9.
りなさんの笑顔に、思わず首を縦に降ってしまった私は、只今、バタバタしております。
あの後、遥さんからエプロンを渡され、1階へ行くと、ほとんど満席状態のお店の姿があった。
りなさんへの尊敬度が更に増してしまった。
「悠陽ちゃん、コーヒー2つ、3番にお願い!」
あのおっとり系の遥さんでさえ、パタパタと動き回っている。
目の前にあるオーダーには、ランチメニューを示す文字が並んでいる。
確かに、ここのランチは美味しい。
遥さんが作っているから当たり前なのだが。
だからなのか、ここは全然穴場になってない。
ここを始める時、遥さんは「皆じゃなくていい、誰か一人だけがここをお気に入りの場所にしてくれれば嬉しいの。穴場、とか言うじゃない?」なんて、謙虚なことを言っていたが、想像以上の人に気に入られてしまっては穴場の意味はもうなくなってしまう。
「悠陽さん、はやく!」
後ろでランチメニューを作るりなさんからの圧を丁寧に受け取り、私はコーヒーを入れて3番テーブルのお客様の元へ持っていく。
お客様は2人。
2人とも顔が似ているから、男女の双子なんだろう。
『お待たせ致しました。
こちら、ブラックコーヒー2つになります。
お砂糖などはそちらに置いてあるものをお使い下さい。』
何度もここの手伝いをしたことがあったので、言葉はスラスラと出てきた。
「ありがとうございます。」
女性の方が私の顔をのぞき込むようにして、そっと呟いた。
その間、男性の方からの視線をずっと浴びていた。
立ち退く寸前、男性の方へチラリと目をやると、男性はすっと目をそらし、コーヒーを1口すすった。
私は裏で再度コーヒーを入れながら、ほんの一瞬だけ目が合った男性の顔を思い出し、疑問に思った。
どうして、睨まれなければいけなかったのか、と。