その3
次のバンドがセッティングを終え、演奏が始まった。ワタシは定位置の壁際に戻って、バーカウンターで買ったばかりのハイボールのカップに口をつけた。
自分の心臓が16ビートを打っている。お酒は乾いた喉を潤せても、このドキドキは鎮められない
目で彼の動きを追っていた。彼は次に使うレコードを選んでからヘッドホンを外して、今はフロアの真ん中ほどでライヴを観ている。
ちょっとねこぜ気味のなで肩。
懐かしい背中。
どうすればいいか分からない。
このまま真っすぐ彼のところへ行って、肩を叩いて、笑顔で再会を喜べばいい。それが正解だと思う。彼もきっと、喜んでくれる。ワタシが知ってる彼のままなら。
ううん、あの頃のままに決まってる。
お互いにこんな年になって、まだこんなところにいるんだもん。
彼がDJになってる、という話は風の噂で聞いていた。知ってるハコにも出ていたし、知ってるバンドとも共演していた。
むしろ、今まで会わなかったのが不思議なくらいだと思う。
たぶん、そういう運命だったんだろうな。
てことは、ここで再会するのも…運命ってこと?
それでも。
ワタシは一歩を踏み出せずにいた。
あの時ワタシがしたこと。
彼は忘れていたとしても、ワタシは忘れない。
決して忘れない。
それからワタシと栗田君は、いわゆるバンド友だちみたいなものになった。お弁当の後の昼休みの、ワタシたちのトークタイムとしてのルーティンだった。
その当時の情報なんて雑誌とテレビとラジオ、そしてレンタルCD屋くらいのもの。
ライヴの現場はまだまだ敷居が高く。
できる情報交換はせいぜい、雑誌の取り換えっこがいいとこ。こっそりアルバイトをして資金を稼いでいたワタシは月に2冊、お金のない彼は1冊。
栗田君は申し訳なさそうにしてたけど、嬉しそうな彼の顔を見るのがワタシには密かなご褒美だった。
“まだ、それ以上の感情じゃない。”
そう自分に言い聞かせてはいたけど。
時間の問題だってことも、分かってた。
彼はギターを持っていたけど、まだ一緒にバンドをする仲間は見つかってなかった。
「高橋、お前バンドやんねー?」
「えー、やだよー。」
本当は…強引に誘われたら、やってたと思う。
そこまで拒否する理由もない。ただ、今の自分から違う自分になるのが恐かっただけ。
恐がりながら、憧れてもいた。
だけど、彼は断られたらそれ以上は押してくることもなく、その優しさにワタシは甘えていた。
ワタシは帰宅部だったけど、彼はハンドボール部。レギュラーに入ったり外れたりするくらいの実力で、彼自身もそこまで運動に入れ込んではいなかった。
彼の練習試合があった日に、ワタシは手作りのお菓子をもって応援に行った。
一人じゃ恐いから、いずみについてきてもらったけど。
試合には負けたけど彼がとっても喜んでくれて、出先の学校から二人で帰る約束をした。いずみは気を利かせてくれて、いつの間にかいなくなってた。
歩きながらいっぱい話をした。話しても話しても足りなかった。彼はワタシの家の前まで送ってくれて、親が出てきそうになるまでずっと話して、最後にじゃあねって言って別れた。
次の日も一緒に下校することにして、その次の日も同じようにして、いつの間にかワタシと栗田君は何となく付き合ってるみたいな感じになっていた。