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10、進行する戦局

1ユミル = 約1キロ

1ユル = 約1メートル








「周囲約2ユミルに伏兵の気配ありません! 本当に一人です!」


 神官騎士団の一人が叫ぶ。その報告を聞いた騎士団長は我に返った。


「……行くしかないようだな」


 背後に控えた千五百の騎士団は、アエリア聖国でも精強で知られる第三神官騎士団だ。それを率いて数多の戦場を駆け抜けたブレンダン・アスキス自身も、かなりの腕前の魔法剣士として名を馳せていた。


「どれくらいの強者かは知らんが、所詮は一人だ。策があると思わせた足止めの策かも知れん」


 声を張り上げて味方を鼓舞する。それに呼応したかのように、馬に乗った年若い騎士が前へと出てくる。腕には長い槍を抱えていた。


「団長、俺が行きます!」

「馬上試合でも負けなしのお前か。ならば見せてやれ!」

「はっ!」


 騎士団長ブレンダンの命令を聞き、騎馬に乗った男は馬を走らせ始める。

 距離は一ユミルほどだ。もっとも速度が乗ったときに槍を突き出す。彼はその単純な動きを研鑽し続けたことで、聖国内で勇名を馳せた男だった。


「帝国がどれほどのものか、俺が見てやる!」


 一ユミルの半分を超え、残り五百ユルとなった。相手は動く気配を微塵も見せない。


「舐めてんのか!」


 四百、三百と距離を詰め、残り二百を切り、槍を構える。残り百ほど。紅蓮のEAはすぐそこだ。

 魔力砲撃に備えるために障壁を張りながら、馬に足の回転を上げさせていく。


「おおおおおぉぉぉ!」


 馬を加速させ、もっとも速さの乗った瞬間に攻撃を仕掛ける。その単純な動きこそが彼にとっての極意であり、幾多の勝利を掴んだ秘訣でもあった。


「貰った!」


 残り三十ユルほどで勝利の確信を抱いた。相手に何の動きも見られない。ならば負けるはずはない。

 そして繰り出されるのは、人馬槍の三位一体となった必殺の一撃だ。


「弱い」


 女性の声がぽつりと漏れた。

 騎馬を駆る男が通り過ぎていく。

 馬の首と彼の上半身が空中に舞い、馬はそのまま走り続けた。やがて自らの死に気づいたのか、速度に乗ったまま草原の上を滑るように倒れていく。滞空していた二つの塊はそのすぐ後に地面へと落下し、赤い染みで草を塗らす。


「何……が?」


 離れた場所で一部始終を見ていた神官騎士団長は、呆気に取られていた。

 紅蓮のEAが右手の剣ですれ違い様に槍を払い、回転しながら左の刃で命を刈り取った。そう気づけた者は、誰もいなかった。


「ほ、第一から第三魔法士隊、前へ! 急げ! 急げえ!」


 何でそうなったかはわからずとも、何が起きたかは理解できた。ゆえに慌てて次の方策を繰り出した。

 杖を持ちローブを羽織った人間たちが前方へと走り出す。

 ブレンダンの前方に百人近くが隊列を為し、詠唱を始める。

 紅蓮の鎧がこちらに向けて走り出してきた。


「き、来た! 急げ! 盾持ち、前へ!」


 馬の頭を返し、団長ブレンダン・アスキスは後方へと走り出す。その横を大きな盾を持った部隊が抜け出して、魔法士隊の背後へと並び始めた。


「隊列を組め! 数の優勢を保て!」


 指示を出しながら、少しでも後ろにと馬で駈ける。

 そこでいくつも光が後方で輝いた。魔法士隊の魔法が撃たれたとわかり、肩越しに紅蓮のEAを探した。

 土煙が舞い、相手の姿が見えなかったからだ。馬の足を止め、目を皿にして紅蓮の鎧の姿を探す。

 視界が晴れてから見えたのは、陽炎のように揺れる敵の姿だった。


「あれは!」


 敵の動きが揺れた。気づけば四体に増えたように見え、そのどれもが双剣を構えている。

 あの男(・・・)は、その技を何と呼んだか思い出す。


「分身斬撃双波! 剣聖、剣聖だ、あれは剣聖だ!! しかもアイツより数が多い!」


 アエリア聖国の神官騎士団長である彼は、一度だけ見たことがある。それはクリフ・オンティネンの弟が、戯れに見せた神技だった。


「聞いてないぞ、クリフ・オウンティネン!」


 この場にいない遊撃騎士団長へ悪態を吐く。

 わめき散らしながら、少しでも後方へと逃げ続けた。

 どんな戦場でも感じたことのない、背筋を凍らせるような濃厚さの死の気配を覚えたからだ。


「防げえええ!!」


 四体に増えた帝国の剣聖ミレナ・ビーノヴァーが、遠く離れた場所から魔力を込めて斬撃を振う。

 三日月状の魔力が飛翔する閃光となり、空気すら切断して神官騎士団に襲いかかった。

 魔法士たちが咄嗟に魔力障壁を張って待ち構えた。その後ろには大盾を構えた部隊も並んでいる。

 しかし、輝く魔力の刃は障壁も金属も関係なく断ち切ってしまう。

 神官騎士団の陣営に、大量の血しぶきが舞い上がった。


「た、隊列を組め! 相手は……相手は称号持ち! 称号持ち『剣聖』だ!!」


 不意に現れた称号持ち。

 戦闘の初っぱなから出会った最強の存在に、神官騎士団たちは混乱し始める。


「敵部隊が見えたぞ!」


 誰かが叫ぶ声で、騎士団長は再び肩越しに振り向いた。

 紅蓮の剣聖の遥か後方に、大型の弓のような物を構えた鎧たちが二十機ほど並んでいる。

 それらが一斉に魔力砲撃を放った。

 通常なら数十ユルほどしか届かぬ攻撃のはずだ。なのにそれは剣聖の頭上を軽々と越え、並び始めた神官騎士団の中列に炸裂する。

 着弾した場所では地面が割れ、白い鎧の破片や人間だった物が飛び交っていた。


「しょ、障壁を絶やすな! 相手はあの距離からでも届く! ぜ、前列、盾部隊に騎士隊、剣聖を抑えろ! 休ませるな! 騎馬隊は迂回しつつ、遠方の砲撃部隊を目指せ!」


 団長の責務として号令を出しながらも、ブレンダンはさらに後ろへと下がっていく。

 部下たちも何とか体勢を立て直そうと、アエリア聖国の騎士団たちは懸命に働いた。

 それでも、血しぶきは舞い続け、神官騎士団はたった二十一機のEAによって蹂躙され始めたのだった。














「なんだ……?」


 冒険者用EAシーカーの中で、クリフ・オウンティネンは訝しげに目を細めた。

 彼らアエリア遊撃騎士団がいるのは、今回の連合軍の中でも後方に近い中盤だった。最後部が本当の意味での義勇兵だったり、雑用役の冒険者であることを考えれば、彼らが戦力の一番後ろにいるとも言えた。


「騒々しいね」


 中年女性神官のニコラが、シーカーの兜を上げて問い掛ける。


「かなり遠いが、戦闘が始まったようだな」

「どうすんだい、クリフ」

「まだ様子見だが、情報が欲しいな。リッジ、見てきてくれるか?」


 彼が声を張り上げて呼ぶと、一体のシーカーが走ってくる。


「りょーかい。行ってくる」


 斥候役を務めるリッジが脚甲内部の魔法陣に魔力を入れ、集団の横を通り過ぎて前に進む。


「まあ、壁は厚いか。いくら帝国が強いと言っても、向こうの数は千五百だ。簡単にはやられないだろ。その間にオレたちも行く必要がある」

「そうかい……。まあ良いんだけどね」


 ニコラがちらりと肩越しに後ろを見る。

 そこには一つの粗末な馬車があった。

 内部には銀髪の令嬢が大人しく座っている。足元にはEAらしき物が置いてある。しかし、その上に被さった旗によって隠されていた。旗には一つの紋章が鮮やかに描かれている。聖騎士王家を表す剣と盾の紋章だ。


「気にしすぎるな。確かに周囲の誰もが疑わしい状況だけどな……」

「戦列はどうなってると思うんだい?」

「最前列の神官騎士団、その背後には他の国が何やかんやで並んでるはずだ。それぞれ五百にも満たない集団のはずだが、二千近くいる。バラバラに展開してるだろうよ」

「足並みは揃えないのかい?」

「違う国同士でか? バカ言うなよ。まとまっても下手すりゃ同士討ちだ。全員が仲良しってわけじゃねえだろうしな」

「その他は生粋の冒険者が五百程度に、アタシたち遊撃騎士団が百程度かい。こんな場所にいても大丈夫なのかね」

「あのお嬢さん連れて最前列に出張るってわけにはいかねえだろ。ただまあ、勝機は逃がさねえつもりだ。まだ早い。もう少し崩れるはずだ」

「……もう少しで済めば、良いんだけどねえ」


 ニコラは皺の見え始めた眉間をさらに顰める。


「各個撃破されるほどアホでもあるまい。とにかく、一番美味しいところを持って行かないとな」


 EAをまとったクリフが肩を竦める。ニコラは兜を下げて、


「何だか悪い予感がするんだよ」


 と不安げに呟いた。


「何がだ?」

「こっちは確かに五千で、向こうは半数以下だって話だ。だけどねえ、帝国はそんな無謀な国家じゃない」

「そんなのはわかってるさ」

「皇女まで送り込んだ宣戦布告に、意味がないはずはないよ。たぶん、必勝の策を用意しているんじゃないかって不安になるんだ」

「……必勝の策か。考えられるのは、陽動か」

「派手にやって、実際は遠回りして交易都市メナリーを攻める可能性かい」

「さすがにメナリー側も警戒してるさ。それにあの町にゃ勇者がいる。あの嬢ちゃんが評議員の議席が欲しいんだったら、必死に守るはずさ」

「だと良いんだけどねえ」


 なおも不安さを隠せない声でニコラが呟く。


「気にし過ぎんな、ニコラ。責任を取るのも指示をするのもオレだ。どんと任せときな」

「……ま、そうだね。アンタに全部任せた。純粋な冒険者だった頃から、アンタがリーダーなんだからね」

「そういうこった」


 そう楽天的な調子で言うものの、クリフも不安がないわけではなかった。


 ――始まる前ほど、楽勝な空気は感じねえ。


 ただ、そういう自信のなさは周囲に伝播していくのも理解している。

 彼の遊撃騎士団は冒険者上がりの人間ばかりだ。

 そして冒険者たちは危険に人一倍敏感である。普段は魔物を相手に戦うことが多い。無理はせず確実に勝てる戦いに持ち込むのが当たり前だ。

 逆に、負けそうな空気を感じれば弱気になり逃げ腰になりやすい、とも言える。通常の兵士や騎士たちよりも雰囲気に敏感なのだ。

 だからクリフは、勝ちそうな空気を自らが演出しなければならない。

 そうしなければ、彼が求めているような勲功を手に入れることはできないのだ。


「ったく、アイツは今頃、何してんのかね」


 ポツリと呟くと、すぐ後ろにいたシーカーが近寄ってきた。中にいるのは、仲間の魔法士リチャードだ。


「国の王女様のことを気にしてるのかい?」

「ま、そんなところだな」

「あのお方のことだから今頃、城下町で炊き出しでもしてるんじゃないかな」


 その言葉を聞いたクリフは、喉を鳴らすように笑う。


「アイツはあれが趣味だからな。あんな格好じゃ貧乏貴族のメイドにしか見えねえっての」

「少なくとも、僕はそう思ってたよ」

「だからお前は女にモテねえんだよ。姉ちゃんのことばっか気にしてる場合じゃねえぞ?」


 笑いながら隣に来たシーカーを肘で突く。


「君だって、王女様に振り向いて貰えてないじゃないか」


 リチャードも負けじと、からかいの言葉を返した。


「そうでもねえぜ。二人きりになると可愛くなるんだ、アレが」

「僕は君が文句を言われてる姿しか知らないんだが……」

「ああいうタイプこそ、裏じゃ乙女なんだよ。さて、もう少し足を早めるぞ。周囲が騒々しくなってきた」

「わかった」


 彼らは戦場に近づき始める。

 大陸の半分と一つの大洋を越えてやってきた、アエリア聖国の遊撃騎士団。

 特級冒険者クリフ・オウンティネンは、遠き地で彼の安否を祈っているだろう女性の顔を思い出す。


 ――ここで、デカい功績を積まなきゃならねえ。待ってろよ……。


 先が混迷極める戦場だろうと、特級冒険者として培ってきた度胸と技量で、今回も乗り切れる。

 彼は自身の力を信じ、前に進み続けるのだった。















「ダリボル船長、今はどの辺りだろうか?」


 空の上に浮かぶ黒い飛行船ルドグヴィンスト。

 その艦橋にいるエリシュカ・ファン・エーステレンは、船長であるダリボルに問い掛ける。


「目的地まではもう少しかかるぜ、竜騎士の嬢ちゃん。大人しく座っておくか、格納庫であの竜でもなだめておいてくれ」

「わかった。お気遣い、感謝する」

「いいってことだ。これも大佐のご命令だからな。まあ、それよりも」


 髭面に少し白髪が交じり始めたダリボルは、チラリと隣の椅子に視線を移す。

 そこには、長く青い髪の女性がスヤスヤと寝息を立てていた。裾の解れたボロ布のようなローブを羽織り、目元には黒い包帯を巻いている異相の人間だ。


「あそこは大佐の席なんだが……涎とか垂らしてねえだろうな?」


 しかも彼女はご丁寧に毛布と枕を持ち込み、背もたれを少し倒して気持ちよさそうな寝顔を晒していた。何度か寝返りを打ったせいか、目を隠す包帯が少しずれている。


「さすがに大丈夫だと思うが……」


 飛行船の船員たちより付き合いの長いエリシュカは、その女性の有り様に頭が痛くなる。

 かつて賢者と呼ばれた生真面目な姿は、微塵も感じられない。まるで自堕落な暮らしを送る貴族の未亡人のようだった。


「まあ……大佐大佐と呟きながらモゾモゾ動いていられるよりは、ずっとマシか……」

「すまない船長。一つだけ言わなければならないことがあるんだ」

「嫌な予感しかしねえがな、竜騎士の嬢ちゃん。なんだい?」

「あの枕、シュタク大佐の宿舎から盗んできたらしいぞ」


 彼女の言葉に、ダリボルは顔を青くする。現実が予想よりも悪い方向に振り切っていた。


「……なんてこった……。オレは聞かなかったことにするぞ」


 シュタク大佐は渋々と従えているが、ラウティオラと呼ばれる女性はまるで生まれたてのヒヨコのように男を慕っている。

 もちろん、ヒヨコというほど可愛らしくはないが。


「私だって聞きたくなかったよ。もうしばらくかかるんだな?」

「あ、ああ。あと数時間だろうがな。そっからはアンタに掛ってる。頼むぜ」

「わかった。では格納庫にいるので、何かあったら呼んでくれ」


 エリシュカはヴィート・シュタクの席で眠る女性を見ないようにして、艦橋から出て行く。

 扉が閉まったのを確認し、船長席のダリボルは頬杖をついて大きなため息を吐いた。


「やれやれ……こんなので成功するのかねえ」


 もう一度だけ、チラリと隊長席を見る。

 マスクをかけた男がいつも座る席には、得体の知れない女が寝息を立てていた。どちらかといえば、その美しい顔には似合わぬダラしない寝顔だ。


「大佐の無茶振りはいつも通りだがなあ……」


 かつては食事を共にした若い軍人たちは皆、この船に帰って来なかった。

 戦場で戦争を行う人間たちだ。戻ってこないこともあって当たり前だと、熟練の船長でもある髭面の男は理解している。

 それでも、ほんの二年近く前では想像もしてなかった光景に、ダリボルは思わず天を仰いでしまうのだった。

 

 


 

 










えっと……

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― 新着の感想 ―
[良い点] MHに乗った剣聖に生身の兵隊送り込むヤツがあるか!!
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