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「んー、まず、どうやって探すか、ね。
やっぱり、いつもみたい、了くんに探してもらうのが一番かしら?」
遥さんが顎に手を当てながら了を見た。
『私もそれが一番だと思います。
了、お願いできる?』
了のハッキングの腕は確かだ。
痕跡を一切残さない。
前にも言ったが、私たちは被害者の依頼人のためなら、法を犯すことをためらわない。
それはTFPのメンバー全員に言える。
いつ手錠をかけられてもいいように、覚悟はしてある。
まぁ、どんな仕事にせよ、まずは情報がいる。
そのため、TFPの仕事の3分の1は了のおかげで成り立っている。
私もできるにはできるが、了が居てくれなければ、全てを私がやることになる。
さすがにそれは厳しい。
それに、了の方が腕は上。
もしかしたら、了はこのTFPの中で一番大事にしなければいけない存在かもしれない。
「あぁ、大丈夫だ。
その福嶋って男の親は?」
了はとても余裕そうに資料から顔を上げた。
『いるはず。
でも、現在地までは分からなかった。
だから、絞ってくれるまででいいから。』
残念ながら、私の腕では、親が生きているという所までしか情報を掴むことができなかった。
「…了解。
明日中に連絡する。」
了は難しそうな顔をしてから、資料の空所にメモを書き足した。
私が福嶋の親の情報を掴めなかったことで、了を怒らせてしまったかもしれない。
もしそうなら、帰りにでも謝っておこう。
『了解。
他に気になるところはありますか?』
私は了から目を離し、再度みんなに問いかけた。
「あの、依頼人の吉田さんとは、もう話さないんですか?」
楓ちゃんが少し控えめに手を挙げて言った。
『いや、そんなことはないよ。
何か聞きたいことでもある?』
私は楓ちゃんと話す時、少し柔らかめの口調を心がけている。
まぁ、年上が年下に優しくすることはよくある事。
でも、楓ちゃんには特に気をつけている。
楓ちゃんは何故かいつも、私と距離をとるように行動する。
一体何を碧海に吹き込まれたんだか。
碧海の事だ。
恐らく、私が怒ると怖いとか、素っ気ない言い方をすることなどを常に家で喋っていたんだろう。
それを妹である楓ちゃんが聞いていてた、と。
あれ?
じゃあ、どうして楓ちゃんはここに?
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
ただの好奇心か、気まぐれか。
どっちにしろ、私には関係の無いことだ。
「あ、あの、悠陽さん?」
『ごめんね、少し考え事をしてたから、もう一回言ってもらえる?』
楓ちゃんは少し慌てたようにしてから、私に向き直って微笑んでくれた。
「はい。
一応の確認なんですけど、犯人は本当にお金だけを取っていったのか、吉田さんに聞いてみてほしいんです。」
さすが楓ちゃん。
碧海の妹だなんて、誰も思えないほどしっかりしている。
『分かった。
明日の朝、来てもらうことになってるからその時に聞いておく。』
「じゃ、俺も。
依頼人が容疑者と面識があったか、聞いておいてほしい。」
今度は珍しく了が口を開いた。
了はほとんど話さないし、口を出さない。
基本的に、自分の仕事に関わることのみ。
今回もそう。
もちろん、仕事は文句なしに出来るし、頼りにもしている。
ただ、もう少しこの性格がどうにかならないものかと思い、悩んだこともある。
それでもやっぱり、その人はその人なりの考えがあって、その人となりになっているわけだと思い、何もしなかった。
そのせいか、了は昔と変わらず、一人でいることが多い。
本人がわざとそうしているんだということは前から知っているから、結局私は何も言えない。
『分かった。
他には何かありますか?』
みんな、特に無いというふうに、首を横に降ったり、欠伸をした。
あくび?
もちろん、欠伸をしていたのは冥賀さんで、それにつられて碧海も。
本当に二人とも、いい度胸をしている。
『そこの欠伸しているお二人さん。
一体、誰のせいでこんな時間になったと思ってるんですか?』
私が声をかけると碧海は盛大に開けていた口を素早く閉じた。
冥賀さんは、口を開けっぱなしで、青ざめている。
その後の二人はさっきの冥賀さん状態。
遥さんはそれを見て苦笑い。
楓ちゃんは碧海に睨みを利かせている。
了は相変わらず、我関せず。
ほんと、なんだ、このメンバー。
私は解散を告げた。
今すぐにでも帰ろうと資料を鞄に入れている了に声をかけた。
『了、ごめん。
私に腕がないから。』
「一体、何の話だ?」
了が少し困ったように笑う。
私はさっきのことを説明した。
了に難しい顔をさせてしまったこと。
そして、福嶋の両親の居所を掴めなかったことは私の腕がないからだ、と。
「はぁ、なんだそんなことか。」
私の予想とは裏腹に了は笑ってた。
「悠は昔からそうだな。
よくわからないところで引っかかって。
しかも、大抵自分が悪いと思い込んでる。」
昔から。
私が昔を頭の中に思い浮かべても了の言うようなことは何も出てこない。
「とにかく、今回もその解釈は間違ってる。
俺が難しい顔をしたのは、どの方法で探し出すことが出来るかを考えたからだから。」
了はそう言って鞄を持ち上げ、「じゃ、また今度。」そう言って階段を降りていった。
階段を降りる了がさっきとは違う理由で難しい顔をしていることを、私は知らなかった。
あ、もちろん、解散直後、碧海と冥賀さんが私の足元にすがりついてきたのは言うまでもない。
遥さん以外の全員が帰り、今、時計の針は23時を示している。
やっといつもの落ち着きを取り戻した事務所兼マイルームで、遥さんが入れてくれたレモンティーに口をつけた。
『あの遥さん。
明日、一緒に吉田さんの話を聞いてくれませんか?』
私にお代わりのレモンティーを入れてくれている遥さんは少し顔を上げて考えてくれる。
「そうね、11時までだったら付き合えるかな。」
お昼のピーク時は流石にお店を空けられないらしく、遥さんの空き時間は決まって11時までになる。
遥さんはいつも必ず付き合ってくれる。
私はそれを分かっていたから、吉田さんには9時に来てもらうようにお願いしていた。
どうして遥さんに吉田さんの話を聞いてもらうかというと、答えは簡単。
ただ単に、私以外の意見が欲しいからだ。
「悠陽、人の話を聞く時は自分以外の人にも聞いてもらえ。
でないと、いつか失敗するぞ?」
これは、小さい頃、私が友達の話に疑問を持ち、家に帰って確認した時、父が笑って言ってくれた言葉。
私はこの職についてから、この言葉の意味を再確認することが出来た。
父は新聞記者だった。
例えば、刑事事件を取り上げるような。
そんな父は仕事を成立させるため、たくさんの人の話を聞いていたんだと思う。
どれが真実で、どれが偽りか、見極める能力が必要だったんだと。
私も今、同じ立場にいる。
私は父の言葉を理解し、それを実行するまで。
これが遥さんにお願いする私の動機になっている。
『ありがとうございます。
吉田さんが来たら、一緒に上がってきてもらえますか?』
『分かったわ。』
遥さんもそれを分かってくれているから、優しい笑顔で返してくれた。