15、おぞましきは
真竜国首都は隕石によって穴と瓦礫だらけになっていた。
「……とうとう、真竜諸島共和国の首都へと踏み入れたか」
不思議と感慨のようなものは湧いてこない。
まあ、すでに崖の上から破壊するところを見ているせいか。
「埋葬兵器の使用準備、怠るな。敵は傷ついたとはいえ、まだ健在だ」
三機ごとの小隊で動くEAたちに指示を出しつつ、オレは北にある丘を見上げた。
その上には、レナーテ神殿がある。
地面に落ちた血を見れば、あのクソトカゲが自分の寝床へと逃げ帰ったことは見て取れる。
「しかし、元気だったな、アイツ」
それだけは不思議だ。魔力を補えばケガを回復することが可能だとは聞いていたが、それには膨大な量を欲するはずだ。そんな量の魔素を一度に補給することが可能なのだろうか。
「どう思う? ミレナ」
「恐れをなして逃げ帰っただけかと」
自信満々に答える部下に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そうかもしれんな。では行こうか」
オレが先頭となり、再び隊列を組んで歩き出す。
魔力砲撃部隊は、町を平地にする勢いで攻撃を開始していた。
たまに逃げ遅れた人間が飛び出てくるが、切られるか魔力砲撃に巻き込まれるかして死んでいった。
かつては歴史ある町並みだったであろう大通りを、真っ直ぐ歩いていく。
指令車は町の中心部にあった広場に止まった。
周囲を警戒しつつ、オレたちは神殿を目指して進む。
その道は、左右を森に囲まれた場所だ。通ろうとすれば、再び縦長にならなければならない。
『砲撃部隊、周囲の森を破壊しろ』
指令車から聞こえる命令とともに、神殿へ続く道を囲む森が焼き払われ、砲撃で吹き飛ばされていく。
段々と見通しが良くなってきた。
木々が倒れようと構わず、そこを平地にする勢いで撃ち続けられる。
やがて見通しの良い大きな道が出来上がり始め、オレたち接近戦用部隊が歩き始めた。
「しかし、ようやくここまで来たか」
一歩一歩と坂道に足を踏み出すたびに、高揚感のように襲われる。
ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。
ようやく、ようやくここまで来たよ。
「あと少しですね、ヴィル様」
横へ近寄ってきたミレナの機体が、他の人間に聞こえないような音量で声をかけてくる。
「ありがとうミレナ」
長い道のりだった。
その道程を思い出す。
もう、十一年近く前になるのか。
あのときに殺されたヴレヴォの復讐を心に、任務をこなし続け敵を破壊し続けて、真竜諸島共和国に辿り着いた。
噛み締めるように、EAの足で神殿があるという場所まで歩く。
ふと、視界の風景に既視感を覚えた。
「ああ……」
瓦礫となった首都は、解放されたときのヴレヴォの町とよく似ていた。
「隊長?」
「いや、意趣返しをしてやったんだなと再確認しただけだ」
諜報部の話では、生き残った住民の大半は東に逃げたらしい。
わずかに残っている住民もいるようだが、動けなくなった重傷人や歩けない老人ばかりだそうだ。
苦渋の選択で置いていったのかもしれないし、自分たちで置いていけと言ったのかもしれない。
ただ、そんな選択を涙ながらにしたかもしれないと思うと、非常に胸がすく思いだ。
オレたちだって涙した。
みんなが苦しい思いをした。
わずかに生き残ったヴレヴォの人間は、今でも結束が強い。自分たちの気持ちを理解出来るのが、自分たちしかいなかったからだ。
今の復興されたヴレヴォに、昔の町の面影はない。
そして、帝国が占領したこの町が、復興されることはない。
無くしたものは返ってこないのなら、相手の大事なものをなくしてやるのが一番良い。そうすることで、オレたちの気持ちがわずかに晴れる。
「隊長、あと少しですね」
ミレナが横から、少し嬉しそうに声をかけた。
「そうだな。もう手が届く」
オレの胸に残ったわだかまり。
忘れた気をしていても、すぐに湧き出てくる黒い感情。思い出すたびに胸が苦しくなるくせに、すぐに脳裏に蘇る凄惨な光景。
消すために、何をすればいい。
そう考え続けた結果の集大成が、目の前に、手の届く場所にある。
「もう少しで復讐が終わる」
準備を終え、進軍し続ける。
ようやく頂上のレナーテ神殿が見えてきた。
天井が破壊された、石柱と大理石の屋根で作られた建物だ。
その周囲の開けた敷地は、巨大な竜が降り立つことが前提で作られたんだろう。縦横ともに一ユミル近くはあるように見えた。
レナーテという巨大な龍が住むに相応しい建物も、やはり大きい。
その前に、傷ついた龍が横たわっていた。
周囲は血だらけだ。
「……そういうことか」
そう、周囲は血だらけだった。
その血の持ち主は、聖龍レナーテという絶対の上位存在によって集められ、食い散らかされた下級の竜たちだった。
クソトカゲの体が緑光を発しながら、回復し続けているようだ。削られた体が盛り上がり、鱗が生えていく。
自分の眷属を操る力があるのだろう。食われながらも下等な竜たちは何も抵抗しなかった。
だから余計に思う。おぞましいにも程がある光景だと。
「全機、回復をさせるな! 砲撃をするぞ、隊列を組め!」
号令を出し、オレも左腕を伸ばして魔力砲撃を聖龍レナーテに向け放つ。
「させません」
そこに白い影が立ち塞がった。
エルフらしき女がレナーテとその周囲を包むように、巨大な魔力障壁を作り上げた。
「何者だ、お前」
「私はこのレナーテ様の神殿の巫女を取りまとめる巫女長です。レナーテ様はお体を癒やされるのに、集中されています」
「ちっ、全機、撃ち続けろ」
当然とばかりに、巫女長とか言う女が障壁を張り続ける。
その強固さは、あのクソ聖女にも届くかというぐらいだ。
「無駄です。私は巫女。この世の安寧を司る至高の存在『聖龍』レナーテ様にお仕えする、『巫女』の称号を持つ者。その程度の魔力、通すことはありません」
「そんな聞いたこともない称号持ちがいるとはな! 砲撃やめろ、オレが行く!」
号令を出しながら、オレは剣を構えて走り出す。
巫女とかいうエルフの張る障壁に、全力で剣を叩きつけた。先ほどまで揺るがなかった魔力の壁が、淡い光を放ちながら揺れ始める。
「くっ……しかし、レナーテ様をお守りします!」
「そんな巨大な障壁を張り続けて、いつまでも持つか、バカが!」
もう一度剣を叩きつけ、その場所に左手で触れる。そのまま魔力砲撃を連続で放ち続けた。
「そんなっ!」
魔力障壁が割れ、巫女とかいう女がたじろいだ。
「バカが。調子に乗るな!」
そのエルフにトドメを刺そうと踏み込みながら剣を突き出そうとした。
『ご苦労であった、巫女長』
その声とともに、エルフ女の上半身がなくなる。
クソトカゲが噛み殺したのだ。
間近で本物のレナーテを見上げた。
「呆れるぐらいの畜生っぷりだな、クソトカゲ」
『何とでも言うが良い、ヴィート・シュタク。儂は世界の安寧を司る者。生き続けねばならぬ』
その口元を見て、妙な魔力の流れに気づく。
「ああ……おまえ、対象を捕食することで魔力を吸収するようだな」
『ほう? わかったか』
「間近で見てわかったよ。さすがに体内の魔力や魔素の動きまではわからんが、口元から喉の奥へ魔力が流れてやがる」
オレは後ろへ大きく飛び、距離を取って剣を構えた。
『今度こそ噛み殺してくれようぞ、ヴィート・シュタク。魔力の少ないお主らでは、何の意味もなかろうがな』
どこか得意げに見下すような声音を感じた。
「てめえの傷が治ったわけがわかった。賢者を見かけない理由もな」
『ほう? リリアナですら気づかなかったというに』
「食ってるときを見なければ気づかないような、微細な魔力の流れ、どうやっても気付ねえよ。ましてや常時魔力が流れている体内で、違う魔力が動いてるなんて見つけようもねえ。つまるところ、お前」
『うむ』
「賢者を食ったな?」
近くにいたミレナがゴクリと唾を飲み込んだ。
星降りに抵抗したため、膨大な魔力を失っていたはずだ。そして、膨大な魔力を使って体を治療した。
だがなおも、先ほどの戦闘のような、高威力の魔法を連射してきたのだ。
そして、警戒していたはずの賢者の姿を見かけない。東への避難の列にも、姿は見えなかったという報告がある。
だから、賢者を食ったという推論に達した。
その質問に、レナーテは気にした様子もない。さすが畜生だ。
『正解じゃ。我が特性によって、魔力の元となった。さすがは賢者。膨大な魔力を宿しておったわ』
どこか得意げに聞こえるクソトカゲの弁に、オレは腹が立ってきた。
「おい、バカの頂点」
『バカ?』
「オレが殺す予定のヤツを食うなんて、なんてことしやがる!」
その怒りをぶつけずにはいられない。
『……何を言うておる、ヴィート・シュタク』
「アイツはな、ヴレヴォの町を滅ぼす原因の一人として、オレが! この手で! ぶっ殺してやる予定だったんだ! テメエなんぞに食われるなんて、あって良い人間じゃねえんだ、バカが!」
切っ先を突きつけ、盛大に文句を言ってやった。
呆気に取られたように口をぽかんと開けてやがる。人真似か、畜生風情が。
「完全に予定が狂ったが、まあ良い。聖龍レナーテことクソトカゲ。てめえが何度体を治そうと、絶対に、絶対にぶっ殺してやる」
『儂はこの世の安寧を司る存在。世界に驚異が迫りしとき、矢面に立つ『聖龍』。強大な存在が世界を破壊せんとすれば、危機が訪れたときに守り切れぬやもしれんぞ』
「戯れ言に付き合うかよ、クソトカゲ! 構わん、全機撃て!」
オレの背後で横に隊列を組んだ百機近くのEAたちが、左手を伸ばして魔力砲撃を放ち始める。
『原初のダリアの壁、今ここに立て。火土壁八陣』
トカゲが生えてきた足で地面を踏み慣らすと、オレたちとの間に高さ五ユル程もある、赤熱した土の壁が出来上がった。土系統の魔法で作ったようだ。
「ちっ、撃て、崩せ!」
視線を遮られても、オレたちは撃ち続けるしかない。
ただ、壁の向こうで魔力の大規模な動きがあるのを感じた。
やばい気配だ。
「全機、砲撃に備えよ! 盾を出せ! 来るぞ!」
大声で叫びながら、オレは近くにいたミレナを抱え込み魔力障壁を厚めに張る。近くにいた部隊も柱を持って駆け寄ってきた。
『地跳八子、奉神六華』
龍の声が辺りに響く。
轟音とともに、土壁を越えて花を形作った岩の塊がこちらに落下してくる。
「踏ん張れ!」
柱担当のボウレが取っ手を引き、魔力を流す。
大きな傘のように障壁が張られ、レナーテの放った巨大な岩を弾き飛ばした。
『桜花十二式』
追い打ちのようにさらに、膨大な魔力の煌めきが浮かぶ。
空中で六枚の花弁のような幻が二つできたかと思うと、その中心から熱線が放たれた。
「特殊魔力障壁、切らすな! 切れそうなら、各人とも自前の魔力障壁も張れ!」
前線指揮官として指示を飛ばす。
薙ぎ払うように放たれた光と熱の砲撃が、オレたち帝国軍に襲いかかる。
左右二部隊の、『柱』による特殊魔力障壁が効果を失った。二十機近くのEAが地面ごと焼かれ、蒸発するように消える。
『ふむ、効果の高い魔力障壁とはいえ、普通に消えるか』
前方に魔法によって作られた土の壁が崩れ、魔素に還っていく。
再び姿を現した聖龍レナーテ。
「色々と小細工が得意なようだな」
『お主らほどではないぞ、帝国よ』
「我らのは創意工夫と呼ぶ。お前のは力任せなだけだ」
『さて、攻撃は知れたようじゃ。その柱にだけ気をつければ、お主らに大規模魔力を扱う兵器はない。そして柱は能力に個体差があり、続けて障壁を作れるのも二回程度、持続時間も違う』
「へえ? それがお前の推理か」
『恐ろしい兵器じゃ。かつての勇者アダルハイトが操った光の剣のごとき威力を持つ』
「うちの始祖様の名前を出すんじゃねえよ、クソトカゲ」
『何を言う。儂はアヤツとともに悪魔と戦った仲じゃ』
「そんなありがたくもねえ昔話なんざいらん」
『そうか。では、消え去れ、ヴィート・シュタク。世界の安寧のために』
聖龍が再び口を開き、高威力の熱線魔法を使おうとしている。
こちらの柱は、まだ次を用意できていない。
さてどうするか。
そう考えたときだった。
「た、隊長、あちらを!」
抱きかかえていた紅のバルヴレヴォから、驚くような声が聞こえた。
神殿から伸びる道を、人間が歩いて昇ってきている。
『お、おおおぉぉ』
聖龍レナーテが驚きとも、気持ちの高ぶりとも取れぬ、妙に興奮した低い唸り声を発した。
「……陛下?」
オレはその人影に、ただただ驚いた。
それが、右腕が空になった緑色の軍服を着て、分厚い防寒用コートを羽織った父さんだったからだ。
おかしい。予定になかった登場だ。レナーテを討伐した後に来ることになっていた。
まだ首都にすら足を踏み入れていないはずだったのに。
「よう、お前がレナーテか」
左腕しかないメノア帝国皇帝が、薄ら笑いを浮かべて、気さくに挨拶を送る。
『おおおおぉぉ、悪魔の石、悪魔の石かそれは!』
父さんの左手には一本の杖がある。
王錫と呼ばれる、皇帝の権威を司る物だ。それは帝国の前身である王国時代から引き継がれた国宝である。
「よっぽどこれに恨みがあるか、レナーテ」
『くほおおお、千年の恨み、アダルハイトの裏切り、今、のこのこと出て来てくれるとはのぅ』
「ハッハッハッハッ。こんなものが欲しくて、我が帝国に攻め入ったか、トカゲの分際で」
『そうよ、その通りよ。その石は魔素を無限に吸い上げ、この世に魔素の希薄化をもたらした。このままでは世界から魔素が消え、魔物も人も滅んでしまうのじゃ』
「つまりは、この世の平和のためと」
『儂は聖龍。この世の安寧を司る存在。ならば、破壊せねばならぬ』
レナーテが数歩前に進み、首をもたげて見下ろした。
オレたちはまさかの皇帝陛下の登場に、呆気に取られていた。
「じゃあ、やろうか、聖龍」
左腕一本で王錫を構え、皇帝が好戦的な笑みを浮かべた。
『おおおおぉぉぉ、これで終わりじゃ、悪魔め! 龍光八線!』
「全機、陛下を守れ!」
オレの指示と同時に、聖龍が得意の光熱魔法を放った。
間に合うか!
ミレナもオレも陛下の前に立ち塞がろうとした。
しかし、父さんが叫ぶ。
「舐めるな! 魔物ごときが!」
父さんが左手で杖を横に振るう。
なんだ、この魔力の動きは!?
何も、何もない。
魔素が周囲から消え去り、放たれた聖龍の魔法はこちらに届く前にかき消えた。
見れば魔力が魔素へ変わるときの還元光が見える。
『ぬううぅ、そのような姿になっても、未だ能力は健在か! 悪魔めええぇ』
聖龍が悔しげに叫ぶ。
「さあ諸君、このメノア帝国皇帝ユーリウスが、あの化け物の魔法は全て打ち消してくれる。だから、安心して」
言葉を止め、父さんは生きを大きく吸った。
それから、大声で、
「あの化け物をぶっ殺せ!」
と号令を発する。
正直、何が起きているのかわからない。
だが、我が父である皇帝陛下は、得意げにニヤリと笑みを浮かべていたのだった。
解説
名乗ってすぐ食われた巫女の称号。
称号はマイナーな奴もあります。
エディッタが聖女を三大称号と呼んだように、逆にあまり知られてないのも、チラホラと。
レナーテは一章「ヴレヴォの子」で
曰く、増長した古きアエリア大陸の国の軍勢三万人を、一息で焼き尽くした。
という伝説があり、今までも普通に人間虐殺してます。




