第九球「再戦」
前の試合ではチャンスで打つことができずチームも大敗してしまった。
次の試合が始まるまでの間にバッティング練習をするナッちゃん。
そこで自分でも気づかなかったフォームのズレを指摘される。
そして新たに教わったコツで次の試合に挑んでいく。
二試合目は先攻と後攻が入れ替わりこちらが後攻となった。打順と守備は前の試合と同じでラストバッターの十番でライトの守備に就いた。
「少し慣れてきたかもしれないけど、油断しちゃダメだぞー」
「わかりましたー。深い打球はお願いしますねー」
「オーケー、前の打球は頼むぞー」
相手チームの左バッターに合わせて右シフトを組む為にライト側に寄って守ってるセンターの屋鋪さんとやりとりをして守備範囲の確認をした。大体守備範囲を決めておくと守りやすくなる。
特に初めて参加するチームとかでは隣を守っている人がどんな人なのかを知ることが大事になる。積極的にボールを取りに行くのか。カバーに回るのか。任せるのか。一人ひとり違う。
『お客さん』として参加するのなら多少は事情は変わってくる。預かる側としては大体がチームメンバーが足りないから助っ人として『借りてきている』のだ。ならばこそ、ケガをさせたら大変だ。
何度か遊びに来てもらって、気が向いてくれればチームに入ってもえれば幸いなのである。
草野球のチームでよく言われるのが「チームが3年目くらいでメンバー不足の危機に陥る」と。
結成してすぐのチームだとチームメンバーの参加意欲も高いためにメンバーが足りなくなるということ自体がまず起きない。むしろその段階でメンバーが足りなくなるのではそれ以前の問題だ。
しかし、1年、また1年と経つと仕事や家庭の都合などで参加できなくなるメンバーが出てくる。学校のクラブ活動と違い、強制力が無いのだから新たなメンバーをどんどん増やしていかないといけない。
何よりどこのチームもそのような状態になるので後々に対戦相手を色々と探さないといけないってのもあるけど・・・ってよくお父さんが言ってたっけな。チームで渉外の担当をしてるって言ってたし。
次の試合は打撃練習が功を奏したのか序盤から点の取り合いになった。私を含め外野の頭を越すような大打球も相手チームから飛び出し、初回にお互いに3点を取り合う展開となった。
私の打席は2回の裏に早くも回ってきた。点差は同点のまま、1死ランナー2塁の場面で回ってきた。
「俺は足遅いからゆっくり歩いて帰れるようにしてくれよー」
二塁にいる辻さんが打席に入る私にゆるーい檄を飛ばした。辻さんは鯨子のお父さんで鯨子と同じようにでっぷりとした体型の人。でもパワーがあるのでミートすれば鋭い打球が飛んでいくような人だ。
「あんまり、気負わないようにな。『まずは楽しむ!』それが大事だよ」
私の前の打席で凡退に終わった平松さんが声を掛けてくれた。そう「楽しむ」ってこと。私が捨ててしまったことなんだよね…。
練習して練習して、あらゆる場面を想定した練習をしてミスをしないようにする練習をして・・・一旦、離れた後に分かったけどこれって勉強で言う所の「予習・復習」なんだよね。
あらゆるパターンでの行動を認識することは『公式』を覚えるようなもの。
それをミスしないで実行するのは『公式』を基にして問題を解くようなもの。同じことの繰り返し、それができないことによるコーチからの罵倒…。いつしか覚えることが苦痛になり『楽しい』って感情は消えてしまった。
ただ、ミスをしないで『公式』通りの動きをする。ミスを繰り返すようならば適性が無いと判断して入れ替える。
いつも入れ替えられないようにミスをしないように動いていた。それが正しいのならば従うしか無い。いつしか、自身での判断は消え、コーチや監督からの言葉・教え通りの動きをすることだけを念頭に置いて動いていた。
補欠からレギュラーも取れた。試合でも勝てた。確かに勝つ喜びは手に入れられた。でも何か違う…。一旦、離れたからこそ、そんな矛盾に気づけた。今となってはそれも後の祭りなのかもしれない…。でも、そこに気づけた。気づけなかったら二度と野球に目を向けることも無かったし。
「おーい、相手ピッチャーがボール投げたぞー」
鯨子の声が私を記憶の谷間から引き上げてくれた。相手ピッチャーがボールを投げたことにすら気づいていなかった。既にボールは足元に落ちていた。
「ボール!」
足元に落ちたボールはストライクゾーンのマットには当たらず地面にバウンドして私の左足のスネに直撃した。あっ、ちょっと待って、これすごく痛いヤツ・・・軸足の左足のスネに激痛が走る。立っていられず、その場にうずくまってしまった。
「タイム、タイム! 大丈夫かー?」
平松さんが冷却スプレーを持ってベンチを飛び出してきた。すぐさま冷却スプレーをすねにかけてくれたけど痛い・・・。でも、負けてらんない!
バッターボックスに立ってスイングをしなおす。スイングをする時にスイングの軸になる足の多少痛みが残ってるけど、やるしかない。
ワンボールからの試合再開。バットを構えなおすけどやっぱり足が少し痛む。でも、言い訳なんかしたくない! 相手ピッチャーからボールが投げられた。今度は高いボールをしっかり目で追えている。落ちてくるボールに合わせるようにして絞って握ったバットを振る。
バットにボールが当たった感触がある。そのまま振りぬく!
打球は一塁寄りに守っていたセカンドの頭上を抜け、これまたライト側に寄っていたセンターとライトの間を抜けていった。一塁に向かいながらそこまで見えていた。この当たりなら2塁までは行ける! 思い切って1塁を回る。その際にライト側を確認する。完全に右中間を抜けたボールはまだ外野手が追いつけていない。
「よーし、2塁まで行っちゃえ行っちゃえ!」
一塁側のコーチャーボックスに入っていた平松さんが興奮しながら指示を出してくれる。ベンチからも「行け行け!」と声が飛ぶ。
一塁と二塁の中間点くらいで再びライト側を確認する。外野手がやっと追いついたようだ。ライトの守備位置近くまで追っていったセカンドが中継をしようとして声をかけている。私は二塁に滑り込んだ。
「ナッちゃん、ゆっくり帰らせてくれてありがとー」
ベンチに戻った辻さんが私の方を向いて手を振っている。そして笑いが起きる。打てたんだ。やっと思い描いていた打球を放つことができた。小さく『ぐっ』とガッツポーズを取った。
「もっと喜んでもいいんだぞー」
それの様子を見ていた平松さんに笑われた。汗を手でぬぐう。被っていた帽子を一旦外して左右に首を振る。帽子の中に入れていたセミロングの髪が広がる。息が収まると再び髪の毛を集めて帽子の中に入れた。
こんなに汗をかいても気持ちよかったっけ? そんな気持ちになったのっていつ以来だろう…。何かが変わった気がした。