22、第四章エピローグ『悪魔』
メノア帝国は真竜国を制圧しレナーテを打倒したが、二人の偉大な人物を失った。帝国史の一〇三九年には、そう記されている。
ザハリアーシュ皇太子は喪に服し、未だ戴冠はしていない。国中が悲しみに包まれていた。
そんな中、ブレスニーク家が独立に向けて動きを始める。
ザハリアーシュ皇太子は公爵領との境界を守るだけで、積極的には動かなかった。皇帝のために喪に服しているせいでもある。
東方を失った帝国だが、皇帝により用意された貴族に頼らない官僚システムが、粛々と国家運営をこなしていた。
そうしていつのまにか、一年が経過した。
黒髪の男が、帝都にある右軍の基地内の通路を歩く。アイマスクに軍服という目立つ格好をしていた。
だが、この基地でその存在は当たり前なのか、すれ違う人間が驚く様子はない。ただ敬礼をするだけだ。
隣には、長く赤い髪の女性が付き従っていた。そちらは凜とした美しい顔つきの、生真面目そうな人間だった。
「リリアナ・アーデルハイトは、ブレスニーク公爵領にいると」
「はい。諜報部からの報告では、未だ勇者を僭称している様子」
「そうか。まあ、ブレスニークが利用しているんだろうな。そして他大陸から来た冒険者の奴らもか」
「当主クサヴェルが本日、聖騎士王家の戴冠式を行い、正式に独立を宣言するそうです」
「予定通りか。それで? 誰が王になる?」
「シャールカ・ブレスニークの夫となるエリクに王冠を授ける予定とのこと」
「わかった」
淡々と会話をする二人が、格納庫へ続く扉を開く。
「シュタク大佐、お疲れ様です」
帝国右軍の制服を着た背の高い女性が、黒髪にマスクの男へ敬礼をする。耳にかかる長さで髪を切った、中性的な顔付の人間だった。
「エーステレン、調子はどうだ?」
「聖黒竜用EAは順調です」
「新飛行船からの発進は?」
「そちらも問題なく訓練を終えました。私のレクターも問題ありません」
「わかった」
報告を聞きながら、黒髪の男が一つの鎧を見上げる。バルヴレヴォではない新型のEAであった。
「一応、ボウレⅡが元か。装甲は隕鉄。形は鋭すぎるが」
男が呟くと、側で作業していたギョロ目のエルフが顔を上げる。
「ちょっとまだ、良い名前が決まらないんですけどねぇ」
「性能は最終的にどうなった?」
「バルヴレヴォの1・5倍ほどでしょうねぇ。力はもちろん、どちからというと速さが段違いでしょう。装備は長剣のままですが、爪でも充分、EAを破壊できます」
「結構だ。それで悪魔の石の定着は?」
「完璧です。装甲の内側に固着しましたよぉ、シュタク大佐」
「アイツは?」
「オラーフは今、お出かけ中ですよぉ。飛行船の準備中です」
「そっちじゃない」
「ああ。来ましたよ」
エルフの男が指さした方向に、青い髪に青いローブを羽織った女性が歩いてきていた。
「洗脳に問題はないようだな」
「ですねぇ。今のところ」
両目を隠すように、黒い包帯を無造作に巻いているという、大佐にも負けない異様な装いだった。
青く長い髪は腰までの長さであり、その乱れた様はどこか妖艶さを感じさせる。
彼女は両目を隠しているのにもかかわらず、真っ直ぐ大佐の前に跪いた。
「来たか、ラウティオラ」
「はい。シュタク様の御前に」
「それはやめろ」
「申し訳ありません。つい」
ラウティオラと呼ばれた女性が、微笑みながら立ち上がる。それを見てつまらなそうに舌打ちした大佐は、
「準備は?」
と短く問い掛ける。
「新開発の隠蔽魔法は完璧です」
「わかった」
報告を聞きながら、男は再び黒いEAを見上げる。
二ユルほどの高さで、装甲も他の機体に比べて細身であった。ただ爪は鋭く尖っており、兜部分はまるで笑っているかのような形状だった。
「それで大佐ぁ?」
「なんだヴラシチミル」
「こいつの名前は? リダリア語で良いですかぁ? 意味は嵐のままですけど」
「構わん。だが、オレも一つ付けたい名前がある」
「かしこまりですよぉ。合わせましょうかぁ」
「では、そろそろ出発準備を頼む」
大佐と呼ばれた男が踵を返し、歩き去っていく。
三人の女性が頭を下げて、恭しげにそれを見送った。
「では、戴冠式を執り行う。エリク・ブレスニーク、こちらに」
旧ブレスニーク公爵邸の一番大きな部屋で、それは盛大に執り行われていた。
金髪の美男子が、真っ赤な絨毯の道を歩く。その向かう先には、髭を生やした中年の男が、真新しい王冠を両手で抱えて待っていた。
エリクが男の前で跪く。中年の男がその頭に王冠を乗せた。
招待客から盛大な拍手が起きる。
新たにブレスニーク王となったエリクが立ち上がって、振り返った。
そこに勢揃いしているのは、アエリア大陸の国家からの使者や特級冒険者たちも混ざっていた。
「みな、ここまで支えてくれたことに、深い礼を言う。帝国は戦力を落とし、この一年はこの聖騎士王家に手を出すことすら叶わない。偏に諸外国の協力と特級冒険者たちの協力のおかげだ。これからは、ブレスニーク聖騎士王家の良き王となれるよう、励んでいくつもりだ」
笑顔を振りまきながら、威厳を感じさせる雰囲気を醸し出す。
その後ろから近づいてきた元公爵家当主のクサヴェルと握手を交わした。
部屋のどこにも、シャールカとリリアナの姿は見当たらない。称号持ちであるソニャ・シンドレルも姿を見せていなかった。
――今はそれで良い。いずれ、名目に事実が追いつく。
「ありがとう。では、これからもよろしく頼む」
皇太子を廃されたエリク・ヌラ・メノアは、ようやく自分の王家を持つに至った。
恐ろしい皇帝は死に、帝国はザハリアーシュが皇太子となった。国力はともかく元首の能力で負けることはない。国力の差もブレスニークには他国の支援がある。
これから我が世の春が訪れる。
エリクはこれからの未来に、思いを馳せるのだった。
「我が世の春、なんて思っているんだろうな」
黒いEAの前で、ヴィート・シュタクが嘲笑う。
彼らがいるのは、聖騎士王家のパーティ会場の遥か上空だった。ルドグヴィンスト改の格納庫で、黒いEAの前に立っていた。
「ふざけた輩です。シュタク様に敵対するなど」
目を黒い包帯で隠したラウティオラが憎々しげに言い放つ。
「今更だ。だが、これからはお前も存分に働いてもらうぞ」
「今の私の全てはシュタク様の物。貴方様がどう扱おうと、決して離れることはありません」
「……ああ、そうかい。ミレナ、留守を頼むな」
呆れるようにため息を吐いた後、信頼出来る副隊長に声をかけた。
「はっ、お任せ下さい。こいつらの好きにはさせません」
そういって、赤髪の副隊長が二十代半ばの女性二人を睨む。
「少し待てミレナ殿。セラはいいが、私まで一緒にされるのは心外だ」
「貴方も似たようなものでしょう、エリシュカ・ファン・エーステレン」
「まあ、そうかもしれんが、私もシュタク大佐と目指す目的は一緒だ。それに、いつ処分されても構わないとも思っている」
「では大佐、処分しますので今、お申し付けください」
ミレナが至って真面目な表情で、ヴィート・シュタクに頭を下げる。
「それは困る。こいつの聖黒竜には、オレを迎えにきてもらわないといけないんだからな」
笑いながら、彼は黒いEAに足をかけた。
そこに、白衣のハーフエルフの女が格納庫に足を踏み入れる。
「あら、もう乗るの、ヴィル」
「シュタク大佐だ、オラーフ。それにすでに降下地点に到着済みだぞ」
「ところで、こいつの名前は決まったの?」
オラーフと呼ばれた人間が、その黒いEAを軽く叩く。
「とっくに決まっている。オレの幼馴染みたちから貰った」
「へえ? どんな?」
EAの搭乗部が閉じて、細身のシルエットをした黒いEAの目が光る。
「Dosan、Igor、Alenka、Bronislav、Libena、Otylie。その頭文字を取って、『Diablo』、ディアブロと」
「へえ。じゃあ、ヴラシチミルがつけた名前と合わせるわけね」
「そうだ。格納庫開け」
飛行船後部の格納庫の扉が開き、新たなEAが足を踏み出す。
「ヴィート・シュタク。『テンペストⅡ・ディアブロ』、出るぞ」
そして、悪魔が舞い降りる。
轟音が鳴り響き、聖騎士王家のパーティ会場の屋根がぶち抜かれた。
「な、なんだ!? 何が起きた!!」
エリクが驚愕しながら叫んだ。
「護衛のシーカーたちを呼べ! 何か落ちてきたぞ!」
クサヴェルも周囲に向けて、矢継ぎ早に指示を出す。
土埃と瓦礫の中から、一体の黒い鎧が立ち上がる。
「なっ? EAか! 上空も警戒していたはずなのに!」
エリクがたじろぎながら、一歩下がる。
新たな黒いEAが、ゆっくりとした動作で周囲を見渡す。
そしてエリクとクサヴェルを見つけ、そちらに向けて歩き出した。
「な、何者だ!?」
「そいつはご挨拶だな、クサヴェル、それにエリク」
「ま、まさか、ヴィル、ヴィレームなのか!」
「正解だ。真竜国ではふざけた策略を弄してくれたものだな」
楽しそうな声で黒いEAが聖騎士王家の頂点に笑いかける。
「EA、早くそいつを止めろ!」
クサヴェルが出した指示に従い、扉から現れた二機のEAがディアブロに襲いかかる。
「遅すぎだ」
爪を揃えて心臓を貫き、回し蹴りで首を刈り取る。
「あ、悪魔だ……」
腰を抜かした招待客の一人が、うわごとのように呟いた。
「さて、エリク」
「ひっ、助けてくれ、ま、まだ、私には」
「お前にはうんざりだ」
一足飛びで近づいたEA『ディアブロ』が、金髪の貴公子の首を胴体から引っこ抜いた。
女性達の悲鳴が響き渡る。
頭をなくした体が後ろに倒れると同時に、黒いEAはエリクの頭を握り潰した。
隣にいたクサヴェルは後ろに下がろうとするが、足がもつれ尻餅をつく。
「こ、こんなバカな……念願の聖騎士王家がこんなところで……」
「儚い夢だったな。安心しろ、招待客も全員、殺しておいてやる」
「ああ……バカな……」
「誰を敵に回したかを理解したか? 己の馬鹿さ加減を恨みながら、死ね」
その悪魔が虫を払うかのように、腕を振った。
ブレスニーク公爵家最後の当主の首は、壁に当たって砕け散った。
二人を始末した黒いEAがゆっくりと振り返る。
そこにいた招待客たちが、息を飲んだ。
「全員、死んどけ」
その言葉とともに、聖騎士王家の戴冠パーティは、血の粛清へと様変わりした。
こうして新たな時代が訪れる。
白銀のEAをまとった『鎧の魔王』リリアナ・アーデルハイト。
漆黒のEAをまとった『悪魔』ヴィート・シュタク。
この二つの独立した旋律を中心に、世界は再び変貌の幻想曲を奏でていくのだった。
四章で前半戦は終了です。
四章最終エピソードの詳しい事情は、第五章で明らかにされていきます。




