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幼い女の子を買い取ると痛い目に合うよねって話 ~女の子には秘密があるのよ~

 6月21日(金)。


 明来学園の放課後はいつになく騒がしい。

 運動部のかけ声、蝉の鳴く声、暇を持てあました生徒たちの談笑。――否。騒がしさの根源はそれらではない。

 閑散とした廊下に響く獣のような男の悲鳴。

 声にならない女の悲鳴。

 金属が壁に擦れる音。

 カウントダウンを始める幼い声。

 元凶は俺たちだった。

「自爆まで残り10秒。9。8。7。……」

「やばいやばいやばい。こいつカウントダウン始めたぞ! 耐えろ、耐えるんだ少女よ!」

 狼狽える俺。

 そして、さっきまで騒いでいた部長は突然落ち着きを取り戻し、

「池田君。いえ――舐めプの歩。あなたと過ごした日々は、私たちにはかけがえのない思い出だった。ありがとう」

 自爆を宣言した少女を涼しい顔で押しつけた。

「部長……」

「じぁあな」

「待てや」

 片手を上げて立ち去ろうとしている部長の肩を掴み、逃走を阻止する。

「はなせはなせはなせ。私にはまだやるべきことが残っているのよ! お前みたいな無価値とは違うの」

「人の命の価値を個人の価値観で押しつけないで下さい」

 そんなやり取りをしていると、自爆寸前の少女が、

「あ、後30秒持ちそう」

 存命の可能性が出てきた。

 今のうちだ。考えろ考えるんだ俺。この時間帯で人がいない場所。そこで爆発させよう。つまり今から30秒で

「28。27」

 ……26秒でそんな場所に少女を誘導する。そんな場所あるのか。てかここ4階だぞ。

「窓から落とすか」

「幼い女の子を4階の窓から突き落とすとかクズっすね池田君」

「そして、人がいない場所なんてあそこしかない」

 俺は爆弾を投下する場所を決めた。

 しかしそこにたどり着くためには鍵がかかった扉を突破する必要がある。

 少し廊下を走ったその先。そこにある教室から。

「この教室の窓からこいつを落としたい。しかし扉に鍵が」

 息を切らした部長がなるほどと頷いた。

「中庭にこの子を落とすのね。確かに中庭には人はいないはず。いや、でも……」

「10。9。……」

 その間も一秒一秒と時は過ぎていく。迷ってる暇はない。

「どけ。ここは私に任せな」

 金属バットを持った銀髪ショートヘアの女の子が、肩を左右片方ずつゆっくりと回し、たった一発のスイングで扉を粉砕した。そう文字通り粉砕。

 さっきまで出番がなくてうずうずしていた金属バットこと、川口 可憐だ。

「ほらよ。とっとと急げ」

「さすがっす姉さん。つーかこれ、後でテープで貼りつけできないぐらい粉々になってるぞ」

「もはや木粉ね」

 そんなこよりはやく爆弾を。

「頼む、窓を開けてくれ」

「フッ!」

 バリー―ーン。

 またしても金属バットのスイングが炸裂。

「バカヤロー―!! なぜ割った! これ以上備品を備品を壊すな」

「いや、そういう流れだっただろう」

「違う! もういい! 時間ない」

 説教は後にして、今はこの少女 幼女ちゃん を優先しなくては。

「いっけーーーー!!!!」

 少女を持ち上げ、窓の外に放り投げた。

「わーーーーーーーーい!!!!」

 なぜか少女が楽しそうだった。

「まさか本当にいたいけな女の子を4階の窓から突き落とすとは」

 あきれたように金属バットは言った。

「あいつはああ見えて大食いなんだ。だからきっと大丈夫だろう」

 そう。あいつならきっと。

 中庭が爆炎に包まれ、校舎全体が大きく揺れたのはその2秒後だった。

「……本当に大丈夫なのか。アレは」

「いや普通に考えてまずいだろ。世間的にアレは」






部長

「やったわ、池田君。中庭の草むしりも終わったわね。一石二鳥の妙案だったわ」

池田 歩

「いや……まぁ、そうかもしれませんけど。もっとべつの問題が」

川口 可憐

「おーい。幼女回収してきたぞー」

幼女ちゃん

「ただまー!!」






それは5日前にさかのぼる。

6月17(月)

 学園生活支援活動の本拠地、第6多目的室は、ただ今重苦しい空気が流れていた。

 それは、息を吸うのも億劫になりそうなほど。

 誰一人として発言することはなく、それどころか体の一部を動かそうともしない。

 この部室にいるのは俺を含めて3人。それぞれパイプ椅子に座り、一枚の紙に向かい合っている。

 今日は月に一度の活動報告会なのだが。

 それぞれの活動を自分の報告書にまとめ、各自メンバーにその内容を報告した後一枚の紙にまとめ、学園生活支援活動の責任者(若干三十路先生)に提出するという流れ。

 そして、活動報告をしようと部長が言ってから、みんな置物のように無言無動になった。

 部長の頬に一筋の汗が流れ落ちた。川口さんの視線が右にズレた。

 まずい。まずいぞ。こいつら何もやってないな。無論俺も。

「第一に、生徒たちの学園生活を豊かなものにする。第一に、規則を守り風紀を乱さず、治安維持に勤める。第一に自分の悦に浸らず、生徒のことを第一に考え行動する。学園生活支援活動部とは学園の規則、風紀を乱した者が反省の意を込めて学園のために奉仕の心を持ち活動し、その自らの行いとともに自身も人として成長することを第一に願う部活動である。――雑用集団だ」

 部長が歩き出しながら唐突にこの部活の活動方針を述べてきた。

「以上!!」

 すべて暗記したのか、一語一句間違えることなくそらんじた。

 以上!! で、止まった場所の壁に、――節電なんかしねぇ――、――学業反対――、――屈しない心――。の書の掛け軸がなければ完璧だったのだが。

「という訳で今月の活動実績は0なのね。部長悲しいわ、こんな無力的な人たちしかいないなんて」

「おいおい、そんな部長さんだって何もやってねぇんだろ?」

 金属バットの先端を部長に向けながら川口さんが言った。

「貴方……その金属バットと乱暴は性格がなければ私好みなんだけどね」

 部長の目が自分の悦に浸っているかのように笑っている。

「……チッ」

 対する川口さんは分が悪いと判断したのか、金属バットを下ろした。

「こいつは恐ぇ」

 暴走族50人をたった一人で壊滅させた川口さんでさえ怯える部長って何者なんだ。

「さて、白紙のまま報告書を提出するわけにはいかないので捏造します」

 まぁ、そうなるわな。

「まず、それっぽい活動を考えましょう。例えばこういう活動すればよかったなぁとか、こんなことがあったとか」

「そういえば。他校のやつがウチの学園に攻め込もうとしてたから全滅させた」

 これは川口さんの話だ。

 なんでも、自分が遅刻して昼過ぎに登校したとき、校門の前に10人ぐらいたむろしてたから、邪魔だと思い蹴散らしたらしい。

「可憐ちゃん。ダメよ、暴力沙汰は。ただでさえ可憐ちゃんは暴力沙汰の問題でこの部活に送り込まれたんだから。それじゃ、舐めプの歩君は何かない?」

「俺か? そうだなぁ……」

 俺はここ一ヶ月の自分の行動を振り返った。

「愛すべき人が住む村を守るために魔王軍を倒す旅に出ましたね。あと、今月は5人の女の子を攻略しました。もちろん全CG回収しましたよ」

「またゲームの話か」

呆れる川口とはよそに、

「校門……魔王軍……女の子……」

 部長は何か報告書に書き始めた。

「そういえばお前が言ってたスマホのゲームやってみたぞ」

 川口は乱暴な性格には似合わない、子供向けのテレビアニメのキャラのシールが貼られたスマホを取り出した。

「そういえば、小学生の妹がいるんでしたっけ?」

「ん? ああ、いるが。それよりもこれだ。これを見てくれ」

「……小学生……妹……」

 何かを書いている部長を置いておいて。

「なんですか……あぁ。友達申請ですか」

 俺が進めたゲームはMMORPGだ。そのため、周りからある程度力が認められれば友達申請の一つや二つもくるだろう。しかも、川口のキャラデザインは他のプレイヤーとは一線を引く……てか、こんな装備あったっけ? 特攻服にスカジャン。顔には黒いマスク。髪型は銀髪のショートヘア、これはリアルに忠実だ。武器も金属バット、これもリアルに合わせている。しかし顔は可愛い目のアイドル顔。なぜだろう、違和感ない。

「んで、これはどうすればいい?」

「とりあえず承諾すればいいと思います。そうすれば友達ができますよ」

「友達か……、なるほど分かった」

 そして承諾ボタンを押した。

「友達……申請……」

 まだ部長は書き続けている。いい加減何書いてるか気になり始めた。が、報告書をまとめるのは部長の仕事なので関わらないようにする。

「お、さっそくコメントが届いたぞ」

 少しはしゃいだように川口は画面を見せてきた。


☆AKARING☆

「友達申請承諾してくれてありがとう! 誰も承諾してくれなかったから、始めて承諾してもらえて嬉しかった(^_^) これからよろしくね☆」


 ☆AKARING☆つまりはぼっちでした。たしかに装備も弱いし、見た感じ駆け出しだから相手にされなかったのだろうな。

「よし、☆AKARING☆。貴様を川口暴走族の第一号に認定してやろう。そして私と混沌の限り暴れ尽くすんだ。お前はこれから家族だ」

「そんな計画があったとは」

「家族……計画……できたわ!!」

 椅子を思い切り蹴り飛ばし立ち上がったのは部長だった。

「非の打ち所がない報告書が完成してしまった。じゃ、出してくるわ」

 そう言って、パタパタと走り出し第6多目的室を出て行った。

「川口さん、アレ大丈夫だと思う?」

「報告書のことだろう? ……どうだろうな」

 不安しかない。





「違う違う。そうじゃない。腰をもっと落として、手の位置はここで」

 川口さんの強さの秘訣を探ろうと思い、金属バットのスイング方法を教えてもらっていた。

「まずは、こう構える。腰を落とし、バットのグリップに手を添える。その時、体をひねる。こうだ」

「こうだ。ってこれ、バッティングのフォームじゃなくて居合い切りの構えじゃね?」

 部長が帰ってくるまで、そんなくだらないことをやっていると、教室のスピーカーから全校に向けての放送が流れた。その声を聞き、居合いの構えをしていた俺たちは、驚きのあまり居合いの構えのまま固まった。

「やばいやばいって! 可憐ちゃん早く教室から逃げて。あと池田君も」

 全校方法で流れ出した声は、さっき報告書を出しに行った部長の声だった。

『……来る。ヤツが来る。この学園の孤高の女騎士、生涯単独で己の自己啓発に鍛錬する孤独の独身。御年30歳の賢者。中村 保美先生が』

 この部活動の顧問というか責任者だ。

「……なにっ!? 大変だ、速く逃げるぞ! どうした池田。なぜ動かない!!」

「ふっ……すまねぇ、川口さん。ビビっちまって。体が動かねぇんだ」

「そんな……早くしないとこの部屋に来てしまうぞ。というかお前、その格好のままだと戦闘態勢に入ってるようにしか見えんのだが」

 おっと、居合いの構えのままだった。

『中村先生は生徒の間では若干三十路先生なんて呼ばれてて、その生き遅れた姿をみて、元気と勇気を貰える生徒、さらには先生までいると言われており……』

 部長による先生の紹介はまだ続いている。

「ていうか、あいつは何をやらかしたんだ。中村召喚はシャレにならんて。トラップカード全部無効だって」

「もしかしなくても、あの報告書が原因だろうな」

『ええそうよ。ことの発端はあの報告書よ』

「恐らく、先生の逆鱗に触れることが書かれてたんだろう」

『報告書に偽りは書けなかった。だから本当のことを書いたの』

 川口さんと部長はお互いに会話するように話し続ける。

「なんでスピーカー越しで会話できんのお前ら」

「活動はしていないと」

『結婚はしていないと』

 あ、違った。たまたま会話が成立してただけだ。

 そして時すでに遅し。第6多目的室の扉が勢いよく開かれた。当然そこにいたのは、

「……独身」

「……独身だ」

「おい。教師に向かって開口一番それか。いい度胸してるな。……一生結婚できない体にしてやろうか」

 中村先生だった。

『中村 保美の幼少期は明るく、男女ともに交流が広いそんな元気な女の子でした。しかし、その頃からすでに独身の影が見えていたのです。――それは』





「おい、この放送止めてくれないか。私の幼少期編が流れ始めたぞ」

「そんなことより、どうされましたか中村先生。俺たちは極めて穏便にことを済ませたいのですが」

「今にもバットで居合い切りしそうなお前にそんなことを言われるとはな。今日はちょうどお前に話がある」

 一拍間を空けると、背筋が凍り付きそうな笑顔を向け、優しい声で、

「な、とりあえず警察に行こう。怖いのか? 心配するな。前科なんて、戸籍に×が付くよりだいぶマシだろ」

「だめだ俺の理解が及ばない。異性に目もくれず、周りの視線さえも遮断して己の鍛錬に精進してきた先生のことだ。きっこ崇高な話をしているに違いない」

「池田、たぶん先生はこうおっしゃっているんだ。人は孤独をもって自分の罪と向き合うんだ、と」

「違うぞ川口。私レベルになると孤独自体が罰ゲームになるんだ」

『故に孤独。故に独身。故に孤高。故に最強。それが座右の銘になったのは中村 保美が小学4年生になったときでした。当時中村保美のクラスを担任していた大辻先生は、あの子の闇は深い。とおっしゃっていた。そして現在。大辻先生の言葉は予言の如く的中。孤高の暗黒女騎士、ナカムラ先生が誕生した』

「中村先生。貴女とは殺り合いたくなかった。しかし状況が状況です。俺が倒されたら俺は警察に連れて行かれる。それらな俺は貴女を倒す権利がある」

「若いっていいねぇ。かかってきなよ」

 右手を突き出しかかって来いよと、指を動かす先生の顔には余裕がうかがえる。

「なるほど。なら、全力を見せましょう」

 居合いの構えしている俺の回りに風が巻き起こる。俺の気が空気の流れを変えたのだ。

「おぉ!! なんか強そうだぞ! 池田!」

 今の俺を見て感嘆を漏らす川口。

 ――そしてここで決めゼリフだ。



「故に孤独。故に独身。故に孤高。故に三十路。故に最強。――轟け!! シャイニング・フルスイング!!!!」



 体内を巡る血が暴走した。一撃のために全てを捧げるように、血流が一瞬だけ激流になる。

 風を切るバットの音。

 スローモーションのように流れる光景。

 金属バットは中村先生の前髪をかすり、

『そして、中村 保美はこの世に存在する男を憎むようになり、いつしかこの世界の男を全員駆逐してやると胸に刻み、まずは世界中の格闘技を習得する旅に出ました。そしてわずか3日間の旅の末、人類最強の殺人格闘術を身につけたのです。その名も――』

 

「中村流粉骨圧臓式弐ノ型――裏恨蝶亭!!」


「な――んだと」

 金属バットが瓦礫のように崩れる。風圧でめくれ上がった床板が眼前まで飛ばされ視界が暗くなる。

 刹那、鼓膜を切られたような甲高い音が響き……響き……それで。それで……。


『スリーサイズは バスト90 ウエスト62 ヒップ87』

 い……意外にいい体してるじゃねぇか。

 俺は痛みを感じることなく床に倒れた。





 机の脚を背にして縄で縛られた俺に対して、中村先生は神妙なき面持ちで言った。

「いいか池田。お前は今犯罪者疑惑がかけられている」

「おっしゃる意味が分かりません。確かに俺は学園でも悪名高い生徒ですけど、まだ犯罪は犯してませんよ……たぶん。おそらく」

「確かにお前は学園でも1、2を争う馬鹿だ。しかしまさかお前が……なぁ……。異性に免疫がないからってアレはないぞ、なぁ」

「アレ? ……アレって何のことですか」

「とぼけてる……ようには見えんな。まさか今月の報告書を見てないわけではないよな?」

 ……あれかぁぁぁぁぁああああ!!!

「先生、見てないです! 俺は無実です! 部長が何か勝手に書いてましたが、俺は内容までは知りません」

 食いつくように中村先生に無実をアピール。

「わ、分かったから落ち着け。内容を把握してないのは問題だがな、とりあえず見てみろ」

 そう言ってポケットから取り出した紙切れを、俺と川口はまじまじと見つめた。

「これは今日の報告書だな。なんかグチャグチャになってるけど」

隣に来た川口さんがそれを確認し、俺が音読した。

「えーとなになに。活動報告――」



 5月15~6月17日までの活動報告をまとめます。

・池田 歩は旅に出ました。愛すべき小学生の女の子を救うために。小学校の校門の前には魔王軍がたむろしてました。そこで今月攻略した妹5人と協力し、魔王軍を蹴散らしました。

 そして向かうは小学校の校内。女の子たちに友達申請し、そして家族作りを計画しています。

                                            以上




読み終えた俺は絶望していた。

「うわぁ、まじか。池田。引くぞこれは」

「川口さんなら俺の無実を証明してくれると思ってたよ」

「お前は本校の恥さらしだ」

 俺の回りだけ空気が冷たいよ。

「戻ったわよ。大丈夫だった、ふたり……と……も」

 そうこうしてるうちにこの話の元凶が帰ってきた。

「……なにやってるの?」

 状況をつかめない部長はただ一人困惑している。

「俺がロリコン疑惑を持ちかけられている。てか、犯罪者になっている。部長のせいで」

「私のせい?」

 こいつまじか。どんだけ自分の報告書に自身があるんだ。

「山神部長。この報告者の内容は本当か?」

「え、あ、え、あ、そ、s、それは、その内容は、ほ、本当よ」

「分かった。池田、行くぞ。刑務所に」

「嘘だ。全部嘘だ! 報告書の内容は全部嘘だ」

「何言ってるの。全部本当よ」

「やめろやめろ。これ以上嘘つくと、一人の少年の人生が狂うことになるぞ。本当のことを言え、今月は何もやってないと言え」

「それは……許されないわ。何もやってないなんていったら、また怒られるもの」

「それでも! 嘘はやめよう。本当のことを言おう。きっと許してもらえるさ。俺たちはまだ若い。いくらでも間違えていいんだ。大人に怒られながら成長しよう」

「分かったわ。あの……中村先生」

「ああ?」

「報告書の内容は本・当・で・す☆」

「おい。今までの内容聞いてたからな」

 今週の金曜日、罰として放課後から中庭の草むしりをするように命じられた。






 6月18日(火)

 朝のホームルーム。担任の先生が淡々と今日の連絡事項を言っていくなか、俺は窓際の一番後ろの机に目をやった。そこには誰もいない机が一つ。俗に不登校というヤツだ。それも高校生活初日から一度も学校来ていない筋金入り。

 今日も鈴木葵は来ていない。

 かなり頭がぶっ飛んだやばいヤツだと俺ん家の近所でも有名な女の子だ。なぜそんなヤツを俺が気にしているかと。それはその頭のぶっ飛んだ鈴木葵は、今学期休みすぎたせいで内申点が崖っぷちなのだ。なので内申点の回復のために我が学園生活支活動部に配属されることになった。まぁ、まず学校に来ないのでどうしようもないのだが。

「ということで、勝手に学校の放送機材に触れないようにお願いします」

 と、締めくくり、朝のホームルームが終わった。

 そしていつも通り授業を受け、一人で昼飯を食べ、午後からの授業を受け。

 で、放課後。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

学園生活支援活動部とは


 学園生活を送っていく中で発生したトラブルや、厄介事を解決します。なにかあったら是非、学園生活支援活動部へ。雑用でも何でもします。


 なお一部の界隈で学園生活支援活動部は、学園生活を送っていく中で問題行動を起こした生徒を更正させるために成立した部活動などと噂されていますが、そのような事実は一切ございません。

 問題行動を起こした生徒をペナルティとして一時的に入部させてるというケースは希にあります(池田 歩 等)

 しかし善意のみで入部した天使のような生徒が大半です。ええ、本当に。





メンバー紹介


 川口 可憐

 2-B組

 持ち前の怪力と体力で幾つもの困難に立ち向かった冷酷少女。武器は金属バット。元ソフトボール部の知り合いがいるためかバットのスイングの威力は強大。1人で暴走族50人を壊滅させたり、崖の上から降ってきた直径10メートルの岩を打ち返したりしたという逸話がいくつも存在する。学園生活支援活動部を飛び出し、近所の組合(悪いやつ)や暴力団、暴走族にも一目置かれている。

 見た目は銀髪ショートヘアという目立った色をしているが、その端正な顔と相まってまるで西洋の人形のような様相になっている。

 その神々しい姿からか一部の人間から可憐様と呼ばれ崇められている。




池田 歩

 1-C組

 童貞。



山神 部長

 2-B組

 荒くれ集団をまとめ上げる凄腕美少女。この部活の部長を務める。

 常に冷静な判断を下し、学園全体を正しい道に導く裏の生徒会長的な存在。こなしてきた依頼の数は知れず、彼女に感謝の念を抱いてる人は数知れず、さらには恋愛感情にまで発展してしまいこともあり、最近の悩みはそんな子たちからのラブの告白を断ることらしい。なぜなら良心が痛むからだ。しかし自分の顔に自信がある子はいつでもウェルカムだ。

 他を圧倒する美貌と、配下(部員)に指令を下す姿はまさに上級階級のたたずまいだ。

 優雅。気品。美貌。全てを手にした山神部長には、推定2000を超える信者がいると言われている。

 はたして彼女を超える者は存在するのだろうが。――否、いるはずがない。彼女こそ、人類最強の存在なのだ。




 そんな学園生活支援活動部。地道にメンバー募集中。

 あなたの学園生活をサポートします。




記事  ☆AKARING☆


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「できたわ。完璧よ」

 満足そうに部長は頷いた。

 部活動が始まり、そして部活動終了時間間近になるまで部長は何かを黙々と書いていた。

「今まで何か書いてたみたいですけど、何書いてたんですか?」

「新聞部の人間に頼まれて。この部活動の紹介文を書いてくれと言われた。そしてたった今完成した」

「ほう、どれどれ、見せて下さい」

 机に置いてあった紙をひょいと取り上げる。

「ああ! ちょっと、勝手に見ないでよ」

 前回のようなことにならないために、確認しないとな。

「…………」

「な、なにその顔。不満があるみたいな顔してるけど」

「不満しかねぇっす。なんだこの俺の扱い。そして嘘ばっかの部長の紹介文」

「な、なんて心外。これは事実に基づいて書いているわけで」

「そして、全部の罪を☆AKARING☆に押しつけやがって」

「そ、それは。自分を褒め称える文を自分が書いてるなんて滑稽じゃない」

「書き直して下さい」

「ええーこのままでいいわ」

 そんなやり取りを遠目に見ていた川口が申し訳なさそうに手を上げた。

「なぁ、もう時間だぞ」

 下校時間のチャイムが鳴った。

「とりあえず、書き直してきて下さいね部長」

「仕方ない。分かったわ。一応部員のためだからね」

 というわけで、校門が閉まる前に足早に下駄箱へ向かった。






6月19(水)

 特筆することがないので、そのまま放課後。



 学園生活支援活動部に休みがない。よって今日も第6多目的室に向かっている。

「ねぇ、あの人誰だろー」

「結構かっこよかったよね」

 通りすがりの女生徒たちのそんな会話を聞きながら、部室(第6多目的室)のドアの前までたどり着いた。部室の中から声が聞こえる。片方の声は部長の声で、もう片方の声は川口さんの声だ。

「――で、――だから、――が必要になるわね」

「そうだな。――には、――が必要になるだろう」

 なんの話をしているのだろうか。重要なところだけ聞き取れない。

「――よね。それなら池田君に行かせましょ」

 部長が俺をどこかに行かせようとしている。

「だが大丈夫か? あそこは危ないのだろう」

「大丈夫よ。彼はああみえても魔王を何度も倒したことがある強者なのよ。そして別の世界では、トップランカーに座に位置するプレイヤー。そんな彼だったらきっと大丈夫」

 いや、それはゲームの話であって。

「それに、あの土地は清らかな体を持つ者しか立ち入ることができないの。だから私たちはもう……」

 ダメだ、話が見えてこない。

「だから童貞である池田君にしか頼めないの」

 俺は力任せに思いっきりドアを開けた。

「俺がいない間にさんざん俺のことを馬鹿にしていたみたいですねー。ねぇ部長」

「いえ、そんなことはないです。むしろ誇らしいことですよ」

 なにが? 童貞が?

「そんな貴方にしか頼めないことがあるのです。ぜひお話だけでも聞いて下さい」

 妙に改まった口調で部長はさっきの話の続きを語り始めた。

「来たるべき雑草との最終決戦を向かえる私たちに今一番必要な物、それは装備だった。立ちはだかる強敵を体操着と素手で倒すなど不可能。マスター、この店の中で一番頑丈な防具と最強の武器を用意してちょうだい。この童貞に」

 意訳:草むしりをするので、軍手と長袖長ズボン。それとできれば日差しから頭を守る帽子もあるとありがたい。この世界一のイケメンにそれらを用意してほしい。

「なるほど、なんとなく分かりましたけど。でもなんでわざわざ買いに行くのですか? そんなの学校側から用意してもらえますよ」

「そう言うと部長は駄々をこねるんだ」

 と、金属バットを布で拭きながら川口さんが言った。

「やだやだやだやだ新品がいいー買って買って買って―おねがーい」

「そんな携帯をいじりながら棒読みで言われても」

「なぁ部長。そろそろ私の携帯返してくれないか」

 それあんたのだったんかい。

「買ってくるくらいいいじゃない。ついでに可憐ちゃんの新しい武器も買ってきなさいよ。場所はここ。一般人は普通立ち入ることができないデンジャーゾーンよ。俗に法律が通じない無法地帯とも言われている」

 部長から渡された一枚のメモ帳には地図が書かれていた。

「なんでそんな危険なところにわざわざ行かなきゃならんのですか」

「そこでしか作られてない伝説の軍手があるらしいわ。楽しみね」

「楽しみね、じゃなくて。それだったら俺じゃなくて川口さんが行った方が適任じゃないですか」

「可憐ちゃんは私と一日中いちゃいちゃする予定があるのでダメです」

「おい、そんなの聞いてないぞ」

 金属バットを拭くのを止め、驚愕の顔で部長の方に顔を向けた。

「ただでさえ、怪しい集団から勧誘を受けてるんだから、これ以上問題行動を起こしたら次はないわよ。主に下半身が」

「おい、池田よろしく頼むぞ。あ、私の武器はできるだけ強いのがいいな」

 丸め込まれやがって。どんだけ部長が怖いんだ。そして工務店をなんだと思ってる。

 部費箱(一年間分の部費がしまってあるお菓子の空き缶)から10000円を取り出し、俺に渡してきた。これで買ってこいということらしい。

 





 歩き続けてようやく山に中に存在する集落にたどり着いた。学校を出てから1時間は経っただろう。地図に示された場所はここであってるはずだ。

 辺りを見渡した。閑散とした雰囲気は廃村を思わせる。というか、廃村そのものだ。

 崩れ落ちた民家の集合地帯。なにも干されていない洗濯竿。家の壁を伝う蔓。ゴミ捨て場にはカラスの死骸か2匹ある。

 さらに奥に進むと、部長に言われた店があった。

 ――世紀末の工務店――

 看板に書かれた文字は赤茶色に変色している。本当に運営しているのかすでに心配だ。

 ここに来てから誰一人住民を見ていない。はたして、店内には人がいるのかいないのか。

 不安と期待を込めて扉を開いた。




 床に横たわる少女のような裸の死体。

 俺は扉を閉めた。

 死体がこんなところにあるわけがない。

 気のせいだと思い、もう一度扉を開いた。

 床に転がる少女のような死体。その瞳には生気がこもっていない。

 俺は扉を閉めた。

 死体がこんなところにあるわけがない。

 俺は気のせいだと思い、もう一度扉を開いた。

 床に寝そべる少女の死体。小学校中学年のような女の子だ。髪はおかっぱで、顔は幼いながらも綺麗に整っている。まだ生きていれば将来はきっと魔性の女になっていただろう。可哀想に。

 切なくなる胸を押さえ、俺は扉を閉めた。

 いやいや、死体なわけない。

 俺は気のせいだと思い、もう一度扉を開いた。

 床に転がる少女の死体。年齢は10歳ぐらい。今にも開きそうな目は、長いまつ毛が特徴的だった。

 俺は始めて見た死体に恐怖を覚え、扉を閉めた。

 まさか、死体なわけがない。

 思い切って扉を開けた。

 うん。やはり10歳前後だ。

 俺は扉を閉めた。

 いや待てよ。

 俺は震える手を押さえながら扉を開いた。

 もしかしから9歳かもしれない。最近の子は発育がいいと、近所のロリコンが言っていた。

 悩みながら俺は扉をしめた。

 いや、まさか――。

 俺は慌てて扉を開いた。

 その逆もしかり。発育が平均より遅れていて、小学生ながらに回りの同級生と胸のサイズを比較して、その胸の小ささにため息をついている。そんな12歳かもしれない。

 か弱い生き物を慈しむような目をして、扉を閉めた。

 いや、まさか――

 俺は急いで扉を開いた。

「何回出入りすんねーん!!!!」

 カウンターの奥のほうから、関西弁のツッコミと鉈が飛んできた。

 もしかしたら、こう見えて20代……。






「んで、珍しい。ウチで買い物なんて。お客さん変わってますね」

 狐のような顔をした店員が、俺を客だど知るなり腰を低くし始めた。

「ほんで、今日のお目当てはなんでしょう?」

 部長から言われたとおり、軍手と長袖長ズボンだけを買えば良いんだろうけど。俺はどうしても後ろに転がっている少女の死体が気になってしょうがなかった。

「店員さん。あれ、何?」

 俺が指さした先にはもちもんアレがある。

「あぁ、アレですか」

 細い目がうっすらと開かれた。その瞳に鋭い逆光が射す。

「はて、それが私にも分からんのですよ。今朝、ゴミ捨て場に捨ててありましてね、カラスが2羽、ちょっかいをかけてるところを私が救出した。と、そういった流れでございます」

「でもアレ、どうみても死体だよな」

「死体なんてとんでもない。アレは生きていますよ。たまたま電池残量がなくなってしまっただけのようです」

「なるほど。つまりアレの正体はアンドロイドと、そういうわけですな、旦那」

「なんと理解が早い。さすが私の店を訪ねてきたお客様なだけあります」

「買います」

「……はい? ……はい?」

「買います」

「……お客様の理解が早すぎて、私の理解が遠く及ばないのですが。つまりアレを売ってほしいと、そういうことでしょうか」

「ああ。なんか、この子には運命を感じるんだ。あ、俺は別にロリコンじゃないぞ。こういう子がタイプの知り合いがいるんだ。本当だぞ」

「それをもらって貰えるのはむしろありがたいのですが。よし分かりました。それならおまけして、その小娘の充電器と服も用意してさしあげましょう。してお値段はたったの6000円」

「やすい! 買った! おっと、テンションが上がって今日の目的を忘れるところだった。あと4000円でなんか武器になる物もくれ」

「あいよお客さん!!」

 そんなこんなで部長から貰った10000円を使い切った。

 そしてこれが今日の成果だ。

 女の子一人(充電器、体操着上下×3枚)。

 絶対に割れないビール瓶×2本

 以上。

 俺はこの上ない充実感に包まれながら部室に戻った。






「変態とか、もうそういうレベルじゃない。物の怪とかそういった類いの生き物だと思うわ、貴方は」

「池田。これはさすがにマズいぞ。ほら、法律とか世間体とか色々あるだろ」

 部室に帰ってきて早々、俺は変態扱いされていた。

「いやいやいや誘拐じゃないですよ。この子はアンドロイドなんです」

「……」

「……」

 二人の冷たい目が痛い。

「信じてないようですね。それならこの子を起こしてみましょう。そして、この子の口から事実を吐かせればいい。ので、川口さん警察に連絡するのはやめて下さい」

 さて充電器のプラグをコンセントに差し込み、次にこの子の充電口にUSB端子を挿入っと。お、この子はtypeBか。いやらしいヤツめ。

「さて挿入挿入っと、アレ、どこに差し込めばいいんだ」

 少女の体をまさぐってみたがそれらしき場所がない。

「おい、少女の体をまさぐるんじゃない。まるで池田みたいじゃないか」

「池田です」

「ねぇ、ここに説明書みたいのがあるのだけれど」

 川口さんと言い合ってる間に部長は、少女の体操着のポケットから紙を見つけ出した。

「狐顔のクズ店長の字でなんか書いてあるわね」

 それはあの狐顔の人が即席で作った少女取り扱い説明書だ。というか、あの人が店長だったのかよ。

「ちょっと貸して下さい。もしかしたら、充電口の場所が書いてあるかもしれません」

 どれ拝見。

「充電口はうなじにあり」

 早速うなじを確認。肩にかかりそうな黒髪を払いのけ首元をあらわにさせると、そこには説明書通り充電口があった。

「お、ありましたよ部長。これで俺の誘拐疑惑が晴れますね。なんせ普通の人間には充電口なんかありませんから」

「そうかしら。そういう人間だってたまにいるわよ」

 さして驚きもせず、部長は少女のうなじにブスリとUSB端子を差し込んだ。

「さて、これ本当に充電できてるのかしら」

「一度充電したらフル充電するまで起きないらしい」

「なにそれ不便じゃない。これ作ったのどこの会社よ」

 今作った言ったな。

「この説明書の内容本当なのか?」

 川口が説明書を見ながら首をひねっていた。

「体内に電気を流すには塩化ナトリウム水を流し込むこと」

「塩化ナトリム水なんてありませんよね」

「ない場合はオレンジジュースで可」

「え、マジで?」

「まぁ、オレンジジュースは電気を流すらしいから、多分間違ってはないんじゃないかしら」

 そういうものなのか。

「オレンジジュースだったら紙パックの自販機で売ってたわ。池田君、私は牛乳ね」

「私はココアで」

「おい、さらっとパシッてるじゃないか」

「それじゃ、よろしくね舐めプ君」




 自販機の前に着いた。

「はぁ、最近俺の扱いがひどい気がするんだよな」

 コインを入れながら、つい独り言を漏らしてしまう。

 えーっと買う物は、オレンジジュースにココアに牛乳、俺は緑茶でいいや。それにしても部長、牛乳って、胸が小さいの気にしてんのかな。別に牛乳飲んだっておっぱいが大きくなる保証なんてないのに。川口さんもココアなんて可愛い物飲みやがって、もっとこうかっこいい物を飲んでてほしい。青汁とか。

「少女取り扱い説明書ねぇ。あれに書いてあること本当なのかな」

 あの店長の顔が人を騙してそうな顔だから余計疑わしい。

「しかし、あの少女取り扱い説明書。あそこに書いてある内容が本当だったら、あの少女は俺の物だ」

 あんなことやこんなこと、その他もろもろ、色々やらせてやるぜ。

「少女取り扱い説明書……ぐふふ。ぐふふ。げへへへへ」

 ざわざわ。

「ね、ねぇ、あれって同じクラスの池田君だよね?」

「なんかきもくない?」

「少女取り扱い説明書とか言ってたよね」

「あの少女は俺のものとかも言ってた」

「え、なにあいつロリコンなの?」

「やだきもーい」

 後日、俺のロリコン疑惑が学園内を駆け巡ったのは言うまでもない。




「もどりましたよ、部長、川口さん」

 両手に紙パックの飲み物を持ちながら部室に入る。

「あら、遅かったわね池田君。とりあえずご苦労様」

 たしか部長は牛乳だったよな。

「はい、部長。おっぱ……牛乳です」

「ん? 今なんか言い換えなかった? まぁいいや。ありがと」

「えっと、川口さんは青汁ココアですよね」

「なんだそのいかにも地雷みたいな飲み物は……って、普通のココアじゃないか。まぁ、なんかすまないな、パシリみたいなことさせて。お前の財布が私の生命線なんだ」

 そういえば噂に聞いたが、川口さんは貧乏らしい。でも、俺にたかられても困るよ。

「さて、キミにはオレンジジュースだよ」

 壁にもたれかかるように座っている少女の前に、そっとオレンジジュースを置いた。少女は未だに目を閉じたままだ。

「そして俺は、おっぱい青汁だ」

 あ、言い間違えた。緑茶だった。

 先に飲み物を飲んでいた二人が同時に吹き出した。




 充電してから1時間はたった。最先端テクノロジーならもう充電は終わっただろうということで、

「俺たちは今、歴史的瞬間に立ち会っているのではないだろうか」

 手に持っているオレンジジュースの紙パックが緊張のあまり震えてしまう。

 これからオレンジジュースを飲ませる作業にとりかかろとしていた。

「女の子にオレンジジュースを飲ませることに歴史を感じるのは貴方ぐらいよ、池田君」

「違いますよ部長。アンドロイドを起動させるという瞬間に歴史を感じているんです」

「それならいいのだけれど。ことろで、どうやってこの子にオレンジジュースを飲ませるの?」

「……あー」

 そのまま口にストローを突っ込んでも、吸引しなければ飲むことは不可能だ。

「それはつまり、飲ませることは不可能なんじゃないか」

 まさかこんなところでつまずくなんて。不覚だ。

 いや、違う。なにか引っかかる。なんだろう。俺たちは何かを勘違いしている。この引っかかりの原因が分かれば突破口が見えそうなんだ。

 オレンジジュース。飲ませる。電気。体内に巡る……!!。

「そうか……分かったぞ。なぜ気づかなかったんだ、こんな簡単なトリックに」

「どうした、池田」

「俺たちは勘違いをしていたんですよ。なぜあんなにも飲ませることに固執していたのか。それはオレンジジュースは飲み物だからです。ですが、それこそが落とし穴だったんです」

「可憐ちゃん、可憐ちゃん。池田君が変なこと言ってる」

「たぶん、ごっこ遊び、というやつだろう」

 不審な目で見られている。しかし、俺の仮説を立証しなければ歴史は動かない。なら俺は、この歴史を動かすことにしよう。そしてこれが俺の導き出した解だ。

「別に、鼻から突っ込んでしまっても構わんのだろう」

 つまり我々はオレンジジュースのことを飲み物だと認識してしまったあまり、口以外で体内に流し込む方法を思いつかなかったんだ。体内に流し込むのが目的なら、なにも口から入れなくてもいいんだ。

「さあ、挿すぞー」

 少女の小さな鼻の穴にストローを突っ込んだ。俺の顔はとてもにこやかだ。

「うわぁ、池田君。もっと他の方法思いつかなかったの?」

「考えたんですけど、やっぱりこれしか思いつきませんでした」

 俺はとてもにこやかな顔をして部長に返事した。

「だからといって。この子が目を覚ましたら、きっと恨まれるぞ。」

「なんでですかー。むしろ永眠状態から目を覚まさせるんですから、きっと感謝されますよ。助けてくれてありがとうお兄ちゃんって」

 朗らかな顔をしながら川口さんに返事を返す。

「さぁ、流し込みますよー、えーっと、そういえばまだ名前がなかったねー。とりあえずキミの名前は暫定、幼女ちゃんだ。さぁ幼女ちゃーん、起きましょうねー」

 ドピュっと、鼻に流し込んだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴと、体の中で何かが動き出す音が響いた。次にウィィィィィンとパソコンが起動するような音とともにパチパチと静電気がはじけ出す。

 とっさの出来事に身動き一つとれないでいた。

 そして暫くしてから音は止み、少女はゆっくりをまぶたを開いた。鼻をひくつかせながら。

「や……やぁおはよう、眠り姫。俺の名前は――」

 幼女ちゃんはアーモンド型の目を下品に歪ませながら、

「なにさらしとんじゃわれはぇぇぇぇぇ!!!!」

 俺の頬を思いっきりビンタした。

「ぐへぇ……」

 ビンタによる銃声のような音とともに、ゴギゴギと首元から鈍い音が鳴る。

「ギャーーーーー!!」←川口さんの悲鳴。

 さっきまで俺の後ろにいたはずの川口さんと目が合った。

「ただいまの記録、180度」

 なにが? 部長なにが180度回転したの? 俺の首? もしかして俺の首?

「てか、なんでにこやかな顔のままなんだよ!」

 プレゼントしたばかりのビール瓶で頬を殴られた。

 ヒュイン。と、首から音がしたが、まぁなんとか元の角度に戻れた。

「ていうことで、これからよよしくね幼女ちゃん」

「池田君、口から血があふれ出てるけど」

「な、何者なんだこいつはぁぁぁ!」

 恐怖に震える少女が目の前にいる。

 幼女ちゃんにトラウマを植え付けてしまったようだ。

「俺の名は池田 歩。君のお兄ちゃんだ」




 さて、その後俺は病院に行かされたが、診断の結果、人間としての常識が足りてないという理由で、一冊の本を貰い家に帰らされた。

 そして次の日。俺はいつもより早めに学校に向かっていた。なぜなら昨日学校に置いていったままの幼女ちゃんに伝えなければならないことがあったからだ。そう、俺は昨日貰った本から大切なことを学んだ。俺は、俺なりに申し訳なさを込めながら謝罪しなければならない。





部長

「そういえば池田君。軍手を買ってこなかったわね」

川口

「頑丈なビール瓶は買ってきたけどな」

部長

「まぁいいわ。金曜日は池田君一人で草むしりをやらせましょう」






 6月20日(木)

 閑散とした下駄箱で靴を履き替えると、下駄箱の近くにある自販機に直行した。そして紙パックのオレンジジュースを買い、幼女ちゃんがいる第6多目的室に向かう。誰もいない静かな校舎でただ一人、退屈な思いをしていないだろうか、少しだけ、早足で階段を上った。

そして果てしない段数を踏み越え6階まで駆け上がった。第6多目的室はこの階の一番奥の部屋だ。さて、もう一踏ん張りだ。

「おっはよー幼女ちゃん」

 第6多目的室の扉を開き、少女型アンドロイド`幼女ちゃん`に元気よく挨拶をした。だが返事はなかった。

 返事がないことで不安になり辺りを見渡すと、昨日と同様、壁のコンセントにプラグを差し込み、充電されていた。おそらく自分で自分を充電したのだろう。なんて賢いんだ。

 幼女ちゃんは深く息を吸って吐いてを繰り返し、眠りについていた。

「おはよう幼女ちゃん」

 壁に寄りかかり眠っている幼女ちゃんの前にしゃがみ込み、小さな声で挨拶をする。それでもまだ眠り続けている。

 俺は幼女ちゃんの大好きな飲み物、オレンジジュースを鼻の穴から注入した。

 ドピュ。

「フガッ」

 突然の出来事に間抜けな声を出しながら、薄めを開けて俺の存在を確認したらしい。

「おい。お前。お前だ。私の鼻に液体を流し込んでるお前だ。なんだ私に恨みでもあるのか。そういえば昨日も同じようなことをやっていたな」

 開口一番の台詞がそれだった。

「やぁおはよう、幼女ちゃん。今日は君に謝りたいことがあって来たんだ」

「なるほど。そのわりに私に喧嘩を売りに来てるようにしか見えんのだが。そしてその呼び方はやめてくれんか。なんか馬鹿にしてるようにしか聞こえんのだが。やはりお前、私を馬鹿にしに来たんだろ。そうとしか思えんのだが」

「そんなことないよ。俺は昨日病院に行って、一冊の本を貰ったんだ」

「すまん。まず病院に行って一冊の本を貰った理由が知りたいのだが」

「そして俺はその本を読んで分かったんだ。30代の脂肪がほどよく付いた体もいいなって」

「だからどういう経緯をえてその本を貰ったんじゃゃゃ。そして何の本を貰ったんじゃゃゃ」

「だからごめんな。俺、ロリコンじゃないんだ。今日はそのことを謝りたくて」

「しらんけど、それはよかったな」

「だから君の裸を見て、興奮してしまったことは内緒にしてほしい。ありがと」

「おい、変態、今なんと言った」

「ありがと」

「違う。何に感謝してるのか知らんが、その前じゃ」

「君の裸を見て、興奮してしまったことは内緒にしてほしい」

「自爆装置を起動しました。爆発まで残り30秒です」

 突然幼女ちゃんの口から幼女ちゃんとは違う、『お風呂が沸きました』みたいな事務的な声が飛び出した。

「ど、どうしたの幼女ちゃん」

「知らなかったのか変態。私の体には無限に爆発できる資源が埋め込まれている。その資源は私の感情に連動して爆発するように出来ている。つまり私の怒りが頂点に達した時カウントダウンが始まり、そしてボンッとなる」

 一秒、一秒と時間を重ねるごとに幼女ちゃんから発される体温が熱くなっていく。これはつまり本当に爆発するということではないだろうか。

「な、なんだと。なんでそんなものが体内に組み込まれてるんですかぁぁぁ」

「それは私にも分からん。だか私は今、最高に気分がいい。気持ちが高ぶってるんだ。なぁ、逃げるなよ、変態。ここで共に朽ち果てようではないか……おや、もう逃げたか」

 のこり10秒なのに。

 と、残念そうな声が遠くから聞こえたような気がする。俺は慌てて部室から飛び出し、5階、4階、3階と下っていった。

「何なんだ、あの幼女は。あれはいったい何者なんだぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 俺の叫びと同時に校舎全体が大きく揺れた。そして下っていた階段から足を踏み外し、転がるように落ちていった。

「くそ……頭いてぇ……」

 転がってる途中で頭をひどく打った。意識が段々と薄れていく。

 俺は、とんでもないものを買い取ってしまったと後悔した。



 ――第6多目的室、爆発により破滅。






 爆発の原因は学園生活支援活動部に恨みを持った者による犯行と言うことで片づいた。いや、それで片づけられるのも問題な気がするが。

 そして現在。教員たちが学園に爆弾を仕掛けたテロリストの特定を急いでる中、俺はというと。

「違いますって。信じて下さいよ、中村先生!!」

「お前は仮にも生徒だ。そして私とて、生徒のことを信じてやりたい。しかし今回は目撃者が多数存在しているんだ。観念して自白しろ」

「なんで、なんで信じてくれないんですか先生。俺は……俺は……ロリコンじゃありませんっっっって!!!!」

 俺のロリコン疑惑が学園内に広まっていた。

事の発端は昨日にさかのぼる。

 昨日の放課後、自販機にパシリに行かされたさい、つい漏らしてしまった言葉を誰かに聞かれていた。そしてその内容とは、一寸違わずロリコンの何者でもなかった。

 そして現在。今朝一連の出来事が起こった後、意識を飛ばしていた俺は何とか自力で起き上がり朝のホームルームに出席。何食わぬ顔で昼休みまで学生生活に勤しんでいた。が、昼飯を食ってる途中に放送で中村先生に呼び出された。俺の名前を呼ぶ際、”さん”付けでなく、呼び捨てだったので恐らく何かしらにキレていらっしゃることが予測できる。

 ので校庭の隅で、アリの巣に水を注いでいた部長を弁護人の代わりに引き連れ職員室に向かった。




 そして現在。中村先生の、回りに人がいると話しづらいだろうという謎の配慮で、誰もいない第4多目的室に連れてこられた。

「ね、ねぇ、池田君。私はてっきり、今朝の爆発のことで話があると思って付いてきたんだけど、どういうこと」

 この場においてただ一人、状況がつかめない部長が不安げに俺に聞いてくる。

「山神、私が説明しよう。こいつにはロリコン疑惑がかけられている。それも学園を脅かすほどだ」

「なんだそんなことですか」

 当然のように、そしてどうでもいいといったような感じで返事を返した部長を俺は永遠に許さないだろう。

「私とて、お前の性癖に関して口出しはしたくない。がだな、学園の治安を脅かされてしまっては私も動かざるおえないんだ。いいか、今のお前は明来学園の品格を大きく下げている」

「そんな。学園の品格を下げている自覚はありません。どういうことですか、先生」

「ロリコンを教育している学校にウチの子供を通わせたくないと、たくさんの親御さんからご連絡があった。そして、なぜこんなに噂が広がるのが早いのかと言うとだな」

 話すのを止め、ポケットの中をまさぐり出す先生。そして画面にヒビが入ったスマートフォンを取り出す。

「これを見ろ」

 画面には青い鳥でおなじみのアプリケーションが開いており、そこには動画が流れていた。

「これは……俺?」

 昨日の自販機でオレンジジュース他を買っている自分の姿が映し出されている。

「こうなった以上、責任ある私の立場上、お前に処分を言い渡すことこになる」

「そんな……。確かに俺の発言はまぁ、アレでしたけど。でもそんなの間違ってますよ。俺はまだ未遂――」

「そうだ。お前はまだ未遂だ。だからこそ、今のうちにしっかり反省してほしい」

 優しく先生は微笑んだ。それはもう30代の独身だとは思えないほど美しく。

「お前は来週から一週間謹慎処分だ」

 オーマイガッ。

「そんなのってあんまりですっ。俺は無実です」

 必死に自分の無実を証明しても中村先生は納得しない。しかし――

「中村先生。私の意見も聞いて下さい」

 しかし、部長の話だったらどうだ。これでも俺の先輩に当たる人物でもあり、俺より中村先生に信頼されているはずの部長の言葉なら納得して貰えるんじゃないだろうか。

「先生。彼は――池田君は……庇護欲と恋心を勘違いしてるんです。恐らく持病のDOUTEIが彼をそのように、そう……ロリコンにしているんです。だからきっと、彼のDOUTEIが治れば、ロリコンではなくなるんです。そう、全て病気のせいなのです。だから池田君自体は何も悪くありません!!」

 よく言った。いや、言ってくれたな部長。何言ってるかよく分からなかったが、弁解出来てないことは分かったぞ。ありがとう部長。そしてなんで、やったぜ☆みたいな感じで親指立ててるんだ。残念ながらなにもやってないんだ部長。

「それじゃ、わたしはこれで。アリの水やりがあるので」

 出来る女はクールに去ると言わんばかりに、涼しい顔で後腐れなく踵をかえした。

 あぁ、俺の人選が間違っていたよ。

「池田」

 冷めた目で俺を見る先生。

「な、何でしょう?」

「いいか。ロリコンになってしまったのは女経験が少ない、つまり童貞だからかもしれん。しかしな、童貞なのはお前自身の問題だ。つまり諸悪の根源はお前にある」

 はい。もっともです。

「ということで来週の一週間は謹慎処分がだ、まぁ少しは年上もしくは同い年の女の子にも興味を持てるようにこの一週間は頑張れよ」

 今の俺の目の前には、一人の生徒を応援する一人の教師がいる。それでも俺は言いたい。

「先生、俺……ロリコンじゃありません……」






「どうだった池田君。無事謹慎処分は免れた?」

 放課後になった。爆発によって壊された部室の代わりに用意された部室、第4多目的室に行くと、部長が好奇心旺盛な感じに目を見開き聞いてきた。自分の弁解に余程の自信があるのだろう。「やっぱり、確信を突くこと。それと相手の意表を突くこと、この二つが特に大事よね」などと言っている。

 そんな様子だから、結果をまだ知らなかった部長にその後の話をすると、驚かれてなぜがビール瓶で殴られた。終いには「別に私には何も問題なかった。ごめんなさい。なんとなく殴ってみたかったの」などと言っている。こんな年上しかいなのならいっそのこと本気でロリコンにでもなってやろうかと思うこの頃。

「そういえば幼女ちゃんはどこにいったんですか」

 幼女ちゃんの今後(主に爆発についてだが)について、部長と川口さんで話し合おうと思っていたのに、その幼女ちゃんどころか川口さんの姿までみえない。

「あー。幼女ちゃんなら可憐ちゃんと一緒に職員室に行ってるわよ」

「なぜ!? もしかして爆発のことがバレた?」

 部長と川口さんは説明書を見ていたから知っているかもしれないと思ったが。まさか一般人にこんなに早く特定されるとは。なんj民がいるのか。

「え、そうなの? あの子が部室を爆発させたの?」

 部長が間抜けな声で聞き返した。これは本当に知らない時の反応だ。

「もしかして知らなかったんですか?」

「え、えぇ。でも、だとしたら……」

 いろいろな疑問が部長の頭を巡っているところに、部室のドアが開かれた。

「おーい部長。オッケー貰ったぞー」

「貰いましたよー」

 川口さんと、その川口さんに手を引かれた幼女ちゃん(テロリスト)が、第二の部室に入ってきた。

「ご苦労様」

「部長、オッケーって何のことですか?」

 ふふーんと、嬉しそうに笑いながら、部長は話を続けた。

「たった今から、この子は私の従姉妹になりました。そして、今日からこの部屋は学園生活支援活動部の部室、兼、幼女ちゃんの部屋になります。幼女ちゃんは今日からここで寝泊まりしてもらいます」

 なるほど、部長たちは俺の知らないところで行動しており、俺は部長たちの知らない幼女ちゃんの正体を知っている。……え、寝泊まり、マジで?

「ちょっと待って下さい。俺はこの学園の安全のためにも反対しますよ」

[なんでよ]

「なぜだ」

「死ね」

「なぜぜすか」

「まさか3人同時に驚かれるとは。そして今さらっと死ねって言ったヤツ、特定したからな」

 そして俺は、今朝の一連の出来事、主に幼女ちゃんが爆発したことをについて話した。その上で果たして学園に置いておいていいのかもう一度考え直してほしいと訴え。

「なるほど分かったわ」

 納得したように部長は頷いた。さすがの部長とて、幼女ちゃんが爆発するなんて事実を知ったら学園に置いておくなんて考えないだろう。

「幼女ちゃん。今までいっぱい大変な思いをしてきたんだね。でも大丈夫。今日からここが貴女の居場所よ」

「ほら。そういうことだから、悪いけど幼女ちゃんはここから出て行って。え、今なんて?」

「ありがとう部長お姉さん」

「ほぁ……お姉さん。なんて甘美な響き」

 こいつ年下の色仕掛けに屈しやがった。

「まぁまぁ池田。確かにお前の意見も一理ある。しかし私たちが気をつけておけば、この子が爆発することなんてないんだろう? ならしばらくの間はかくまってあげようじゃないか」

「そ……そうですねっ。川口さんがそう言うのでしたら是非そうしましょう!!」

 なぜ俺が素直に川口さんの意見に賛同したか。それは川口さんの手元に金属バットが添えられていたからだ。

「川口お姉さんもありがとう」

「はぅ……。なに、年上として、当然の事をしたまでだ」

 もしかして、教師にも金属バットで脅迫した訳じゃないだろうな。頬を赤く染めてる川口さんを見て、不信感が募っていく。

「そういうことだから、まぁこれからもよろしくね、幼女ちゃん」 

「……はぁ、はい。分かりました」

 あれ、俺への反応が他の二人に比べて冷たい。

 そして幼女ちゃんが今後部室に泊まることと共に、学園生活支援活動部に入部することが決まった。そのため、俺たちは幼女ちゃんのことをもっと詳しく知る必要があると言い出したのは部長だった。たまにはまともなことを言うんだなと思った

「まず、幼女ちゃんは処女かな?」

 俺があまかった。

「しょ、しょ、この女は何を言っているだ!?」

 当然、幼女ちゃんは困惑する。

「いいかよく聞くんだ。迷える少女よ。この部活において一番まともな存在は俺なんだ」

「おい。私もいるぞ」

「止めなさい二人とも。まるで私が異常みたいじゃない」

 間違いない。

「ま、まぁ、さっきのは冗談よ。きっと処女に決まっている。そうよね、始めてはわたしよね、ねぇ、そうなんでしょ。そうだと言ってよ」

 さて、処女厨のヤンデレは置いておいて、俺はもっとも気になってることを聞いてみた。

「で、幼女さんよ。アンタ、初潮は――」

 シャットダウン。犯人は川口だろう。俺を一瞬で仕留められるヤツなんてあいつしかいない。

 視界が暗くなる。床の冷気を頬に感じなから意識を途絶えた。




「ここにはまともなヤツがおらんのか」

 ご立腹な幼女をなだめるように俺と部長は購買の菓子パンとプリンを幼女ちゃんの口に運んでいた。

「そ、それでとても高貴な方でおられる幼女ちゃんの正体を知りたいなーなんて思いまして」

 幼い女の子が好きなのか、部長はうっとりした顔で幼女ちゃんに餌付けをしている。その隙に、本当に聞きたかったことを聞いておこうと思う。

 口の中に入ってる物を飲み込み、やっと口を開いた。

「そうだな。やっとまともなことが話せそうだ。しかし、」

 やっとこの少女の正体が分かるといった瞬間に、空気の読めない部長が菓子パンを口の中に詰め込んだ。そのおかげで、幼女ちゃんはいったん話を中断する。

「……っでだ。実は私自身も私の正体が……」

 またしても口の中に菓子パンを詰め込まれる。

「……っんぐ。分からないんだ。とりあえず基本的な情報だけなら……」

 次はプリンを口の中に放り込んだ。またしても話が中断される。

「……っん。分かるんだ。自分がアンドロイドで爆」

 今度は口に放り込むスパンが早かったな。

「……っんぐ。発するメカニズムだけ。あと」

 今度は菓子パンとプリンを同時に放り込んだぞ。

「育児が下手くそな親かっっ!!」

 幼女ちゃんがとうとうツッコんだ!

「なんださっきから。人が喋ってるのにほいほい口に物詰め込んできてよって」

「ご、ごめんなさい。お口に合いませんでしたか」

「お口に合わないというか……。タイミングが合わんかったぞ」

「はっ。気をつけます!」

「よし、理解が早くて助か――」

 部長がさっそくやらかした。




 ので、全部食べ終わってから話し始めるという作戦が暗黙の了解で承認された。

「つまり幼女ちゃんはアンドロイドだけど。自分の記憶がないと」

 部長がさっきまでの話を簡潔にまとめていた。

「その通りだ。というか、私の話を聞いてたのか」

「勿論よ」

 無駄にドヤ顔を披露する部長。

「あと、ついでに補足情報だが。なぜか爆発する瞬間、気持ちが高ぶるんだ。そして爆発し終わったら、なんかすっきりするんだ。これも私の消失した記録と何か関係があるのではないかと思っている」

 そういえば、今朝の幼女ちゃんは明らかに気分が高揚していたな。

「それはオナニーよ」

 川口さんがビール瓶で部長を殴ったところで今日の部活は解散になった。






 6月21日 (金)


 さて今日は何か大事な用事があったような気がするが、非リア充のゲームオタク、発した言葉は数知れる。そんな俺に大事な用事なんてない。そう断言した。

 で、昼休みに放送で中村先生に呼び出され、その大事な予定を思い出した。

「というわけで、今日の放課後。反省の意を込めて草むしりをして貰うことになっている。そしてこれが学校側から貸し出し可の備品だ。好きに使ってくれ」

 バケツ。軍手。ゴミ袋。貸し出し用のジャージ。以上。

 まぁ、別に文句ない備品がそろえられている。

「先生、私は納得しません」

 しかし部長は、大変ご立腹だった。

「どうした山神部長。何が不満なんだ?」

「中庭の草むしりがです。今の中庭の様相をご存じでないんですか? 私は昨日確認して愕然としましたよ」

 中庭の様相とは、それほど酷いものなのだろうか。

「ああ、そうだな。教員の間でも明来樹海と言われている。なんなら行方不明者も出ている」

 なに。そんな危険な場所なの? 確かに学園全体は広いから必然的に中庭も広くなるけど。

「確かに樹海と言っても差し支えありませんね。特に雑草なんて伸びすぎて私の腰ぐらいまでありました。そんな場所を……そんな場所を、池田君一人にやらせるなんて可哀想じゃないですか!」

「……え今なんて?」

 俺一人でやるみたいなことが聞こえた気が。

「確かに、それは私も気が引けるな」

 いやいやいやいや。川口さんもなに俺一人にやらせる前提で話してるんだ。

「なるほど。これが学園生活支援活動部の団結力か。感動した」

 いやいやいやいや。なるほど。じゃなくて、どこに感動してるんですか先生。

「よし分かった。それならお前ら3人でやれ。以上」

「そんなのあんまりです! 私みたいなか弱い1女生徒に草むしりなんて」

「大丈夫だ山神部長。お前は学園1危険視されてるから。お前はある意味強い子だ」

 知りたくなかった事実を知ってしまった部長はとぼとぼと職員室を出て行く。

「さぁお前らも行った行った」

 そして俺と川口さんも追い出されるように職員室を後にした。




 ので、放課後になり草むしりの準備に取りかかった

「たぶん私、今日ダメかも。行けたら行く」

 わけがなく、部長が部室で草むしりを渋っていた。

「そういう人に限って来ないんですよ。さぁ行きますよ部長」

「なんで池田君はやる気なの? 変態なの? 中庭は今いろんな噂が囁かれてるのよ。死体があるとか未確認生物が潜んでるとか、テレビから消えた芸能人がそこで芸を磨いてるとか」

「そんな噂嘘はったりですよ。さぁ行きますよ部長」

 そんな俺と部長のやり取りを遠目に見ていた幼女ちゃんと川口さんが、なにやら話している。

「川口お姉さん。あの二人は何を話しているのだ?」

「ああ、あれか。今日中庭の草むしりをやる予定だったんだが、部長が草むしりを渋って池田が部長を連れ出そうとしているところだ」

 部長が何かを閃いたような顔をした。そして、取っ組み合いをしていた俺から離れ、幼女ちゃんの方に駆け寄る。

「さぁいいこと。私に近寄るとこのいたいけな女の子が爆発することになるわよ」

 幼女ちゃんが羽交い締めされた。

「くそっ、こいつ、人質をとりやがった」

「ふははははははっ! まさに外道!!」

「しかも自分で言いやがった。なにが部長をそこまでさせるんだ」

「草むしりだろうな。部長は下々の人間がやるような仕事をするのが嫌いなんだ」

 と、幼女ちゃんを取られた川口さんが言う。

「ただのクズじゃないですか」

「失礼な。私がクズですって? 貴方に言われるなんて心外よ」

「すみません。部長お姉さん。どさくさに紛れて私の臀部をなで回すのは止めて下さい」

「いい感じに柔らかいわよっ!!」

 ダメだ、部長が情緒不安定になってて、何言ってもキレてるようにしか聞こえない。

「もう行きましょうよ部長。川口さんも準備できてますよ。ジャージに着替え終わって、軍手をはめて、……バットを持って、マスクを着けて、サングラスを着けて、もう不審者だね。ほら、部長も早く準備を――」

「止めて。これ以上私に近づいたら、幼女ちゃんの服を一枚ずつ脱がすわよ、一歩につき一枚。と言っても体操服だから3歩も歩けばすっぽんぽんよ」

「な、やめろ。やめるんだ! 部長お姉さん」

「さぁ。どうでる池田君。舐めプの歩と呼ばれた貴方なら――っそんな! なんで平然と歩いてるの!?」

 部長が驚愕の顔をする。

「確かに驚くのも無理はありません。この状況……普通の人間なら立ち止まってしまう。そう、普通の人間なら」

「そうか……迂闊だったわ。貴方は普通ではなかった。私が異常すぎて貴方が普通に見えてしまっていた。それがのわたしに敗因よ。約束通り幼女ちゃんの服を脱がすわ」

「ちょま、わ、私はただ巻き込まれただけじゃないか」

「あ、脱がさなくでもいいですよ部長。俺、幼女ちゃんの裸見たことありますから」

「え」「え」

 部長と川口さんの「え」がハモった。しかしハモった理由は俺の発言のせいではない。

『自爆装置を起動しました。爆発まで残り30秒です』

 幼女ちゃんの、この言葉だ。

「い……池田君。責任取ってよね」

「い、いやですよ部長。幼女ちゃんを押しつけるのはやめで下さい。ここは体が一番頑丈そうな川口さんに任せましょう」

「おい止めろ。私が一番無実じゃないか」

「とりあえずここで爆発するのはマズいわ。また部室が爆発したら怒られそう。いったん廊下に出るわよ!!」

「こんなときまで世間体を心配できるのは部長ぐらいですよ!!」

 と言いながら、幼女ちゃんを抱え廊下に出た。




 明来学園の放課後はいつになく騒がしい。

 運動部のかけ声、蝉の鳴く声、暇を持てあました生徒たちの談笑。――否。騒がしさの根源はそれらではない。

 閑散とした廊下に響く獣のような男の悲鳴。

 声にならない女の悲鳴。

 金属が壁に擦れる音。

 カウントダウンを始める幼い声。

 元凶は俺たちだった。

「自爆まで残り10秒。9。8。7。……」

「やばいやばいやばい。こいつカウントダウン始めたぞ! 耐えろ、耐えるんだ少女よ!」

 狼狽える俺。

 そして、さっきまで騒いでいた部長は突然落ち着きを取り戻し、

「池田君。いえ――舐めプの歩。あなたと過ごした日々は、私たちにはかけがえのない思い出だった。ありがとう」

 自爆を宣言した少女を涼しい顔で押しつけた。

「部長……」

「じぁあな」

「待てや」

 片手を上げて立ち去ろうとしている部長の肩を掴み、逃走を阻止する。

「はなせはなせはなせ。私にはまだやるべきことが残っているのよ! 貴方みたいな無価値とは違うの」

「人の命の価値を個人の価値観で押しつけないで下さい」

 そんなやり取りをしていると、自爆寸前の少女が、

「あ、後30秒持ちそう」

 存命の可能性が出てきた。

 今のうちだ。考えろ考えるんだ俺。この時間帯で人がいない場所。そこで爆発させよう。つまり今から30秒で

「28。27」

 ……26秒でそんな場所に少女を誘導する。そんな場所あるのか。てかここ4階だぞ。

「窓から落とすか」

「幼い女の子を4階の窓から突き落とすとかクズっすね池田君」

「そして、人がいない場所なんてあそこしかない」

 俺は爆弾を投下する場所を決めた。

 しかしそこにたどり着くためには鍵がかかった扉を突破する必要がある。

 少し廊下を走ったその先。そこにある教室から。

「この教室の窓からこいつを落としたい。しかし扉に鍵が」

 息を切らした部長がなるほどと頷いた。

「中庭にこの子を落とすのね。確かに中庭には人はいないはず。いや、でも……」

「10。9。……」

 その間も一秒一秒と時は過ぎていく。迷ってる暇はない。

「どけ。ここは私に任せな」

 金属バットを持った川口さんが肩を左右片方ずつゆっくりと回し、たった一発のスイングで扉を粉砕した。そう文字通り粉砕。

「ほらよ。とっとと急げ」

「さすがっす姉さん。つーかこれ、後でテープで貼りつけできないぐらい粉々になってるぞ」

「もはや木粉ね」

 そんなこよりはやく爆弾を。

「頼む、窓を開けてくれ」

「フッ!」

 バリー―ーン。

 またしても金属バットのスイングが炸裂。

「バカヤロー―!! なぜ割った! これ以上備品を備品を壊すな」

「いや、そういう流れだっただろう」

「違う! もういい! 時間ない」

 説教は後にして、今は幼女ちゃんを優先しなくては。

「いっけーーーー!!!!」

 幼女ちゃんを持ち上げ、窓の外に放り投げた。

「わーーーーーーーーい!!!!」

 なぜか少女が楽しそうだった。

「まさか本当にいたいけな女の子を4階の窓から突き落とすとは」

 あきれたように川口さんは言った。

「あいつはああ見えて大食いなんだ。だからきっと大丈夫だろう」

 そう。あいつならきっと。

 中庭が爆炎に包まれ、校舎全体が大きく揺れたのはその2秒後だった。

「……本当に大丈夫なのか。アレは」

「いや普通に考えてまずいだろ。世間的にアレは」



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