1.
「彩木さんは強いね。」
母が殺された時、担任の先生から言われた言葉。
「彩木さんは強いね。」
父が捕まった時、担任だった先生から言われた言葉。
文字に書けば、どちらも同じ言葉。
違うことは込められた思いだけ。
小学生だった私は悲しい気持ちの中に、嬉しさがあった。
どこか、くすぐったいような嬉しさが。
私は大人になり、担任だった先生は感情を表に出さなくていい、都合のいい言葉を選んでいたことに気づいてしまっている。
でも、そんな先生を責める権利が私にないことは理解しているし、もう責めようとも思わない。
今はこの仕事に誇りを持ちたい・・・。
1.
「よろしくお願いします。」
今回の依頼人である吉田さんの声が部屋の中に響いた。
『はい。
またご連絡させていただきます。』
吉田さんは頭下げてから下へ降りていった。
誰もいなくなった部屋でソファに腰をかける。
窓の外には青空が一面に広がっている。
私はさっき手帳に書いた内容を見直してみる。
『ひとまず、冥賀さんに聞いてみるのが先かな。』
早速、ジャケットのポケットからスマホを取り出して、冥賀さんの名前を探す。
意外と簡単に見つかった。
それもそうだ。
そもそも必要な人以外の連絡先はほとんど入れてなかった。
冥賀さんの名前をタップし、通話ボタンを押した。
3、4コール目で出てくれた。
『もしもし。
お仕事お疲れ様です。
今大丈夫ですか?』
〈悠陽か。
そうだなぁ、手短に頼む。〉
私の耳には男の人の中では少しだけ高めの声が入ってきた。
電話口の向こうではいつものように、バタバタと走っている音や、男の人の指示する声が聞こえてくる。
いつも通り、忙しいんだろう。
『さっき、TFPに依頼が来ました。
空き巣被害です。
ここ1ヶ月以内でT市で起きた空き巣被害の資料を送ってもらってもいいですか?』
私はなるべく短めに話をまとめた。
〈分かった。
でも、今すぐには無理だ。
今夜、悠陽のパソコンに送ってもいいか?〉
『はい、大丈夫です。
では、よろしくお願いします。』
冥賀さんとの電話を切った。
他のTFPのメンバーにもこのことを伝えなければならない。
多少めんどくさいと思いつつも、明日の20時にここに集まってもらうよう、連絡を入れておく。
とりあえず先にしておかないといけないことはこれで終わり。
あとは明日に備えて、できる限り情報を集めるしかない。
私が今やっているこの仕事は、弁護士でも、探偵でも、ましてや、警察官でもない。
じゃあ、何か。
便利屋。
まぁ、ある意味そうかもしれない。
犯罪被害者の依頼人の頼みなら、なんでもやる便利屋。
そう、例え、どんな手を使ってでも、ね。
TFP。
正式には、The Final Punitive(最後の制裁者)。
ここの組織名と言うのが正しいと思う。
フルネームは何かとめんどくさいからいつもは頭文字だけとって、省略している。
別に厨二病と思ってもらっても構わない。
だけど、私はこの仕事を好んでやっているわけじゃない。
この世の悲しみの連鎖を消し去るには、誰かがやらなきゃいけない。
私はそれをこなしているだけ。
まぁ、他のメンバーの中には楽しんでる人もいるのかもしれないけれど。
もう1度ソファに座り直し、手帳とにらめっこする。
しばらくして、机の上のスマホが光った。
了からの着信か。
『はい。』
〈悠、今いいか?〉
スマホに耳を当てると、男の人の鼻にかかった低い声が、耳に入ってくる。
『うん、どうしたの?』
〈あ、いや、さっきの依頼、明日までに調べておこうと思って。〉
もうお分かりだろうけど、了もTFPの1人だ。基本的に、どんな情報も集めるのが了の仕事。
まぁ、機械が得意なんだよ。
『そっか。
その方が効率がいいかもしれない。』
了は明日の夜、集まることを分かった上で、できるだけ仕事を有利に進めようとしてくれている。
なんとも、ありがたい存在だ。
〈あぁ。
じゃあ、俺のパソコンに送ってもらえるか?〉
『了解。
あ、警察の資料は、今夜送ってくれるって言ってたから、その時に送る。』
〈了解。
じゃあ、また明日。〉
とりあえず、一通りの会話を終え、電話を切った。
了はいつも、新しい情報が入り次第、私に報告してくれる。
正直、とても助かる。
明日の夜には、全ての情報をまとめておいた資料を皆には見せておきたい。
それができないと、この仕事は長引いてしまう。
ため息をひとつつき、階段を降りる。
少し急な階段を降り終えると、遥さんがコップを拭きながらこっちに笑顔を向けてくれた。
「さっきの男性の方、どうだった?」
『それが、とても意外な依頼だったんです。
あ、コーヒー、お願いしてもいいですか?』
私は遥さんと対面して話すため、カウンター席に腰掛け、コーヒーを1杯だけ注文した。
「ふふ、かしこまりました。
どう?
すぐに解決できそう?」
遥さんは楽しそうに顔を綻ばせる。
少なくともこの人は、この仕事を楽しんでいる中のひとりだと思う。
『さぁ、どうでしょう。』
私が遥さんに少し困り顔をして見せた時、お客さんが遥さんを呼んだ。
「少々お待ちください。
はい、コーヒーどうぞ。
ちょっと行ってくるわね。」
『ありがとうございます。』
私はコーヒーに口をつける。
『あち。』
私の従兄弟である遥さん、本名、水篠 遥さんはここでカフェを経営している。
そして、TFPの1人。
お店の名前は、FP。
正式には、Favorite Place(お気に入りの場所)。
とても自信ありげな名前だけど、私は好き。
遥さんいわく、TFPに似せて作ったらしい。
そこまでする必要はないんじゃないかと思うけど。
とにかくこのカフェは10代の学生から主婦やおじさんなど、幅広い層の人達が出入りしている。
まぁ、本人は否定していたけど、私は遥さんが綺麗だからっていうのもあると思う。
ちなみに、このカフェの上が私達TFPの事務所兼私の部屋になる。
事実上、私は遥さんの所有物であるこのビルに居候していることになる。
「ごめんね、悠陽ちゃん。
コーヒー熱かったでしょ?
私ったら悠陽ちゃんが熱いの苦手って知っていたのに、そのまま出しちゃった。
ふふ、なんだか意地悪してるみたいね。」
今は15時ぐらいで、デザートの時間。
そのおかげか、お客さんの人数もなかなか。
だけど、そんな細かいことまで気にしてくれる遥さんは本当に全世界の理想の大人の女性って感じがした。
だから、そんな綺麗な笑顔に悪魔みたいな言葉は似合わない、と思いたい。
『いえ、大丈夫です。
それより、やっぱり遥さんのコーヒーが一番美味しいですね。』
いつからか、遥さんが淹れてくれたコーヒーを飲む時間が私にとって、一番の至福のひとときになっている。
「あら?
悠陽ちゃん、いつからそんなお世辞を言えるようになったの?
そんなに褒めても、何も出ないわよ?」
そんな冗談を言いながらも、頬を緩ませている遥さん。
『お世辞じゃないですよ。
それに、ご褒美目当てでもありません。
私は本当のことを言っただけです。』
私が真面目な顔をして言ったからか、遥さんは少し驚いたあと、笑って「ありがとう。」と言ってくれた。
やっぱり、遥さんは私にとって、憧れだ。
コーヒーを飲みながら、遥さんとたわいない話をしたあと、遥さんに仕事をしてくることを伝え、私は2階へ上がった。
その日は辺りが暗くなり、静かな夜が訪れるまで、今日の依頼内容をまとめていた。