

「元気だった?」

「うん、元気だよ。龍クンも元気そうで。」

「何とかね。こんな場所で会うなんて、驚いたよ。」

「ワタシ、知ってた。龍クンがDJやってるって。」

「マジで?もっと早く会えれば良かったな!」

「そうだね。」

彼は相変わらず気さくだけど控えめで、ちゃんと人の気持ちが分かってる。

仕事は何してる、とか、バンドやってるのか、とか、余計なことは何も言わない。

この安心感。高校の時と何も変わらない。

「時間、大丈夫?今夜、ちょっと(時間)押したから。」

「まだ大丈夫。終電の時間、知ってるでしょ。」

「あ、まだ地元にいる?」

「あの家に住んでるよ。お父さん、死んじゃったけど。」

「そうか~。あの家、懐かしいな。思い出したよ。」

そう言って彼は笑いかけたけど、思い直したように真顔になった。お父さんのことは、彼も知ってる。

「龍クンは、時間はいいの?」

「俺、割と近所なんだよ。だから平日で仕事してからでもDJやれるんだ。」

「そうなんだ。いいね。」

二人の間に、つかの間の沈黙。

会わなかった時間の隙間。共通の話題、そんなにないや。

話題に詰まって、いつかはあの話をしなきゃ。

彼は許してくれるかな。

ううん、違う。

ワタシは、ワタシを許せるかな。

「まだ、ハート聴いてる?」

絶妙な彼の問いかけ。

そうだよ。ワタシと彼、二人にしか通じない合言葉。

「聴いてるよ。さっきの『14時05分』で、龍クンじゃないかって気づいたんだもん。」

「マジで?じゃあ、最近の井口もチェックしてるんだね。」

「2年前だっけ?復活ライヴ、行ったよ。」

「うわ、マジで?俺も行ってたんだよ!」

「えー、ホントに?ワタシ、気づかなかったよ!どの辺にいたの?」

「もちろん最前(列)だよ!あれ、良かったよなあ~。」

あの日も、ワタシはいつもと同じ壁際にいた。

情熱の差。同じライヴでも、二人が見ていた景色は違う。

「じゃあ10年くらい前の名古屋は?復活ライヴ。」

「それ、行けなかった。龍クン、行ったの?」

「仕事を休んで行ったよ。あの時は俺、泣きっ放しだった!ヤバかったな~。そのぶん、2年前は燃えに燃えたけどな!」

そう言って彼はケラケラと笑った。その笑い声で、ワタシはまた少しあの頃を思い出す。

「龍クンは最近の井口、どう思う?」

「年齢重ねて、徹底的にラヴソングに回帰してるよな。すげー好き。」

「未だに尾崎がどう、とか言ってるやつ、いるんだよね。何だか、バカみたい。」

「どうでもいいよ。昔の井口も今の井口も好きだから。」

ハートの話、井口の話をすれば、言葉が尽きることはない。彼と別れてから、そんな会話ができる人は遂に現れなかった。

「でも、ずっとハートを好きでいてくれて良かった。だからワタシも龍クンに気づけたし。」

「まあ、途中でいろんな音楽に浮気したし、一時期は聴かない時期もあったけど。一度目の解散から名古屋までのソロの時期とは、あんまり知らないんだ。ここ数年で動画とか一気に観て知ったけど。今は便利だよな~。」

「じゃあ、解散する前のライヴも…。」

そう言って、ワタシは自分で地雷を踏んだ。

無意識でもあるし、覚悟もしていた。

今日、この話をしないと。

ワタシはこの先へ進めない。

例え、その横に彼がいてもいなくても。


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