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すろぴ  作者: 虎昇鷹舞
2/15

第二球「空のストライクゾーン」

試合前にチームのピッチャーからバッティング練習をしてもらうナッちゃん。

そこでスローピッチの洗礼を浴びます。


「ナッちゃん、試合前に軽くバッティング練習しとくかい?」

ニコニコしながらチームのエース、平松さんが私の声をかけた。チームの最高齢の方だけど元気に投手をしている。コントロールがバツグンでお父さんも「俺の方が若いんだけどなぁー」って敵わないって言うくらい凄い人。

町内にある小さなスーパーのオーナーで今は仕事は息子さんに任せてて、リタイア生活を堪能してるとか。


「はい! お願いします!」


「いい返事だねぇ、それじゃバッターボックスに立ってみて。ボール投げるから」


平松さんは持ってきた金属バットを私に渡すと、試合前のグラウンドのバッターボックスを指差した。もらったバットは今まで使っていた物よりちょっと重く感じた。


「スローピッチだと力で持ってく人が多いからねぇ、バットがちょっと重めの方が好きな人が多いんだよ。芯を食うとカッ飛んでくからね」


平松さんは数個のボールを持ってマウンドに立っていた。私も左バッターボックスに入って二、三度バットを振ってみる。ちょっと体がもってかれるかな。でも試しに打ってみたら案外しっくりくるのかも。


「ホームベースの後ろにゴムマットがあるでしょ、そこにボールが当たるとストライクになるんだよ」


確かに山なりのボールを投手は投げるってルールにはあったけど・・・。ホームベースの後方の左右のバッターボックスの間に黒いゴムマットが敷かれ、ホームベースの下の部分にあわせてV字の切込みが入っている。


「ちなみにホームへの滑り込みは、三塁ランナーはベースじゃなくてそのマットを踏むんだよ。ここのルールだとクロスプレーが禁止だからね。ケガしちゃ元も子もないからね」


なるほど。ベースじゃなくてマットを踏むんだ。


注釈:これはローカルルールです。リーグなどによってはベースを踏まないといけないところもありますし、ホームへの滑り込みがアリなところもあります。


「そうだ、バッターボックスの後ろの方に立ってみるといい。その方が打ちやすいと思うよ」


そう言われてホームベースを真ん中にしてたけど、右足がホームベースの後ろの方に並ぶくらいまで下がってみた。


「それじゃ、投げるよー」


平松さんが投じた山なりのボールは普通のファストピッチのボールに近いものだった。ゆっくりとしたボールに軽く合わせるようにバットで打ち返す。


金属バットの乾いた音が響く。


「えっ?」


思わず声が出てしまった。打った打球はライナーでライト前に抜けていった。軽く合わせただけなのに…。


「さすがナッちゃんだね。芯でボール捉えてたよ」


えっ、こんなに打球が早いし飛ぶの? 正直、ビックリした。革とゴムのボールでは違いがあるとは思ってたけど、こんなに違うなんて。


「次いくよー」


平松さんが次の球を投げるモーションに入ったので改めて構えなおす。次のボールは最初のボールよりもさらに山なりだった。気持ち高めのボールを振るような感じで・・・振りぬく!


打った打球はまたしてもライト前に転がっていった。でもちょっと力を入れたのに最初の打球よりも伸びなかった感じがする。ボールが高めだったから手打ちになったのかな。


「いいねぇ、いいねぇ、それじゃこれはどうかな?」


平松さんが次に投げた山なりのボールは視界から消えた。どこ? 上!? 視線を慌てて斜め上まであげる。今までのボールと違って高いところまで上がっていた。こんなに高いの? そこから垂直に落ちてくるような錯覚に陥った。

こんなボール今まで見たことなかった。上から落ちてくるボールに合わせてバットを振るも目線とバットの出る位置もバラバラになりバットは空を切った。


空振りした後、バランスを崩してバッターボックスで尻餅をついてしまった。投げられたボールはゴムマットの上に落ち、バックネットの方にバウンドしていった。


「こんなボール、アリなの?」


立ち上がってボールを拾って平松さんに下手で投げ返した。


「ナッちゃん、これがスローピッチだよ」


ニヤっと平松さんが笑った。


こんなにも山なりのボール、いやもはや滝のような落差だ。こんなにも高いところから落ちてくるボールを打つなんてしたことも無かった。時々ウィンドミルのすっぽ抜けて高いボールが投げられることはあったが・・・、何より「スローピッチ」のルールではこれが『ストライク』なのだ。


「これがストライクなの?」


「そう、これがストライク」


「もう一球、お願いします!」


バッターボックスで構えなおす。次は打ってみせるんだから。ボールの球筋は上から落ちてくるような感じだから落下するタイミングを合わせられれば打てるはず!


平松さんが再び高い山なりのボールを投げた。今度はボールを目で追えてる。タイミングは今度は合わせられそ・・・ボールが手前に落ちる?

ボールがさっきよりも手前で落ちてきていた。ホームベースに上から当たる位置に投げてきた。ホームベースに当たっても、もちろんストライク。


なんとか当てようと体を前に倒しながらバットを振る。かろうじてボールに当てることはできた。しかし、当てただけでボテボテの打球が一塁線に転がった。


「これもストライクだよ」


ニヤっと平松さんが笑う。凄いコントロールだ。手前と後ろにコントロールして正確に山なりのボールを投げるなんて。


「凄いです。こんなボール打ったこと無いですよ」


「まぁファストピッチには無いよね。なにせストライクゾーンの面が違うんだから」


平松さんが地面を指差しながら一塁線に転がっているボールを拾った。そう、ストライクゾーンの平面が全く違う。

ファストピッチとは90度違う。本当に自分の知らない世界のソフトボールだ。ストライクゾーンが縦の立方体だ。


「でも、みなさんこんなボールを打ってるんですよね」


「そう、やっぱりまずは『慣れ』じゃないかな? 試合中、他の人が打つところをしっかり見ておくといいよ。ナッちゃん当てるのが上手いから慣れれば打てる筈だよ」


自分と平松さんの間に鯨子が入ってきた。


「ナッちゃん、平松さん、スタメン決めるから集まってだってー」


鯨子が一塁側のこちらのベンチを指差した。もう他の選手が集まっていた。試合かぁ・・・久しぶりだな。守備とか大丈夫かな。


左肩を回しながらベンチに向かった。

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