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8、婚約者シャールカ・ブレスニーク





 銀髪のカツラを付けて、アイマスクをかける。

 これでいつものヴィート・シュタク少佐に早変わりだ。魔道具であるマスクの効果で、他人には声だって違って聞こえてるはずである。


「シャールカ・ブレスニーク、これからオレは軍務だぞ、どこまで付いてくる?」


 ドレス姿で横を歩く銀髪の令嬢、その顔も見ずに文句を言う。

 今は帝城から右軍の本拠地である基地へと戻ってきたところだった。右軍はEAの開発も担っているので、帝城すぐ近くに本拠地を持っている。


「いえ、私もシュタク少佐の行くEA開発局に用事があります」


 相も変わらず抑揚のない声色で、平然と答えるシャールカ。

 最近は、この女が少し苦手だ。

 いつからか忘れたが、感情の起伏が薄くなった気がする。

 そのくせ何かとオレの近くに来て、会話をすれば長続きがしない。

 唯一、彼女が多弁になる話題と言えば、


「大のEA好きは変わらんか」


 という彼女の趣味と仕事を兼ねた話題であった。


「これでも一応、開発局特別顧問という肩書きがありますので」


 こやつは我らがメノア帝国右軍EA開発局内に、歴とした職務を持っているのだ。

 こいつの家であるブレスニーク家は東方の大貴族である。

 ゆえに様々な鉱物に魔物を使った素材など、EAにとって重要な部分を握っているようだ。

 しかし軍人というわけではなく、あくまで民間の協力者という建前にはなっている。EAを貴族に渡さない、という法律があるからだ。

 ああ、父さんが言ってた痛い目を合わせたというのは、このシャールカをブレスニーク公爵から奪ってオレに宛がったことか。元々、皇太子妃になってもおかしくない女だしな。


「少佐、専用機バルヴレヴォの調子はいかがでしょうか」


 唐突に、オレの愛用する鎧について問い掛けてくる。

 あの黒い鎧は飛行船に乗せっぱなしだ。

 勝手に他の人間が触ることを、主任研究者夫妻が許さないからだ。乗せてある限りは船長のダリボルが守るからな。


「悪くない。魔法の発動も速いし、思った通りに動ける。ああ、そういえば隕鉄の収集、ご苦労だった。おかげで剣聖もやれた」

「勿体ないお言葉にございます」


 抑揚のない返しに、こちらも小さく頷くだけで終わらせる。

 すでに目の前には、一つの扉がある。頑丈さだけを追求した右軍EA開発局内のEA倉庫に続くものだ。

 中は高さ十ユル、奥行きは百ユルほどあろうか。

 両側の壁には、整備用固定台に座らされたEAたちが並んでいた。

 もちろん大半は、帝国軍正式採用の汎用機『ボウレ』系統ばかりだ。

 こいつは今までの板金鎧を少し大きくしたような外見だが、クセがなく使いやすいし、人間の魔力をよく反映するので兵隊たちからは好評だ。

 そんなボウレたちに紛れ、一角だけ大勢の人数が集まっている場所がある。


「あれですね」


 今までずっと半歩後ろをついてきていたシャールカが、オレを追い越して近づいていく。

 そこには強奪したEAが並べてあった。白を基調とし、赤・青・緑の線が入ったシャープなスタイルの鎧たちだ。

 ……こいつ、これが見たいがためにオレと同行したな……。

 シャールカとオレが近づくと、こちらに気づいた軍籍の研究者たちが敬礼をする。

 軽く手を挙げて、それを制すると、中から痩せぎすの中年男性と恰幅の良い中年女性が興奮した様子でこちらに近づいてきた。


「シュタク少佐あぁ! これ、良いですねえええ!」


 眼鏡をかけた中年がオレの腕を掴み、EAの前まで連れていく。


「おいおい、ヴラシチミル、興奮のしすぎだ」

「いやいやいやいや、これまでEAは自分たちの作ったものしか知りませんでしたからねえええええ! これはこれは勉強になる! ああ、こーんな考え方でEAを作るなんてえええええ!」


 細い体躯がいちいち大げさな動作で色々説明してくれるので、愉快なゾンビを見ているようだ。

 ただ、耳が普通の人間より長い。エルフというヤツである。

 なお初めてヴラシチミル・ペトルーを見た人間はこう言う。『エルフというものに抱いていた幻想を打ち壊された』と。

 一般的にはエルフは森に住み、美しい容姿を持ち、精霊と語らう幻想のような種族と言われている。

 見かけるとしても冒険者をしてるような、変わり者が希にいるというぐらいだ。

 しかし、このヴラシチミル・ペトルーは、眼鏡の下には気持ち悪いぎょろ目があり、やせこけた耳の長い中年のおっさんにしか見えないのだ。

 その彼だが、今日はよっぽど興奮してるのか、メッチャクチャ唾が飛んでくるんだ……まあ第一人者が喜んでいてくれるようで、何よりだ……。


「でもでも少佐、これはイマイチですねえ」


 急に冷静な顔つきで、不満げに言う。その落差にいつも振り回される。


「結局、お前の評価はどっちだ」

「ボクの可愛いバルヴレヴォに何か使えるかと思ったんですけどねえ。何かすごいけどすごくないんですよねえ、素材に頼りすぎっていうかぁ」

「なかなかの性能だとは思ったが」

「妙な召喚魔法陣を内部に大きく配置してたり! 動かすのに大きな魔力を必要とする方式だったり! 材質の良さを削るところばっかりなんですよねえ!」


 捲し立てる内容はわからないでもないが、ヴラシチミルの勢いに、


「お、おう」


 としか返せない。


「アンタ、いい加減にしな!」


 オレが圧倒されていると、スパーンと小気味よい音が聞こえる。

 ヴラシチミルが隣の中年女性にケツを叩かれたのだ。

 欲を言えば、もうちょっと早く止めて欲しかった。


「イタタタ、ベルナルダ、せっかく調べた内容が脳から消えていくところだったよぉお」

「まだ大してわかってないんだから、飛ばしても構うもんかい!」


 彼女はヴラシチミルの妻ベルナルダ。ドワーフの女性だ。

 オレの胸元までしかない身長に、酒樽のような太さの胴体と短い手足。彼女もまた白衣を着ている。

 オッサンエルフの嫁がドワーフであると知ったときは、オレは驚愕した。

 ドワーフはエルフと違って人間の町にも多く住んでいるし、もちろん帝国にも沢山いる。一般的には力が強く手先も器用、体力もあり、鉱石に目がないという悪癖がある。

 仕事上の付き合いをする両者は多いが、結婚までとなると種族差が大きすぎて、この夫妻しか見たことがない。

 まあ、ベルナルダ・ペトルーは威勢の良い酒場のおかみさんという感じだ。気っ風の良さにヴラシミルが惹かれたのかもしれん。ただ、ドワーフは他種族との間に子供は作れない。

 彼女は人の良さそうな笑みを浮かべ、


「少佐、今回はお疲れ様でしたねえ」


 とオレを労ってくれた。


「どうだベルナルダ。何かわかったか?」

「ええ、ええ、まあわかりましたよ、少しだけ。書き加えられた付与魔法陣は、こちらのEAと同系統ですねえ。ただ世代が古いかなと。まあ種類がそこまであるわけじゃないから、そうでしょうけどねえ……ただ内容に少しクセがあります」


 ベルナルダが、EAをじっと見つめているシャールカをチラリと見る。


「ああ、構わん」


 特別顧問とはいえ、シャールカが得られる情報というのはやはり民間人ならではの範囲内である。


「さっきウチの旦那が言ってた召喚魔法陣ですが」

「なんか召喚できるのか?」

「できませんねえ、このままじゃ。召喚って難しいんですよ」

「そうなのか。あまり聞かないとは思ったが」

「まず膨大な魔力を必要としますし、それだって触媒となるものを用意しなきゃならんのです。呼び出せるのも、触媒と似た何かに限られます」

「ふむ、武器を呼び出すのに武器がいるということか?」

「そうなりますねえ。例えるなら、ナイフを触媒に大剣を呼び出すには、ボウレが二十台は動くぐらいの魔力がいりますから」

「意味ないな」


 思わず乾いた笑いが出てしまう。ベルナルダも同様に呆れたように笑っていた。


「そういうことですねえ。私と旦那も昔、考えてみたんですが、付与魔法に比べて効率が悪すぎて、そんなものに内部面積を裂くわけにもいかないのですわ」

「なるほどね。役に立たない魔法刻印か。何のためにそんなもの付けたか……」

「さっき、旦那が三流と言いましたが、制作者はあまり上手くないと思いますわ。思いつきで付けたのかもしれません」


 気にならんでもないが、気にしても仕方ないということだろうな。

 何だかんだでエルフとドワーフのペトルー夫妻は、付与魔法の再起動化という手段を生み出した天才だ。

 その二人がそこまで言うなら、オレが気にしても仕方ない。


「他には?」

「こいつらの名前ですかねえ」

「名前?」

「ええ。おそらく名前だろうという単語が、襟の裏側に書いてありましたわ。いずれも共通して、一つの言葉が使われておりますわ」

「ちなみに何という名前なんだ?」


 ベルナルダが強奪した三機を見つめ、ため息を吐く。


「レクター、だそうです」

「どういう意味だ?」

「判決を下す者、という古い真竜語だそうですわ」


 そこに旦那のヴラシチミルが復活し、


「ベルナルダ、やっぱりEAはリダリア語に統一するべきだと思うんだよ!」

「知ったことかい! あんたがそう主張するから、ほとんどそうなってるんだろ!」

「ボウレはならなかったのにぃ!」


 とエルフとドワーフが仲良く夫婦喧嘩し始める。

 その様子に苦笑いしたあと、オレは強奪した三機を改めて見つめた。


「レクターねえ」


 どういう意味でつけたのかもわからんが、罪の在り処など確定しているだろうに。


「判決を下す者、五機あるうち三機がこっちにあるなら、多数決でこっちの勝ちだな」


 思いついた冗談を言ってみた。

 肩を竦めて口元で笑みを浮かべると、周りにいた軍人や研究者たちが笑い始める。

 気楽な雰囲気の中、オレの婚約者シャールカだけは、じっとレクターを見つめ続けていた。

 そこに表情の変化は見られなかった。








「つまりEAとは、魔力を抜いた付与魔法を『新触媒』で刻印した鎧である」

「何いきなり、本を読み上げてるわけ?」


 一流の職人によって意匠を彫られた馬車の中、オレは目の前の婚約者の朗読を聞かされていた。

 向かっているのは、オレが幼い頃に住んでいたヴレヴォの町だ。

 三カ国同盟によって占領され、見るも無惨な廃墟と化していたが、今は復興し帝都に近い第二の拠点として発展し始めている。


「いえ、ご存じかとは思いましたが」

「オレを誰だと思ってるんだ? ヴィート・シュタクだぞ」


 足を組み窓際の腕置きに肘を突いて、大きなため息を漏らした。

 しかし、シャールカが本を閉じて、少しだけムッとした顔を作る。


「ヴィレーム・ヌラ・メノア殿下です」

「いや、そりゃそうだけどさ」


 アイマスクの中から、横目でシャールカ・ブレスニークを見た。

 無表情で言い切られても、何が何だかわからんよオレは。

 何て言うか、顔立ちは綺麗だよ、こいつ。

 正しく絶世の美女と呼んでも良いし、スタイルだって悪くないし、長い銀髪だって輝いてて美しいと思うよ。大貴族の令嬢として育てられただけあって、姿勢も所作も綺麗なもんだ。

 でも何て言うか、人形を見てるみたいに感じる。幼い頃はそんな感じじゃなかったんだがな……。


「で、何が言いたいんだ、特別顧問?」


 シャールカ・ブレスニーク。

 こいつは帝国東方の一帯を治めるブレスニーク公爵家のご令孫だ。加えて美しい外見に洗練された作法。それだけでなく魔法や剣も一通り扱えるらしく、正しくこの帝国を代表する貴族令嬢の一人である。

 帝国東方の至宝、と呼ばれることもあるそうだ。

 だが実態は、無表情で無愛想な変な娘である。

 独断専行の気が強いオレに、皇帝陛下が貴族どもから首輪をつけろと言われた。そんで、じゃあお前らが豪華なのを用意しろよと言ったんだな。

 カンだが多分合ってる。



「シュタク少佐の強さの理由は、その付与魔法に魔力を入れるタイミングを取る才能だと思われます。本来なら魔物との戦闘すら厳しい程度。四等級冒険者ぐらいの力かと」

「EAと生身で戦える奴らと一緒にしてくれるなよ」

「私は思うのです、EAとは本来、シュタク少佐のために作られたのではないかと」


 確かにEAに乗ったときの戦闘力は、オレ自身でも帝国トップだと自負している。

 だが、研究が開始されたのはまだ北西三カ国が攻めてくる前だ。オレのために用意されたわけではあるまい。


「たまたまだろう。穿ちすぎだ。EAの初期開発に、皇帝陛下も右軍大将閣下も関わっていない」


 オレがそう否定すると、シャールカは少し考え込んでから、再び口を開く。


「確かに奇をてらった見方かもしれません。しかしもし、真竜国が本当に称号持ち専用のEAというものを完成させたなら」

「うん?」

「……ヴィレーム殿下も危ないと、思います」


 シャールカがどこか怖がるような表情で、自分の足下を見つめていた。


「オレを案じているのか、意外だな」

「婚約者の身を案じては、駄目でしょうか? 今はヴィレーム・ヌラ・メノア殿下の婚約者です」

「……別にやめても良いんだぞ。嫌ならお前から断りを入れても良い」


 大貴族の子女であるし、好きに結婚できるとはオレも思わんがね。

 しかし、オレは特に権力志向があるわけでもないし、庶子でもあるわけだから、大貴族の子女を嫁にしなきゃならんとかない。

 母さんからも、好きにしろとしか言われてなかったはずだ。

 目線をシャールカに戻せば、こちらをじっと見つめている。

 それはどこか、オレを責めるような眼差しに感じられた。


「それはできません。申し訳ありません」

「お役目か。大変だな、昔から」

「ヴィレーム殿下は……いえ、ヴィル様は……」

「何だ?」

「……いえ」

「気になるだろ。言えよルカ」


 足を組み替え、今度は顔をシャールカに向ける。


「その呼び名を覚えていらっしゃったのですね……」


 わずかに、よく見なければ気づかないほどに頬を緩ませていた。嬉しそうにだ。


「最初に会ったときは、その名前だっただろうが。お忍びで来てたんだし」

「あの町……ヴレヴォでお会いしたときのことですね」

「そうだな。奴らに焼かれた町だ。だいぶ復興したが、もう当時の面影はない」


 オレが住んでいた町は、停戦交渉中に急襲してきた三カ国連合により、奪われ焼かれ犯され殺された。住んでいた帝国の民も貴族も、ほとんどが命を失った。

 取り戻したときは、ただの瓦礫が積み重なっただけの土地になっていた。


「暖かい町でした」

「そうだな」


 シャールカが膝の上で重ねた自分の手へと視線を落とす。


「殿下は……あの町の仇を討つために、プラハシュア王国とヴラトニア教国の城を、一人で落とされたのですか」


 何かを恐れているような声の震え。


「何を今更。あの町と幼馴染みを焼かれた、オレの恨みを晴らすためだ」

「……幼き罪なき子供まで殺して、ですか」


 所詮は夢見る貴族令嬢か。それとも何か違う思惑があるのか。


「平等だろう? 奴らが平和を願って戦争を起こしたのかもしれんし、富を願ってやったのかもしれん。だが殺せば関係ない」


 自分の露出した口の両端が、自然と吊り上がるのを感じる。

 これを表情で分類するなら、笑みだろう。


「戦争を止めたいと思った王侯貴族もその子女も含めて、全て生まれたことが罪であると」

「生まれることは祝福だ。育つことは加護だと思う。庶子とはいえ帝国の皇子として生まれたオレには、無辜の民を守ろうと思う意思だってあるよ。お前は違うのかブレスニーク」

「もちろん、思います」

「だが、奴らには適用されない。何故なら、オレが救われない」

「……救われない、とはどういうことでしょうか」

「オレは自分が幸せになることが復讐であると思っている」

「でしたら」

「だからオレは幸せになるよ。奴らを全員踏みつぶし、聖龍レナーテまでぶち殺し、その後、美しい妻でも貰って子供を儲け、裕福でなくとも楽しく暮らして、惨たらしい目に遭ったアイツらを思い出すことなく、馴染みの店のテーブルで二級の紅茶を飲みながら老いて、そしてベッドの上で死ぬ。これがオレの義務だ」


 リリアナを除く六人の幼馴染みが、オレを生かそうとしたんだ。

 ゆえに残ったオレは幸せにならなければならない。


「だからな、シャールカ。あいつらが欠片でも生きてたら、オレが幸せにならないだろう?」














冗長だった部分を削除しました。

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