第十五球「タイマン勝負」
ソフトボール部の一つ上の先輩、高橋に絡まれるなつみと鯨子。
昼休みに呼び出された時は小学校の時のソフトのチームにいた先輩、南によって助けられた。
しかし、高橋の恨みは収まることなく・・・
「相撲部?」
鯨子と私は顔を合わせてキョトンとする。
「そうだ、鯨子を女相撲に・・・ってそうじゃない!」
南先輩が相撲部と反対側にある部室に指を差してノリツッコミをしている。こんなひょうきんな人だったっけ? 指先にあったのは「ソフトボール部」の部室だった。
「ここは・・・」
私が目を逸らそうとするとした矢先に部室のドアが開いた。中から朝、高橋先輩と一緒にいた部長と呼ばれていた人が現れた。
既に制服ではなく、練習着を着ており部活の練習前といった感じだった。
「南、連れてきてくれたんだな。手間をかけさせてしまって悪い」
「いや、こちらこそ練習前なのに時間を取らせて悪かった」
南先輩が一礼をすると部長さんは両手を前に出して振って答えた。
「いやいや、こちらこそ部員のことで迷惑を掛けてしまったからな」
部長さんが私の方を見て何か気づいたようだった。反射的に私は目線を逸らせて鯨子の方を見てしまった。
「三浦さんだね。もう覚えていないかもしれないが、以前ソフト部に誘ったこともある近藤だ。今は部長をしている。今朝から、ウチの部員が迷惑をかけてしまって失礼した」
「いえ・・・、その節はお力になれず失礼しました・・・」
私はソフト部に誘われたことはあった。この学校に転入してすぐのことだった。ちょうど2年になった4月の頃だった。
この時期は新入部員勧誘でにぎやかな中、教室に近藤先輩が来て、直接私を勧誘した。
ただ、まだ心情的に落ち着けず、ソフトボールをもう一度やりたいとも思えなかったので断ってしまった。
「で、高橋を謝らせるのもあるがアイツのことだ今後もちょっかいを出すかもしれないからな。そこでちょっとなつみ達の力を借りたいんだ」
南先輩が、私らの方に向き直って話しかけた。
「私ですか? しかし、もう私は・・・」
「重々承知している。だからこそ折り入って勝負をお願いしたいのだ」
勝負?
「ちょっと先輩、待ってくださいよ! なつみはまだ・・・」
鯨子が話に入っていた。
「見つけたぞ! なつみぃ! テメェだけはやっぱり許せねぇ! 今すぐ勝負しろや!」
声の先には手にソフトボールを持った高橋さんがいた。練習着を着ていたのでグラウンドから駆け込んできたようだった。これ以上付きまとわれるのもイヤだし、梨紗がまたトラブルに巻き込まれるのもイヤ。それならここでケリをつけるしかないか…。
「近藤先輩、バットをお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、部室の中に何本か残ってるのがある。どれでも使って構わない」
「それでは失礼します」
一礼して部室に入った。細長い部室の手前に野球道具が纏められていて、何本かの金属バットがあった。それを片手で持ち上げて重さを調べる。バットによって重さの違いはあるのはもちろん、バットの長さ・芯の位置も違う。だからこそみんなバットにはこだわって大事にしている。
(これなら、いいかな)
バットを一本持ち上げ周りに気をつけて軽く振ってみる。バットの重さも芯の位置も悪くない感じがした。
「なつみぃ! 早くしやがれぇ!」
外から高橋さんの声が聞こえている。多分、先輩らが止めてるのだろうけど、急がないと…。
バットを持って部室の外に出ると案の定、暴れている高橋さんを先輩らと鯨子が止めていた。
「よし、来たか、オレが投げるからテメーが打ってみやがれ! グラウンドで待ってるぞ!」
先輩らを振り切ると高橋さんはグラウンドへ向かっていった。
「アノ人、いきなりムチャクチャ言うなぁ…」
鯨子が高橋さんを『アノ人』呼ばわりしてる。あれは、相当怒ってるな。確かにちょっと行動が酷すぎるところはあるけど、どうしてここまで私に突っかかってくるんだろ…。
「多分、ファストピッチで挑んでくるとは思うけど…この間の調子ならきっとナッちゃんはイケるって!」
「うん、打席に入るだけならもう大丈夫だと思う」
そうだ昨日も試合に出れたんだ。打席に入って打つだけならもう大丈夫。ちょっと自信が戻りつつあった。
「そうそう、気楽に行こう行こう」
鯨子が背後に回って両肩を掴んで前に押してきた。それにつられて私も部室の前に広がるグラウンドに歩き出した。
グラウンドと言ってももちろんソフトボール部専用のグラウンドではない。ちゃんとした部専用のグラウンドがあるのは私立のそれも強豪校くらい。公立の学校では大抵の学校では他の部活と場所が被らないようにしてグラウンドにナワバリのように分けている。
この学校でも同じく、グラウンドの四隅に野球部とソフト部が対角線のように陣取り、その真ん中に陸上部のトラック。さらにそのトラックの内側でサッカー部のグラウンドがある。
ソフト部のグラウンドのマウンドでは既に高橋さんが投球練習をしていた。
「アノ人、一応、ウィンドミルできんだ」
鯨子が高橋さんの投げ方を見て私に話しかけた。
ウィンドミル投法とはソフトボールの投手の投げ方の一つで、両手でボールを持ってマウンドに両足で立ち、前に踏み出しながらボールを投げる腕を身体の前から頭の上、そして身体の後ろ側を通して体側へ、そして軸足で投手板を蹴る勢いで球を投げる投法である。
腕をぐるっと回して投げる投げ方が風車のように見えることから『風車』の英語読みから取って「ウィンドミル」投法と呼ばれている。
かつては打者のタイミングをずらす目的で腕をグルグルと何回転してもよかったが今は1回までと禁止されている。
もう一つのスリングショット投法は先日のスローピッチの時に平松さんが投げていた投げ方で時計の振り子のように腕を下から振り上げ、その反動を利用して前方に振り戻して投げる投法である。
ソフトボールの投手を始めて慣れ始めるとスリングショットからウィンドミルに投げ方を変えていき、私も小学校の最高学年になった頃にはウィンドミルで投げていたっけ。
(でも力任せって感じだし腕の動きムダがある。あれではいくら力があってもうまく腕に伝わってない…)
自分が投げていた時を高橋さんの腕の動きを見て思った。
「ナツミ! 一打席勝負だ! トットと打席に入りな!」
高橋さんがマウンドでイライラしながらボールをこねくり回している。守備もソフト部の部員がついていた。高橋さんに無理矢理言われて守らされてるっぽい感じがした。
「おっと、ナツミ! ヘルメット被り忘れてるぞ! 渡辺、渡してやんな!」
制服のままバッターボックスに入ろうとしてマウンドの高橋さんから言われた。
一塁側の脇にベンチがあり、その近くに道具が置かれて纏められていた。キャッチャーをしていた渡辺と呼ばれた部員がマスクを自分の右脇に置いて道具の方に向かって歩いていきヘルメットを持ってきてくれた。
「初球はインコースだと思うよー」
渡辺さんがヘルメットを渡してくれる時にボソりと私に伝えてからマスクを被り、守備位置についた。
(ってことは初球はぶつけ気味に投げてくるってことかな…)
打席に入り一度、二度バットを振って構える。そういえばバッティンググローブを借りるの忘れちゃったな。
「主審は私が務めよう。一打席での勝負。ヒットを打てば三浦の勝ち、抑えれば高橋の勝ちだ。それでいいな」
予備のマスクを持って南先輩が宣言した。
「こっちはそれでイイゼ! とっとと始めんぞ!」
高橋さんがマウンドで喚く様に返した。私は何も言わず頷いた。
「それではプレイボール!」
私と高橋さんの一打席勝負が始まろうとしていた。
自分が小学生の時にやっていたソフトボールではウィンドミル投法で腕を何回転もする投手がたくさんいてタイミングを狂わされたものです…。