7、ひた隠しの秘密
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メナリー公館を出たハナは、全身に鎧を着た護衛と合流する。館の前に止めた馬車に乗る前に、四階立ての最上階を見上げた。
「お待ちください、ハナ殿下」
彼女の後ろから、声をかける人物がいる。
「あら、シャールカ。お久しぶりですわね」
嬉しそうにポンと一つ手を叩くハナ・リ・メノア。白い飾り気のないドレスを着たシャールカは、深く頭を下げる。
「お久しぶりでございます」
「お元気でしたか?」
「……はい」
そう言ってシャールカはチラリと背後を見る。開きっぱなしになった公館の扉からは、クリフ・オウンティネンが剣を肩に担いで歩いて追ってきている。
「まあ、色々とあるのでしょうけど、精々、上手く逃げることですわね。あと、頭をお上げなさいシャールカ」
銀髪の令嬢に近づいた皇女は、両手で無理矢理に立たせる。困った顔を浮かべるシャールカに彼女は微笑みかけた。
「ね、あなたは敵の首魁でしょう? 堂々としてなきゃ。ねえ、そこのお方?」
ハナが楽しげに声をかけると、クリフがにたりと笑い、
「そうだな。オレたちが担ぐ御旗さ」
と余裕ぶって答える。
「まあ、シャールカ。貴方ってば、いつもどこかで旗になってますわね」
「……申し訳ございません」
「ほら、またそうやって謝る。まあ、ヴィレームお兄様がどう考えようと、私の知ったことではないですしね」
その名前が出ると、シャールカは悲しげに目を伏せる。
「ヴィレーム様は、お元気でしょうか?」
「それはもう、元気にも程がありますわ。先日のブレスニーク公爵邸襲撃といい、元気が有り余っております」
「ありがとうございます」
「何か伝えることはありますか、シャールカ」
「いえ……ヴィレーム殿下に、女神のご加護を。生まれてより二十年、ずっとそれを祈っております」
シャールカの言葉を聞いて、ハナは珍しく訝しげに目を細めた。
だが、すぐに笑顔へと変わる。
「それではごきげんよう、シャールカ。それにアエリア聖国遊撃騎士団長クリフ・オウンティネン殿」
そうしてハナが馬車へと乗ると、護衛の人間たちがシャールカに一礼して扉を閉める。
最後に御者役の男が小さく頷いて、馬車が走り出した。
シャールカは頭を下げたまま、帝国一行を送る。
「うーん、やっぱオレの身元はとっくにバレてるか。やっぱ人質に取っちまうかな、あれ」
後頭部をガシガシとかきながら、クリフが迷ったように呟く。
馬車の向かった方向を見たままのシャールカが、冷たい声で、
「やめておいた方がよろしいかと」
と忠告した。
「皇女様なんだろ?」
「ヴィレーム殿下とハナ殿下は仲がよろしくありません。アネシュカ閣下が嫌われていたせいもありますが、ヴィレーム殿下は横からちょっかいを出されるのがお嫌いです」
「人質に取られても切り捨てられるって寸法か。ヴィート・シュタクも随分と性格が悪いんだな」
「いえ、殿下ご本人がわかってこの役に名乗り出たのでしょう」
「はぁ? 気が狂ってるのか? 一歩間違えれば切り捨てられる役だぞ」
「メナリーは色々な国の思惑が詰まっている都市。帝国の使者を一方的に切り捨てることは有り得ないと確信していたのでしょう」
「あの皇女様も帝国の皇族の一人ってわけか。おっかねえ」
「一番のお人好しは皇太子殿下でしょう。ですが、そのザハリアーシュ殿下は陛下を尊敬していらした。母親同士も仲が良かったヴィレーム殿下の邪魔をするわけがありません」
「結局、全面戦争ってわけか。ま、オレたちアエリア勢力は出ねえけどな」
「そうですか」
「どんだけ挑発されようが、メナリーは仮住まいだ。地の利をなくしてまで住民を守る意味はねえ」
肩を竦めるクリフを一瞥すると、シャールカは彼を置いて歩き出した。
「おい、どこに行くんだ。今から会議だ。アンタにゃ出て貰わねえと困る」
「よろしいのですか?」
「どういう意味だよ、お姫様」
困惑した様子のクリフに、シャールカが前方を指さして、そちらを見るように促す。
そこには、クリフの仲間である女エルフのライニが、血相を変えて走ってきていた。
「どうした、ライニ!」
「団長! す、スキッチが!」
「スキッチが? また酒に酔っ払ってギルド壊したか?」
普段は大人しいサイクロプスハーフという希少種属の人間であるスキッチだが、酒を飲むとほんの少しだけ力の加減が効かなくなる。酒場のカウンターをうっかり破壊したり、酌をしてくれた他の冒険者の肩を叩いて骨折させたりしたことがある。
そんな懸念を浮かべ眉間に皺を寄せるクリフに対し、女エルフはその両肩に縋るように掴まった。
「す、スキッチが、殺された!」
クリフが訪れたのは、メナリーの冒険者ギルドに程近い、安酒場が集まる裏通りの一角だ。
昼であろうと建物に遮られた影の中で、壁に寄りかかって息絶えているのが、大柄なサイクロプスハーフのスキッチだった。
のど笛を掻き切られ、大量の出血により死んだようだった。すでに血は乾いており、赤黒い染みとなって地面を汚している。犯行に使ったと思われる刃も、そのまま残されている。明らかな他殺だった。
他の仲間たちもすでに集まっており、信じられないという顔を浮かべていた。
「マジかよ、スキッチが……」
クリフが怒りを抑えきれず、歯軋りを鳴らす。
魔法士のリチャードがゆっくりと近づき、スキッチの口を見た。そこには手紙が咥えさせられていることに気づいたのだ。
「……何て書いてある?」
リーダーであるクリフ・オウンティネンが震える声で尋ねると、魔法士はその手紙を広げてクリフに渡した。
「ふっ! ざけやがって!!」
手紙を破きそうになるのを堪え、クリフが空に向けて叫んだ。
書いていた中身は一つ。
――臆病者は静かに死ぬ。そうでなければ戦場で死ね。
「やっぱ、帝国の仕業かな」
魔法士のリチャードが眉をひそめながら呟く。
「あったり前だろ! こんな陰険な手口、帝国しかいねえ! オレたちが出てこないかもしれねえとわかって、やってきたんだ」
「だけどクリフ、この挑発に乗るのかい?」
「乗らねえよ! オレたちにゃ大事なものがかかってんだ。スキッチには悪いが、他の国に任せて、美味いところだけをかっさらう。遊びじゃねえんだ、今回は!」
遊撃騎士団長が魔法士に怒りを込めて叫ぶ。
思いの外冷静な判断であり、仲間たちはホッと安堵した。
だが、次の瞬間だった。
同じように死体を囲んでいた仲間たちの中から、苦しそうな呻きが聞こえてくる。
「ぐ、うぐぁ……」
先ほどクリフに知らせにきた女エルフが、血を吐きながら前のめりに倒れた。
「ライニ! くそ、ニコラ! 治癒を! 毒だ!」
「わ、わかったよ!」
ニコラと呼ばれた中年の女神官が女エルフに駆け寄る。リチャードが支える彼女の胸元に手を当てて詠唱を始めた。
「マァヤ・マークの導きにより、癒やしと解放を!」
魔法により苦しんでいた顔がすっと穏やかなものになる。意識こそ失っているようだが、今は規則正しい呼吸に戻っていた。それを見て、全員がホッとした顔を浮かべる。
そんな中、クリフが拳を強く握る。
「いつだ、いつ、飲まされた……」
先ほどまで元気だった女エルフが、いつのまにか毒に飲まされており、苦しみ始めた。
遅効性の毒だとしたら、いつ誰が狙ったのか、わかることはないだろう。
「くそっ、これが帝国のやり口か。クソどもが!」
甘く見ていた。
クリフは唇を強く噛んだ。
「……これからは常に二人以上で動く。一人がやられたら、意地でも逃げて情報を伝えてくれ」
団長の命令に、全員が困惑した様子で頷いた。
まさか、宣戦布告を仕掛けてきた裏で、自分たちの暗殺を狙うとは想像していなかった。
仲間も特級冒険者であることに、安心しすぎたのかもしれない。
クリフ・オウンティネンはそう思っていた。
今さら皇女を捕まえに行こうとも、逃げおおせた後だろう。それに証拠は何一つない。冒険者同士の争いの結果だと言われれば、クリフも返す言葉はない。
「クソが!!!」
敵に回した国のやり口に、怒りをぶつける先も見当たらず、彼はただ空に向けて怒りの咆吼を上げるしかできなかった。
「今頃、帝国の暗殺者の影でも、血眼で探してるのかもしれんなぁ」
ヴィート・シュタクがヤレヤレと肩を竦めて笑う。
彼が立っているのは、飛行中のルドグヴィンストの艦橋である。
横の船長席に座るダリボルは、大佐の言葉を聞き額に手を当て大笑いしていた。
「いやぁ、大佐は相変わらずお人が悪い」
「所詮は冒険者だということだろう」
「まさか、相手の信頼できる仲間を買収するとは」
「血眼になって犯人捜しをしてくれていたら、面白いんだがな」
「いや、冒険者というのは仲間だけは無条件で信用するもんです。それが長年連れ添った人間なら、尚更でしょう。いつも酒場で肩を組んで大声で歌っているのは、大体冒険者ですからな」
「まあ、どちらにしても、出て来てくれないと困るんだよな。まあ、出てこなくても構わんがな」
仮面の男は、チラリと艦橋の横の窓を見る。そこには併走するように飛ぶもう一隻の飛行船がいた。
「そろそろ見えてきましたな」
ダリボルの声に引き戻され、彼は前方を見る。その眼下には、帝国の旗がいくつも揺れていた。
「あれが我が軍の陣地か。頼もしいことだ」
ハナの出発より早く、すでに右軍は展開を開始していた。
野営地はすでに完成しており、準備に抜かりはない。
「では、着陸準備に入ります。大佐、お席に」
「わかった」
船長の言葉に従い、ヴィート・シュタクは船長席の横の椅子に座る。
アイマスクをつけた黒髪の男は、何かを思いながら、口元を憎々しげに揺らしたのだった。
「ヴィル……」
部屋の外で慌ただしく動く気配を聞きながら、シャールカ・ブレスニークは男の名を呟いた。
彼女はベッドに寝転んで天井を見上げている。窓もない部屋の灯りは、机の上にある油のランプだけだ。
あの婚約破棄の後、彼女は役割を果たした。すなわち、ブレスニークという家をまとめ上げるための旗として。
ノックがなり、彼女は体を起こしてベッドに腰掛けた。
「どうぞ」
「失礼するよ、オヒメサン」
彼女の世話係をしている中年の女神官ニコラだった。その後ろにはまだ年若い魔法士のリチャードが立っている。
「どうかされましたか?」
「こっちのリチャードが、アンタに聞きたいことがあるってさ」
やや緊張した面持ちで、紺色の地味なローブを来た男が入ってくる。年頃は二十歳を過ぎた辺りだろうか。
「疲れているところすまない。少し、あの女性について話を聞かせて貰えないだろうか」
「何のためにでしょうか?」
リチャードは粗末な木の椅子を引っ張り、シャールカの前に座る。
少し頼りなさげな男だが、クリフたちが言うには自国の魔法士の学校を主席で卒業した秀才なのだそうだ。
「知的好奇心……と言いたいところだけど、僕にも関係あることだ。ホントは放っておくつもりだったんだけど、どうも気になる。じゃあ、まず僕のことから話そうか……」
「お話しされるだけでしたら、お好きにどうぞ」
突き放すような言葉に、リチャードは少したじろいだ後、小さく咳払いをする。
「僕の姉さんは昔、とある邪教を信じる神官に捕まっていてね。何かの儀式の生け贄にされたそうだ。それから精神を病んでしまってね。あの人と似たような感じとは言わないが、いつもボーッとして空を眺めるようになってしまった」
「そうですか」
「あ、うん、その……ごめん。利用している側なのに……興味ないよね……。でもちょっと話させてください。その、まず一つ、彼女は『聖母』の称号持ちだと、オトマル・アーデルハイトに聞いた。間違いないかな?」
シャールカの冷たい態度を扱い方をわかりかね、リチャードという男は恐る恐る尋ねる。
しかし返答はなく、彼女はじっとリチャードを見つめ返すだけだ。
「ご、ごめん。返答はなくて良い。僕が把握してることを話す。彼女は聖母という称号持ちだと聞いている。それが本当だとして、超高密度の魔素を受けたか、もしくは強力すぎる魔法を使って、ああなってしまったのだと思っている。違うかな?」
「答える必要はありません」
「う、うん、ごめんね。まあ思うに魔素過敏症の人で以前、ああいう症状になった人を見たことあって」
そこでシャールカがわずかに目を見開く。反応があったことに驚きながらも、リチャードは口を開き続ける。
「聖母という称号は謎だけど、聖なる母だという意味ぐらいはわかる。そして勇者の母であるらしい。ならばひょっとしてあの人は……」
「やめてください。それ以上は聞きたくありません。出て行ってください」
リチャードが語ろうとした結論を、ピシャリと遮る。
困惑した彼は、背後に控えていたニコラの方に助けを求めたが、首を横に振られた。
ゆえに諦めることにして、立ち上がる。
「ごめんね。もう聞くチャンスはないかと思ったらつい。じゃあ、これで」
そそくさと立ち上がり、小走りで部屋から出て行った。
呆れた様子でため息を吐いたニコラは、ゆっくりと扉を閉める。最後にチラリとシャールカの顔を覗き見たが、彼女の表情は抜け落ちたように何も感じられなかった。
完全に閉まった後、すぐ近くで胸をなで下ろすリチャードの足を軽く蹴飛ばす。
「ったく、今から忙しくなろうかというときに」
「ごめん。最初は調べるつもりはなかったんだけど、つい。それにもう聞く暇はないかと思ったら」
「アンタは姉ちゃん姉ちゃんばかりで、普通の女性の扱いを知らなすぎるんだよ。一気に問い詰めたら、相手も嫌がるに決まってんだろ」
「そうだね……いや、本当にすまない」
「で、何だったんだい? あのマーリアさんとやらの秘密」
「興味あるんじゃないか、ニコラも」
「あそこで止められたから、気になるんだよ。当たり前じゃないか。それで?」
「ああ、うん。聖母という称号の機能、あの症状。シャールカさんがひた隠しにしていた理由も、これで辻褄が合う。その秘密もおそらく彼女しか知らないんじゃないかな。ブレスニーク公爵家もほとんど知らなかったはず」
「勿体ぶるね。結論はなんだい?」
「おそらく計り知れない価値がある女性だ。つまり聖母とは……」
そこで言葉を遮り言おうか言うまいか迷ったが、リチャードは結局、考察結果を口にしてしまう。
「生まれた子供が必ず称号持ちになる。そんな称号なんじゃないかな、と思ったのさ」
申し訳ありません。所用により次回更新が一週間空いて、26日月曜日からになります。
その分クオリティ上げて行くつもりで頑張ります。




