第十三球「疑問」
なつみと鯨子が学校に登校すると、クラスメートで美化委員の梨沙がソフトボール部の部員らとトラブルになっていた。
梨沙の足元にはソフトボールが転がっているのも見えたのだが・・・。
梨沙は気づいたら周りに人垣ができていて少し震えているようにも見えた。おとなしく引っ込み思案な為に人の目線に晒されるのが特に苦手だった。
「こちらとしても、花壇を破損をしてしまい申し訳無かった。グラウンドが狭いからこういうこともあるし、今後は練習の仕方も見直すことにする」
練習用のユニフォームを着ている二人の生徒のうち、背が高い方が梨沙に声を掛けている。やや背の低い梨沙と並ぶと余計に背が高く感じた。
「先輩、人集まって来たッスよ。これじゃ晒しモンみたいになって嫌ッスから、早く行きましょうぜ」
練習用のユニフォームを着ているもう一人の生徒が隣で謝っている生徒に声を掛けた。梨沙よりかは背が高いが最初に謝っていた生徒よりかは背が低かった。
「こちらとしてもワザとやってるわけじゃないんだ。後で顧問の先生を通して話はしておく。失礼するよ」
背の高いほうのユニフォームを着たソフト部の部員が梨沙に一礼して転がっていたイエローボールを拾って立ち去ろうとした。
「・・・まだ謝ってないです」
梨沙が蚊の鳴くような声で立ち去ろうとしていたソフト部の部員に声を掛けた。梨沙のことを知っているが彼女にしては頑張って声を出した方だ。
「? だからこっちは謝ったじゃないッスか。 柵を壊しちまったことは確かに悪かったけど、これ以上に謝ることなんか無いッスよ?」
呼び止められてつんのめりそうになりながら背が低い方の生徒が少しイラつきながら答えた。
「あ、あの・・・お花に謝ってください・・・」
梨沙が再び声をしぼって話しかける。梨沙は美化委員をしていて花壇の手入れなどを好んでやっているのを知っていた。
私の家が花屋をやっているからかよく品種のこととか育て方とか相談してきたり、私の知らないような知識もあったりしてよく話すことがあった。
最初に学校に来てから鯨子の次に仲良くなった子だった。花壇のほうを見る。確かにボールが花壇を壊しただけでなく、咲いていた花も茎が折れていてしなっている物も見かけられた。
「花に謝る? テメェ、何言ってんだよ。頭まで花畑なんかよ? ほら、先輩、行きましょうぜ」
「ちょっと待ちなさいよ! 今何て言ったのよ!」
体が勝手に動いていた。人垣を抜けて梨沙の前まで飛び出してそう言い放っていた。花をバカにされたことは許せなかったし、何より大事な友達をバカにされたことが腹立たしかった。
「・・・ナッちゃん」
背後で梨沙が声を掛けた。声が震えているのがわかる。いつもよりも小声になっている。
「何だテメェ? のこのこ出てきて、何様のつもりって・・・テメェ、三浦なつみじゃないか!」
背が低い方の部員が私の顔を見て驚いていた。私のことをどうやら知っていたようだった。私は顔を見ても学年もクラスも分からない人だった。
「ちょっと、ちょっとナッちゃんってば!」
狭い人ごみの間を大きな体を揺らして必死に抜けてきた鯨子が私の所まで来た。
「アン? なつみの次に出てきたのは誰かと思ったらデブ鯨じゃねーか」
背の低い方の部員は鯨子のこともしっていた。しかもそのあだ名は小学校の時に鯨子が付けられていたアダ名だった。もちろん悪い意味でのアダ名だった。
「誰がデブ鯨よ? 間違ってはいないけどいきなり見ず知らずの人に言われるのは気に入らないわね」
鯨子もカチンときて言い返す。
「やめるんだ、高橋!」
先輩と呼ばれている背の高い部員の方が高橋と呼んだ瀬の低い部員の頭を手で強く押さえて無理矢理腰を曲げさせ、お辞儀をしているような形にさせた。
「さっきのコイツの発言、部長として謝る。申し訳ないことを言ってしまった。君がこうして丁寧に手入れをしている花に対して改めてお詫びする」
梨沙に向かって高橋と呼んだ部員を片手で抑えつつ脱帽をして頭を下げた。
「・・・謝ってもらえれば、私は大丈夫です・・・」
梨沙が少し和らいだ声で話した。私が振り返ると少し表情も落ち着いたような感じだった。
「君達にも失礼なことを言ってしまった。お詫びする」
今度は私らの方に向き直って頭を下げた。
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「それでは、これで私たちは失礼する。本当に失礼なことをしてしまい、申し訳ない」
ソフト部の部員の二人は去り際にもう一度謝ってから高橋と呼んだ生徒の首根っこを掴んだまま引っ張るように去っていった。部長と呼ばれていた人、どこか見覚えがあったような気がした…。
「梨沙、大丈夫だった」
「うん…怖かったけど、ナッちゃんが飛び出してきてくれて本当に嬉しかったし心強かったよ・・・」
少し梨沙の顔色が悪い。緊張していたのだろう。
「保健室行った方がいいかもね。花壇のことは後で先生に伝えとくわよ」
鯨子が梨沙を慮った。取り囲んでいた生徒らも解散し、登校する生徒らと朝練を終えて着替えに部室に向かう体育会系の部活の子らが増えてきた。
「それじゃ保健室行こうか?」
黙って梨沙は頷いた。私と鯨子は梨沙を支えるようにして花壇の前から保健室に向かった。
朝の保健室にはまだ誰もいなかった。
「この時間はまだ朝の職員会議してるんかな」
鯨子が空いているベットで枕とかを用意しながら呟いた。
「梨沙は少しここに横になってるといいよ」
「ナッちゃんありがとう・・・でも今朝の人、二人のこと知ってたみたいね」
梨沙が鯨子が準備したベットに腰を掛けて聞いた。
「そうね、アタシのあのあだ名を知ってる人って、高校じゃあまりいないはずなんだよね…小学校の時のあだ名だし…」
何故か今の学校には私も鯨子も先輩とかに知っている人が少なかった。鯨子は敢えて知り合いが少ないこの学校を選んだとは言ってたけど。
「まぁ、梨沙はそんなことより少し休んで、元気になりなさいよ。そろそろ、授業始まりそうだから教室に行くね」
「鯨子さん、ナッちゃんありがとうね」
梨沙は自分でベットに入り横になった。それを見届けると私らは保健室を後にして教室に向かった。
「それにしても、あの高橋って呼ばれた人、覚えてた? 小学校か中学校の時の先輩かなぁ・・・?」
教室に向かいながら鯨子に聞いてみた。
「私も思い出そうとしているけど思い出せ無いんだよ。あんだけ口が悪ければ絶対にすぐに分かるとは思ってたけど…」
首をかしげながら鯨子は答える。私らはその『高橋』と呼ばれた人が誰なのか思い出せなかった。どこかで会ったのかなぁ…。
午前中の授業が終わり、昼食の時間となった。梨沙は午前中は教室に戻ってはこれなかった。
「梨沙の様子も気になるし、昼ゴハンは保健室で食べよっか?」
教室でお重のようなお弁当を持って鯨子が話しかけてきた。相変わらずお弁当がデカイ。私の持ってるお弁当より三倍くらいありそう…。
「そうだね、午前中も戻ってこなかったし、カバン持っていこうか」
「昼ゴハンとか入ってるかもしれないしね。まぁ少し私のを分けてもいいけどね」
「あなたは少し減らしなさいな・・・」
鯨子は少し量を減らしたほうがいいとは思うけど…。教室を出た私らは保健室に向かう。教室は校舎の2階にあり、保健室はその下の1階にあった。
「オイ、なつみとデブ鯨!」
少し前に聞いたような声を後ろから掛けられた。明らかに鯨子の目つきが悪くなった。
振り返った私らの前に朝、梨沙に絡んでいたソフト部員がいた。ブレザーの制服のリボンの色が赤かった。
(ってことは三年生?)
私の学校の女子制服はブレザーの制服だけど、一年生は緑、二年生は青、三年生がリボンの色が分かれているので声を掛けてきた高橋さんは三年生ということになる。鯨子もそれにすぐに気がついた
「アンタ・・・高橋さんでしたっけ? 何の用です?」
鯨子も高橋さんが上級生だとわかって口調を少し改めた。高橋さんは短めのショートカットなので後姿とか男の人と間違えられそうな感じだった。
両手をポケットに入れて少し前かがみになっていかにもアレな人っぽい感じだった。
「あんたら、ちょっとツラ貸しなよ」
そう言って右手を握って親指を外に向けた。
(続く)
コンスタントに更新していきたいと思います。