その4
イヴェントが終了した。彼はクローズのDJをしていて、ワタシは何となくその辺をウロウロ。今夜も他に話す仲間は何人かいたけど、たぶん声をかけられても生返事しかできない。
フロアの照明がついて、今は彼の顔がハッキリと見える。
もう、間違いようもない。
あの時、教室でワタシに話しかけてくれたのと同じ顔。
歳月を経ても、そのたたずまいは何も変わってない。
ワタシもそれは同じ。
あの時と同じ、臆病でネガティブな自分。
だから、今も前に進めずにいる。
いっそ肩をすくめて帰るくらいの踏ん切りもつけられない。
バカみたい。ホント、バカみたい。
後ろから肩に手がかけられた。思わずビクッとなる。
振り向くと、知り合いのDJ。
ワタシよりずっと若いけど、いつも仲良くしてくれる。フープピアスが似合う、遠距離恋愛中の女の子。
「どうしたんですか?打ち上げ、出ましょうよ。」
「あ、ええと…もう帰ろうかなって。」
とっさに出た、心にもないひと言。こうやってワタシはすぐ逃げる道を選ぼうとする。
「そうなんですか?じゃあ、そこまで送りますよ。」
「あ、うん。ちょっと…DJ聴いてから。」
「あ、いいですよね~龍さん。知り合いですか?」
「え、いや、あの…。」
「ちょっと紹介しますよ。」
そう言うと彼女はワタシをDJブースまで押していった。突然のことで、考えをまとめる暇もない。違うかな…考えなくていいと感じてる。
こうやってワタシは、すぐに人に流されて物事を解決しようとするんだ。いつもそう。いつだってそう。
「龍さーん。」
彼女はレコードを片づけている彼に明るく声をかけた。
「この人、龍さんのDJ好きだって。確か龍さんと同世代?あっ、失礼なこと言いました?」
「あ、いや、そんなこと…。」
ワタシはそう言って、下を向いてぎこちなく髪を撫でつける。自分が世界一みっともない格好をしているような気持ち。
彼は控えめに、はにかんだような顔でワタシの方を見た。
いつもいつも見続けていた、ワタシが大好きだった表情。
「あの…龍…クン?」
そう言って、ワタシはうつ向いていた顔を上げた。
彼は笑顔のまま、いっしゅんそれがどういう意味なのかを考えていた。
優しいキツネ目が、彼としては精いっぱい大きく見開かれる。
「…マキ?」
ワタシと栗田君は、そうやって2年ほどを一緒に過ごした。
いつの頃からか「栗田君」が「龍クン」へ。「高橋」が「マキ」へと自然に変わっていたけど、それ以上は何も起きなかった。
彼から正式に「付き合ってくれ」と言われたことはなく、キスはおろか手をつないだことさえなく。
ワタシもそれを求めず、確認もしようとしなかった。
確証めいたものも何もない。
下手に聞いて、壊れちゃうのが恐かった。
だから、ただいつも一緒にいて、いつもバンドの話をしていた。それで十分じゃなかったけど、それ以上は進めなかった。
龍クンは気の合った友だちと何回かバンドを結成したけど、どれも形にならずに自然分解していた。
二言目には「ライヴやりてえ」と言っていたけど、それが実現することはなく、ワタシも彼のライヴを最前列で応援するという夢を宙ぶらりんにし続けた。
彼との会話は音楽の話であふれていたけど、一緒にザ・ハートを観に行くこともできなかった。いつも、どちらかの都合が悪かったり、お金が足りなかったり。ライヴスケジュールを確認してはため息をつく日々が続いた。
次の春には進路が迫っていた。
ワタシは短大へ。
彼は就職。
世間知らずの高校生でも、お互いの生活感が完全に合わなくなることくらいは分かる。
止めるすべはない。
ワタシには彼についていくという選択を選ぶ勇気もなかった。かといって、何が何でも短大に行くという意思があったわけでもなく、打算的に安全そうな道を選んだだけで。
どうしていいか分からない。
今と何ひとつ変わらずに。