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7、帝都にて

「やりすぎだ、馬鹿者」


 そうオレを叱りつけたのは、メノア帝国皇帝ユーリウス・メノアその人だ。

 人口五十万を誇るこの帝都の中心、帝城アダルハイト。この巨大な城の内部の奥深く、帝国元首たる皇帝が一番多くの時間を過ごす執務室にいる。

 そこはエルフの名工が手がけた光沢輝く高級木の机と書棚、そして希少な魔獣の革を使ったソファーセットぐらいしかない。

 そんな豪華な革張りの上で怒られているのが皇帝の三男坊であるオレ、ヴィレーム・ヌラ・メノアである。


「自分でもそうかなって思ったんだよ、皇帝陛下」


 部屋の中にいるのは父子二人だけなので、アイマスクと銀髪のカツラはソファーの上に置いてある。

 対して目の前の父さんは、シルクという名の最高級の布地のシャツにゆったりとしたズボンを身にまとい、簡素化された執務用の王冠を被っていた。

 全体的に装飾が少ないのは、ゴテゴテした皇帝用の服では、積み上げられた書類の処理などできないからだろう。


「強奪作戦はまあ良い。元々、成功の見込みは少なかったし情報の抜けも多かった。お前の経歴に、わざと傷を付けるための作戦だったからな」


 皇帝はテーブルの上に置かれたカップを左手で持ち、一息入れる代わりに口に含む。

 細面の顔つきは眉間に皺が刻まれてはいるが、元は優男風だ。茶色と金が混ざった髪に口髭という様相で、まあ我が父ながらちょっとイカした中年親父ではある。


「酷い話だよな」


 だいたいにして、仮面をつけなきゃ人前に出られないオレに、潜入作戦とか無理筋過ぎるだろう?


「あまり心配をさせるな、馬鹿者が」


 ガシャンと音を立てながら、父さんが左手でカップをテーブルの上に置いた。


「あ、はい、すみません父上」

「適当な時点で作戦続行が無理だと判断し、帰投すれば良かったのだ。それを五機中三機強奪一機破壊。一機は逃したもの、真竜諸島共和国の連中は隣の大陸の傀儡都市であるメナリーから追い出された」

「だけどな父さん、真竜国が本当にEAを作っていた。そのおかげでこっちだって大事な部下を失ったんだ」

「気持ちはわかる。この作戦を立てさせた(・・・・・)連中には、少し痛い目を見てもらう。今はそれで許せ」

「……わかった」

「エリクのヤツには、何らかの功績を立てさせんとな。まったく」

「こっちもやり過ぎて悪かった。兄上たちの力関係が崩れるかもしれないことはわかってる」


 少しだけ申し訳ないと思いながら謝る。ふと、父さんの服の右腕部分が目に入った。


「自覚があって何よりだ。お前をどうにかしたい連中も増えてきているんだ。気をつけろ」


 その袖の中身がないのは、三カ国同盟との戦争初期に失ったからだ。

 敵は幼馴染みを奪っただけでなく、母の顔を半分焼き、父さんの右腕を奪った。

 だから両親に会うたびに、心の中でチリチリとどこかで焼け付くような痛みが走る。


「聞いているのか? ヴィル」


 益体もないことを考えているのがバレたのか、メノア帝国皇帝は眉間の皺を解しながらため息を吐いた。


「いや、そうは言うけれどな、父さん。三機奪った後にたまたま敵が近くを通ったら、その中に剣聖がいて、そりゃあざっくりやれるなら、帝国的には良いじゃないの」

「部下にやらせるとか、思いつかなかったのか。お前の部下に貴族がいる理由ぐらいわかっていただろう?」

「思ったんだよ、最初は。憎くもない相手だったしな」

「ならどうしてやったんだ?」

「いや、さすがに剣聖だった。EAをああもあっさり切り捨てながら、数機を相手に立ち回るなんて、思いも寄らなかった」


 これは掛け値無しの評価だ。

 エンチャッテッド・アーマーには、肉体の動きを強化させる付与魔法が刻まれている。汎用機のボウレですら、平均的冒険者の身体能力を十倍ぐらいは超える。

 だが剣聖はその倍ぐらいの肉体性能の上に、称号に恥じぬ剣技を誇っていたように思われた。


「それをあっさりと倒したのはお前は何だというのだ」


 なぜか功績を怒られるヴィート・シュタク。なんでだよ。


「息子が死ねば良かったとか言うなよ、父さん」

「言うか馬鹿者。正直、他はどうでも良いが、アネシュカとお前だけは家族だ」


 父親が私的な場所で妻と呼ぶのは、オレの母親で平民出身の右軍大将アネシュカ・アダミークだけだ。もちろん公的な場所なら正室側室などもちゃんと扱うが。


「バルヴレヴォは良い機体だ。剣聖の動きを大きく上回っていた」

「ペトルー夫婦の趣味のなせる技だな」

「EAの第一人者だし、さすがだ」

「だが、やりすぎだ。エリクも少し焦ってるぞ」

「長兄で継承順位第一位なんだから、エリク兄上もどっしりと構えていりゃあ良かろうに」


 エリク・イェデン・メノアは腹違いの兄弟で、すでに帝国宰相補佐の位置に付き、次期皇帝として地位固めに入っている。

 あと、線の細い金髪の貴公子で、帝国中の女性を虜にしている美男だ。

 平和な時代でなら、実力も適正も充分だろうというのは、皇帝陛下の評価である。


「ザハリアーシュも次は自分に任せろと言っていたぞ」

「あいつまでか。元から継承順位第二位なんだから、気にしなきゃよかろうに」


 こいつは次男で、ガタイの良い大男だ。

 少しおおざっぱな性格だが軍人受けは良く、そういう方面では評価は高い。左軍少将だったはずだ。

 なお、帝国軍は大反攻作戦前に、治安維持の左軍と他国侵攻の右軍へと分けられている。


「まあ賢者と竜騎士は残ってるわけだし」

「セラフィーナ・ラウティオラと、竜騎士筆頭エリシュカ・ファン・エーステレンか。そんな虎の子を二人も出して、何をそこまで守りたいのか」

「知らないよ。まあ、帝国外では初のEAだ。ひょっとしたら、あのクソトカゲが勇者まで確保してるかもしれないけどなぁ」

「勇者か」

「最初に邪魔してきたのが勇者かと思ったんだけど、あっさり殺せてしまったんだよなぁ。妙な違和感を覚える気もするけど」


 剣聖を殺す前に、勢いで両断してしまった金髪の冒険者を思い出す。

 容姿は強奪作戦時に邪魔してきた女に似てたんだが、いかんせん初見時は暗かったし光源の魔法は逆光だったしな。


「しかし聖龍レナーテか。政治に関わらずただ象徴として引きこもってるだけで良かろうに」

「他にも称号持ちが、あちらについてるのかもしれない。称号を授かったという人間は、それが本当か聖龍レナーテに認定してもらう必要がある」

「あと考えられるのは、『魔弓の射手』と『聖女』ぐらいか」

「『聖騎士』なんぞもいらっしゃるかもなぁ。ただ、聖女はない気がする」

「ほう? どんな根拠でそう思う?」

「強奪しようとしたところにあったのは、五機。弓を撃つヤツ、魔法増加に特化したタイプ、剣を二本携えたやつに長剣と盾を構えたヤツ。後は逃げた白銀の機体」

「……ヴィル、つまり何か? 真竜国の奴らは称号持ち専用のEAでも作ろうとしてたのか?」


 眉をしかめ、怪訝な顔つきで尋ねてきた。

 オレは肩を竦め、


「数でも戦力でも劣るんだ。質を極限まで高めようと思ったのかもしれないだろ、父さん」


 と気楽に返す。

 もっとも、これは単なる思いつきに近い予想だ。当たってる気はするが。


「双剣は剣聖用か? ヤツは一本だったんだろう?」

「今回はEA特化で、切れ味と耐久性の高いのを持ってきたんだろ。だけど、二本の剣を巧みに操る称号持ちなんぞ剣聖しか知らん」

「では長剣と盾は?」

「聖騎士。盾は回収し損ねたし、中の人間の適正がなさ過ぎたので使わせてない」

「苦労してるんだな……ヴィル」

「もっとマトモな部下が欲しかったよ……」


 コンラート、ミレナ、そしてテオドアを思い出す。若さの割に実力はあるんだが、人格がなぁ。


「ふむ……称号持ちか。となると、逃がしたのが『勇者』専用機か」

「近接戦闘も強く、魔力砲撃もなかなかの威力だった機体だからな。専用機というなら、勇者専用機かもしれない。まあ、カンだけど」

「わかった。まあお前の推察も下ろしておく。だがな、ヴィル!」


 身を乗り出した父さんは、左手の人差し指を突きつけ、


「そろそろ、お前にはゆっくりしてもらうぞ」


 と険の籠もった口調で言う。


「……チッ」

「あからさまに舌打ちをするな!」

「はいはい、命令承りましたよ皇帝陛下」

「ったく。母さんも心配してたんだ。顔を見せろ」

「どうせ一度、家には帰るよ。あっちが帰れるかは知らんが」

「あとお前、婚約しろ」

「嫌だ、誰がするかイダダダダダ!」


 父さんがオレの鼻を掴んで、思いっ切り捻り上げてくる。


「もう抑えが効かんのだ、いい加減にしろ。孫の顔ぐらい母さんに見せてやれ」

「いてえよ父さん!」


 何とか鼻を離脱させ、オレは赤くなってるだろうその部位を撫でる。

 抑えが効かんって、貴族とかじゃなくて、母さんのことかよ……。


「相手はもう見繕った。拒否は許さんぞ、今回は!」

「くそぅ……」

「勲功積み過ぎだ馬鹿者。今は軍の大半がヴィート・シュタクしか知らんが、その中身がヴィレーム・ヌラ・メノアだと広まってしまえば、皇位継承戦争の始まりだからな!」


 継承権なしの庶子だが、ヴィート・シュタクは活躍しすぎてしまった。

 元々は皇帝そっくりの容姿を隠すために始めた、アイマスクと銀髪のヴィート・シュタクだった。

 だが、どうにも活躍しすぎてしまったらしい。


「ここで適当な貴族の家に婿養子にでも入り、継承権を絶対に持てない状態にしとかないと、周囲が次期皇帝候補として祭り上げようと企んでしまうかもしれん」

「全然欲しくないけどな。しかしアレでしょ、どうせ、首輪を付けるなりしてくれと頼まれたんでしょ、公爵連中あたりに」

「それもある。ブラハシュア、ヴラトニアとお前の単機特攻を認めてしまったからな、私と母さんが」


 父さんが残された左腕で頭をガシガシかきながら、面倒そうに言い捨てる。

 もちろん、オレには国内を乱す気なんか微塵もない。


「……とりあえず婚約だけで良い?」

「……まあ良かろう。まだ戦争は続くしな」


 皇帝からの妥協を聞き、オレは安堵のため息を零す。


「わかった」

「ほう、わかってくれたか」


 わざとらしく意外そうな顔をするが、この親父、オレが受けるってわかってて振ったくせに……。

 そこへ、外からドアをノックする音が聞こえる。


「失礼いたします! 皇帝陛下がお呼びになられました女性が参りました!」


 ドアの向こうから騎士の声が叫ぶように伝えてくる。


「ああ、良いぞ」


 すぐに騎士がドアが開き、その横から一人の女性が入室してきた。どうやら貴族のご令嬢のようだ。悪い予感しかしない。

 頭を下げたままだったので、ドアが閉まると同時に、


「面を上げても良い」


 と父さんが許可を出す。

 ゆっくりとした動作で、その貴族令嬢が顔を上げこちらを向く。


「お前かよ……」


 思わず愚痴めいた言葉が漏れ出てしまう。

 そこにあるのは、間違いなく美女や美少女と呼ばれる類いの容姿だ。

 磨き上げた刀剣の輝きすら霞む美しい銀髪の下には、こちらも無機質さを感じさせる無表情な、しかし女神像すら思い出させる整った顔立ち。

 しかし目つきにも表情はなく、ただこちらをしっかりと見つめているだけだ。


「ユーリウス皇帝陛下におきましては」

「ここは私的な空間である。仰々しい挨拶はいらん。名を名乗ってやれ」


 そう言って、親父様がオレの方をチラリと見る。笑ってやがるクソ。


「東方ブレスニーク公爵家嫡子の長女、シャールカ・ブレスニークでございます。ユーリウス陛下、ヴィレーム殿下、お久しゅうございます」


 文句の付けようがない教本通りのお辞儀だった。

 つまるところ、平淡な調子の声で自己紹介したこの女が、オレの婚約者になるそうである。






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